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【22】離縁
しおりを挟むジェイラス陛下にお目にかかるのは初めてのことだった。
これから国外の賓客を招いてのセレモニーが行われるとあって、陛下はとても多忙だ。
その中で、僅かな時間ではあるもののクライブ様とアーサーとの面会に私も同席を許された。
許されたというと私が願ったみたいだけど、アーサーによればジェイラス陛下が私にお話があるということで、連れて来られたのだ。
そして私にはヘレナが侍女としてオールブライトから付き添ってくれている。
本邸にはピートが一人で残ることになってしまったが、ピートは『休暇をいただいたと思ってよろしいでしょうか』と私に尋ね、私は初めて『領主の妻』の権限を使ってピートに休暇を与えた。
帰る日にはお好きな物を作って待っていますと言うので、バタークリームケーキをリクエストした。
そんなことをぼんやり思い浮かべていると、クライブ様から話し掛けられた。
「フォスティーヌ、兄上が来られる前に話しておきたいことがある」
クライブ様はアーサーと目を合わせた。アーサーが頷きクライブ様が話し始めた。
「先日王都のブリジットのホールデン伯爵家に行き、ブリジットが次兄のマーヴィンを唆した公金横領の証拠を探したところ、その証拠と共にとんでもないものが一緒に出てきた。
王宮宝物庫で紛失していた過去の国王のシグネットリングがそこにあったのだ。
それらを持って王宮へ行き、兄上と面会した」
王宮宝物庫にあったシグネットリングならば、とても貴重なものだ。
あれは王が亡くなると、埋葬よりも先に王太子がリングを潰す。
それが王太子としての最後の仕事である、そう教わった。
そのため現存していることそのものが珍しい。
そんなシグネットリングをブリジット様が隠していた……。
「シグネットリングが……。お二人で十日ほどオールブライトを留守になさった時ですね」
「ああそうだ。あの時に本当はフォスティーヌも連れて兄上と会ってもらいたかったのだが、すべてはホールデン伯爵邸から証拠を探し出せてからのことだった。
あの時点ではそれにどれくらい時間を要するか分からず、場合によっては数日かかるかもしれなかったので君を連れていくことはできなかった。
まさか五分足らずでアーサーが証拠を見つけ出すとは、兄上でさえ話を聞いて驚愕していたよ」
褒められているのに、アーサーがバツの悪そうな顔をしている。
「まあその辺の話は、今はいいでしょう」
「兄上……陛下が私に下した沙汰は、フォスティーヌと離縁しオールブライト領から直轄領となる旧ホールデン伯爵領への転封というものだった。
今後のフォスティーヌのことは、もちろん君の希望を最優先で考えたいと思っている。
私と『白い結婚』だったとして離縁をする、それに異存はないだろうか。
君と結婚しておきながらこれまで蔑ろにしてきたこと、心から申し訳なく思う。
だが、今となっては『白い結婚』だったことが、今後の君の人生のためになると安心してもいるんだ。
今は兄上の提案どおり、君と離縁することが最善だと考えている」
クライブ様と『白い結婚』だったとして離縁をする……。
そしてクライブ様は、王家の直轄領となったホールデン伯爵領を管理する。
それでは、オールブライトは……オールブライト領はどうなってしまうの!?
クライブ様と離縁となった私は……。
私はすっかりオールブライトの人間になっていた。
初めて自分の意志で生きることができた場所で、友人と呼べる人たちもたくさんできて愛着もある。
今さらバーネット侯爵家に出戻ることもできない。
婚約中の兄が結婚して妻となる女性とバーネット家で暮らすのは、そう遠い未来ではない。
父と兄が溺愛している妹レリアーナが嫁ぐ日まで家にいるのとは、まったく違うのだ。
私には行き場が無い。
オールブライトの街の近くで、一人で住める家と仕事を探すしかないかしら……。
クライブ様に応える前に、ジェイラス陛下が護衛と共に部屋に入っていらした。
「待たせて済まない、ああ、挨拶はいいからそのまま座っていてくれ」
無作法にも陛下のお顔を見てしまう。
先の国王陛下と側室様を手に掛けたということから、もっとこう……失礼ながら熊のように押し出しの強い、短髪の偉丈夫を勝手に想像していた。
実際お会いしてみると、すらりとした体躯に金色の長髪が麗しい王だ。
クライブ様と半分だけ血が繋がっているが、涼し気な目元がよく似ている。
「詳細はクライブから聞いてくれたか」
「はい。ブリジット様についてのお話と……クライブ様とわたくしが離縁となるお話を伺いました」
「クライブが妻となったそなたに、失礼極まりない形で接していたこと、私からも謝りたい。
離縁を受け入れてもらえるとして、その後のことだが……クライブがホールデン伯爵領の領主となるに伴い、オールブライト領をアーサーに任せることにした。アーサーは子爵家の一人息子だったが、私の命でクライブの執事となった時点で子爵家は親戚筋から養子を迎えている」
「陛下、そこからの話は自分にさせてもらえませんか」
アーサーが、不敬にも陛下の言葉を遮った。
友人なのだから、お二人の間では自然なことかもしれないけれど、少し驚いてしまう。
「まあそうだな。だがおまえの話は長いからなぁ。手短に頼む」
「こればかりは、手短では失礼です。少しくらいお時間をください」
「分かった。彼女に最大の敬意を払いながら、手短に」
ジェイラス陛下が微笑ながら、両手で何かをぎゅっと縮めるような仕草をした。
いきなりアーサーが私の前に跪く。
「奥方様、いえ、フォスティーヌ様、俺と結婚してください」
「手短だな!」
「手短過ぎないか!」
陛下とクライブ様がほとんど同時に声を上げた。
「……ちょっと、待って……今、結婚……と言ったの?」
陛下の御前だということを忘れ、思わずアーサーにそう聞き返した。
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