55 / 64
喜色満面
しおりを挟む
「でね、ラウルがさ、アオの両親と話をし終わったあたりで知らない女の人に声、かけられたのさ」
「そう、そう。きゅるんとした可愛い感じのご令嬢だったわよね。レノワール」
「あれは、オーリエ王国の結構位の高い貴族のご令嬢のはずよ」
「と言うか、お前達結構離れたところにいたはずだが、よく見ているな」
エレンに舞踏会であったことを事細かに『また』説明し始める。
「やめてくれ……。」
アイオライトが小さくつぶやく。
しかし、誰にも聞こえていない。
何故なら、アイオライト以外の人間の盛り上がりが尋常でないからだ。
「ラウルも一応王子だからさ、ちゃんと対応するじゃない?」
「一応って、俺は紛れもなく今も昔も王子だけど?」
「忘れがち、だけどね」
「おい」
リコとカリンがラウルに絡む。
「なんかそわそわして、その場から離れたいのが丸分かりだったのを、完全スルーしてラウルに話しかけたあの令嬢も、メンタル強すぎてびっくりだけどね」
「そうなんだよ。断っても断っても離れなくて。俺には……」
ちらりとアイオライトを見て、ラウルが幸せそうにふわりと笑った。
下を向いて恥ずかしさに耐えているアイオライト以外がその顔を見たわけだが、当の本人が見ていないのが残念に思えるほどの幸せが滲み出ていた。
しかし、それを見たからこそ、さらに話が盛り上がってしまう。
話の大筋は変わらないが、『何回も話をしていると』その都度違う発見がある。
「いや、王子なんだからその下心ごとうまくあしらえって話よ」
「え?」
「馬鹿なの? ラウル狙いなのバレバレだったじゃないのよ」
「あれは確かにわかりやすい誘い方だったと俺も思う」
「え??」
「は? この人アオ以外にはダメ系?」
「ダメってなんだよ」
ラウルだけが分かっていないがレノワールの言葉に、リチャードがうんうんと同意し、エレンが突っ込みを入れながら聞いている。
「でさ、それをなんとか振り切ってラウルがアオの方に向かってまた歩いたところで、そのきゅるんな女の子がラウルの腕を取るわけ」
「マジ!? 毎回せめて攻めるな、きゅるん娘」
もう……、きゅるん娘ってネーミングダサい……。
そう思いながらもアイオライトはうなだれるしかない。
「いや、だからさ。そこでキリッとアオが言うわけよ。俺の男に手を出すな、ってさ」
「きゃー! アオ男前!」
「やめてくれー!」
この話、もう五回目だよ?
しかも、自分俺って言ったりなんかしてない……と思う。
アイオライトはうなだれ部屋のソファーの端で小さくなりながら、時にはやめてくれと伝えながらその話を聞いていた。
話の内容はアイオライトがお酒と確認せずに三杯一気飲みした直後の話である。
オーリエ王国の貴族令嬢が、舞踏会でラウルと踊るために声をかけた。
ラウルは丁寧にそれを断ったが、貴族令嬢はあきらめきれずに一曲だけでもと食い下がったっていた。
その時アイオライトは二杯目を飲み干した直後。
ラウルが困った顔をしているのが遠目からでも分かった。
アイオライトはもう一杯グラスを取ってから、ラウルのいる方に向かう。
近くまで来るとラウルが明るい笑顔でアイオライトに声をかけた。
「アオ!」
「ラウル……、困ってる?」
「いや、お断りしているんだけれど……」
隣国の貴族令嬢本人の手前、強くは出られないのは仕方ない。
しかも今日は国を挙げての式典や舞踏会なので、あまり強くは断ることが出来ないのかもしれない。
「一曲だけでいいんです」
「君は、何故ラウルと踊りたいの?」
お酒で頭がぼーっとしていて、だけど口調は厳しく強くなる。
「ラウル様は、この国の第三王子ですし……」
「それだけじゃないよね。彼は、あなたに誘われて困っていると言っている。無理に誘ってそれがいい思い出になるとは思わない」
