戦争の親玉

闇之一夜

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十二、日本軍一将校の手記

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「奴を私から追い出したかった。なんとしてでも、奴をこの手で私の中から引きずり出し、泥のように地面に叩きつけて殺したかった。ブラッド一号という名の私を。


 奴の顔をこの目で見たとき、はっきりと思った。
『こいつは私だ』と。

 以来、奴を罠にはめるとき、奴を追い詰めて、結局は逃げられるたび、私は、私自身を取り逃がした気がして、鉛のように深い絶望に沈む夜を味わった。



 部下の高見に言わせると、私がおかしくなり始めたのは、東京郊外の野営地で、奴を戦車に閉じ込めてレーザーで切り刻む作戦を毎晩練り始めた頃かららしいが、実はその前から、人知れず幻聴や幻覚にさいなまれるようになっていた。

 大学の同期でもある桜庭凛博士に、暴走しているロボットについて説明を受けたとき、胸の中にぐっと嫌な感覚――子供の頃、叱られたくなさに親に嘘をついたときのような――重苦しい不快感、鉛の罪悪感が、波紋のように広がった。
 人間の血で動くロボット。人の血が燃料だから、動くためには人を殺さなくてはならない。ただ燃料を求めて人間を殺し続けるだけの、本当に、それだけの存在。
 ただの人殺し。


 戦場で人殺し呼ばわりなら、何度もされた。敵兵や敵国の民間人にではなく、自分の部下に、である。
 当時は軍部が本当にダメで、上層部の面子ばかりを優先させ、ろくな作戦を立てなかった、というのもある。他の師団長からも『俺もやってるし、誰でもやってることだ、気にするな』と言われた。

 犠牲を最小限に抑えるため、常に数人の部下を失うことは、上官として相当のダメージを食らう。しかし私は最初、自分ならそれを平気で出来る、なんでもない、と舐めていた。自分は強いし、どんな過酷な状況にも一人で耐えられる、と高をくくっていた。

 数年はそれでよかった。しかし、徐々に心身ともに冷たい岩のように硬く、いびつになっていく自分に気づいた。それでも無視した。現場で高見にひどいことを言い、逆上した彼女に殴られたこともある。
 そんなとき、あの殺人機械の排除の任務が来た。

 最初、写真を見たときは、たんに見開いた垂れ目が薄気味悪いと思ったぐらいで、それ以上とくに何も感じなかった。だが、殺人のためだけに作られた存在、という部分がずっと引っかかった。
 のちにわりと知恵が回ることが分かり、私の仕掛けたいくつもの罠を嘲笑うように突破していったが、奴にはそういう頭はあっても、心というものが全くない。感情がない。
 凛は『怒りの感情なら、もしかしたらあるかもしれない』と言ったが、ただ怒るだけで、ほかにはなんの感情もない奴って、人間でも結構いるんじゃないか、と思った。
 そこで、はたと気づいた。

 それって、私じゃないか。


 作戦が続くうち、私は奴のことが鳥肌がたつほど嫌いになっていった。人食い鮫に恐怖は感じても、嫌悪を抱く者なんてまれだろう。「自分と顔が似ているから嫌だ」という場合は別として、人を食うという行為それ自体を嫌うのは、自分もそれと似たことを、現実にやっていることを意味する。
 私も人の血で生きてきたのだ。戦場で切り捨ててきた膨大な部下たち、高見の親友の○○らの流血によって、私は己の地位を確保し、昇進し、金をもらって生活してきた。

『あなたは、あんな殺人機械とは違う』と、親切に相違点をいくつもあげて擁護してくれる人もあろうが、その頃の私は冷静な判断が全くできなくなっていた。ただ奴と自分との関連ばかりに目が行き、その甲殻に包まれた昆虫のような人間味のなさに虫唾が走り、あの目を思い出しただけで嘔吐しかけたこともある。

 ある朝、鏡の前で憔悴しきった自分の顔を見て確信した。
(奴が、自分の中にいる!)
(なんとしてでも、引きずり出さなくては――!)

 だが、どうすれば。
 心を切開手術して取り出すようなわけにはいかない。

 そのときから、奴と私との戦争が始まった。




 作戦が終了し、奴が捕まったあと、私は長い休暇をもらって自己改造することにした。カウンセリングで治るとは思えない。精神科に行くべきではないか?

