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【8】戸惑い(エレイン視点)
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目が覚めると喉が張り付くように渇いていたので侍女を呼んだ。
ふと、テーブルに淡いピンク色のカーネーションが飾られていることに気づいた。
「お水を持ってきてほしいの。あと、あのカーネーションはどうしたのかしら? とても綺麗ね」
「夕方、グレイアム殿下がお見舞いにいらっしゃいました。その時にお嬢様にと、あのお花を戴きました」
「グ、グレイアム殿下が……いらしてくださった!?」
「はい。大事にするようにとおっしゃってお帰りになりました」
まさかまさかまさか、グレイアム殿下がここまでやってきてくださったなんて……。
せっかくの月に一度のお茶の会だったのに、私は眠る時間くらいからずっとおなかを壊してしまい大変なことになった。
明け方、ようやく落ち着いてベッドに横になれたのだった。
身体を起こそうとしても、足元がぐらつくような感覚があってうまく歩くこともできなかった。
お父様に頼んで殿下にお茶の会の断りを連絡してもらい、もちろん学園も休んだ。
まさかグレイアム殿下が見舞いにいらしてくださるなんて、思いもしなかった。
──私はどうして眠っていたの……。
せっかくだったのにもったいないことをしてしまったわ……。
殿下がくださったカーネーションを見ると、温かい気持ちになる。
わざわざ私のお見舞いに、お花をお持ちになってくださった……。
ふと、枕元にハンカチがあることに気づいた。
薄い灰色の地に、紺色で王家の紋章と殿下のイニシャルが刺繍されている。
──グレイアム殿下のお忘れ物だわ!
おそるおそるハンカチを手に取った。
このハンカチは……間違いない、幼い日にグレイアム殿下にハチを追い払ってもらったお礼に私が刺繍をして殿下に贈ったものだ。
りんごを剥くのはあまり上手ではなかったけれど、刺繍の腕は素晴らしいそんなお母様に教わり、時には少し手伝ってもらいながら完成させたハンカチだった。
まさかまだお使いになっていらっしゃったなんて……。
そっと、ハンカチを胸に押し当てる。
心臓があり得ないほど速く打っている。
自分のはしたない行動に顔が熱くなり、ハンカチをサイドテーブルに置いて、ベッドに深くもぐり込んだ。
枕に押し当てた耳から、自分の血が流れる音が大きく聞こえた。
グレイアム殿下にお会いしたい……。
夕べとは違う理由で、今夜も眠れそうになかった。
***
大事を取ってもう一日休み、その次の日に登園すると昼休みにグレイアム殿下が私の教室までやってきてくださった。もうそれだけで一大事だったが、なんとかお花のお礼を伝えたい。
「綺麗なカーネーションを戴きましてありがとうございました。少しでも長く咲かせていられるように大切にいたします」
「そうか、喜んでくれたなら良かった。体調はどうだろうか……」
「はい、おかげさまで少しずつ良くなっています」
「それなら安心した」
「あと、こちらのハンカチをお忘れになっていらっしゃいました……」
「よかった、このハンカチは気に入っているものなんだ。うっかりしていたが助かったよ、ありがとう」
「……あ、あの」
「どうした?」
「そのハンカチは、幼い私が刺繍をして、グレイアム殿下に……」
「あっ……そうだったんだね、布の手触りが柔らかくて気に入っていたのだけど、そうか、小さなエレインが……もう失くさないように気をつけるよ」
「使っていただけて、とても嬉しいです」
グレイアム殿下がとてもお優しい微笑を見せてくださった次の瞬間、急に眉間にしわを寄せて私の手首を掴んで廊下に出た。
突然のことに戸惑うと、
「君にひとつ提案がある」
殿下はあたりを警戒するように見回し、さらに声を落として言った。
「……これから、生徒会室のあたりにやってくるのを控えてくれないか。もっと言えば、こうして学園では君とあまり話さないようにしようと思う。お茶の会はこれまでどおりにしたい。今回流れた分をいつにするかはまた連絡する」
「……は、はい。承知いたしました……」
殿下は私の言葉に頷き、足早に歩いていかれた。
お見舞いのお礼をお伝えしたら、体調はどうかと気遣いの言葉をいただいた。
お忘れになったハンカチを返しつい私が刺繍した物だと言うと、もう失くさないようにすると微笑んでくださった。
でもその直後に厳しいお顔になり、学園では近寄るなとでもいうようなそんな提案をされてしまった。
……理由を聞ける雰囲気ではなかったから、何も言えなかった。
殿下は周りをとても気になさっている感じで、話が終わると急いで戻っていった。
昨日まで痛みがあった下のほうのおなかではなく、もっと上のほうがキリキリと絞るように痛くなる。
グレイアム殿下は私に何か怒っていらっしゃるのだろうか。
決まり事となっていたお茶の会を急遽欠席したくらいしか、思い当たることはない。
でも、お花を持ってわざわざお見舞いにいらしてくださった。それなのに、生徒会室にも殿下にも近寄るなというようなことを言われてしまった。
あんなに心が華やいでいたのに、急に萎んでしまう。
考えなければ……。
何か見逃したり聞き逃したりしてはいないだろうか。
婚約破棄をされた令嬢も、その本当の理由は分からないままいきなり婚約破棄を突き付けられたと聞く。
浮かれている場合ではなかった。
今、私は婚約破棄の危機に瀕しているのかもしれない……。
ふと、テーブルに淡いピンク色のカーネーションが飾られていることに気づいた。
「お水を持ってきてほしいの。あと、あのカーネーションはどうしたのかしら? とても綺麗ね」
「夕方、グレイアム殿下がお見舞いにいらっしゃいました。その時にお嬢様にと、あのお花を戴きました」
「グ、グレイアム殿下が……いらしてくださった!?」
「はい。大事にするようにとおっしゃってお帰りになりました」
まさかまさかまさか、グレイアム殿下がここまでやってきてくださったなんて……。
せっかくの月に一度のお茶の会だったのに、私は眠る時間くらいからずっとおなかを壊してしまい大変なことになった。
明け方、ようやく落ち着いてベッドに横になれたのだった。
身体を起こそうとしても、足元がぐらつくような感覚があってうまく歩くこともできなかった。
お父様に頼んで殿下にお茶の会の断りを連絡してもらい、もちろん学園も休んだ。
まさかグレイアム殿下が見舞いにいらしてくださるなんて、思いもしなかった。
──私はどうして眠っていたの……。
せっかくだったのにもったいないことをしてしまったわ……。
殿下がくださったカーネーションを見ると、温かい気持ちになる。
わざわざ私のお見舞いに、お花をお持ちになってくださった……。
ふと、枕元にハンカチがあることに気づいた。
薄い灰色の地に、紺色で王家の紋章と殿下のイニシャルが刺繍されている。
──グレイアム殿下のお忘れ物だわ!
