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6.誤解は解かれた、が。
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時間は昼過ぎ。
午後のお茶の時間はどこでどう過ごしても良い。窓からは中庭で沢山の生徒が楽しそうに会話をしながら思い思いに過ごしているのが聞こえてくる。
普段であれば昼食が終わってからさらに一時間ゆっくりとお茶を楽しむ時間だが、アルテアは今日のお茶の時間をこれっぽっちも楽しめる気がしなかった。
正直羨ましすぎると、アルテアはこれ見よがしに何度目かになる大きなため息をついた。
お茶の時間を楽しめる気がしないのも、羨ましくて大きなため息をついたのも、全て普段なら嬉しい楽しい昼食を早々に切り上げ、来たくもない共同棟の一室にロディーテとジェイムの二人に呼びつけられたことが原因だ。
「アルテアもソニアもよく来てくれたね。ありがとう。あとデルヴァもね」
三人で長い廊下を歩き指定された共用棟の一室に着くと、二年コモンAクラスの担任ベルギアが礼を言いながら出迎えてくれた。お茶の準備をしてくれてくれていたらしく、ふんわりと優しい紅茶の香りが部屋に漂う。
中に入れば、穏やかなベルギアの声以外は音がせず、しんと静かだ。促される様に四人掛けの大きなソファーにデルヴァ、アルテア、ソニアが座った。ちなみに心配性のデルヴァは昼休みになるや否やアルテアのいるBクラスにやってきて一緒に食事をした後、入念にアルテアのネックガードを確認してからずっとそばを離れることなくここまでやってきた。
そして、大きな木製のテーブルを挟んで目の前には長い脚を組んで優雅に微笑むロディーテと、腕組みをして無表情のジェイムがすでに座っており、ベルギアは運んできた紅茶を一人一人の前に出してから長机の短辺に一人座った。
「良かったらどうぞ。上手く淹れられてるといいんだけれど」
午後のお茶の時間は楽しめないと思ってため息ばかりついていたが、出されたいい香りの紅茶とクッキーに罪はなし。
アルテアは第二王子であるロディーテが手をつけるのを確認した後、自らも紅茶を口につけた。
(うまぁぁー)
琥珀の水色《すいしょく》は透き通り、ほんのりと加えられている蜂蜜と心持ち濃く淹れられた紅茶の塩梅がとてもいい。あとでこの茶葉と蜂蜜が買える店と淹れ方を教えてもらおうとほんの少し機嫌が良くなったアルテアがホクホク顔で考えていると、ベルギアが困ったような笑みを浮かべてアルテアに話しかけた。
「アルテアはね、元気なのはいいけれど、飛び蹴りはね、良くないよ」
「う……、それは、はい。すみませんでした!」
ベルギアに柔らかく諭されるとアルテアが大きな声で謝る。それを見てベルギアは優しい笑みを浮かべてくすくすと笑った。隣にいるデルヴァも同じように口元に優しい笑みを浮かべアルテアの肩を優しく叩く。
しかし、ベルギアは反対にロディーテとジェイムには厳しい声をかけた。
「私も昨日あの場にいたのに、フォロー出来なくて申し訳なかった。改めて謝罪しよう。申し訳なかったね。ソニア。それから殿下とジェイム。昨日の事を聞きたいならばもう少し優しくしなくちゃダメでしょう。ソニア君の第二性を考えればアルファの生徒に何かしら強要された可能性だって考えられるはずですよ」
一斉に皆の視線がソニアに集まった。首にあるネックガードが第二性を告げているのだ。誰が見ても、オメガなのだと。
その視線が怖かったのか、はたまたベルギアの言葉に自分がとがめられていると思ったのか、小さく体をこわばらせ、視線を床に落とした。
その様子に再びアルテアの心が痛む。
朝のホームルーム前。昨日の話がしたいとソニアを無理やり連れて行こうとしたロディーテとジェイムを何とか阻止しようと押し問答を繰り返した末、アルテアは辛抱ならんとばかりにジェイムに渾身の回し蹴りを食らわせてやったのだ。そして飛び蹴りを食らわせたその瞬間を、教室にやってきたベルギアとデルヴァにタイミングよく目撃されたわけである。
