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【7】生まれた疑惑(グレイアム視点)

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何かに気づく瞬間というのはいつも唐突にやってくる。

***

エレインと買い物に出かけた翌日、エレインが持っているバッグの持ち手の内側に、あのうさぎのブローチが付けられているのを見た。さっそく付けてきてくれたのだと、思わず頬が緩みそうになる。
ただ、バッグの内側にブローチが付いていることに、少しの疑問が沸いた。
せっかくなのだから、良く見えるところに付ければ良さそうに思える。

「エレイン、さっそくうさぎを付けてきてくれて嬉しいが、どうして内側に付けているのだ?」

「もしも万が一ピンが外れてしまったとしても、ここならばバッグの中に落ちるので失くさないと思ったのです。グレイアム殿下に戴いた、大切な大切なブローチですので……」

恥ずかしそうに言うエレインからそんな可愛らしい理由を聞き、今自分がどんな顔をしているのか気になって思わず口元を片手で覆う。

「……それなら安心だ」

「はい」


そんな会話をしてエレインと別れ、生徒会室に入っていく。
エレインのバッグのことを考えていたせいで、ジェシカのバッグについ目が行った。
生徒会室の机に何気なく置かれたジェシカのバッグの入れ口が大きく開いている。バッグの中に、赤いリボンで口を結んだ小さな紙袋が入っているのが見えた。

生徒会の事務仕事が一段落して茶を飲もうとなった。ジェシカはバッグから紙袋を取り出していつものように皆に手作りクッキーをふるまったが、赤いリボンの小袋をジェシカは出さなかった。ただそれだけのことが、何故か気になった。
次の日もその次の日も、その小袋はジェシカのバッグに入ったままだ。一度気になったらつい目が行ってしまう。


あの紙袋には、いったい何が入っているのだろう。
誰かへのプレゼントが入っているのかもしれない。
そんなふうに柔らかい着地点を見つけだそうとしたが、毎日ジェシカがその袋を持ち歩いていることが気になっている。


翌日はエレインとの定例のお茶の会という日、生徒会室の前を通りかかったエレインにイーデンが声を掛けた。
エレインはお邪魔ではないでしょうかと恐縮しながら、勧められるまま椅子に座った。
しばらく皆でとりとめのない話をして、エレインがそろそろ失礼いたしますと席を立ったので、門まで送ると声を掛けた。
エレインは、まだ生徒会のお仕事が残っていらっしゃるのではないかと言って戸惑いを見せたが、促すようにして部屋を出た。
すると、ジェシカが追ってきて、

「エレインさん、これ新作レシピのクッキーなんです。ジンジャーを効かせたちょっと他にない味わいなので、よかったら試してみてください!」

そう言ったジェシカは、バッグからあの赤いリボンの小袋を出してエレインに渡した。

「新しいお味、楽しみですわ。嬉しいです、ありがとうございます」

エレインは言葉どおり嬉しそうにジェシカに礼を言い、自分のバッグに小袋をしまった。

あの小袋の中身はやはりクッキーだったのか。最初にあの袋を見たのが、エレインとアディンセル商会に出かけた直後くらいだったから……。
ジェシカはひと月近くも手作りクッキーを持ち歩いていたのか?
まあ、中身までずっと同じものだったということはさすがにないだろう。
クッキーを作るたび、いつも同じ包装にして持ち歩いていた。
自分がそう思いたいのだということに気づいたのは、翌日のエレインとのお茶の会についてミッドフォード公爵家がエレインの体調不良を理由に、断りを入れてきてからだった。

エレインはお茶の会だけではなく学園も休んだ。
僕は授業が終わるとすぐに王家の馬車に乗って帰り、急ぎ庭師に見舞いに行くから花を切り出してもらえないかと頼んだ。
誰の見舞いに行くとは特に言わなかったが、庭師は淡いピンク色のカーネーションを切り出し、侍女が白とピンクのリボンを結んでくれた。