さらに遠いところで、がやがやと音が聞こえる。
「しかしあなたはどなたなのでしょう。ラウル様の何だと言うのですか?」
「自分はラウルの友達で親友で、家族です」
意外に低く聞こえた自分の声に、アイオライト自身がびっくりしていた。
ただ、先ほどよりもふらふらして、自分の声も遠くなってきた。
それでも困っているなら助けなくてはという思いで、何とか立っている。
「アオ?」
「自分、ラウルの家族になるんですよね? 大事な家族なら守らなくてはなりません。ここは自分に任せて欲しいです」
呂律は回っているが……、ラウルはアイオライトが手に持っているグラスを見ると気泡が浮いているのが見えた。
もしや、と思ってそのグラスの香りを嗅ぐとシャンパンの香りがする。
「アオ? 何杯目? 眠くなってきたんじゃない?」
バーベキューで間違ってワインを飲んだ時、すぐに寝てしまったはずだ。
いつシャンパンを飲んだのかは分からないが、いつもと雰囲気が違うのはそのせいなのだとラウルは何となく思う。
「ジュースは二杯しか飲んでませんが……。言われれば、眠いかもですね……」
「急に男前になったのも、そのせいか」
「自分は、ラウルが困っているので守ろうとしていただけです。男前かどうかは分かりません」
ラウルが見る限り、目がとろんとしている、気もする。
「ちょっと、私だってラウル様とお話ししたり踊ったりしたいのに急に出てきたあなたみたいなちんちくりんに、あれこれ言われる筋合いはありませんわ」
「だから、自分はラウルの家族だって言ってるだろ」
いつもと違う口調で、呂律が少し回らなくなってきているが、一生懸命前に出て令嬢と言い合っている。
その一生懸命さが、ラウルにはどうにも愛らしく思えて仕方がない。
「この国には王女はいませんでしたよね。家族なんて見え透いた嘘つかなくても」
そうオーリエ王国の貴族令嬢が言った瞬間、アイオライトが手に持っていたシャンパンを一気に飲み干すなり大きな声でこう言った。
「ラウルは、自分と家族になるんです。これからは自分が幸せにするんだからごちゃごちゃ言ってんじゃねーー-!」
響き渡るアイオライトの声に、舞踏会のホールにいた皆が何事かと振り返る。
ふらり。
アイオライトが言い切った直後、身体が大きく左右に揺れた。
「アオ!」
そばにいたラウルが駆け寄る。
倒れる前に抱きかかえられて、アイオライトは頭を打ったりなどはしていない。
「ラウル。自分、ラウルの事きっと幸せにしますから……。安心してついてきてくださいね」
「アオ、俺も君の事幸せにするよ」
「はい。一緒に幸せ探して生きていきましょうね」
「そうだね」
「あ、ラウル……、まつ毛長いですね。瞳も綺麗です。あと肌がツヤツヤで……」
と言うところで、アイオライト自身の記憶は終わっている。
起きた時には朝だったのだ。
「その後、ラウルが、ちょっと黙ってねって言うわけだな!」
「そう! ふらりと倒れそうになったアオを寸前のところで抱き寄せて、熱い抱擁!」
「からの熱烈なラウルのチューが炸裂、だよ」
「熱烈!!」
「キャー!!!」
もう五回目となれば、飽きてくれていいのに同じ話を何度でも出来るのが女子の性なのだろうか。
飽きもせず同じ話を何度も何度も、本人たちを目の前にして繰り広げるのだ。
「記憶もないのに……恥ずかしぬ」
「恥ずかしくて死んじゃう事なんて、ない」
「そうそう、それに俺全然恥ずかしくなんてなかったよ。むしろ他のヤツらにしっかり見せつけられて良かったと思う」
「なー!!」
意識がなくなる直前、大好きなラウルの顔が視界いっぱいにあった事だけは覚えている。
しかし意識がなくなった後のキスだったが故、アイオライトは全くそのことを知らないのだ。
