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5.再会
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馬車を降りた後もアルテアはデルヴァとなんとなく手を繋いだまま歩き、教室の前に到着した。
中からはいつも通りクラスメイトの賑やかな話し声が聞こえてくる。
クラスス学院では高校にあたる入学一年目から三年間はアルファだけのオーサムクラスと、ベータとオメガ混合のコモンクラスに分かれる(自衛も出来るようにバース性について学び終えたあと、大学に当たる四年生からバース性で分けられることはなく選択授業制になる)。
どの学年もオーサムクラスはニクラス、ベータとオメガの混合クラスであるコモンクラスは成績順でA・B・Cと成績順で三クラスに分かれており、アルテアは現在Bクラス。体育の成績は小さい頃から続けている剣術と体術のおかげもあって学年トップクラスだが、勉強の方は頑張って頑張って上の中のさらに中のちょこっと上。将来なりたい職につくためにこれ以上成績は落とせない。
アルテアは特に飛び抜けた何かを持っているわけではないが、頑張ってほんの少し勉強が出来るそこそこ運動神経のいいタイプのモブなのである。
「はよー」
がらりと教室のドアを開けると一斉にアルテアとデルヴァに視線が集まった。
一瞬賑やかな話し声が途切れ……、ピリッとした空気が数秒流れた後、全員の頭が頷くかのように少し上下する。そして、すぐに先ほどと同じように賑やかな雰囲気に戻り、クラスメイトから挨拶が返ってきた。デルヴァが教室に来る時にはよくあることなのだ。昨年一年アルテアと同じクラスで多少慣れた生徒も、クラス替えしたばかりで初めて見る生徒も、どちらにしても教室に普段はいないアルファがいると流石に緊張するのかもしれない。
「アル、今日の放課後、パンケーキを食べに行かないか? ほら、楽しみにしていたのに結局昨日行けなかったろ」
教室の中から視線をアルテアに移したデルヴァに、昨日行く予定だったパンケーキを食べに行こうと誘われる。それ今言う事か? と思ったが、今日は一緒に登校したと言っても馬車の中では、出会った頃の思い出にどっぷりと浸ってしまっていた。あまりデルヴァと会話らしい会話をしていなかったので、誘う機会をうかがっていたのだろう。
「だが、もし体調がまだ戻り切っていないようなら、別の日でも……」
しかし昨日の事がまだ気になるのか、気遣うように少し体をかがめ心配そうにアルテアを覗き込みながらデルヴァが尋ねた。
オレの幼馴染は本当に優しい奴だと再認識しつつ、アルテアはふるふると頭を振る。
「心配すんな! 昨日回復魔法もかけてくれたろ? もう全然元気だから今日行こうぜ!」
ここでようやく手を繋いだままだったことに気がついた。馬車を降りてからずっと包まれていた程よい温もりがなくなって寂しい気もするが、アルテアはぱっと手を離して、デルヴァの肩を叩いた。
「あぁ、わかった。だがまた何かあったら困る。今日は授業が終わったら俺が迎えに来るから、それまで教室で待っていてくれるか?」
「あはははは。何かってなんだよ。ただでさえ校舎離れてるんだから、正門か時計台のところで待ち合わせようぜ? な?」
パンケーキが食べられるのがそんなに嬉しいのか、その甘さを想像してか。
はちみつがとろりと甘く溶けたような満面の笑みをアルテアに向けるデルヴァだったが、どうしても教室まで迎えにくると譲らない。そんなデルヴァを説得することが出来ず、結局教室に迎えに来ることになってしまった。
解せぬと思いつつ、アルテアに向かって何度も何度も振り返りアルテアに手を振るデルヴァは、なんだかとても可愛く見える。微笑ましく思いながらその度に手を振って見送っていると、隣の教室からざわざわとした小さなどよめきが聞こえてきた。
騒がしいというより困惑しているようにも聞こえるその声が気になって、最後に大きくデルヴァに向けて手を振り、アルテアは隣のAクラスの教室に向かった。
*******
「あ……」
教室のドアを開ければ太陽の光を集めたような金髪に青と濃い紫のオッドアイの美丈夫ロディーテと、その隣には凛とした立ち姿に眼鏡が似合うジェイムが、主人公であるソニアの前に立って何か話しているのが見えた。ソニアは登場人物である二人とのせっかくの再会だというのに、明らかに困惑していて両手をぎゅっと握り、視線は机の上を見ながら揺れている。
(んんー? 様子がおかしいな。なんか明らかに困ってる感じ……)
確かにコモンクラスでは普段お目にかかる機会の少ないこの国の第二王子ロディーテと、宰相の息子で名門公爵家令息ジェイムの二人。普段あまり関わり合いにならないアルファのオーラのようなものに押されて全員委縮してしまっているようだ。さらにソニアが昨日転入してきたばかりだ。助けてくれるような友人もまだいないのだろう。
ざわつく教室の中をずかずかとアルテアは歩く。
(しかし主人公と恋する予定のはずなのに、おかしいかな転入してきたばかりの主人公への圧が酷いっ!)