先触れも出さずにミッドフォード公爵家に来てしまったが、快く迎えられた。
執事は僕を応接室に通し、エレインの様子を見に行った。
こんなふうに突然やってきて、臥せっているエレインにいったい自分は何を言うつもりなのかと急に分からなくなる。
戻って来た執事によれば、エレインは眠っているがもう起きる頃なので部屋に案内できるという。
眠っているのならば帰ったほうがいいと思いつつ、エレインを一目見たいとも思ってしまう。僕の立場が『案内できる』と言わせてしまったに違いなく、何も言いだせないままエレインの部屋に向かうことになった。

貴族令嬢の私室に入るのは初めてだった。
緑色を基調とした、まるで客間のような落ち着いた部屋だった。
可愛らしい小物もぬいぐるみのようなものも何もない、シンプルで落ち着く調度品が配置された部屋なのに何故か落ち着かない気持ちになる。

エレインは反対側を向いて眠っている。
こんなふうにエレインが体調を崩した理由をつい考えてしまう。
嫌な想像から離れることができず、胸に何かつかえている感じがあった。

ジェシカがひと月近くも持ち歩いていた手作りクッキーを食べたのだろうか。
もしそうだとしたら、作ってからそんなに時間が経過したクッキーは、食べても問題ないのだろうか。
『新しいレシピで作ったちょっと他にない味わい』というのが、何かの言い訳にしか聞こえないのは穿った見方だろうか。
そのクッキーが原因でエレインは具合が悪くなったのではないか。

そんな考えが頭から離れない。
もちろんジェシカがエレインにそんなことをするとは思っていないし、もしそうだとしたら理由が思い浮かばない。
まさか、先日の僕との言い合いで、エレインに逆恨みをしているとも思えない。
そんな大袈裟な話ではなかったはずだ。

自分はエレインに対し婚約者として常に誠実で優しくあったかと言えば、そう言い切る自信はない。
まともに話すことすらあまりしてこなかったのに、突然思いついたように誘い出すなどしてずいぶん勝手だった。
それでもエレインのことが心配でたまらず、瞑っている目を僕のために開けてほしいと願ってさえいる。そんな自分に戸惑いしかない。

自分のせいでエレインはこんな目に遭ってしまったというのだろうか。
そうは思いたくないが、ジェシカに確認することもできない。
何の証拠もない上、疑う理由が『ジェシカのバッグに一か月小袋が入っていたのを見た』などというものなのだ。言えるわけがない。

寝返りを打ってこちら側を向いたエレインの掛け物を、触れないように気をつけ肩まで掛け直す。
エレインの額に粟粒のような汗が光っているのに気づき、ハンカチを取り出した。
子供の頃から使っている古いハンカチは、布が柔らかくて気に入っている。
刺繍部分がエレインの額に触れないよう、畳み直してそっと汗を押さえた。


子供の頃、毒に慣れる身体を作るために弱い毒を与えられた時のことを思い出す。
弱いといっても毒は毒で、腹痛や頭痛に苦しんだ。
熱で意識が朦朧としている中、うっすら目を開けるとドレス姿の誰かが私の額に手を当ててくれていた。
あれは母だったか記憶が曖昧だが、額に触れる手に安心したことだけを覚えている。
エレインの額にハンカチ越しにそっと手を当てた。
どうか早く良くなるようにと想いを込めて。

エレインが目覚める前にここを出ようと思い、開け放たれていたドアの横に立っていた侍女に花を渡して公爵家を後にした。


先日のエレインを送った帰りとは違い、気持ちは重く沈んでいた。
もしも僕の思い違いで無いならば、ジェシカはひと月ほども前に作ったクッキーをエレインに食べさせた。
エレインが熱に苦しみながら眠っている様子をこの目で見て、ジェシカがそんなことをする理由が分からないなどと悠長なことを言っている場合ではないと感じた。
エレインを守りたい。
初めて気づいた感情なのに、少しも明るい気持ちになれなかった。
それはきっと僕のせいで、やらなければならないことがたくさんあった。

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