「でも意識がなくなってましたので……」
「アオ、初めてなのに覚えてないなんて切ないわー」
「あ……」
ラウルは浮かれてまったく気にしていなかったが、アイオライトにとっての初めてが意識がないうちにという事に気が付いてしまった。
ただ、みんながいる今言う事ではないととっさにラウルは口をつぐむ。
「どうしたんですか? ラウル」
「なんでもない。あとで話す」
「わかりました。ではまた後でです」
あとがいつなのかは分からないが、そう言う顔をきっとするに違いない。
「ね、カリン」
「なに? エレン」
「あのさ、今の話もう一回聞いてもいい?」
「いいよ! 何回でもするわ!」
「おい! もうしなくていいだろ。五回も話してたら少しは飽きてよ!」
エレンのおねだりに、カリンが応じるがもう勘弁して欲しいアイオライトは、声を荒げることしかできない。
「大丈夫だって、全然飽きたりしないしおかわり何杯でもいけるっ!」
「ご飯力の高い話じゃないしっ」
「ご飯のおかわりの話じゃないよ。アオのこの公開プロポーズの話のおかわりだって」
さっきまで、感動していたのだ。
全員揃って馬鹿な話がまたできることに。
最高だと思ったのだ。
ちゃんと待ってよかったなと、うるっと来たのも嘘じゃない。
嘘じゃないけど……。
「でね、ラウルがさ、アオの両親と話をし終わったあたりで知らない女の人に声、かけられたのさ」
「そう、そう。きゅるんとした可愛い感じのご令嬢だったわよね」
「いたいた! きゅるん娘!」
「もう勘弁してくれ……」
「ん? アオどうしたの?」
「さっきまで凄く感動してたのにー----!」
四人がきょとんとした顔でアイオライトを見た。
顔を見合わせて、クスリと笑う。
「やりすぎちゃった?」
「さすがに六回目は勘弁して欲しい」
「アオがあんまりにも可愛いのが、いけない」
「そうそう、恋愛経験ほぼゼロのアオがこんなに男前なのもいい」
「カリンちゃん、何言ってんの」
「でも、アオはいつでも男前だよ」
それぞれ謝る気があるのかわからない言葉をそれぞれアイオライトに向けながら、優しく笑いかけるのをラウルとリチャードは見ていた。
この五人の絆がどういったものなのか理解するのはまだ時間がかかりそうだが、本当に本当に嫌なら出ていくなりもっと怒ったりするはずだ。
きっと、本当に恥ずかしいだけで嫌なわけではないのだと思うことにした。
「ただ、私の若干知らない話もありそうだ、もう一回聞いてもいいだろうか?」
悪戯心から、リチャードが提案すると、全員がちらりと一瞬アイオライトの顔色を見る。エレンとレノワールはすまし顔で分かりにくい。リコが一瞬悪い顔を浮かべたがカリンがぺしりと頭を叩いた。
「そろそろ本当にアオが嫌がるので、この話は、おしまいよ」
あぁ本当に、この五人の絆の強さを知るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
ラウルは少し嫉妬したが、付き合いの長さを言い訳にはしたくなかった。
「じゃぁ、お芝居の話しとくわ!」
「おいこら! エレン!」
「聞く聞く! さっきから聞きたくてうずうずしてた、よ!」
「雄みのあるラウルの話、気になるし!」
「このヘタレがどんな台詞に変更したか気になる」
「やめてよー!」
バタバタと追いかけっこのような会話が心地いい。
ラウルは楽しそうにしているアイオライトを見て、自らも幸せを感じていた。
「そう、そう。きゅるんとした可愛い感じのご令嬢だったわよね。レノワール」
「あれは、オーリエ王国の結構位の高い貴族のご令嬢のはずよ」
「と言うか、お前達結構離れたところにいたはずだが、よく見ているな」
エレンに舞踏会であったことを事細かに『また』説明し始める。
「やめてくれ……。」