おそるおそるハンカチを手に取った。
このハンカチは……間違いない、幼い日にグレイアム殿下にハチを追い払ってもらったお礼に私が刺繍をして殿下に贈ったものだ。
りんごを剥くのはあまり上手ではなかったけれど、刺繍の腕は素晴らしいそんなお母様に教わり、時には少し手伝ってもらいながら完成させたハンカチだった。
まさかまだお使いになっていらっしゃったなんて……。
そっと、ハンカチを胸に押し当てる。
心臓があり得ないほど速く打っている。
自分のはしたない行動に顔が熱くなり、ハンカチをサイドテーブルに置いて、ベッドに深くもぐり込んだ。
枕に押し当てた耳から、自分の血が流れる音が大きく聞こえた。
グレイアム殿下にお会いしたい……。
夕べとは違う理由で、今夜も眠れそうになかった。
***
大事を取ってもう一日休み、その次の日に登園すると昼休みにグレイアム殿下が私の教室までやってきてくださった。もうそれだけで一大事だったが、なんとかお花のお礼を伝えたい。
「綺麗なカーネーションを戴きましてありがとうございました。少しでも長く咲かせていられるように大切にいたします」
「そうか、喜んでくれたなら良かった。体調はどうだろうか……」
「はい、おかげさまで少しずつ良くなっています」
「それなら安心した」
「あと、こちらのハンカチをお忘れになっていらっしゃいました……」
「よかった、このハンカチは気に入っているものなんだ。うっかりしていたが助かったよ、ありがとう」
「……あ、あの」
「どうした?」
「そのハンカチは、幼い私が刺繍をして、グレイアム殿下に……」
「あっ……そうだったんだね、布の手触りが柔らかくて気に入っていたのだけど、そうか、小さなエレインが……もう失くさないように気をつけるよ」
「使っていただけて、とても嬉しいです」
グレイアム殿下がとてもお優しい微笑を見せてくださった次の瞬間、急に眉間にしわを寄せて私の手首を掴んで廊下に出た。
突然のことに戸惑うと、
「君にひとつ提案がある」
殿下はあたりを警戒するように見回し、さらに声を落として言った。
「……これから、生徒会室のあたりにやってくるのを控えてくれないか。もっと言えば、こうして学園では君とあまり話さないようにしようと思う。お茶の会はこれまでどおりにしたい。今回流れた分をいつにするかはまた連絡する」
「……は、はい。承知いたしました……」
殿下は私の言葉に頷き、足早に歩いていかれた。
お見舞いのお礼をお伝えしたら、体調はどうかと気遣いの言葉をいただいた。
お忘れになったハンカチを返しつい私が刺繍した物だと言うと、もう失くさないようにすると微笑んでくださった。
でもその直後に厳しいお顔になり、学園では近寄るなとでもいうようなそんな提案をされてしまった。
……理由を聞ける雰囲気ではなかったから、何も言えなかった。
殿下は周りをとても気になさっている感じで、話が終わると急いで戻っていった。
昨日まで痛みがあった下のほうのおなかではなく、もっと上のほうがキリキリと絞るように痛くなる。
グレイアム殿下は私に何か怒っていらっしゃるのだろうか。
決まり事となっていたお茶の会を急遽欠席したくらいしか、思い当たることはない。
でも、お花を持ってわざわざお見舞いにいらしてくださった。それなのに、生徒会室にも殿下にも近寄るなというようなことを言われてしまった。
あんなに心が華やいでいたのに、急に萎んでしまう。
考えなければ……。
何か見逃したり聞き逃したりしてはいないだろうか。
婚約破棄をされた令嬢も、その本当の理由は分からないままいきなり婚約破棄を突き付けられたと聞く。
浮かれている場合ではなかった。
今、私は婚約破棄の危機に瀕しているのかもしれない……。
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