どうやら昨日の中庭の騒ぎについてソニアから事情を聞いているように見える。自分はデルヴァによってすぐに退場させられてしまったので正直その後を知らない。
だが、事情を聞くのはこんなに沢山の人がいる場所は適さない事だけはわかる。覚えているオープニングムービーの内容からは悪漢に絡まれていたところを攻略対象に助けてもらうのだが、その理由としてはオメガだから絡まれた可能性も十分に考えられる。バース性が絡んだごたごたならば教師なども同席してちゃんと事の顛末を聞くべきだ。
葵の記憶の中でこのゲームで知っている事と言えば姉の偏った解説ばかりで、あんなに見たオープニングムービー以外、シナリオ自体ほとんど知らないのが悔やまれる。
(それにしたってこんな……)
ここからどうやって恋愛に発展していくのか、正直アルテアには想像もできなかった。前世の姉に文句を言いたくなるほど、話を聞いていた主人公に甘々な人物像とかけ離れている。むしろここからどうやって溺愛されるルートに進むのか心配になるほどだ。
知り合いもいない、助けてくれる人もいない、現状はほぼ他人の甘々ではない高位貴族アルファ二人に見下ろされるなんてそれだけで怖いに決まってる。
(昨日は悪漢に絡まれて怖い思いまでしたっていうのにっ)
そう思うと何とか手を貸したくなってアルテアは自然に身体が動き、このゲーム世界の主人公であるソニアとロディーテとジェイムの間に割って入った。
「失礼いたします。コモンBクラス、二年生のアルテア ユーフォルビアと申します。お二方ともいったいどういったご用件で朝のホームルーム前にコモンクラスの教室にいらしたのでしょうか」
アルファと、ベータとオメガの混合クラスはそもそも校舎が違う。
もうすぐ朝のホームルームも始まろうという時間に、こちらの校舎まで来ていったい何をしているのかとささやかながらも精一杯の嫌味も含ませる。
学院では王族や位の高い貴族であってもその権力を振りかざすことはしてはいけないという校則も手伝って、自分よりも位の高い貴族である二人に対しても、多少ひきつった貴族の笑みであったがアルテアは強気に問うた。
ソニアは下を向いたまま、微動だにしない。
「君は昨日の騒ぎを知っているか? 私達はこの男子生徒に事情を聞きに来ただけだ」
眼鏡のジェイムがアルテアに少し冷たい物言いで返事をすると、ソニアがようやく恐る恐ると言った風に顔を上げた。
何かを言いたげにしばらく視線をさまよわせていたが、アルファの二人の視線が怖かったのか、再び視線を机に落としてしまった。
「私はあの時近くに居ましたが、あいにく途中であの場所を離れてしまって……。でも沢山の人達がその場所に居合わせていたはずです。騒ぎのあと全員からちゃんと話を聞かなかったのですか?」
(攻略対象全員で星空を見上げただけで終わるはずはないだろうがっ!)
