ヤマネ姫の幸福論

ふくろう

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第六章 幸福は義務

合氣道と剣道

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 大学二年の夏も過ぎ、九月の半ばともなれば、外はすっかり高い秋の空である。

 今日も、いつものように、佑夏が家に来てくれて、二人で猫のブラッシングをしている。

「中原くん、どーしたの?何だか元氣無いみたい。」

 ぽん太を抱いた姫が、僕に不安げな視線を向けているけど。

「え?い、いや何でもないよ。」

 膝の上の楓が、僕の手をペロペロ優しく舐めてくれるのは嬉しい。
 この小さな猫も、人の心が読めるのか?

(オイ、ジンスケ。この際、佑夏に全部話して、慰めてもらえよ。)

(バカ!男が、女相手に、こんな愚痴言えるか!)

 僕とぽん太の思念伝達は、佑夏に聞こえるはずもない。


 遡ること二週間前。

 合氣道の稽古開始には、まだ時間がある。

 僕が生まれる前から会場として利用している県営体育館の武道場で、大学の後輩でもある鈴村千尋と、二人で早出稽古をしている。
 このところ、ずっと、この調子である。

 彼女の稽古熱心さには、とにかく頭が下がってしまう。

 ただ、佑夏には内緒だが、これだけ自分と一緒に居たがるのは、もしかして、僕のことが好きなのではないか?というニヤケてしまいそうな疑念が、捨て切れてはいない。

「鈴村さん、そろそろ、みんな来るから、一息入れようか?」

「はい。」

 僕の提案に、千尋も賛成する。
 動けば、まだまだ暑い、九月の初旬。

「鈴村さんは、どうして合氣道、始めたの?」

 水分補給しながら、さりげに聞いてみる。

「元々は、剣道やってたんです。
 でも私、力も弱いし、動きも遅くて、いつも負けて、泣いてばかり。」

「ああ、そうだったんだ。」

 か細く、手足の長い千尋の身体は、美容的にはスタイル抜群ということになるのだろう。
 だが、竹刀での力任せの殴り合いに向いていないのは、一目瞭然だ。

「でも、合氣道は違いました。
 力も使わないで、男の人だって投げられるし、やればやるほど、どんどん早く動けるようになって。
 それから、もう夢中です!」

 この子の合氣道への深い思いは、こんなところにあったのか。
 正直、父が合氣道の達人でなければ、僕は始めていたかも分からない。

 いや一生、興味無しで終わったんじゃないだろうか?

 だが、千尋は違う。
 自分の意志で合氣道を選んだ。
 だからこそ、こんなに一心不乱に、「人生をかけて」、と言っていいくらい、稽古に打ち込むのだろう。

 そんな彼女のお眼鏡にかなった僕は、これでも優秀な指導者なのか?

「そ、それでさ、鈴村さん。ちょっとお願いしたいことがあるんだよ。」

 女性には、あまり言いたくないが、女性にしか頼めないことだ。

「はい、分かっています。お任せ下さい。」

 正座し、まだ、十代の女子大生とは思えない、凛とした武術家らしい落ち着いた瞳で、千尋は僕を見つめている。

 最近、この道場で、一つの見過ごせない問題が起きているのである。
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