アイオライトが小さくつぶやく。
しかし、誰にも聞こえていない。
何故なら、アイオライト以外の人間の盛り上がりが尋常でないからだ。
「ラウルも一応王子だからさ、ちゃんと対応するじゃない?」
「一応って、俺は紛れもなく今も昔も王子だけど?」
「忘れがち、だけどね」
「おい」
リコとカリンがラウルに絡む。
「なんかそわそわして、その場から離れたいのが丸分かりだったのを、完全スルーしてラウルに話しかけたあの令嬢も、メンタル強すぎてびっくりだけどね」
「そうなんだよ。断っても断っても離れなくて。俺には……」
ちらりとアイオライトを見て、ラウルが幸せそうにふわりと笑った。
下を向いて恥ずかしさに耐えているアイオライト以外がその顔を見たわけだが、当の本人が見ていないのが残念に思えるほどの幸せが滲み出ていた。
しかし、それを見たからこそ、さらに話が盛り上がってしまう。
話の大筋は変わらないが、『何回も話をしていると』その都度違う発見がある。
「いや、王子なんだからその下心ごとうまくあしらえって話よ」
「え?」
「馬鹿なの? ラウル狙いなのバレバレだったじゃないのよ」
「あれは確かにわかりやすい誘い方だったと俺も思う」
「え??」
「は? この人アオ以外にはダメ系?」
「ダメってなんだよ」
ラウルだけが分かっていないがレノワールの言葉に、リチャードがうんうんと同意し、エレンが突っ込みを入れながら聞いている。
「でさ、それをなんとか振り切ってラウルがアオの方に向かってまた歩いたところで、そのきゅるんな女の子がラウルの腕を取るわけ」
「マジ!? 毎回せめて攻めるな、きゅるん娘」
もう……、きゅるん娘ってネーミングダサい……。
そう思いながらもアイオライトはうなだれるしかない。
「いや、だからさ。そこでキリッとアオが言うわけよ。俺の男に手を出すな、ってさ」
「きゃー! アオ男前!」
「やめてくれー!」
この話、もう五回目だよ?
しかも、自分俺って言ったりなんかしてない……と思う。
アイオライトはうなだれ部屋のソファーの端で小さくなりながら、時にはやめてくれと伝えながらその話を聞いていた。
話の内容はアイオライトがお酒と確認せずに三杯一気飲みした直後の話である。
オーリエ王国の貴族令嬢が、舞踏会でラウルと踊るために声をかけた。
ラウルは丁寧にそれを断ったが、貴族令嬢はあきらめきれずに一曲だけでもと食い下がったっていた。
その時アイオライトは二杯目を飲み干した直後。
ラウルが困った顔をしているのが遠目からでも分かった。
アイオライトはもう一杯グラスを取ってから、ラウルのいる方に向かう。
近くまで来るとラウルが明るい笑顔でアイオライトに声をかけた。
「アオ!」
「ラウル……、困ってる?」
「いや、お断りしているんだけれど……」
隣国の貴族令嬢本人の手前、強くは出られないのは仕方ない。
しかも今日は国を挙げての式典や舞踏会なので、あまり強くは断ることが出来ないのかもしれない。
「一曲だけでいいんです」
「君は、何故ラウルと踊りたいの?」
お酒で頭がぼーっとしていて、だけど口調は厳しく強くなる。
「ラウル様は、この国の第三王子ですし……」
「それだけじゃないよね。彼は、あなたに誘われて困っていると言っている。無理に誘ってそれがいい思い出になるとは思わない」
さらに遠いところで、がやがやと音が聞こえる。
「しかしあなたはどなたなのでしょう。ラウル様の何だと言うのですか?」
「自分はラウルの友達で親友で、家族です」
意外に低く聞こえた自分の声に、アイオライト自身がびっくりしていた。
ただ、先ほどよりもふらふらして、自分の声も遠くなってきた。
それでも困っているなら助けなくてはという思いで、何とか立っている。
「アオ?」