その後どのような形であの出来事が収拾したのか、デルヴァによる強制退場を余儀なくされたアルテアには分からないが、その場にいた野次馬たちからもちゃんと話を聞くことが出来ていればこんな圧迫面接みたいなことにはならないんだぞ、という気持ちで睨みつけてみるとロディーテが困ったようにジェイムを見ながら話しだした。
「周りにいた数人からは話は聞けているけれど、当の本人たちは困っているオメガの生徒に案内をしていただけだと言っていてね。私達風紀委員としては出来れば当事者に話を聞きたいとお願いに来ただけなんだよ」
「圧が強すぎて全然お願いしている態度に見えませんけど?」
するとロディーテはすまないと言った風に肩をすくめ、人好きのする笑顔をアルテアに向けた。
しかし確かに人が多いところでする話ではなかったね、ともう一度すまなそうに今度はソニアに向かって軽く頭を下げる。
そして、今度は怖がらせないよう上からではなく床に膝をついてソニアと目線を合わせるようにして話しかけた。
「授業まではまだもう少し時間がある。申し訳ないが一緒に来てもらえないだろうか。ね?」
「ひうっっっ」
第二王子が頭を下げ、さらには片膝をつかせてしまったソニアがびっくりして息を吸い込んだ。と同時にずっと状況を伺い見ていたAクラスの生徒も同時にこの状況に驚き小さく息をのんだ。
「そうだ。君も昨日あの場に居合わせていたのなら、話を聞きたいところだな」
「確かに。結局みんな話をしてくれないから、正直君みたいにずけずけものが言える人に昨日の話をしてもらえると助かる」
善は急げとばかりにジェイムが大股でアルテアに向かってくる。自分の頭一つ大きなアルファに急に距離を詰められ、流石のアルテアも一瞬気圧されて体を後ろに引いて距離を取った。
ジェイムとの距離を取りながら、アルテアは思考を巡らせる。
授業まではまだ時間があるとはいえ、あと三十分もすればホームルームが始まってしまう。
オーサムクラスの教室がある建物とコモンクラスの教室がある建物の間に共同棟があるが、そこで話をするにしても歩いて五分ぐらいかかる。さらに今から教師を呼んで移動してもホームルームが始まるまでの三十分そこらでは、全然時間が足りない。なんにしてもやり方が強引で良くない。
(デルヴァなら、絶対、こんな強引なことしないのにっ!)
多少強引なところもあるにはあるが、それでもアルテアが本当に嫌がることは絶対にしない。王族だろうと宰相の息子だろうと相手に対しての優しさや配慮が全然足りていない二人に、自分の幼馴染の爪の垢でも飲ませてやりたいと、妙に腹が立ってきた。
さらにそんなことなどお構いなしで、ロディーテは自らの手を取ってくれるものと疑うことなく膝をついたまま、若干引き気味のソニアに手を伸ばしている。
いったいどうしたらいいのか……、涙目で困惑した瞳が揺れ、ソニアは助けを求めすがる様にアルテアを見た。
伸ばせる手は伸ばす。助けられるなら助ける。アルテアはモブだが正義感はすこぶる強い。伸ばしてくるその手を決して振り払ったりはしない。
「殿下様、ホームルームのあと授業もあります。時間を改めていただいた方がいいかと存じますが……」
「それは私達とて変わらないよ。それに事前に担任にホームルームと一時限目の授業免除を申し入れておけば問題ないよ」
「そうだな。Aクラスの担任はベルギア先生か。共同棟に向かう前に一言断りを入れておこうか」
「あぁ、そうしてくれると助かるよ」
Aクラスは確かにベルギアが担任だがBクラスのアルテアは違う。Bクラスの担任にも断りを入れて欲しい……わけではない!アルテアの言葉はなかったようにされて、結局この後共同棟に連れて行かれることが二人の中で確定してしまっていることに愕然とした。
