【完結】婚約破棄を3時間で撤回された足枷令嬢は、恋とお菓子を味わいます。

青波鳩子

文字の大きさ
19 / 32

【19】シャーリド王国 第一王子(イクバル視点)

しおりを挟む



同母弟バースィルの『密』が現れ、『我々の“黒鳥”が咥えていた餌を落とした』と短く伝えてきた。
私はすぐに自分の密を動かした。
この日のために編成されていた精鋭の密たちは、時を待たず三人の女を王家の『別邸』へと案内した。
『別邸』と呼んでいるのは王宮の西にある塔で、一度『客』として足を踏み入れた者はここから生きて出てくることはない。

最初は上階の部屋に連れて行く。そこには窓にそれと目立たぬ格子があるが、それなりに豪奢な造りとなっている。そして最期を地下の石牢で迎えることになる。
この『別邸』の在りようを知っているのは王家の男だけで、当然ガズワーンも知っている。
『別邸』へ送った三人の客は、父王の側室でガズワーンの実母サルワー妃。
私の異母妹である第一王女のジャンナ。サルワー妃が産んだのはガズワーンとジャンナだけだ。
そしてガズワーンの恋人のドリーヤ嬢。
ガズワーンには第一貴族の婚約者令嬢がいるが、まったく見向きもせずに一番爵位の低い第七貴族の娘ドリーヤ嬢を傍に置いている。

三人が『別邸』に入ったと連絡を受けてすぐに父王のところへ向かった。
ついにこの日が来たという高揚感に包まれるかと思っていたが、思いのほか何も湧き上がってこない。
いつもどおりの足取りで父王の執務室のドア前まで歩いた。
従者がドアを開け入って行くと、父王が執務中の厳しい顔のまま私に目をやった。

「陛下にご報告申し上げます。サルワー妃とジャンナを別邸へと案内いたしました」

僅かの時間、父王は考え事をする顔になる。

「……おまえが別邸にその二人を送り込んだというならば、明確に何かが起こったということだな」

「はい。弟がシャーリドの大切な客人を拐かしました」

どの弟なのかその名を言う必要はなく、父王はすべてを理解した目をした。
私が帝国の皇女を娶ることを望み此度の婚約が発表されてから、サルワー妃の私を失脚させようとする画策は私と父王以外の目にも留まるようになっていた。
ガズワーンも何やら水面下であれこれ動いている。

父王はこの数か月のサルワー妃とガズワーンのことを、自身の失態だと先だって私に謝罪をしてくれた。
父王の謝罪に驚いたが、父王の話では複雑に絡むここシャーリドの部族間の事情から、すぐにサルワー妃とガズワーンを排除することができずにいたという。
そもそもサルワー妃を側室としたことが過ちだったと言う父王の思いを聞き、それならば何も躊躇う理由がなくなった。
向こうが先にこのようなことをしでかしたのだから、遠慮なくやり返すだけだ。

「……そうか。おまえに私の尻拭いをさせることに忸怩たる思いはあるが、頼む。側室サルワーの実家周りの後始末はさすがに私がやる」

「確と承りました。申し忘れましたが別邸にはもう一人案内しております。弟の情婦です」

「アッセナム第一貴族の令嬢ではないのだな?」

「はい。アッセナムのミリンダ嬢ではありません。
ミリンダ嬢を婚約者としているガズワーンはミリンダ嬢との仲を深めることもなく、ふた月ほど前からバースィルがミリンダ嬢の御父上と懇意にしているようです。
なんでも、剣について話が合うとか。
今回ヴェルーデから贈られた物の中に美しい布がありましたが、私より先にバースィルが持っていきました」

ガズワーンの婚約者ミリンダ嬢は、アッセナム第一貴族の長女だ。
アッセナム家は戦ではなく協議の上でシャーリドの一部となった小国の元王族である。
小国ではあるが肥沃な領土を持ち、今ではシャーリドの主食を支える重要な土地となっている。父王は兵士の一人も動かさずにアッセナムを取り込んだ。
そのアッセナムの元王女を第二王子であるガズワーンの婚約者とし、太い繋がりとすることが協議の際の条件の一つだった。
飲み込んだ小国であるアッセナムを大事にするさまを内外に見せ、これから協議に入る国の不安感を払拭する目的もある婚約だった。
それなのにガズワーンはミリンダ嬢を表向きすら大切にせず、娼婦のような下級貴族の娘にうつつを抜かしていた。
ガズワーンがヴェルーデの公爵令嬢たちを拐わかさなくても、いずれミリンダ嬢に婚約破棄を言い渡せばガズワーンを失脚に追い込めた。
『密』たちの報告からその日は近いと我々は踏んでいたが、ガズワーンはそれより先に破滅へと自ら歩いて行ったのだ。

「ガズワーンはそろそろここにやってくるだろう。すぐにおまえを呼ぶから、とりあえず下がっていろ」

「畏まりました。向かいの部屋に控えております」

父王の執務室を辞去し、その向かいの部屋に滑り込む。
廊下の静けさからは想像できない数の騎士たちが、早くもその部屋に待機していた。
私は目線だけでその者たちにここまでが順調であることを伝え、奥の椅子に座った。

ヴェルーデは無関係であるにも関わらず公爵令嬢たちを恐ろしい目に遭わせてしまい申し訳ない思いだが、最終的にアルフレッド殿下は喜んでくれるのではないだろうか。
ガズワーンの手先と成り果てたデズモンド元王太子のフォートナム王国から、今回の狼藉の後始末として楯状地を抱える土地を割譲させる。
その楯状地の発掘権利の大部分をヴェルーデに譲渡しようと思っている。

鉄は国を富ませる。武力の増強は国を安定させ、農具の革新は良民を増やす。そのための鉄は欠かせないものであり、フォートナム王国の楯状地は素晴らしい資源なのだ。
あれほどの土地をうまく活用できなかった国を取り込み、我がシャーリドはヴェルーデと手を取り合ってさらに国を大きく強くしていく。
しかしそれもこれも、無傷で令嬢たちを救い出した後のことだ。

ヴェルーデの令嬢たちが閉じ込められている場所は、バースィルと精鋭の騎士、そして私とバースィルの『密』部隊がすでに囲んでいる。
ガズワーンはデズモンド元王太子に、ひとりはわざと逃がせと伝えていた。
その者が助けを求める先にガズワーンの配下がいて、我々より先に解決する算段らしい。
なんとも稚拙で杜撰な計画に、今更ながらもっと早い時期にガズワーンをどうにかできただろうと歯噛みする思いだ。
もちろん逃げ出した侍女は、すでにバースィルの『密』が先に確保している。デズモンドが仲間だと思っている者たちも我々が差し向けた者なのだ。
そろそろ、偽の『わざと逃がしたヴェルーデの侍女』から助けを求められたガズワーンが父王のところへやってくる頃合いだろう。
思ったよりも遅いが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮
恋愛
ニサップ王国での王太子誕生祭にて、前代未聞の事件が起こった。王太子が婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を突き付けたのだ。そして新たに男爵令嬢と婚約する目論見だ。しかし、そう上手くはいかなかった。 この事件はナルフェック王国でも話題になった。ナルフェック王国の男爵令嬢クリスティーヌはこの事件を知り、自分は絶対に身分不相応の相手との結婚を夢見たりしないと決心する。タルド家の為、領民の為に行動するクリスティーヌ。そんな彼女が、自分にとっての本当の幸せを見つける物語。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした

みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。 会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。 そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

処理中です...