あの時は話を聞いてくれるような雰囲気はなく、命令というほどではないが有無を言わせない物言いに、歩み寄ろうとしないで勝手に決めようとするその態度に、結局自分たちがすべてにおいて優位であるという無言の圧力のような気がして、無性に腹が立った。
もちろん暴力に出てしまった事は良くないと反省はしているが、飛び蹴りを食らわせたことに全く持って後悔はない。
「先生、私達は決して彼に無理強いをしようとしたわけでは……」
「その通りです。私達は……」
弁明を口にするロディーテとジェイムに、思わず「は?」とアルテアは大きな声を出して反論する。
「ソニアは昨日転入してきたばかりなんです。慣れない転入初登校日に急に知らない奴らに絡まれて、怖い思いをしたってのに。無理強いしようとしていない? 朝あんなに強引に連れて行こうとしたくせに!」
朝の怒りがまたもやこみあげて、その場で勢いに任せて立ち上がったアルテアだったが、尻の辺りに一瞬痛みが走る。ふらりとバランスを崩したアルテアをデルヴァが何事もなかったかのように抱き留めた。
怒りは収まらないがその矛先は決してデルヴァではない。
優しく気遣ってくれる幼馴染にアルテアが礼を言うと、デルヴァは当然だとばかりに軽く頷き座っていた場所にゆっくりとおろしてくれる。
朝、確かにジェイムに飛び蹴りは見事にヒットした。それはそれは見事な回し蹴りを披露したアルテアだったが、勢いがありすぎてうまく受け身が取れずに床に転んでしまったのだった(その場を見ていたデルヴァがすぐに大騒ぎで医務室に運んでくれた)。ただの打ち身なので湿布を貼ってもらって帰ってきたが、休み時間に念のため湿布を取り換えようとトイレで見て見たら、お尻の辺りに大きな痣が出来ているではないか。
「あまり無理するな。やはり回復魔法をかけておくか?」
「いやいや、回復魔法かけてもらうほどじゃないって……」
十七にもなるというのに飛び蹴りかました拍子に転んで尻に青痣作りました、だなんて……。流石に恥ずかしくて顔が熱くなる。羞恥心で赤くなっているであろう自分を見られたくなくてアルテアはついデルヴァから顔をそらした。
そんな二人のやり取りを気にすることなくロディーテはソニアを真っすぐ見ている。
「そうか……。君が昨日転入してきたオメガの生徒だったのか」
ロディーテとジェイムもどうやらオメガの転入生が入ってくることは知っていたようだ。
バース絡みのトラブルかもしれない出来事があったのだから、やはり当事者たちにちゃんと話を聞かなかったことが良くない。と、アルテアの怒りがまたふつふつと湧き上がった。
「編入初日、見知らぬアルファ四人に校舎の人から見えないようなところに連れ込まれるなんて、オメガなら怖いに決まっています」
「ちょっと待て。そんな話は、当人たちからは聞いてないが」
「オレが助けに入った時なんて……」
「ちょっと待て、待てと言っている、アルテア ユーフォルビア。もう少しちゃんとした説明を」
話を聞いていたジェイムが一旦話を止めようとする。
しかし待てと言われても今のアルテアは止まれない。
「だーかーらー! 校舎と校舎の見えにくい壁の間に連れ込まれてダミアン キリングに襟ぐりと手首を掴まれてたの! それを取り巻きもにやにやしながら見ててっ! 腹が立つったら仕方なかったよ。アルファ四人に囲まれてたらどうしたって勝ち目なんかない。オレが加勢したって悔しいけど全然ダメだった……。ようやく悪漢から助けてくれたと思ったイケメンたちが翌日教室に会いに来てくれたのかと思えば、話聞くためとはいえ圧迫面接してきて、さらに無理矢理腕掴んで連れて行こうとするし!」
「待て、アルテア ユーフォルビア」
興奮気味で言葉遣いの荒くなっていたアルテアだったが、ロディーテの王族然とした口調に、ようやくその口が止まる。ロディーテはそのままソニアに優しく問いかける。
「ソニア アルビカンス。本当にそんなことがあったのかい?」
「……」
「昨日はちゃんと事情も聞かずに帰してしまってすまなかった。大丈夫。悪いようにはしないと約束する」