それに昨日はベルギアもあの場所にいたのだから、改めて話を聞くべきだし、そもそも話を聞きたい相手に対して強引すぎて、さすがにアルテアも頭にカッと血が上った。
「だーかーらー、話したいんならもうちょっと時間のある時にしろって!」
しまったと思った時には時すでに遅し。
頭に血が上りすぎてアルテアの心の中で考えていた言葉がまろびでてしまった。
普段は歯向かってくるような知り合いがいないのか、ロディーテとジェイムは何を言われたのか分からないようなきょとんとした表情を浮かべている。なるべく貴族らしい口調でとここまで頑張っていたアルテアだったが、全く響かない二人を前にしてもう言葉が止まらない。
「聞いてんの? この後オレ達は授業があるの。話を聞きたいだけならオレ達は逃げたりしないし、もっと落ち着いて話せた方がいいだろ。だから時間を改めて欲しいって言ってるのがそんなにダメなわけ?」
「話はすぐに聞いた方がいいに決まっている」
ダメ押しのように放った言葉もむなしくアルテアの前にいたジェイムがソニアに向かって行き、怖がるソニアの手首を強引に掴んだ。そのまま手首を掴んで引きずるように連れて行こうとするのを見た瞬間、アルテアはもう我慢ならぬとばかりに走り出した。
「こんのっ! ソニアは嫌がってんだろーがっっっっ!!!!」
近すぎるので一旦距離を取り、十分な助走をつけてから、ジェイムがめがけて、アルテアは猛烈に走る。助走をつけなくては体の軽いアルテアでは威力が半減してしまうからだ。
あいつなんでこっちに向かって走ってんだ、ぐらいにしか思っていなさそうな何の感慨も浮かんでいないジェイムの表情が見える。
教室にいる生徒も、冷や冷やしながらだが見守ってくれている、ような気もする。
ソニアがジェイムに掴まれた左手が痛いのか、顔をしかめているのが見えた。
「弱い者いじめ、すんなーーーー!」
ロディーテはこれから何が起こるのか予想もつかないと言ったように、ジェイムと走るアルテアを交互に見ていた。
「ちょっと、一体何の騒ぎだい?」
「アル! アルテア! 大丈夫か!!」
がらっと教室のドアが開いて、Aクラスのホームルームの為にやってきたベルギアが入ってくる。その後ろで息を切らせベルギアを押しのけながら教室に入ってきた必死な表情のデルヴァとアルテアの視線と交錯したその直後。
距離を取って走り充分回転して遠心力をつけたアルテアの飛び蹴りが、ジェイムの背中にクリーンヒットしたのだった。
中からはいつも通りクラスメイトの賑やかな話し声が聞こえてくる。
クラスス学院では高校にあたる入学一年目から三年間はアルファだけのオーサムクラスと、ベータとオメガ混合のコモンクラスに分かれる(自衛も出来るようにバース性について学び終えたあと、大学に当たる四年生からバース性で分けられることはなく選択授業制になる)。
どの学年もオーサムクラスはニクラス、ベータとオメガの混合クラスであるコモンクラスは成績順でA・B・Cと成績順で三クラスに分かれており、アルテアは現在Bクラス。体育の成績は小さい頃から続けている剣術と体術のおかげもあって学年トップクラスだが、勉強の方は頑張って頑張って上の中のさらに中のちょこっと上。将来なりたい職につくためにこれ以上成績は落とせない。
アルテアは特に飛び抜けた何かを持っているわけではないが、頑張ってほんの少し勉強が出来るそこそこ運動神経のいいタイプのモブなのである。
「はよー」
がらりと教室のドアを開けると一斉にアルテアとデルヴァに視線が集まった。