「自分、ラウルの家族になるんですよね? 大事な家族なら守らなくてはなりません。ここは自分に任せて欲しいです」
呂律は回っているが……、ラウルはアイオライトが手に持っているグラスを見ると気泡が浮いているのが見えた。
もしや、と思ってそのグラスの香りを嗅ぐとシャンパンの香りがする。
「アオ? 何杯目? 眠くなってきたんじゃない?」
バーベキューで間違ってワインを飲んだ時、すぐに寝てしまったはずだ。
いつシャンパンを飲んだのかは分からないが、いつもと雰囲気が違うのはそのせいなのだとラウルは何となく思う。
「ジュースは二杯しか飲んでませんが……。言われれば、眠いかもですね……」
「急に男前になったのも、そのせいか」
「自分は、ラウルが困っているので守ろうとしていただけです。男前かどうかは分かりません」
ラウルが見る限り、目がとろんとしている、気もする。
「ちょっと、私だってラウル様とお話ししたり踊ったりしたいのに急に出てきたあなたみたいなちんちくりんに、あれこれ言われる筋合いはありませんわ」
「だから、自分はラウルの家族だって言ってるだろ」
いつもと違う口調で、呂律が少し回らなくなってきているが、一生懸命前に出て令嬢と言い合っている。
その一生懸命さが、ラウルにはどうにも愛らしく思えて仕方がない。
「この国には王女はいませんでしたよね。家族なんて見え透いた嘘つかなくても」
そうオーリエ王国の貴族令嬢が言った瞬間、アイオライトが手に持っていたシャンパンを一気に飲み干すなり大きな声でこう言った。
「ラウルは、自分と家族になるんです。これからは自分が幸せにするんだからごちゃごちゃ言ってんじゃねーー-!」
響き渡るアイオライトの声に、舞踏会のホールにいた皆が何事かと振り返る。
ふらり。
アイオライトが言い切った直後、身体が大きく左右に揺れた。
「アオ!」
そばにいたラウルが駆け寄る。
倒れる前に抱きかかえられて、アイオライトは頭を打ったりなどはしていない。
「ラウル。自分、ラウルの事きっと幸せにしますから……。安心してついてきてくださいね」
「アオ、俺も君の事幸せにするよ」
「はい。一緒に幸せ探して生きていきましょうね」
「そうだね」
「あ、ラウル……、まつ毛長いですね。瞳も綺麗です。あと肌がツヤツヤで……」
と言うところで、アイオライト自身の記憶は終わっている。
起きた時には朝だったのだ。
「その後、ラウルが、ちょっと黙ってねって言うわけだな!」
「そう! ふらりと倒れそうになったアオを寸前のところで抱き寄せて、熱い抱擁!」
「からの熱烈なラウルのチューが炸裂、だよ」
「熱烈!!」
「キャー!!!」
もう五回目となれば、飽きてくれていいのに同じ話を何度でも出来るのが女子の性なのだろうか。
飽きもせず同じ話を何度も何度も、本人たちを目の前にして繰り広げるのだ。
「記憶もないのに……恥ずかしぬ」
「恥ずかしくて死んじゃう事なんて、ない」
「そうそう、それに俺全然恥ずかしくなんてなかったよ。むしろ他のヤツらにしっかり見せつけられて良かったと思う」
「なー!!」
意識がなくなる直前、大好きなラウルの顔が視界いっぱいにあった事だけは覚えている。
しかし意識がなくなった後のキスだったが故、アイオライトは全くそのことを知らないのだ。
「でも意識がなくなってましたので……」
「アオ、初めてなのに覚えてないなんて切ないわー」
「あ……」
ラウルは浮かれてまったく気にしていなかったが、アイオライトにとっての初めてが意識がないうちにという事に気が付いてしまった。
ただ、みんながいる今言う事ではないととっさにラウルは口をつぐむ。
「どうしたんですか? ラウル」
「なんでもない。あとで話す」
「わかりました。ではまた後でです」
あとがいつなのかは分からないが、そう言う顔をきっとするに違いない。