ロディーテの心からの物言いに、ソニアの長いまつげが揺れて、ぎゅっと瞑っていた目をようやく開き、意を決したようにつぐんでいた口を開いた。
「……昨日は転入してきたばかりで、寮に帰ろうと中庭に出たところで迷ってしまったんです。そこで声をかけられて、お茶に誘われたのですが、存じ上げない方々でしたのでお断りしたんですけれど……」
「ナンパ、か?」
ロディーテとジェイム、ベルギアに続いてデルヴァまでも腹の底から出たような低い声を発した。
「それで、何度もお断りしたんですけれど、急に校舎の陰でネックガードを触られたり、抱きつかれそうになったりして……」
「ネックガードに? ちょっとたちが悪いね……。その手首が赤いのもその時に?」
と、ロディーテがそっとソニアの手首の赤味を指さす。隠しきれていない赤い痕が袖口から少しだけ見えていた。
「えっと、これは……」
「大丈夫だから、言ってみて。ね?」
「……、朝、ジェイム様に掴まれたときに……」
「……、それは……。くっ、すまない」
観念したソニアの返事を聞いて、ぎろりとロディーテとベルギアがジェイムを睨む。
細く白い腕にうっすら見える赤い痕をもう一度見て、ロディーテが口を真一文字に閉じ、ジェイムは眉間に親指を当てて、なんとかもう一度「すまない……」と神妙な表情で一言を絞り出した。
ばつが悪そうに謝るジェイムの表情と共に、昨日からの一連の出来事が、アルテアの中で違和感を持って一つに繋がろうとしていた。
(ん~……?)
それで?と先を促すベルギアの言葉に、ソニアが先を進めた。
「強引に体を寄せられてびっくりしたところをアルテア様が助けに入ってくださったんです。でもアルテア様が一番大きな人に背中から蹴り飛ばされて……。そのあと皆さんがあの場所にいらしたんです」
「なんてことだ。見回りの途中、何人かの生徒が呼びに来たのはそんなことがあったからか……」
ようやく合点がいったというように、大きく息を吸いゆっくりと長い息をはいたあと、ロディーテはようやく閉じていた瞳を開けた。
「ちなみにアルテア ユーフォルビア、君が飛び蹴りを食らわせた相手は、ダミアン キリングで間違いないのか?」
口元は微笑んでいるというのに、背中にぞくりと悪寒が走るようなロディーテの冷たい物言いに、ソニアが息をのんだのが分かった。
一方ロディーテの冷たい物言いにびっくりはしたものの別の意味で動揺していたアルテアは、落ち着きたい一心でデルヴァの手をぎゅっと握って、ロディーテに間違いないです、と答える。
「アルテア様は面識もないボクを助けてくださって、とても感謝しています」
「あ、えっと……まぁ、困ってるヤツはほっとけないっていうか……」
「そうだったのか! アルファに立ちう向かうなんて、凄いな。アルテア ユーフォルビア。」
(待て待て待て待て)
うわの空で返事を返すも、何故かソニアの自分《アルテア》に対する好感度が爆上がりしている気もするし、ロディーテもジェイムも、ベルギアの好感度も上々な気もするが……。気になるのは今はそこではなかった。
アルテアの心中は、もう嵐のように乱れに乱れている。
(んー? んんー??)
「校内でのオメガの生徒へのしつこい付きまといやナンパ行為は禁止されている。こちらもしっかりと調査せず、申し訳なかった」
「ダミアン キリングとその他三人はちょっとした道案内をしただけだと言っていたのを僕達は鵜呑みに……。恐らく君が編入生だと知って、禁止事項を知らないと鷹を括ってしつこく付きまとったのだろう……。本当にすまない」
「アルテア ユーフォルビア。貴殿はアルファから転入生を守ろうとしたのだな」
(んーーーー、んんんんんーーーーーーーー)
どうしてかわからないがご都合主義よろしくどんどん旨く話がまとまっていくが、ちょっと待って欲しいとアルテアは混乱する頭で思っていた。
じゃぁ、あのオープニングは何だったのかと。
冒頭で悪漢に襲われた主人公を助けに来た彼らと恋に落ちるのではなかったのかと。甘々溺愛生活まっしぐらなんじゃなかったのかと!
……。
………。
…………あれ?