 考えているさなか、テレビで奴の公開処刑が行われると知った。嫌な予感がした私は、任務でもないのに私服で会場に行き、奴の最期を見届けようとした。それは、すぐには叶わなかった。周知のとおりの大殺戮が行われ、アリーナは壊滅したからだ。念のために配置しておいた部下や重機も、ある武器を除き、無念な結果に終わってしまった。


 あの混乱の中、逃げ惑う客たちを先導していたとき、頭上から何かが降ってくるのを見た。
 人間の子供だった。

 私は無意識に飛び出し、両腕でそれをがっしと受け止めた。彼は血まみれで恐怖におののいてはいたが、奇跡的に無傷だった。巨大な死肉の山に押し上げられて、ここまで来たことも奇跡だった。

 奇跡のバトンを受け取るように、私は彼を必死に勇気付けて背負い、崩れだすアリーナの中を全力で走った。この奇跡は、彼の保護者に渡さなくてはならない。そこでまた、新たな奇跡が続くはずだから。

 入り口から飛び出した直後、アリーナは轟音を立てて沈んだ。爆風のような風が来て、彼の頭をかばいながら伏せた。
 やはり奇跡は続いた。飛んでくる残骸は我々をよけ、その後、彼を無事、母親に渡すことが出来たのだ。


 これで奴の半分は私の外に引きずり出せた気がした。だが、むろん、これで終わりではない。奴はまだ私の体にしがみついて生きている。
 弟の二号は埋まってしまったようだが、奴の方は、この程度でくたばるほどやわだとは思えない。
 案の定、現れた。そして殺されかかったところを、なんと高見が助けてくれた。しかし桜庭凛に妨害され、結局は射殺することになった。

 私が逃げ込み、横倒しにした戦車の底から這い出した奴を見て、私は元気づいた。もう以前の奴ではない。弱ってヨロヨロになっている。しかし自分の腕を切って血を出し、それでおびき寄せたので、こっちもふらふらになった。

 だが、逃げるわけにはいかない。こいつと対決しなくてはならない。今ここで逃げたら、こいつを私から引き出して葬ることが永久に出来なくなる。今思えば異常な考え方だが、そのときは、そう信じた。

 もう一人の私が、私の血を求めてふらふらと寄ってくるうち、頭がぼうっとして、後ろに崖が広がっているのに気づかなかった。私は崖の縁から飛び出している鉄骨に乗り、その断面まで追い詰められた。恐怖もあったが、自分と心中するのも悪くないと、どこかで思った。床に両手を着いてかがんだとき、もう一人の私は、首をがくがくいわせながら、ソードを振るった。
 ところが、この距離なら当たってもおかしくないのに、てんで違う空間を切った。

 妙に思って顔をあげると、目が合った。異様な空気がこっちに押し寄せた。
 ふと何かを感じた。

(こいつは――)
 一瞬、そんなバカなと思ったが――
(こいつは、もしや――)
(私を憎んでいるんじゃないか……?)

 ただの機械で感情などないはずだが、いや、凛はそれが生まれる可能性もある、と言っていた。奴は何も言わないし、相変わらずポンコツ寸前でガクガク揺れているだけだが、その見開いた上目の気味悪い瞳に、ぞっとするほど深くて濃い怒りの色が浮かんでいるのが見えたのだ。
 私の勘違いの可能性も多い。だが、そのときは、そう見えた。

 それを知るや、奴への憎悪や嫌悪はいっぺんに消えうせ、逆にまるで嬉しいかのような、熱い高揚感がこみ上げてきた。
(そうか、いいぞ、もう一人の俺!)
(もっと俺を怒れ、嫌え!)
(俺がお前に今までそうしてきたように、今度はお前が俺を憎んで恨んで、)
(この頼りない足場を踏み外し、)
(下で口をあける深い鋼鉄の地獄へと――)
(まっ逆さまに、落ちてしまえ!)

 私の方が落ちかかり、鉄骨の端につかまってなんとか耐えたが、なぜか奴はつかまる私の指を切ることを何度も仕損じた。
(こいつ、イライラしてやがる……!)
 生まれて初めて持った感情に邪魔され、さぞ自分の高性能ぶりを恨んでいることだろう。

 だが、そろそろ私のほうが限界だ。指をやられる前に、力尽きて落ちるだろう。
 死ぬというのに、意外と冷静な自分が、なにか嫌だ。もっと度を失って泣き叫びたい。
「俺の命をどうしてくれるんだ! ここで、なんで死ななきゃなんないんだ、おかしいだろ! 俺を助けろ! 嫌だ、俺を殺すな! 助けろ! 助けろ!」なんて、無様にわめきちらしたい!

 不意に、脇でどさりと何かが落ちた。私の目に映ったのは、子供の頃に見たヤッコさんの折り紙だった。その人型には首から上がなかった。確かになかった。
 ちらと後ろに目が行くと、谷底に銀に輝くものが見えた。
 レーザー砲。

(そうか、高見、ついにやったな!)
(よくやった、ありがとう)
(お前は最高の部下だ! 私の一番の右腕だ!)
 すべての力がぬける。

(あとは頼む)
(あとは――)

 そこで気を失い、
 そして――」

(「日本軍一将校の手記」より抜粋)
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