「ね、カリン」
「なに? エレン」
「あのさ、今の話もう一回聞いてもいい?」
「いいよ! 何回でもするわ!」
「おい! もうしなくていいだろ。五回も話してたら少しは飽きてよ!」
エレンのおねだりに、カリンが応じるがもう勘弁して欲しいアイオライトは、声を荒げることしかできない。
「大丈夫だって、全然飽きたりしないしおかわり何杯でもいけるっ!」
「ご飯力の高い話じゃないしっ」
「ご飯のおかわりの話じゃないよ。アオのこの公開プロポーズの話のおかわりだって」
さっきまで、感動していたのだ。
全員揃って馬鹿な話がまたできることに。
最高だと思ったのだ。
ちゃんと待ってよかったなと、うるっと来たのも嘘じゃない。
嘘じゃないけど……。
「でね、ラウルがさ、アオの両親と話をし終わったあたりで知らない女の人に声、かけられたのさ」
「そう、そう。きゅるんとした可愛い感じのご令嬢だったわよね」
「いたいた! きゅるん娘!」
「もう勘弁してくれ……」
「ん? アオどうしたの?」
「さっきまで凄く感動してたのにー----!」
四人がきょとんとした顔でアイオライトを見た。
顔を見合わせて、クスリと笑う。
「やりすぎちゃった?」
「さすがに六回目は勘弁して欲しい」
「アオがあんまりにも可愛いのが、いけない」
「そうそう、恋愛経験ほぼゼロのアオがこんなに男前なのもいい」
「カリンちゃん、何言ってんの」
「でも、アオはいつでも男前だよ」
それぞれ謝る気があるのかわからない言葉をそれぞれアイオライトに向けながら、優しく笑いかけるのをラウルとリチャードは見ていた。
この五人の絆がどういったものなのか理解するのはまだ時間がかかりそうだが、本当に本当に嫌なら出ていくなりもっと怒ったりするはずだ。
きっと、本当に恥ずかしいだけで嫌なわけではないのだと思うことにした。
「ただ、私の若干知らない話もありそうだ、もう一回聞いてもいいだろうか?」
悪戯心から、リチャードが提案すると、全員がちらりと一瞬アイオライトの顔色を見る。エレンとレノワールはすまし顔で分かりにくい。リコが一瞬悪い顔を浮かべたがカリンがぺしりと頭を叩いた。
「そろそろ本当にアオが嫌がるので、この話は、おしまいよ」
あぁ本当に、この五人の絆の強さを知るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
ラウルは少し嫉妬したが、付き合いの長さを言い訳にはしたくなかった。
「じゃぁ、お芝居の話しとくわ!」
「おいこら! エレン!」
「聞く聞く! さっきから聞きたくてうずうずしてた、よ!」
「雄みのあるラウルの話、気になるし!」
「このヘタレがどんな台詞に変更したか気になる」
「やめてよー!」
バタバタと追いかけっこのような会話が心地いい。
ラウルは楽しそうにしているアイオライトを見て、自らも幸せを感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
小さな姫さまは護衛騎士に恋してる
絹乃
恋愛
マルティナ王女の護衛騎士のアレクサンドル。幼い姫に気に入られ、ままごとに招待される。「泥団子は本当に食べなくても姫さまは傷つかないよな。大丈夫だよな」幼女相手にアレクは戸惑う日々を過ごす。マルティナも大きくなり、アレクに恋心を抱く。「畏れながら姫さま、押しが強すぎます。私はあなたさまの護衛なのですよ」と、マルティナの想いはなかなか受け取ってもらえない。※『わたしは妹にとっても嫌われています』の護衛騎士と小さな王女のその後のお話です。可愛く、とても優しい世界です。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる