128 / 305
第六章 幸福は義務
合氣道と剣道
しおりを挟む
大学二年の夏も過ぎ、九月の半ばともなれば、外はすっかり高い秋の空である。
今日も、いつものように、佑夏が家に来てくれて、二人で猫のブラッシングをしている。
「中原くん、どーしたの?何だか元氣無いみたい。」
ぽん太を抱いた姫が、僕に不安げな視線を向けているけど。
「え?い、いや何でもないよ。」
膝の上の楓が、僕の手をペロペロ優しく舐めてくれるのは嬉しい。
この小さな猫も、人の心が読めるのか?
(オイ、ジンスケ。この際、佑夏に全部話して、慰めてもらえよ。)
(バカ!男が、女相手に、こんな愚痴言えるか!)
僕とぽん太の思念伝達は、佑夏に聞こえるはずもない。
遡ること二週間前。
合氣道の稽古開始には、まだ時間がある。
僕が生まれる前から会場として利用している県営体育館の武道場で、大学の後輩でもある鈴村千尋と、二人で早出稽古をしている。
このところ、ずっと、この調子である。
彼女の稽古熱心さには、とにかく頭が下がってしまう。
ただ、佑夏には内緒だが、これだけ自分と一緒に居たがるのは、もしかして、僕のことが好きなのではないか?というニヤケてしまいそうな疑念が、捨て切れてはいない。
「鈴村さん、そろそろ、みんな来るから、一息入れようか?」
「はい。」
僕の提案に、千尋も賛成する。
動けば、まだまだ暑い、九月の初旬。
「鈴村さんは、どうして合氣道、始めたの?」
水分補給しながら、さりげに聞いてみる。
「元々は、剣道やってたんです。
でも私、力も弱いし、動きも遅くて、いつも負けて、泣いてばかり。」
「ああ、そうだったんだ。」
か細く、手足の長い千尋の身体は、美容的にはスタイル抜群ということになるのだろう。
だが、竹刀での力任せの殴り合いに向いていないのは、一目瞭然だ。
「でも、合氣道は違いました。
力も使わないで、男の人だって投げられるし、やればやるほど、どんどん早く動けるようになって。
それから、もう夢中です!」
この子の合氣道への深い思いは、こんなところにあったのか。
正直、父が合氣道の達人でなければ、僕は始めていたかも分からない。
いや一生、興味無しで終わったんじゃないだろうか?
だが、千尋は違う。
自分の意志で合氣道を選んだ。
だからこそ、こんなに一心不乱に、「人生をかけて」、と言っていいくらい、稽古に打ち込むのだろう。
そんな彼女のお眼鏡にかなった僕は、これでも優秀な指導者なのか?
「そ、それでさ、鈴村さん。ちょっとお願いしたいことがあるんだよ。」
女性には、あまり言いたくないが、女性にしか頼めないことだ。
「はい、分かっています。お任せ下さい。」
正座し、まだ、十代の女子大生とは思えない、凛とした武術家らしい落ち着いた瞳で、千尋は僕を見つめている。
最近、この道場で、一つの見過ごせない問題が起きているのである。
今日も、いつものように、佑夏が家に来てくれて、二人で猫のブラッシングをしている。
「中原くん、どーしたの?何だか元氣無いみたい。」
ぽん太を抱いた姫が、僕に不安げな視線を向けているけど。
「え?い、いや何でもないよ。」
膝の上の楓が、僕の手をペロペロ優しく舐めてくれるのは嬉しい。
この小さな猫も、人の心が読めるのか?
(オイ、ジンスケ。この際、佑夏に全部話して、慰めてもらえよ。)
(バカ!男が、女相手に、こんな愚痴言えるか!)
僕とぽん太の思念伝達は、佑夏に聞こえるはずもない。
遡ること二週間前。
合氣道の稽古開始には、まだ時間がある。
僕が生まれる前から会場として利用している県営体育館の武道場で、大学の後輩でもある鈴村千尋と、二人で早出稽古をしている。
このところ、ずっと、この調子である。
彼女の稽古熱心さには、とにかく頭が下がってしまう。
ただ、佑夏には内緒だが、これだけ自分と一緒に居たがるのは、もしかして、僕のことが好きなのではないか?というニヤケてしまいそうな疑念が、捨て切れてはいない。
「鈴村さん、そろそろ、みんな来るから、一息入れようか?」
「はい。」
僕の提案に、千尋も賛成する。
動けば、まだまだ暑い、九月の初旬。
「鈴村さんは、どうして合氣道、始めたの?」
水分補給しながら、さりげに聞いてみる。
「元々は、剣道やってたんです。
でも私、力も弱いし、動きも遅くて、いつも負けて、泣いてばかり。」
「ああ、そうだったんだ。」
か細く、手足の長い千尋の身体は、美容的にはスタイル抜群ということになるのだろう。
だが、竹刀での力任せの殴り合いに向いていないのは、一目瞭然だ。
「でも、合氣道は違いました。
力も使わないで、男の人だって投げられるし、やればやるほど、どんどん早く動けるようになって。
それから、もう夢中です!」
この子の合氣道への深い思いは、こんなところにあったのか。
正直、父が合氣道の達人でなければ、僕は始めていたかも分からない。
いや一生、興味無しで終わったんじゃないだろうか?
だが、千尋は違う。
自分の意志で合氣道を選んだ。
だからこそ、こんなに一心不乱に、「人生をかけて」、と言っていいくらい、稽古に打ち込むのだろう。
そんな彼女のお眼鏡にかなった僕は、これでも優秀な指導者なのか?
「そ、それでさ、鈴村さん。ちょっとお願いしたいことがあるんだよ。」
女性には、あまり言いたくないが、女性にしか頼めないことだ。
「はい、分かっています。お任せ下さい。」
正座し、まだ、十代の女子大生とは思えない、凛とした武術家らしい落ち着いた瞳で、千尋は僕を見つめている。
最近、この道場で、一つの見過ごせない問題が起きているのである。
1
あなたにおすすめの小説
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
沢田くんはおしゃべり
ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!!
【あらすじ】
空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。
友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。
【佐藤さん、マジ天使】(心の声)
無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす!
めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨
エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!)
エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる