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3.同じぐらいだったのに。
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昨日の夜に伝言があった通り、デルヴァは約束の時間の少し前に、やはり遅刻したりせずに迎えにやってきた。
マリスを含め屋敷の使用人たちに温かく見送られ、アルテアは一時限目の授業に充分間に合う時間にデルヴァと共にクラスス学院に馬車に乗って向かっている。
「昨日は、よく眠れたか?」
「寝れたけどさ、せっかく花とクッキー持ってうちに来てくれたのになんで顔も見せずに帰ったんだよ。水臭いぞ」
「……。すまない。結構遅い時間……だったし」
「まぁ、それもそうか。あ! でも持ってきてくれた紅茶のクッキ。ホットミルクと相性が良くってめちゃくちゃうまかった。ありがとなー」
あぁ、と素っ気なく短い返事が返ってきたがアルテアは知っている。
正面からありがとうと伝えると、たまに口をほんの少しモゴモゴとさせたあとそっぽを向いて返事をすることがあるという事を。そういう時はたいがいほんのり耳が赤かったり、首筋が赤くなっていることが多い。昔からデルヴァは意外に照れ屋なのだ。
他ではあまり見たことがないから、もしかしたら幼馴染のアルテアにだけ見せる顔なのかもしれない。小さな秘密を自分だけが知っているようで、ちょっぴり優越感に口元が緩ませていると、ようやく赤味の引いたデルヴァが一つ咳払いをして違う話を振ってくる。
「昨日の回復魔法は、ちゃんと効いたと思うが、本当にもう体は平気か?」
「大丈夫だって。デルヴァはほんと心配性だなー」
「アルは、その華奢だし、背も小さい……」
「こら! 小さいって言うな! オレ去年から身長ちょっと伸びたんだぞ」
身長は去年から二センチも伸びて現在一五八センチになった。男性オメガの身長は大きくなっても一六〇から一六五センチぐらいらしいと聞いたことがある。が、アルテアは今年十七。オメガといえどまだまだ育ちざかりの伸び盛りだ。一六〇センチの大台を何とかクリアできると信じている。でも……、と向かい合って座る最近自分よりも身長がぐんぐん伸びている、一七五センチのデルヴァを見る。
(もうさすがにデルヴァには追いつかないな……)
アルファは何においても優秀だ。身長も体格もベータよりももちろん大きいし、オメガとは比べるまでもない。
ふと自分よりも大きくなってしまったデルヴァとの差が今どれだけあるのか知りたくなって、デルヴァの隣に移動して真横に座り両手でデルヴァの二の腕の辺りを掴んだ。
「っっ、アル?」
「あ、急に触ってごめん。でも……、もう、ちょっと」
腕はアルテアがつかんでも両手の指先はくっつかないし、太ももは手のひら五個分ぐらいの大きさだ。首だって自分ものよりもずっとしっかりしているし、鎖骨の骨ばった感じも全然違う。
今度は正面に立って座っているデルヴァを見る。
座っていればさすがに見下ろせるが自分の身長が多少ぐらい伸びたからと言って、この差は今後一生縮まることが無いのかと思うと、どうしようもないことではあるがなんだか悔しくもある。
ガタッガタッ。
と、車輪が石にでも乗り上げたのか、大きな音とともに馬車が小さく揺れた。
ハッとした顔でデルヴァがアルテアを支えようと手を伸ばしたが、アルテアはおっとっととたたらを踏みながらもなんとか耐える。
「へへ! オレ体幹良いだろ?」
えっへんと胸を張った瞬間、ガダッとまた馬車が跳ねるように揺れた。
こんどもバランスをとりつつ、たたらを踏んで耐えてみたが、二度目はふらふらとアルテアはバランスを崩しよろけてしまった。