違う、な……。
アルテアはしつこいナンパで困っていたソニアを助けた。が、ナンパしていた四人は姉が言っていた悪漢ではない。確かにオープニングムービーには悪漢に襲われるような描写はなかった。意地悪令息っぽい男に囲まれ怯える主人公の描写があっただけだ。
何回も姉の解説付きで聞いていた弊害か、他のエピソードと結びついて、オープニングムービーで主人公を悪漢から助けて話が進んでいくのだと勘違いしてしまっていたのだ。
『出会いこそ塩だけどその後のギャップで風邪引けてヤバいし、ドルチェのエロ少な目だけど中盤で悪漢から助けた後のさ、両片思いを経てからの両想いから繰り広げられるデロ甘溺愛がそれはもう存分に味わえるのが最高……』
そう!そうだった。悪漢に襲われるの、中盤だよ!!
葵の記憶によれば、悪漢が出てくるのは中盤で、襲われた後からなんやかんやで両想いになって溺愛生活が始まるのだと姉は言っていたと思う。
(しつこくナンパされてたんだから、助けるのは当然で、全然間違った事してないけど! あいつら悪漢じゃなくてただのナンパヤローだったのかー)
何度も思うが、ソニアを助けるためにダミアンに飛び蹴りを食らわせたことは後悔していない。ソニアを無理矢理連れて行こうとしたジェイムに飛び蹴りを食らわせたことも反省しているがこちらも後悔していない。
「アルは、本当にすごいんだ」
「はい。アルテア様は凄いと思います」
「小さいながらも誰かを全力で助けようとするとは、騎士のようだな」
「その心意気、感服する」
「偉いねぇ」
ロディーテとジェイムの二人が強引にソニアに話を聞こうとしたことは許せないが、ちゃんと謝ってくれたのは単純に嬉しい。ソニアがないがしろにされなくて本当に良かったと思う。
しかし、悪漢とナンパを間違えるという小さな思い違いをして、ロディーテとジェイムに若干見当違いの怒りを向けた自分に何となくいたたまれなくなったアルテアは、あはははは、と力なく笑う事しかできなかった……。
午後のお茶の時間はどこでどう過ごしても良い。窓からは中庭で沢山の生徒が楽しそうに会話をしながら思い思いに過ごしているのが聞こえてくる。
普段であれば昼食が終わってからさらに一時間ゆっくりとお茶を楽しむ時間だが、アルテアは今日のお茶の時間をこれっぽっちも楽しめる気がしなかった。
正直羨ましすぎると、アルテアはこれ見よがしに何度目かになる大きなため息をついた。
お茶の時間を楽しめる気がしないのも、羨ましくて大きなため息をついたのも、全て普段なら嬉しい楽しい昼食を早々に切り上げ、来たくもない共同棟の一室にロディーテとジェイムの二人に呼びつけられたことが原因だ。
「アルテアもソニアもよく来てくれたね。ありがとう。あとデルヴァもね」
三人で長い廊下を歩き指定された共用棟の一室に着くと、二年コモンAクラスの担任ベルギアが礼を言いながら出迎えてくれた。お茶の準備をしてくれてくれていたらしく、ふんわりと優しい紅茶の香りが部屋に漂う。
中に入れば、穏やかなベルギアの声以外は音がせず、しんと静かだ。促される様に四人掛けの大きなソファーにデルヴァ、アルテア、ソニアが座った。ちなみに心配性のデルヴァは昼休みになるや否やアルテアのいるBクラスにやってきて一緒に食事をした後、入念にアルテアのネックガードを確認してからずっとそばを離れることなくここまでやってきた。
そして、大きな木製のテーブルを挟んで目の前には長い脚を組んで優雅に微笑むロディーテと、腕組みをして無表情のジェイムがすでに座っており、ベルギアは運んできた紅茶を一人一人の前に出してから長机の短辺に一人座った。
「良かったらどうぞ。上手く淹れられてるといいんだけれど」
午後のお茶の時間は楽しめないと思ってため息ばかりついていたが、出されたいい香りの紅茶とクッキーに罪はなし。
アルテアは第二王子であるロディーテが手をつけるのを確認した後、自らも紅茶を口につけた。
(うまぁぁー)
琥珀の水色《すいしょく》は透き通り、ほんのりと加えられている蜂蜜と心持ち濃く淹れられた紅茶の塩梅がとてもいい。あとでこの茶葉と蜂蜜が買える店と淹れ方を教えてもらおうとほんの少し機嫌が良くなったアルテアがホクホク顔で考えていると、ベルギアが困ったような笑みを浮かべてアルテアに話しかけた。
「アルテアはね、元気なのはいいけれど、飛び蹴りはね、良くないよ」