一瞬賑やかな話し声が途切れ……、ピリッとした空気が数秒流れた後、全員の頭が頷くかのように少し上下する。そして、すぐに先ほどと同じように賑やかな雰囲気に戻り、クラスメイトから挨拶が返ってきた。デルヴァが教室に来る時にはよくあることなのだ。昨年一年アルテアと同じクラスで多少慣れた生徒も、クラス替えしたばかりで初めて見る生徒も、どちらにしても教室に普段はいないアルファがいると流石に緊張するのかもしれない。
「アル、今日の放課後、パンケーキを食べに行かないか? ほら、楽しみにしていたのに結局昨日行けなかったろ」
教室の中から視線をアルテアに移したデルヴァに、昨日行く予定だったパンケーキを食べに行こうと誘われる。それ今言う事か? と思ったが、今日は一緒に登校したと言っても馬車の中では、出会った頃の思い出にどっぷりと浸ってしまっていた。あまりデルヴァと会話らしい会話をしていなかったので、誘う機会をうかがっていたのだろう。
「だが、もし体調がまだ戻り切っていないようなら、別の日でも……」
しかし昨日の事がまだ気になるのか、気遣うように少し体をかがめ心配そうにアルテアを覗き込みながらデルヴァが尋ねた。
オレの幼馴染は本当に優しい奴だと再認識しつつ、アルテアはふるふると頭を振る。
「心配すんな! 昨日回復魔法もかけてくれたろ? もう全然元気だから今日行こうぜ!」
ここでようやく手を繋いだままだったことに気がついた。馬車を降りてからずっと包まれていた程よい温もりがなくなって寂しい気もするが、アルテアはぱっと手を離して、デルヴァの肩を叩いた。
「あぁ、わかった。だがまた何かあったら困る。今日は授業が終わったら俺が迎えに来るから、それまで教室で待っていてくれるか?」
「あはははは。何かってなんだよ。ただでさえ校舎離れてるんだから、正門か時計台のところで待ち合わせようぜ? な?」
パンケーキが食べられるのがそんなに嬉しいのか、その甘さを想像してか。
はちみつがとろりと甘く溶けたような満面の笑みをアルテアに向けるデルヴァだったが、どうしても教室まで迎えにくると譲らない。そんなデルヴァを説得することが出来ず、結局教室に迎えに来ることになってしまった。
解せぬと思いつつ、アルテアに向かって何度も何度も振り返りアルテアに手を振るデルヴァは、なんだかとても可愛く見える。微笑ましく思いながらその度に手を振って見送っていると、隣の教室からざわざわとした小さなどよめきが聞こえてきた。
騒がしいというより困惑しているようにも聞こえるその声が気になって、最後に大きくデルヴァに向けて手を振り、アルテアは隣のAクラスの教室に向かった。
*******
「あ……」
教室のドアを開ければ太陽の光を集めたような金髪に青と濃い紫のオッドアイの美丈夫ロディーテと、その隣には凛とした立ち姿に眼鏡が似合うジェイムが、主人公であるソニアの前に立って何か話しているのが見えた。ソニアは登場人物である二人とのせっかくの再会だというのに、明らかに困惑していて両手をぎゅっと握り、視線は机の上を見ながら揺れている。
(んんー? 様子がおかしいな。なんか明らかに困ってる感じ……)
確かにコモンクラスでは普段お目にかかる機会の少ないこの国の第二王子ロディーテと、宰相の息子で名門公爵家令息ジェイムの二人。普段あまり関わり合いにならないアルファのオーラのようなものに押されて全員委縮してしまっているようだ。さらにソニアが昨日転入してきたばかりだ。助けてくれるような友人もまだいないのだろう。
ざわつく教室の中をずかずかとアルテアは歩く。
(しかし主人公と恋する予定のはずなのに、おかしいかな転入してきたばかりの主人公への圧が酷いっ!)