アルテアの体が大きく前に倒れそうになるのを、デルヴァが手を伸ばして支えるように肩に手を添えた。さらに馬車が揺れて危険だと思ったデルヴァは、支えている方とは反対側のアルテアの手を取り自分の方に引き寄せるよう座席に座らせようとしたが、三度馬車が大きく揺れ、その反動でアルテアの体が思ったよりも浮いて……。
「わわわっわふっ!」
「すまないアル……大丈夫、か……っっ!」
「いた……く、はないな」
体が浮き軽く手を引っ張られ、来たる痛みに耐えるために目を閉じてしまっていアルテアだったが、体は打ち付けられることなく、少し硬いが優しい暖かさに包まれている。
何が起こったのかようやく薄目でみてみれば、アルテアの体はデルヴァの腕の中。膝の上にまたがるようにちょこんと座ったアルテアをデルヴァがしっかりと抱き込んでくれていたのだ。
「うわ、デルヴァ! ごめん! ごめん! オレどっか蹴ったりとかしなかったか?」
アルテアがびっくりしてデルヴァに声をかけたがどう言うわけか、微動だにしない。ぴくりともだ。心配になって動かないデルヴァからアルテアは自分の体を少し離して、急いで膝の上に乗ったまま頭や肩、胸の辺りも怪我などさせてしまっていないか確認する。
さらにアルテアを受け止めてくれた時に反動で背中を痛めたりしなかったかと、さらに背中に手をまわして、大丈夫か?と何度か聞いた。
よくやくぎこちなく頷いたデルヴァに安心して膝を降りようとし動くと、支えてくれている手の大きさが気になった。
先ほどまで考えていたことが頭に甦って、アルテアは短く小さいため息をついてしまう。
もうこんなに体の大きさが全然違う。アルテアがどんなに両手を広げて頑張っても背中で手を合わせられないほど大きいし、足の長さも、手のひらの大きさも。
(知り合った時は、デルヴァと同じぐらいだったのに)
*******
アルテアがデルヴァと出会ったのは、初等部に入学する一年前。
五歳の時だった。
デルヴァの父であるウィスタリア公爵が治めるナンディア地域の西側に風光明媚な温泉地がある。その温泉地で病気治療のためにひと月ほど湯治をしていた祖母を迎えに行くため、アルテアの父であるキャメルと共に迎えに訪れた時に初めて出会った。
丁度その頃アルテアに弟が生まれ、母は一緒には来れなかった。しかし父と一緒に馬車に揺られる初めての遠出に、いつになく興奮していたのを覚えている。
窓から見える外の景色や、この前読んだ本の話、一人で服を着ることが出来たことや、木登りして落ちた話をキャメルはたくさん聞いてくれた。時に頷き、時に大笑いをしながらの父との馬車の旅は楽しすぎて、すぐにナンディアについてしまったのをアルテアは残念に思ったほどだった。
ナンディアに到着した後、すっかり元気になった祖母と合流して、久しぶりに一緒に夕食を食べた。その席で明日は知り合いの茶会に一緒に連れてくれると約束をしてくれた。
あの時、生まれたばかりの弟と世話で忙しい母に甘えることができず、少しだけ寂しさを感じていたアルテアだったが、二人きりの父との馬車の旅、久しぶりの祖母との再会、さらに普段はまだ小さいからと同席したことのない茶会への出席を許され、来たことがない温泉地にとにかくワクワクしっぱなしだったのを今でも覚えている。
転生する前の性格もある程度受け継いだのか、はたまたアルテア本来の性格なのか。
好奇心旺盛なアルテアは、ある程度お茶とお菓子を楽しんだ後、大人の会話が良く分からず聞いていても退屈で、ちゃんとキャメルに断りを入れてから大きな庭に一人で出ていくことにした。
茶会はナンディアの伯爵家が持つ別荘で行われていたが、子供で参加しているのは残念ながらアルテアだけのように見えた。
大きな屋敷でおおきな庭に池があり、さらに控えめながら滝もあった。滝など見たことがなかったアルテアは、滝の裏をみるぞと勢い勇んで向かう。