「う……、それは、はい。すみませんでした!」
ベルギアに柔らかく諭されるとアルテアが大きな声で謝る。それを見てベルギアは優しい笑みを浮かべてくすくすと笑った。隣にいるデルヴァも同じように口元に優しい笑みを浮かべアルテアの肩を優しく叩く。
しかし、ベルギアは反対にロディーテとジェイムには厳しい声をかけた。
「私も昨日あの場にいたのに、フォロー出来なくて申し訳なかった。改めて謝罪しよう。申し訳なかったね。ソニア。それから殿下とジェイム。昨日の事を聞きたいならばもう少し優しくしなくちゃダメでしょう。ソニア君の第二性を考えればアルファの生徒に何かしら強要された可能性だって考えられるはずですよ」
一斉に皆の視線がソニアに集まった。首にあるネックガードが第二性を告げているのだ。誰が見ても、オメガなのだと。
その視線が怖かったのか、はたまたベルギアの言葉に自分がとがめられていると思ったのか、小さく体をこわばらせ、視線を床に落とした。
その様子に再びアルテアの心が痛む。
朝のホームルーム前。昨日の話がしたいとソニアを無理やり連れて行こうとしたロディーテとジェイムを何とか阻止しようと押し問答を繰り返した末、アルテアは辛抱ならんとばかりにジェイムに渾身の回し蹴りを食らわせてやったのだ。そして飛び蹴りを食らわせたその瞬間を、教室にやってきたベルギアとデルヴァにタイミングよく目撃されたわけである。
あの時は話を聞いてくれるような雰囲気はなく、命令というほどではないが有無を言わせない物言いに、歩み寄ろうとしないで勝手に決めようとするその態度に、結局自分たちがすべてにおいて優位であるという無言の圧力のような気がして、無性に腹が立った。
もちろん暴力に出てしまった事は良くないと反省はしているが、飛び蹴りを食らわせたことに全く持って後悔はない。
「先生、私達は決して彼に無理強いをしようとしたわけでは……」
「その通りです。私達は……」
弁明を口にするロディーテとジェイムに、思わず「は?」とアルテアは大きな声を出して反論する。
「ソニアは昨日転入してきたばかりなんです。慣れない転入初登校日に急に知らない奴らに絡まれて、怖い思いをしたってのに。無理強いしようとしていない? 朝あんなに強引に連れて行こうとしたくせに!」
朝の怒りがまたもやこみあげて、その場で勢いに任せて立ち上がったアルテアだったが、尻の辺りに一瞬痛みが走る。ふらりとバランスを崩したアルテアをデルヴァが何事もなかったかのように抱き留めた。
怒りは収まらないがその矛先は決してデルヴァではない。
優しく気遣ってくれる幼馴染にアルテアが礼を言うと、デルヴァは当然だとばかりに軽く頷き座っていた場所にゆっくりとおろしてくれる。
朝、確かにジェイムに飛び蹴りは見事にヒットした。それはそれは見事な回し蹴りを披露したアルテアだったが、勢いがありすぎてうまく受け身が取れずに床に転んでしまったのだった(その場を見ていたデルヴァがすぐに大騒ぎで医務室に運んでくれた)。ただの打ち身なので湿布を貼ってもらって帰ってきたが、休み時間に念のため湿布を取り換えようとトイレで見て見たら、お尻の辺りに大きな痣が出来ているではないか。
「あまり無理するな。やはり回復魔法をかけておくか?」
「いやいや、回復魔法かけてもらうほどじゃないって……」
十七にもなるというのに飛び蹴りかました拍子に転んで尻に青痣作りました、だなんて……。流石に恥ずかしくて顔が熱くなる。羞恥心で赤くなっているであろう自分を見られたくなくてアルテアはついデルヴァから顔をそらした。
そんな二人のやり取りを気にすることなくロディーテはソニアを真っすぐ見ている。
「そうか……。君が昨日転入してきたオメガの生徒だったのか」
ロディーテとジェイムもどうやらオメガの転入生が入ってくることは知っていたようだ。
バース絡みのトラブルかもしれない出来事があったのだから、やはり当事者たちにちゃんと話を聞かなかったことが良くない。と、アルテアの怒りがまたふつふつと湧き上がった。
「編入初日、見知らぬアルファ四人に校舎の人から見えないようなところに連れ込まれるなんて、オメガなら怖いに決まっています」
「ちょっと待て。そんな話は、当人たちからは聞いてないが」
「オレが助けに入った時なんて……」