どうやら昨日の中庭の騒ぎについてソニアから事情を聞いているように見える。自分はデルヴァによってすぐに退場させられてしまったので正直その後を知らない。
だが、事情を聞くのはこんなに沢山の人がいる場所は適さない事だけはわかる。覚えているオープニングムービーの内容からは悪漢に絡まれていたところを攻略対象に助けてもらうのだが、その理由としてはオメガだから絡まれた可能性も十分に考えられる。バース性が絡んだごたごたならば教師なども同席してちゃんと事の顛末を聞くべきだ。
葵の記憶の中でこのゲームで知っている事と言えば姉の偏った解説ばかりで、あんなに見たオープニングムービー以外、シナリオ自体ほとんど知らないのが悔やまれる。
(それにしたってこんな……)
ここからどうやって恋愛に発展していくのか、正直アルテアには想像もできなかった。前世の姉に文句を言いたくなるほど、話を聞いていた主人公に甘々な人物像とかけ離れている。むしろここからどうやって溺愛されるルートに進むのか心配になるほどだ。
知り合いもいない、助けてくれる人もいない、現状はほぼ他人の甘々ではない高位貴族アルファ二人に見下ろされるなんてそれだけで怖いに決まってる。
(昨日は悪漢に絡まれて怖い思いまでしたっていうのにっ)
そう思うと何とか手を貸したくなってアルテアは自然に身体が動き、このゲーム世界の主人公であるソニアとロディーテとジェイムの間に割って入った。
「失礼いたします。コモンBクラス、二年生のアルテア ユーフォルビアと申します。お二方ともいったいどういったご用件で朝のホームルーム前にコモンクラスの教室にいらしたのでしょうか」
アルファと、ベータとオメガの混合クラスはそもそも校舎が違う。
もうすぐ朝のホームルームも始まろうという時間に、こちらの校舎まで来ていったい何をしているのかとささやかながらも精一杯の嫌味も含ませる。
学院では王族や位の高い貴族であってもその権力を振りかざすことはしてはいけないという校則も手伝って、自分よりも位の高い貴族である二人に対しても、多少ひきつった貴族の笑みであったがアルテアは強気に問うた。
ソニアは下を向いたまま、微動だにしない。
「君は昨日の騒ぎを知っているか? 私達はこの男子生徒に事情を聞きに来ただけだ」
眼鏡のジェイムがアルテアに少し冷たい物言いで返事をすると、ソニアがようやく恐る恐ると言った風に顔を上げた。
何かを言いたげにしばらく視線をさまよわせていたが、アルファの二人の視線が怖かったのか、再び視線を机に落としてしまった。
「私はあの時近くに居ましたが、あいにく途中であの場所を離れてしまって……。でも沢山の人達がその場所に居合わせていたはずです。騒ぎのあと全員からちゃんと話を聞かなかったのですか?」
(攻略対象全員で星空を見上げただけで終わるはずはないだろうがっ!)
その後どのような形であの出来事が収拾したのか、デルヴァによる強制退場を余儀なくされたアルテアには分からないが、その場にいた野次馬たちからもちゃんと話を聞くことが出来ていればこんな圧迫面接みたいなことにはならないんだぞ、という気持ちで睨みつけてみるとロディーテが困ったようにジェイムを見ながら話しだした。
「周りにいた数人からは話は聞けているけれど、当の本人たちは困っているオメガの生徒に案内をしていただけだと言っていてね。私達風紀委員としては出来れば当事者に話を聞きたいとお願いに来ただけなんだよ」
「圧が強すぎて全然お願いしている態度に見えませんけど?」
するとロディーテはすまないと言った風に肩をすくめ、人好きのする笑顔をアルテアに向けた。
しかし確かに人が多いところでする話ではなかったね、ともう一度すまなそうに今度はソニアに向かって軽く頭を下げる。
そして、今度は怖がらせないよう上からではなく床に膝をついてソニアと目線を合わせるようにして話しかけた。
「授業まではまだもう少し時間がある。申し訳ないが一緒に来てもらえないだろうか。ね?」
「ひうっっっ」
第二王子が頭を下げ、さらには片膝をつかせてしまったソニアがびっくりして息を吸い込んだ。と同時にずっと状況を伺い見ていたAクラスの生徒も同時にこの状況に驚き小さく息をのんだ。
「そうだ。君も昨日あの場に居合わせていたのなら、話を聞きたいところだな」
「確かに。結局みんな話をしてくれないから、正直君みたいにずけずけものが言える人に昨日の話をしてもらえると助かる」
善は急げとばかりにジェイムが大股でアルテアに向かってくる。自分の頭一つ大きなアルファに急に距離を詰められ、流石のアルテアも一瞬気圧されて体を後ろに引いて距離を取った。
ジェイムとの距離を取りながら、アルテアは思考を巡らせる。
授業まではまだ時間があるとはいえ、あと三十分もすればホームルームが始まってしまう。
オーサムクラスの教室がある建物とコモンクラスの教室がある建物の間に共同棟があるが、そこで話をするにしても歩いて五分ぐらいかかる。さらに今から教師を呼んで移動してもホームルームが始まるまでの三十分そこらでは、全然時間が足りない。なんにしてもやり方が強引で良くない。
(デルヴァなら、絶対、こんな強引なことしないのにっ!)