大きな池にはきれいな色の、今思えば鯉のような魚が数匹優雅に泳いでいて、それを見ながらアルテアはひょいっと飛び石を渡った。小さな子供では飛び石を渡るのに苦労はしたけれど……。
「これ、冒険じゃん!!」
楽しくて、ワクワクが止まらない。
静かに上から落ちてくる滝の水に濡れながらも水で塗れた滑りやすい飛び石をなんなく渡り切り、小さな道から滝の裏側に入り込んだ。
「おぉぉー! すごいー! すごーい!」
滝というものを絵本以外で見たことがなく、本物の滝を見れたどころか後ろからも見ることが出来るなんてと興奮が最高潮に高まり、一人なのに物凄く大きな声を出してアルテアは飛び跳ねた。
流れ落ちる水は音を立てて池に落ちていく。落ちてきた水が小さく飛沫をあげてアルテアの髪を透明な滴が飾り立てた。水面を覗き込むと、思ったよりも浅いように見える。近くにあった長い木の端を池に突き立て、深さを測ると自分の肩ぐらいまでの深さだとわかった。
滝つぼの辺りは危ないと本で読んだことがあったアルテアは、不用意には近づかず滝の後ろ側から出た。滝から少しだけ離れた大きな石に腰掛ければ近くでカナカナ、リンリンっと聞いたことのない虫の音が聞こえて、音を真似ながら虫と一緒に歌った。
大冒険したような気持ちになったアルテアだったが、一つだけ足りないものがあった。
相棒だ。
冒険する時は友達や相棒が一緒なら、怖くないし楽しいし勇気が湧くのだ。
読んでいた冒険活劇の物語の主人公が言っていたから間違いない。
次に冒険する時は絶対に誰かと一緒かにするぞ、と謎の誓いを立てて座っていた石から立ちあがろうとしたアルテアは、自分が立っていた場所からちょうど反対側、屋敷側の池の淵に立つ人影を見た。帽子をかぶっているが、着ている洋服から男の子で間違いないと思った。
何故だか会ったことのないけれど、あの子は絶対にずっと冒険してくれるという謎の確信のようなものをビビッと感じたアルテアは、その男の子に向かって走り出した。すっごく仲良しになったら、相棒ってやつになれるかも!!と思うとさらにワクワクして、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように飛び石を渡る途中、強い風が吹いた。
すると向こう側にいた子供の帽子が風に飛ばされて、その髪の色があらわになる。
(わわ!! まっくろで、とってもかっこいい!)
しかしその男の子は帽子が飛んでしまったことに慌てた様子だ。わたわたと頭を触ったかと思うと、きょろきょろと帽子を探してせわしなく視線を彷徨わせた。ようやく見つけた帽子は、風に飛ばされて池の中に浮かんでいる。
池の淵に立てば、網で届きそうだ。誰か大人の人に頼めばすぐに取れる。すぐに帽子が取れたなら、あの子と沢山遊べる!
そう思っていたのに、きょろきょろとまた周りを見渡した後、ぺたりと地面に座り込んで懸命に手を伸ばし始めた。小さな子供に届く距離では決していないのに。
「あ、あぶない! あぶないよー!!」
大きな声で声をかけ続けたが、アルテアの声はその子供に届かず、何かに捕らわれたように必死に手を伸ばし続ける。
アルテアも、声をかけ続け必死に注意をしながらと懸命に足を前に前にと動かした。
周りに大人は誰もいない。
必死に伸ばす自分と同じ小さな手では、帽子に届きそうで、届かない。
それでも何かに捕らわれたかのように、帽子に手を伸ばし続ける。
アルテアも必死に池の淵を走る。
「はあはあ、あぶない!! あっ!」
ざばっという音が鳴って小さなしぶきがあがり、黒髪の子供が池の中に吸い込まれる様に落ちていく……。
助けなくちゃ! 友達になるんだから! 一緒に遊ぶんだから! オレ、助けなくちゃ!!
