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南のゾンビ婆
しおりを挟む南の三土松市
老婆はゾンビだった。名前は、柊梅子、ただ、それが自分の名前であるという認識はなかった。野勝市から南へ、三十キロほど離れた、三土松市では、ゾンビ婆と呼ばれ、少しばかり有名なゾンビであった。
身長は百五十センチほど、体重は、ガス次第で上下した。垂れ下がった皮膚にガスがたまり、全身がぶよぶよと揺れている。口元は赤黒くへばりついた血で汚れていた。歯は白い。
歯は、すべてセラミックの一種であるジルコニアで仕上げている。七年ほど前、ゾンビが世界に蔓延する二年ほど前に、柊梅子は歯をすべてジルコニアのインプラントに変えた。人工ダイヤモンドとも言われることがあるジルコニアは、天然の歯に比べると三倍ほど固い。
それで噛みつく。
腰の曲がったほとんど四つん這いのような姿勢で、柊梅子は追いかけてくる。伸び汚れた白髪を振り回し、低い姿勢でせまってくる。さほど早くはない。ただ、音もなく、背が低いため、気づくのが遅れる。
襲われた人間は、あわてて、鈍器で殴ろうとする。柊梅子は、人間であった頃、毎朝、三土松中央公園で太極拳を行っていた。その染みついた動きか、叩きつけるような人間の攻撃を避け、あるいはいなした。
その後、噛みつくのである。天然の歯の三倍固い、ジルコニアを埋め込んだ歯で、噛みつくのだ。
厚手の布地なら食い破った。抱きつくように、腹の軟らかい肉に食いついた。
人を襲っていないとき、柊梅子は、古い喫茶店にいる。常連、だったというわけではない。二、三度来たぐらいで、やけに高いアイスコーヒーだと、ゾンビになっても、そのことだけは鮮明に覚えていた。
そこで、時を過ごす、いつものように割れた窓ガラス越しに外を眺め、道を通る人間を待っていた。
音がした。
柊梅子は辺りを見渡した。
汚れの積もった喫茶店、その汚れのほとんどは、柊梅子がもたらしたものだった。
なにもいない。
ただ、何かが聞こえた。
音、ではない。歌、だった。
遠く、かすかな歌声が聞こえた。
何の歌かわからない。ただ、懐かしい気がした。
柊梅子は、古びた喫茶店を出て、歌が聞こえる方角へ、北へと向かって歩き始めた。
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