ヤマネ姫の幸福論

ふくろう

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第十四章 礼拝堂で

生きてこそ

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 僕の一言で、室内の空氣が張り詰め、ヒロトは下を向いている。

 母親の顔からは、「学校に行かないなんてワガママ」、「そんなことじゃ社会に出れない」、「一生、引きこもりになったら、どうしてくれるの?」といった考えが渦巻いているのが、見て取れる。

 それに加えて、「あなた達、学生でしょ?先生じゃないんでしょ?」と言いたがっている様子が、僕の武術家としての勘で分かってしまう。

 しかし、何とか彼女は、それは口には出さず、

「でも、やっぱり学校は大事ですし....。」
 
 と言ってくれるあたりは、この人が話の分からない相手ではなく、理知的な主婦である証拠だな。
 世間体を氣にするようなタイプじゃなさそう?

 にゃ~!
 ミントが、ヒロトママの膝に乗っていく、動物が懐くなら、根は優しい人なんだろう、説得できそうだ!

「大丈夫よ。ヒロトくん。」

 佑夏が、イジメの被害者に微笑みかけて、さらに母親にも優しい笑みを向ける。
 何と言うか、どんな恐ろしいことでも、この子が言うと、深刻な雰囲気にはならないのが、凄いところだ。

「お母様、学校に行きたくないのは、逃げでも、甘えでもなく、自然な感情です。
 ヒロトさんの安全を第一に考えましょう。
 社会全体が怖~い軍隊みたいだった、昔と今は違います。転校もできるし、フリースクールだってあるんです。」

 ヤマネ姫に続き、僕も一言、

「文科省も、”学校に行かないのは悪いことではない”、と言っていますよ。
 それに、ヒロトさんは恐喝されているんです。本来なら警察が出て来てもおかしくありません。

 担任の千葉先生は信頼できる方ですから、一先ず、登校を中止して、ご相談なさって下さい。」

 しかし、母親の顔は晴れず、口の中でなにやら、もごもご言っている。

 すると、佑夏は、ソファーからフワリと腰を浮かすと、両手でママの手を取り、

「お母様。問題をはき違える方が多いのですが、金銭を恐喝されている場合は、学校の人間関係の縺れとかでは無く、犯罪なんです。お子様を守れるのは、ご両親しかいません。」

 翠は、彼女は潮崎氏と付き合っていないと言っているが、やはり彼の愛の力で大きくなったとしか思えない目をさらに大きく見開いて、佑夏は訴える。

「お母様!まだ外傷を受けない内に転校したとしても、身体と言葉の暴力による心の傷が原因で、自傷行為に及んだり、自分で命を絶ってしまうケースだって、少なくありません!
今なら、まだ間に合います!
 失われた命が戻ってくることは、絶対に無いんです!」

 彼女の特大の目には涙が浮かんでいる。
 
 僕から見た、今のこの子の横顔には、真帆さんと二度と会えなくなって、潮騒の祭壇や海岸で泣きはらした、少女の頃の記憶が蘇っているように見える。



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