そう思うと、後ろから風にぐんと押される様な感覚がアルテアを包んだ。
一足飛びにその子供のそばに行きたいと願いえば、小さく未熟なアルテアに風が力を貸してくれ、なんと水の上を走って反対側の池の淵に到着できた。
水に落ちたというのに、先ほど水に落ちた後から音がしない。
アルテアは弾む息とはやる気持ちを深呼吸しながら落ち着かせて水面と水の中を注意深く観察する、とすぐに池の端からそんなに離れていないところに沈んでいるのが見えた。
大丈夫だ、きっと大丈夫だ。アルテアはさっき確認した。
この池は自分の肩ぐらいの深さだった。場所は違えどあまり変わらないはず、と思いながら池の端に立っていたアルテアは躊躇なく池に入れば、もう少し浅く、水はアルテアの胸より少しだけ上の深さだった。
「大丈夫。大丈夫……」
すぐに水分を含んだ服が重たくなるが、池の深さは自分の胸ぐらいの高さだ。
転んで自分も溺れてしまわないようにゆっくりと水の中を数歩歩き、さらに子供のそばまで注意しながら距離を詰める。
自分が動けば水も動いて、水面下の少年に少し近づけば少し離れる。一進一退を繰り返しようやく近づいた。
アルテアに助けを求め伸ばしているようにも見える手を見て、絶対にあきらめたりするもんかと、水で重たい身体をゆっくりと動かし続けた。
お互いの手が触るとアルテアは引っ張り上げおんぶするように自分の背中になんとか背負う。黒髪の少年はアルテアが背負うと、安心したかのようにぐったりと体を預けてきて、体重が増したように感じた。意識が無いのかもしれない。正直かなり疲れていたけれど、人助けが出来ているという高揚感とわずかながら感じる水の浮力の力を借りてなんとか前に進む。足元に気をつけながら静かに池の端に向かって再び歩き始めた。
池の端まできても自分の胸ぐらいまで水がある。少年の顔が水に浸からないように肩に顎を乗せる様にして歩く。
背中に乗せた黒髪の少年は自分と同じぐらいか小さいぐらい。
きっと同い年だ。ちゃんと元気になったら一緒に遊べる友達になれるだろうか。
何とか辿り着いた池の淵だが、自分と同じぐらいの大きさの体を背中に乗せたまま登れずに、何とか登れるところからようやく陸に上がり背中から下ろして、とにかく横にする。息はあるが体は震えていてとても冷たい。
「だいじょぶ……。だいじょうぶだよ……」
アルテアは同じように横になり、どうしてそうしたらいいと思ったのかは分からないが、体をぴったりくっつけて自分の体温を分けてやる。
頭を撫でて、自分と同じぐらいの大きさの黒髪の少年の体をぎゅっと抱きしめる。柔らかな頬に自分の頬をくっつけるとぴくりと瞼が動いてうっすらと開いた。一瞬だったが瞳は深く澄んだ紫でとても綺麗だ。
(頬っぺたくっつけてたらもっと温かくなって起きるかも!)
黒髪かっこいいね、起きたら友達になろうね、大丈夫だよ、早く元気になって、一緒に遊ぼう、目の色きれい、大丈夫だよ……、たまに自分の願望も混ざりながらも励ましの言葉をうわごとのように何度も繰り返し、アルテアは自分の意識がなくなるまで声をかけ続けたのだった。
マリスを含め屋敷の使用人たちに温かく見送られ、アルテアは一時限目の授業に充分間に合う時間にデルヴァと共にクラスス学院に馬車に乗って向かっている。
「昨日は、よく眠れたか?」
「寝れたけどさ、せっかく花とクッキー持ってうちに来てくれたのになんで顔も見せずに帰ったんだよ。水臭いぞ」
「……。すまない。結構遅い時間……だったし」
「まぁ、それもそうか。あ! でも持ってきてくれた紅茶のクッキ。ホットミルクと相性が良くってめちゃくちゃうまかった。ありがとなー」
あぁ、と素っ気なく短い返事が返ってきたがアルテアは知っている。
正面からありがとうと伝えると、たまに口をほんの少しモゴモゴとさせたあとそっぽを向いて返事をすることがあるという事を。そういう時はたいがいほんのり耳が赤かったり、首筋が赤くなっていることが多い。昔からデルヴァは意外に照れ屋なのだ。
他ではあまり見たことがないから、もしかしたら幼馴染のアルテアにだけ見せる顔なのかもしれない。小さな秘密を自分だけが知っているようで、ちょっぴり優越感に口元が緩ませていると、ようやく赤味の引いたデルヴァが一つ咳払いをして違う話を振ってくる。
「昨日の回復魔法は、ちゃんと効いたと思うが、本当にもう体は平気か?」
