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後日談・「生命」

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1951年4月 中国湖北 宜昌付近上空
「敵機200機以上!上空から被ってくるぞ!」
国連軍、カティア・フォン・グリューネワルト少佐は愛機フッケバインⅡを駆りつつ、部下たちに注意を促す。
「接近格闘戦に持ち込め、なんとしても爆撃機を護れ!」
敵機は中国共産党空軍のJ―2…中国北部に渡った旧ソ連技術者たちが開発したものだ。
侮り難き高性能機だ。無論国連軍/中国国民党軍のF―86セイバー、フッケバインⅡもけして劣ってはいないが。
乱戦となった。
J―2がセイバーの後方に回り、機関砲で撃墜する。そのJ―2の後方からフッケバインⅡが忍び寄り、さらにその後方にJ―2が回り込み…。
セイバーが黒い煙を吹いて墜ち、J―2が炎に包まれる。
護衛すべき爆撃機B―29にも隙を突きJ―2が襲い掛かる。
「させるか!」
カティアは爆撃機に近づく敵機を叩き落す。
さらにもう一機の翼を砕いたところで、逆サイドの編隊のB-29の群れに向け、突入するJ―2、2機が視界に入る。
(しまった、間に合わん!)
肝が冷える。
次の瞬間、味方のフッケバインⅡが急降下して後方からの一撃で一機を屠る。
もう一機は…。
なんとそのフッケバインⅡは残ったJ―2に追いすがると、その尾翼に自らの主翼をぶつけたのである!
J―2はスピンして墜ちていく。
「‼」
なんという無茶を…。

南昌基地
そのフッケバインⅡは、片翼が半分もがれた状態のまま、悠々と着陸した。
並みの腕じゃない…。パイロットは誰だ?
興味には勝てず、カティアはその機体に駆け寄った。
キャノピーが空き、降りてきたのは…。
20歳そこそこの、栗色の髪をなびかせた女性だった…。
「…!カーテローゼ・リューネブルク少尉、君だったのか。」

士官詰所にてカティアは、カーテローゼと面談した。
「結果、生還できたからいいようなものの…。体当たりは無謀過ぎる!」
「すみません少佐。弾切れでしたもので。」
カーテローゼは悪びれる様子もなくそう答えた。
「パイロットたるものが、命を投げ捨てにするような真似をするな…!」
「命ですかぁ…。
私、自分の命がどうなろうが、正直どうでもいいんですよ。
父は大戦中に戦死。
母と妹も空襲で死にました。
悲しいとも思わなかったですね。ただ兵士になってひたすら敵を殺したいって気持ちになっただけで…。
殺す相手にも、自分にも、命の値打ちがあるとは思えないんです。」
「…。」
カティアは二の句が継げなくなった。

翌日…。
「敵地上部隊は宜昌の南40キロを南下中だ、それを阻止すべく投入される対地攻撃機の部隊を護衛するのが我々の任務だ!」
対地特化攻撃機アラドAr433の群れが、敵戦車の大群に猛然と襲い掛かる。
その上空から突入していくJ―2の編隊に、カティア率いる戦闘機大隊をはじめとする国連軍戦闘機隊が挑みかかる。
「な…何機墜としてんだ?」
自らも2機を撃墜しながらも、カティアは驚愕せざるを得ない。
カーテローゼの乗機は射的の的を射抜いていくように次々と、敵機を葬っていた。
恐るべき才能としか言いようがなかった。
そして、眼下に視線を転じると…。
一機の指揮官マークを付けたアラドAr433が、修羅のごとく敵戦車を狩っていた。
将官の身でありながら、空で闘うことにこだわり続けている男。
あの人はつくづく…魔王だ。

任務を終え、生き残った者達は基地に帰投し、つかの間の休息を味わう。
機体の整備を終えたカティアに、部下の尉官数名が近づいてきた。
「少佐、士官食堂で一杯やりませんか?」
「ああ、付き合おう。」
格納庫の前で所在なげに立っていたカーテローゼに、カティアは声をかけた。
「君も来るか?」
「別に。私は結構です。」
「そうか…。」

2時間後、盛り上がる酒席を中座したカティア。
無人の滑走路の隅で、寝転んでいるカーテローゼを見つけた。
「そら、持ってきてあげたよ。」
カーテローゼは身を起こすと、渡されたチキンにぱくついた。
「ふふふ、腹減ってるなら参加すればよかったのに。」
軽く頬を赤らめるカーテローゼ。
「君が、あんたが皆に溶け込もうとしないのは、戦いで仲間を喪うのが怖いから、じゃないの?」
満天の星を見上げながら、カティアはそう言った。
「別に…。バカ騒ぎが嫌いなだけです。」
「ふうん…。
ねえ、そういえばあんた、好きな男とかいないの?」
「いっ…、いませんよ!いる訳ないじゃないですか。
しょ、少佐はどうなんですか。」
「いるよ。
売れない小説ばっか書いてるような男でさ…。
でもいつも私の心配ばかりしてくれるんだ。
手紙をもらう度、彼にまた会うために戦って生き残ろうと思う。」
「…。」
「だからあんたもそういう相手を早く作りなさいって話!」
「わ、私は、そういうのは…。」
カティアは微笑みながら、カーテローゼの髪を撫でた。

2日後
「敵戦爆連合500機以上接近中!!稼動全機緊急発進せよ‼」
カティアの戦闘機大隊も蒼穹に舞い上がり、中国共産党軍J―2と激しく渡り合う。
「まず一機!」
カーテローゼは早くも自らのスコアを更新。さらに獲物を求めて新たな敵機に喰らいつく。
が…。
「‼」
4機…いや5機の敵機が、明らかにカーテローゼ機単機に狙いを定めて後方から襲い掛かってくる。
罠…。
「くそ‼」
回避しようと高速機動を繰り返すが、敵もエリートパイロットを選りすぐってチームを組んでいる。
なんとか一機は撃墜するも、残りが振り切れない。
敵の一機がじわじわと後方に迫る。
「うおお、なめるな…!」
もうすぐ射程に…。迫りくるJ―2の銃口。
「ああ、だめだ、食われる、死…


いやだ、死にたくない!」

瞬間!エンジンに被弾し炎上した。
J―2の方がである。
「!?」
あのマーク…指揮官…少佐が…助けて…くれた。
さらに1機を撃墜するカティア機。
しかし残りの2機がカティアの後方に回りこもうとする。
「おおおお!少佐に手を出すな!」
カーテローゼの一撃に一機は吹き飛ぶ。
だがもう一機が…。
あろうことかカティア機に後方から発砲し、翼を叩き折ったのである。
「少佐‼」
怒りに任せ最後の一機を叩き落す!

少佐は…。
パラシュートが…開いた!
よかった…。

激しい空戦は、どうにかこちらの辛勝で幕を閉じた。
着陸操作をこなすのももどかしく、愛機から飛び降りたカーテローゼは、医務室に走った。
「少佐!」
ベッドから半身を起こして、カティアは微笑んだ。頬と手足に擦り傷を負った以外は軽傷のようであった。
「少佐…少佐が命を投げ捨てにして、どうするんですか…こんな…私の…ために…。」
「あはは。何泣いてるの~。」
「だ、だって…。」
カーテローゼはカティアに縋りついた。


…中華南北戦争はこの1年半後、国連軍/国民党軍がどうにか中国沿岸部の一部のみを勢力圏として確保する形で…休戦協定が結ばれることとなる。
カティア・フォン・グリューネワルトと、カーテローゼ・リューネブルクは共にこの戦争を生き残ることとなる。なおカティアの方は、休戦の2年後、結婚のため退役している。


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