「ちょっと待て、待てと言っている、アルテア ユーフォルビア。もう少しちゃんとした説明を」
話を聞いていたジェイムが一旦話を止めようとする。
しかし待てと言われても今のアルテアは止まれない。
「だーかーらー! 校舎と校舎の見えにくい壁の間に連れ込まれてダミアン キリングに襟ぐりと手首を掴まれてたの! それを取り巻きもにやにやしながら見ててっ! 腹が立つったら仕方なかったよ。アルファ四人に囲まれてたらどうしたって勝ち目なんかない。オレが加勢したって悔しいけど全然ダメだった……。ようやく悪漢から助けてくれたと思ったイケメンたちが翌日教室に会いに来てくれたのかと思えば、話聞くためとはいえ圧迫面接してきて、さらに無理矢理腕掴んで連れて行こうとするし!」
「待て、アルテア ユーフォルビア」
興奮気味で言葉遣いの荒くなっていたアルテアだったが、ロディーテの王族然とした口調に、ようやくその口が止まる。ロディーテはそのままソニアに優しく問いかける。
「ソニア アルビカンス。本当にそんなことがあったのかい?」
「……」
「昨日はちゃんと事情も聞かずに帰してしまってすまなかった。大丈夫。悪いようにはしないと約束する」
ロディーテの心からの物言いに、ソニアの長いまつげが揺れて、ぎゅっと瞑っていた目をようやく開き、意を決したようにつぐんでいた口を開いた。
「……昨日は転入してきたばかりで、寮に帰ろうと中庭に出たところで迷ってしまったんです。そこで声をかけられて、お茶に誘われたのですが、存じ上げない方々でしたのでお断りしたんですけれど……」
「ナンパ、か?」
ロディーテとジェイム、ベルギアに続いてデルヴァまでも腹の底から出たような低い声を発した。
「それで、何度もお断りしたんですけれど、急に校舎の陰でネックガードを触られたり、抱きつかれそうになったりして……」
「ネックガードに? ちょっとたちが悪いね……。その手首が赤いのもその時に?」
と、ロディーテがそっとソニアの手首の赤味を指さす。隠しきれていない赤い痕が袖口から少しだけ見えていた。
「えっと、これは……」
「大丈夫だから、言ってみて。ね?」
「……、朝、ジェイム様に掴まれたときに……」
「……、それは……。くっ、すまない」
観念したソニアの返事を聞いて、ぎろりとロディーテとベルギアがジェイムを睨む。
細く白い腕にうっすら見える赤い痕をもう一度見て、ロディーテが口を真一文字に閉じ、ジェイムは眉間に親指を当てて、なんとかもう一度「すまない……」と神妙な表情で一言を絞り出した。
ばつが悪そうに謝るジェイムの表情と共に、昨日からの一連の出来事が、アルテアの中で違和感を持って一つに繋がろうとしていた。
(ん~……?)
それで?と先を促すベルギアの言葉に、ソニアが先を進めた。
「強引に体を寄せられてびっくりしたところをアルテア様が助けに入ってくださったんです。でもアルテア様が一番大きな人に背中から蹴り飛ばされて……。そのあと皆さんがあの場所にいらしたんです」
「なんてことだ。見回りの途中、何人かの生徒が呼びに来たのはそんなことがあったからか……」
ようやく合点がいったというように、大きく息を吸いゆっくりと長い息をはいたあと、ロディーテはようやく閉じていた瞳を開けた。
「ちなみにアルテア ユーフォルビア、君が飛び蹴りを食らわせた相手は、ダミアン キリングで間違いないのか?」
口元は微笑んでいるというのに、背中にぞくりと悪寒が走るようなロディーテの冷たい物言いに、ソニアが息をのんだのが分かった。
一方ロディーテの冷たい物言いにびっくりはしたものの別の意味で動揺していたアルテアは、落ち着きたい一心でデルヴァの手をぎゅっと握って、ロディーテに間違いないです、と答える。
「アルテア様は面識もないボクを助けてくださって、とても感謝しています」
「あ、えっと……まぁ、困ってるヤツはほっとけないっていうか……」
「そうだったのか! アルファに立ちう向かうなんて、凄いな。アルテア ユーフォルビア。」
(待て待て待て待て)
うわの空で返事を返すも、何故かソニアの自分《アルテア》に対する好感度が爆上がりしている気もするし、ロディーテもジェイムも、ベルギアの好感度も上々な気もするが……。気になるのは今はそこではなかった。
アルテアの心中は、もう嵐のように乱れに乱れている。
(んー? んんー??)