「大丈夫だって。デルヴァはほんと心配性だなー」
「アルは、その華奢だし、背も小さい……」
「こら! 小さいって言うな! オレ去年から身長ちょっと伸びたんだぞ」
身長は去年から二センチも伸びて現在一五八センチになった。男性オメガの身長は大きくなっても一六〇から一六五センチぐらいらしいと聞いたことがある。が、アルテアは今年十七。オメガといえどまだまだ育ちざかりの伸び盛りだ。一六〇センチの大台を何とかクリアできると信じている。でも……、と向かい合って座る最近自分よりも身長がぐんぐん伸びている、一七五センチのデルヴァを見る。
(もうさすがにデルヴァには追いつかないな……)
アルファは何においても優秀だ。身長も体格もベータよりももちろん大きいし、オメガとは比べるまでもない。
ふと自分よりも大きくなってしまったデルヴァとの差が今どれだけあるのか知りたくなって、デルヴァの隣に移動して真横に座り両手でデルヴァの二の腕の辺りを掴んだ。
「っっ、アル?」
「あ、急に触ってごめん。でも……、もう、ちょっと」
腕はアルテアがつかんでも両手の指先はくっつかないし、太ももは手のひら五個分ぐらいの大きさだ。首だって自分ものよりもずっとしっかりしているし、鎖骨の骨ばった感じも全然違う。
今度は正面に立って座っているデルヴァを見る。
座っていればさすがに見下ろせるが自分の身長が多少ぐらい伸びたからと言って、この差は今後一生縮まることが無いのかと思うと、どうしようもないことではあるがなんだか悔しくもある。
ガタッガタッ。
と、車輪が石にでも乗り上げたのか、大きな音とともに馬車が小さく揺れた。
ハッとした顔でデルヴァがアルテアを支えようと手を伸ばしたが、アルテアはおっとっととたたらを踏みながらもなんとか耐える。
「へへ! オレ体幹良いだろ?」
えっへんと胸を張った瞬間、ガダッとまた馬車が跳ねるように揺れた。
こんどもバランスをとりつつ、たたらを踏んで耐えてみたが、二度目はふらふらとアルテアはバランスを崩しよろけてしまった。
アルテアの体が大きく前に倒れそうになるのを、デルヴァが手を伸ばして支えるように肩に手を添えた。さらに馬車が揺れて危険だと思ったデルヴァは、支えている方とは反対側のアルテアの手を取り自分の方に引き寄せるよう座席に座らせようとしたが、三度馬車が大きく揺れ、その反動でアルテアの体が思ったよりも浮いて……。
「わわわっわふっ!」
「すまないアル……大丈夫、か……っっ!」
「いた……く、はないな」
体が浮き軽く手を引っ張られ、来たる痛みに耐えるために目を閉じてしまっていアルテアだったが、体は打ち付けられることなく、少し硬いが優しい暖かさに包まれている。
何が起こったのかようやく薄目でみてみれば、アルテアの体はデルヴァの腕の中。膝の上にまたがるようにちょこんと座ったアルテアをデルヴァがしっかりと抱き込んでくれていたのだ。
「うわ、デルヴァ! ごめん! ごめん! オレどっか蹴ったりとかしなかったか?」
アルテアがびっくりしてデルヴァに声をかけたがどう言うわけか、微動だにしない。ぴくりともだ。心配になって動かないデルヴァからアルテアは自分の体を少し離して、急いで膝の上に乗ったまま頭や肩、胸の辺りも怪我などさせてしまっていないか確認する。
さらにアルテアを受け止めてくれた時に反動で背中を痛めたりしなかったかと、さらに背中に手をまわして、大丈夫か?と何度か聞いた。
よくやくぎこちなく頷いたデルヴァに安心して膝を降りようとし動くと、支えてくれている手の大きさが気になった。
先ほどまで考えていたことが頭に甦って、アルテアは短く小さいため息をついてしまう。
もうこんなに体の大きさが全然違う。アルテアがどんなに両手を広げて頑張っても背中で手を合わせられないほど大きいし、足の長さも、手のひらの大きさも。
(知り合った時は、デルヴァと同じぐらいだったのに)
*******
アルテアがデルヴァと出会ったのは、初等部に入学する一年前。
五歳の時だった。
デルヴァの父であるウィスタリア公爵が治めるナンディア地域の西側に風光明媚な温泉地がある。その温泉地で病気治療のためにひと月ほど湯治をしていた祖母を迎えに行くため、アルテアの父であるキャメルと共に迎えに訪れた時に初めて出会った。
