鎖の夢 ~または何故、僕は愛してもいない女性に600万円を貢ぎ続けたか~

俊也

文字の大きさ
5 / 42

労力霧散

しおりを挟む
五月中旬のある晩。
そろそろ経過観察的な意味合いで、一旦球速測定をしなければならない。
問題は、パートナーだ。
カメラとスピードガンを持って、測定と撮影をしてくれる相手が必要なのだ…
当然誰でもいいわけではなく、ある程度野球というスポーツをわかっていなければならない。それも平日休める人間であることが必要だ。
こういう時に、対等の関係の友人の少なさを痛感させられる…。
バイト先の学生たちではちょっときついな…。
適性という面でも、そういったことを頼める親密度の面でも…。
やはり、大学時代の野球サークルの仲間しかいないか。
携帯メモリに残っている数名に、次々と電話をかける。が、みな休みが合わないとの理由であっさり断られる…
そうだよな、みんな正社員として、土日がきちんと休みのところで働いてるんだよな…
こういったところで、同世代への劣等感を刺激されてしまう。
もうみんな、入社六年目を迎え、小さいながらも自分のセクションを任され、新入社員を鍛える立場になっているのだ…。
「橋ちゃんまだマイケルバーガーでバイトしてんの?
…まあ色々あるだろうけどがんばって。」
最後に電話した相手にはそんな事を言われた。
全滅…。
いや、まだ一人いる。
というより、最初からこの先輩に頼むべきであった。
野村康之。
郵便局員である為、平日にも休みがある人だ。
学生サークル時代、変な夢ばかり追う下手糞な控え選手だった僕をしばしば怒鳴りつけはしたが、反面なにくれとなく面倒を見てくれもした先輩である。
「おう橋ちゃん。ひさしぶりやね。どした?」
事情を話すと、そういうことならば、と快諾してくれた。
日程も両者の休みがうまいこと重なるところがあり、集合時間まで決めることができた。
よかった。ありがたい。
あとは一週間後の当日に向け、コンディションを整えていくだけだ。
さあ寝よう。
バイトの都合で夜型生活にはなってしまうが、それでも午前一時前に寝るようにすれば幾分ましな睡眠サイクルになるはずだ。
そう思いつつ布団に潜ろうとしたとき。
無遠慮に携帯がバイブレーションした。
弥生からであった。
着信は三コールで切れた。
いつも着信があった後に、すぐに僕の方から折り返すのがルールになっていた。
(要するに常に電話代は僕が持てということである)
しかし、今、長話に巻き込まれたら…。
もう寝たということにして無視しようか。
布団に半身を入れたまま迷っていると、せかすようにさらに着信が入った。
携帯の電源を切って睡眠を優先する。
明日以降何を言われても動じない。
それができるメンタリティは、僕には備わっていなかった。
僕は弥生に折り返しの電話を入れた。
「あ、橋ちゃん⁉遅いよ!
今から言うところに電話して!
友達が通販で限定品のバッグがどうしても欲しいというから、橋ちゃんにも協力して欲しいの!最初自動音声で待たされると思うけど、オペレーター出るまで絶対粘ってね!それじゃあ…」
内心あきれた。
自分自身の用事ですらないじゃないか…。
こんなのにまともにかかわずらっていたら就寝が何時になるか…
しかし、当然断れず…
僕は指示されたとおりに通販のコールセンターに電話をかけ続けることとなる。
断れないといえば…
弥生自身もまた、友達から頼まれたといってはやたらと学生時代レポートの代筆をしたり、最近でも何だかよくわからない買い物の用事やら、チケット購入の代行やらに自分の決して多くはない余暇をすり減らしていた。
彼女自身もまた「断れない」女なのかもしれない。
ただ弥生は困ったときはこうして僕を頼ればよいが…
僕にとっての「なんでも言うことを聞いてくれる橋本俊」は存在しないのだ。
ただただ、鎖に縛られつつ自分自身の貴重な労力と時間と金が蒸発していくのみ…。
結局この日、眠りについたのは午前三時半を過ぎてからだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...