「校内でのオメガの生徒へのしつこい付きまといやナンパ行為は禁止されている。こちらもしっかりと調査せず、申し訳なかった」
「ダミアン キリングとその他三人はちょっとした道案内をしただけだと言っていたのを僕達は鵜呑みに……。恐らく君が編入生だと知って、禁止事項を知らないと鷹を括ってしつこく付きまとったのだろう……。本当にすまない」
「アルテア ユーフォルビア。貴殿はアルファから転入生を守ろうとしたのだな」
(んーーーー、んんんんんーーーーーーーー)
どうしてかわからないがご都合主義よろしくどんどん旨く話がまとまっていくが、ちょっと待って欲しいとアルテアは混乱する頭で思っていた。
じゃぁ、あのオープニングは何だったのかと。
冒頭で悪漢に襲われた主人公を助けに来た彼らと恋に落ちるのではなかったのかと。甘々溺愛生活まっしぐらなんじゃなかったのかと!
……。
………。
…………あれ?
違う、な……。
アルテアはしつこいナンパで困っていたソニアを助けた。が、ナンパしていた四人は姉が言っていた悪漢ではない。確かにオープニングムービーには悪漢に襲われるような描写はなかった。意地悪令息っぽい男に囲まれ怯える主人公の描写があっただけだ。
何回も姉の解説付きで聞いていた弊害か、他のエピソードと結びついて、オープニングムービーで主人公を悪漢から助けて話が進んでいくのだと勘違いしてしまっていたのだ。
『出会いこそ塩だけどその後のギャップで風邪引けてヤバいし、ドルチェのエロ少な目だけど中盤で悪漢から助けた後のさ、両片思いを経てからの両想いから繰り広げられるデロ甘溺愛がそれはもう存分に味わえるのが最高……』
そう!そうだった。悪漢に襲われるの、中盤だよ!!
葵の記憶によれば、悪漢が出てくるのは中盤で、襲われた後からなんやかんやで両想いになって溺愛生活が始まるのだと姉は言っていたと思う。
(しつこくナンパされてたんだから、助けるのは当然で、全然間違った事してないけど! あいつら悪漢じゃなくてただのナンパヤローだったのかー)
何度も思うが、ソニアを助けるためにダミアンに飛び蹴りを食らわせたことは後悔していない。ソニアを無理矢理連れて行こうとしたジェイムに飛び蹴りを食らわせたことも反省しているがこちらも後悔していない。
「アルは、本当にすごいんだ」
「はい。アルテア様は凄いと思います」
「小さいながらも誰かを全力で助けようとするとは、騎士のようだな」
「その心意気、感服する」
「偉いねぇ」
ロディーテとジェイムの二人が強引にソニアに話を聞こうとしたことは許せないが、ちゃんと謝ってくれたのは単純に嬉しい。ソニアがないがしろにされなくて本当に良かったと思う。
しかし、悪漢とナンパを間違えるという小さな思い違いをして、ロディーテとジェイムに若干見当違いの怒りを向けた自分に何となくいたたまれなくなったアルテアは、あはははは、と力なく笑う事しかできなかった……。
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第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
北国の着膨れた花嫁と領主様
陽花紫
BL
領主ヴァルはその日、最果ての北国から男の花嫁エルを迎え入れた。エルの国の衣服は、着膨れてしまうほどに分厚かった。
エルの嫁入りから幸せに暮らす日々を描いた、ほのぼのとしたお話。
小説家になろう、ムーンライトノベルズにも掲載中です。
こちらではR18話もあわせて掲載していきます。
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
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