丁度その頃アルテアに弟が生まれ、母は一緒には来れなかった。しかし父と一緒に馬車に揺られる初めての遠出に、いつになく興奮していたのを覚えている。
窓から見える外の景色や、この前読んだ本の話、一人で服を着ることが出来たことや、木登りして落ちた話をキャメルはたくさん聞いてくれた。時に頷き、時に大笑いをしながらの父との馬車の旅は楽しすぎて、すぐにナンディアについてしまったのをアルテアは残念に思ったほどだった。
ナンディアに到着した後、すっかり元気になった祖母と合流して、久しぶりに一緒に夕食を食べた。その席で明日は知り合いの茶会に一緒に連れてくれると約束をしてくれた。
あの時、生まれたばかりの弟と世話で忙しい母に甘えることができず、少しだけ寂しさを感じていたアルテアだったが、二人きりの父との馬車の旅、久しぶりの祖母との再会、さらに普段はまだ小さいからと同席したことのない茶会への出席を許され、来たことがない温泉地にとにかくワクワクしっぱなしだったのを今でも覚えている。
転生する前の性格もある程度受け継いだのか、はたまたアルテア本来の性格なのか。
好奇心旺盛なアルテアは、ある程度お茶とお菓子を楽しんだ後、大人の会話が良く分からず聞いていても退屈で、ちゃんとキャメルに断りを入れてから大きな庭に一人で出ていくことにした。
茶会はナンディアの伯爵家が持つ別荘で行われていたが、子供で参加しているのは残念ながらアルテアだけのように見えた。
大きな屋敷でおおきな庭に池があり、さらに控えめながら滝もあった。滝など見たことがなかったアルテアは、滝の裏をみるぞと勢い勇んで向かう。
大きな池にはきれいな色の、今思えば鯉のような魚が数匹優雅に泳いでいて、それを見ながらアルテアはひょいっと飛び石を渡った。小さな子供では飛び石を渡るのに苦労はしたけれど……。
「これ、冒険じゃん!!」
楽しくて、ワクワクが止まらない。
静かに上から落ちてくる滝の水に濡れながらも水で塗れた滑りやすい飛び石をなんなく渡り切り、小さな道から滝の裏側に入り込んだ。
「おぉぉー! すごいー! すごーい!」
滝というものを絵本以外で見たことがなく、本物の滝を見れたどころか後ろからも見ることが出来るなんてと興奮が最高潮に高まり、一人なのに物凄く大きな声を出してアルテアは飛び跳ねた。
流れ落ちる水は音を立てて池に落ちていく。落ちてきた水が小さく飛沫をあげてアルテアの髪を透明な滴が飾り立てた。水面を覗き込むと、思ったよりも浅いように見える。近くにあった長い木の端を池に突き立て、深さを測ると自分の肩ぐらいまでの深さだとわかった。
滝つぼの辺りは危ないと本で読んだことがあったアルテアは、不用意には近づかず滝の後ろ側から出た。滝から少しだけ離れた大きな石に腰掛ければ近くでカナカナ、リンリンっと聞いたことのない虫の音が聞こえて、音を真似ながら虫と一緒に歌った。
大冒険したような気持ちになったアルテアだったが、一つだけ足りないものがあった。
相棒だ。
冒険する時は友達や相棒が一緒なら、怖くないし楽しいし勇気が湧くのだ。
読んでいた冒険活劇の物語の主人公が言っていたから間違いない。
次に冒険する時は絶対に誰かと一緒かにするぞ、と謎の誓いを立てて座っていた石から立ちあがろうとしたアルテアは、自分が立っていた場所からちょうど反対側、屋敷側の池の淵に立つ人影を見た。帽子をかぶっているが、着ている洋服から男の子で間違いないと思った。
何故だか会ったことのないけれど、あの子は絶対にずっと冒険してくれるという謎の確信のようなものをビビッと感じたアルテアは、その男の子に向かって走り出した。すっごく仲良しになったら、相棒ってやつになれるかも!!と思うとさらにワクワクして、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように飛び石を渡る途中、強い風が吹いた。
すると向こう側にいた子供の帽子が風に飛ばされて、その髪の色があらわになる。
(わわ!! まっくろで、とってもかっこいい!)
しかしその男の子は帽子が飛んでしまったことに慌てた様子だ。わたわたと頭を触ったかと思うと、きょろきょろと帽子を探してせわしなく視線を彷徨わせた。ようやく見つけた帽子は、風に飛ばされて池の中に浮かんでいる。
池の淵に立てば、網で届きそうだ。誰か大人の人に頼めばすぐに取れる。すぐに帽子が取れたなら、あの子と沢山遊べる!
