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【4】紅茶に相応しい砂糖の量(エレイン視点)
しおりを挟む「お嬢様、紅茶にいくつ砂糖を入れるおつもりですか?」
「え? ああ、そうね。……っ……!」
口にした紅茶は砂糖の味しかしなかった。ぼんやりしながらうっかり入れすぎてしまった砂糖は、融け切らなかったのかざらりと口の中に粒が残った。
月に一度のグレイアム殿下とのお茶会から帰って着替え、侍女に頼んでお茶を淹れてもらったのだった。
つい先程のお茶会のことを、もう何度も思い出している。
いつもは私の質問に短く答えてくださるだけのグレイアム殿下だったのに、今日はいろいろお話をしてくださった。
まさか、子供の頃に池に落ちた時に遊んでいたのがグレイアム殿下だったなんて……。
殿下がハチを追い払ってくださった日のことはしっかり覚えているのに、池に落ちた時も殿下と遊んでいたとは記憶になかった。池に落ちた衝撃のせいで、恐ろしい記憶の周辺がすべてぼんやりしてしまったのかもしれない。
そして、未だ拭えていないあの日に始まった恐怖心を『僕でも恐ろしく感じるよ』と、理解してくださったことが何より嬉しかった。
優しいお父様からも、たかが夢にいつまでも捉われないようにと言われている。
私自身もそう思っているし、明るい時や賑やかな場所なら大丈夫なのではと敢えて水面を見ようと何度も試した。
でもそのたび、揺れる水面からの『視線』に身体が強張ってしまうのをどうすることもできないでいた。
グレイアム殿下のお言葉は、そんな私の心に優しく寄り添ってくださったように思えた。
そしてグレイアム殿下は可愛らしいうさぎの砂糖をわざわざ持ってくるように侍女に伝えてくださった。
それはまるで私のためのように感じて、心臓がうるさくなる。
可愛らしいうさぎの砂糖を紅茶に入れ、うさぎが崩れて消えていったのは悲しくなったけれど、ふと殿下を見ると優しく笑っていたのだ。
正面からグレイアム殿下の笑顔を見たのはもう本当に初めてで胸を掴まれ、今もその衝撃が続いている。
殿下から婚約破棄をされないように、他者から『殿下に相応しくない』と言われないように、常に気を張って過ごしてきたけれど、あのように素晴らしい殿下の隣に私は確かに相応しくないのかもしれない。
甘すぎる紅茶をまたひと口飲む。
ティーカップ一杯の紅茶にも、それに相応しい砂糖の量があるのだ。
少し目標を変えてみようと思う。
婚約破棄をされないようにというのは、無事にグレイアム殿下と結婚できますようにという、希望があってのことだった。
でもそれは、私というカップ一杯の紅茶に過ぎる量の砂糖を入れるようなものかもしれない。
婚約破棄ではなく穏やかに婚約を白紙に戻していただいて、身の丈に合った生活を恙なく送ることを目標に変えてみてもいいのではないか。
王族との婚約が無かったことになったら、私はもう普通の結婚は望めないかもしれない。
公になった王族の婚約が結婚に辿り着かなければ、人はその理由を探したくなるものだ。
ならば王都を離れて公爵領へ行き、お父様の仕事を少しでも手伝いながら穏やかに生きていく──。
そんな人生も悪くないように思える。もちろん、お父様がそれを許してくださればの話にはなるけれど。
そもそも殿下ご本人には、私を是非にと望まれているわけではない。
政治的な婚約を殿下は仕方なく受け入れているだけだ。
公爵である父は、我が家が王家と繋がりたいわけではなく、側室様を母に持つ第二王子のグレイアム殿下の後ろ盾を、その側室様が欲しての婚約だと言っていらした。
父が積極的に私を王子妃にと思っているわけでもないならば、殿下のお相手は私でなくても他の公爵家の令嬢でもいいのだ。
初恋は成就しないと聞いたことがある。
思いがけない婚約に浮かれてしまったけれど、身の丈についてよくよく考えれば、婚約破棄をされずに無事に結婚できますようにではなく、穏やかな形で婚約が白紙になることが最善なのではないだろうか。
口直しに侍女に新しい紅茶を淹れてもらい、今度は砂糖無しで飲み干した。
***
学園で引き続き気を張って朗らかに過ごしていた。
階段を使う時は必ず複数で。
もしもジェシカ・ドーソン様と階段の近くで会ってしまったら、すれ違わないようにすること。
婚約破棄の冤罪の一つに『階段から突き落とされた』というものが少なくないらしい。
一度、階段の手前で遭ってしまった時は、持っていたものをその場に落とし拾うふりをしてやり過ごした。そこまでする必要はないかもしれない。
でも、ジェシカ・ドーソン様が私を陥れようなどとは思っていないとしても、彼女と仲のいい人物がジェシカ様から殿下を奪うかのような立場の私に、何か画策することは考えられないことではない。
注意して過ごすことに、マイナスはないのだ。
──とにかく平穏無事に、何事もなく過ごすこと。
それが私の守りたいもので、ここまではたぶんなんとかうまくできていた。
ただ、グレイアム殿下の私に対する態度がほんの少し変わったことで、事態は望まない方へ少しずつ進んでいった。
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