多少強引なところもあるにはあるが、それでもアルテアが本当に嫌がることは絶対にしない。王族だろうと宰相の息子だろうと相手に対しての優しさや配慮が全然足りていない二人に、自分の幼馴染の爪の垢でも飲ませてやりたいと、妙に腹が立ってきた。
さらにそんなことなどお構いなしで、ロディーテは自らの手を取ってくれるものと疑うことなく膝をついたまま、若干引き気味のソニアに手を伸ばしている。
いったいどうしたらいいのか……、涙目で困惑した瞳が揺れ、ソニアは助けを求めすがる様にアルテアを見た。
伸ばせる手は伸ばす。助けられるなら助ける。アルテアはモブだが正義感はすこぶる強い。伸ばしてくるその手を決して振り払ったりはしない。
「殿下様、ホームルームのあと授業もあります。時間を改めていただいた方がいいかと存じますが……」
「それは私達とて変わらないよ。それに事前に担任にホームルームと一時限目の授業免除を申し入れておけば問題ないよ」
「そうだな。Aクラスの担任はベルギア先生か。共同棟に向かう前に一言断りを入れておこうか」
「あぁ、そうしてくれると助かるよ」
Aクラスは確かにベルギアが担任だがBクラスのアルテアは違う。Bクラスの担任にも断りを入れて欲しい……わけではない!アルテアの言葉はなかったようにされて、結局この後共同棟に連れて行かれることが二人の中で確定してしまっていることに愕然とした。
それに昨日はベルギアもあの場所にいたのだから、改めて話を聞くべきだし、そもそも話を聞きたい相手に対して強引すぎて、さすがにアルテアも頭にカッと血が上った。
「だーかーらー、話したいんならもうちょっと時間のある時にしろって!」
しまったと思った時には時すでに遅し。
頭に血が上りすぎてアルテアの心の中で考えていた言葉がまろびでてしまった。
普段は歯向かってくるような知り合いがいないのか、ロディーテとジェイムは何を言われたのか分からないようなきょとんとした表情を浮かべている。なるべく貴族らしい口調でとここまで頑張っていたアルテアだったが、全く響かない二人を前にしてもう言葉が止まらない。
「聞いてんの? この後オレ達は授業があるの。話を聞きたいだけならオレ達は逃げたりしないし、もっと落ち着いて話せた方がいいだろ。だから時間を改めて欲しいって言ってるのがそんなにダメなわけ?」
「話はすぐに聞いた方がいいに決まっている」
ダメ押しのように放った言葉もむなしくアルテアの前にいたジェイムがソニアに向かって行き、怖がるソニアの手首を強引に掴んだ。そのまま手首を掴んで引きずるように連れて行こうとするのを見た瞬間、アルテアはもう我慢ならぬとばかりに走り出した。
「こんのっ! ソニアは嫌がってんだろーがっっっっ!!!!」
近すぎるので一旦距離を取り、十分な助走をつけてから、ジェイムがめがけて、アルテアは猛烈に走る。助走をつけなくては体の軽いアルテアでは威力が半減してしまうからだ。
あいつなんでこっちに向かって走ってんだ、ぐらいにしか思っていなさそうな何の感慨も浮かんでいないジェイムの表情が見える。
教室にいる生徒も、冷や冷やしながらだが見守ってくれている、ような気もする。
ソニアがジェイムに掴まれた左手が痛いのか、顔をしかめているのが見えた。
「弱い者いじめ、すんなーーーー!」
ロディーテはこれから何が起こるのか予想もつかないと言ったように、ジェイムと走るアルテアを交互に見ていた。
「ちょっと、一体何の騒ぎだい?」
「アル! アルテア! 大丈夫か!!」
がらっと教室のドアが開いて、Aクラスのホームルームの為にやってきたベルギアが入ってくる。その後ろで息を切らせベルギアを押しのけながら教室に入ってきた必死な表情のデルヴァとアルテアの視線と交錯したその直後。
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