そう思っていたのに、きょろきょろとまた周りを見渡した後、ぺたりと地面に座り込んで懸命に手を伸ばし始めた。小さな子供に届く距離では決していないのに。
「あ、あぶない! あぶないよー!!」
大きな声で声をかけ続けたが、アルテアの声はその子供に届かず、何かに捕らわれたように必死に手を伸ばし続ける。
アルテアも、声をかけ続け必死に注意をしながらと懸命に足を前に前にと動かした。
周りに大人は誰もいない。
必死に伸ばす自分と同じ小さな手では、帽子に届きそうで、届かない。
それでも何かに捕らわれたかのように、帽子に手を伸ばし続ける。
アルテアも必死に池の淵を走る。
「はあはあ、あぶない!! あっ!」
ざばっという音が鳴って小さなしぶきがあがり、黒髪の子供が池の中に吸い込まれる様に落ちていく……。
助けなくちゃ! 友達になるんだから! 一緒に遊ぶんだから! オレ、助けなくちゃ!!
そう思うと、後ろから風にぐんと押される様な感覚がアルテアを包んだ。
一足飛びにその子供のそばに行きたいと願いえば、小さく未熟なアルテアに風が力を貸してくれ、なんと水の上を走って反対側の池の淵に到着できた。
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アルテアは弾む息とはやる気持ちを深呼吸しながら落ち着かせて水面と水の中を注意深く観察する、とすぐに池の端からそんなに離れていないところに沈んでいるのが見えた。
大丈夫だ、きっと大丈夫だ。アルテアはさっき確認した。
この池は自分の肩ぐらいの深さだった。場所は違えどあまり変わらないはず、と思いながら池の端に立っていたアルテアは躊躇なく池に入れば、もう少し浅く、水はアルテアの胸より少しだけ上の深さだった。
「大丈夫。大丈夫……」
すぐに水分を含んだ服が重たくなるが、池の深さは自分の胸ぐらいの高さだ。
転んで自分も溺れてしまわないようにゆっくりと水の中を数歩歩き、さらに子供のそばまで注意しながら距離を詰める。
自分が動けば水も動いて、水面下の少年に少し近づけば少し離れる。一進一退を繰り返しようやく近づいた。
アルテアに助けを求め伸ばしているようにも見える手を見て、絶対にあきらめたりするもんかと、水で重たい身体をゆっくりと動かし続けた。
お互いの手が触るとアルテアは引っ張り上げおんぶするように自分の背中になんとか背負う。黒髪の少年はアルテアが背負うと、安心したかのようにぐったりと体を預けてきて、体重が増したように感じた。意識が無いのかもしれない。正直かなり疲れていたけれど、人助けが出来ているという高揚感とわずかながら感じる水の浮力の力を借りてなんとか前に進む。足元に気をつけながら静かに池の端に向かって再び歩き始めた。
池の端まできても自分の胸ぐらいまで水がある。少年の顔が水に浸からないように肩に顎を乗せる様にして歩く。
背中に乗せた黒髪の少年は自分と同じぐらいか小さいぐらい。
きっと同い年だ。ちゃんと元気になったら一緒に遊べる友達になれるだろうか。
何とか辿り着いた池の淵だが、自分と同じぐらいの大きさの体を背中に乗せたまま登れずに、何とか登れるところからようやく陸に上がり背中から下ろして、とにかく横にする。息はあるが体は震えていてとても冷たい。
「だいじょぶ……。だいじょうぶだよ……」
アルテアは同じように横になり、どうしてそうしたらいいと思ったのかは分からないが、体をぴったりくっつけて自分の体温を分けてやる。
頭を撫でて、自分と同じぐらいの大きさの黒髪の少年の体をぎゅっと抱きしめる。柔らかな頬に自分の頬をくっつけるとぴくりと瞼が動いてうっすらと開いた。一瞬だったが瞳は深く澄んだ紫でとても綺麗だ。
(頬っぺたくっつけてたらもっと温かくなって起きるかも!)
黒髪かっこいいね、起きたら友達になろうね、大丈夫だよ、早く元気になって、一緒に遊ぼう、目の色きれい、大丈夫だよ……、たまに自分の願望も混ざりながらも励ましの言葉をうわごとのように何度も繰り返し、アルテアは自分の意識がなくなるまで声をかけ続けたのだった。
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陽花紫
BL
領主ヴァルはその日、最果ての北国から男の花嫁エルを迎え入れた。エルの国の衣服は、着膨れてしまうほどに分厚かった。
エルの嫁入りから幸せに暮らす日々を描いた、ほのぼのとしたお話。
小説家になろう、ムーンライトノベルズにも掲載中です。
こちらではR18話もあわせて掲載していきます。
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
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