半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第三節 〜サガンの街〜

027 陥落間近の籠城壁内

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いよいよ“忌溜まりの深森”を抜け、サガンの街に入ります。
やっとです。そして新人冒険者と言えば、おなじみの先輩冒険からの定番イベントです。アレです。
ちょっと形は変えますが、もちろん踏襲します。
様式美が大好きですから。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

 遥か昔、今ある歴史書の最初の頁が紡がれる以前の、失われた御伽噺おとぎばなしでしか語られない時の彼方かなたより“高架軌道”は此処ここにあった。らしい。今と変わらない姿で。
 “溜まりの深森”が出来る前から。その当時から蒸気機関車であったかは定かではないが、何かが高架の上を駆け、大陸を巡っていた。

 ある日突然に世界で“終末”が始まり、やはり唐突に“復活”が終わると“溜まりの深森”が出来ていた。残っていたものは少なかった。人も物も。
 やがて、“残された”堅牢な高架を魔物避けに、“森”と反対側の壁にへばり付くように“残された”人々が自然と集まり、避難場所から町へ“街”へと発展した。そんな“街”が高架軌道沿線に沿って幾つも在るらしい。
 “駅”がある“街”は幸運だ。交易の中心として繁栄が約束されていたのだから。そしてこの街サガはもう一つの幸運を得て、更なる栄達を遂げた。“蜘蛛の糸”だ。

 可もなく不可もなく。そんなもんだろう。御伽噺おとぎばなしではない昔話など。

   ◇ 

 狭い検問所から抜けると、そのまま蒸気機関車の駅舎内となっていた。人の利用も勿論有るだろうが、主に輸出入品の検問と徴税、荷の積み下ろしの為の仕切りのない、一時保管用のだだっ広い倉庫的な場所だった。だが今は長いカウンターと庶務机、連なった縦長の窓から入る西日が長く伸びるにまかせた閑散とした大空間が広がっているばかり。
 人っこ一人いないわけじゃないけど、だからこそ逆に内緒話の声と足音だけが響く天井の高い構内は虚で、寂寥だけが淀み溜まっていた。

 そんな構内を抜け、“壁内街”へ出る為の重く軋むドアを開けて外に出る。


 駅の前には集荷、荷下ろしの為の大きな広場が広がっていたが、肝心の荷は皆無で、代わりに五十人程度のむさい男達が(若干女性も混じって)たむろし、広場を塞いでいた。皆一様に肩を落とした項垂れた様子で。

 長い時間を掛けた人の歩みで滑らかに摩耗した石畳みは西からの少し傾いた太陽光線を反射し、濡れた水面を思わせた。
 何故だろう、その水が酷く汚れているように見えた。埃臭くすえた匂いの漂う陥落間近の籠城壁内、そう思わせる空気のせいか。
 傭兵なのか民兵なのか、雑多で人種亜種男女混合な人々が追い詰められ、折れそうな沈んだ顔をして座り込んでいる。そして全員がどこかしらに傷を負っていた。

 それでも、久しぶりに見る生きた人間が歩く生きた街に感動、しない。だってピリピリしすぎだよこの街。怖すぎ。
 それにむさいオッサン軍団だし。うん、パンツを買ってマトモな肉を食ったら速攻で抜けて次の街で改めて感動しよう。あ、風呂入るのか? 入らざる得ないよな。メンドいけど。ああ、あとビスケットね。忘れたらダメだよね。
 じゃ行こうか。

 なんとなーく、そろりそろりとドロボウのような足取りで雑兵さん達の間を抜けて歩く。
 で、『やっぱり』な、って思っちゃったよ。
 酒盛り中のたむろから酔っ払った動く大型冷蔵庫のようなスキンヘッドのヒューマンがユラリと立ち上がり、お決まりの、
「酌しなよネーちゃん」
 ステレオで定番イベントならではのベタなセリフを吐き、サチの腕を横から掴もうと手を伸ばす。と思ったらあらず、途中で止め……

「クサ! 何だお前ら、クサ!」

 あちゃー。最悪。

 仕方なく冷蔵庫を守る為に間に入る。
 まあ、“仕方ない”を挟んだ時点で遅れるよね。仕方ないよね。
 僕を思い切り突き飛ばし(酷いよな、顔から石畳にダイブ)、ハナの“火縄銃型の魔杖アルカナ・ロッド”の銃口が冷蔵庫の額正面にピタリと押し付けられ、同時に瞬息の間で背後を取ったサチの苦無クナイが冷蔵庫の太い首に当てられていた。
 チョッと先っちょから血がスーッと流れた。ワザとだな。性格悪いから。
 もう、どっちがならず者かわかりませんね。
 だから言ったんだ。あ、言う暇はなかったんだ。

 まあ、なんだ。“忌溜まりの深森”踏破は伊達じゃ無いし、まだ僕らも臨戦姿勢維持の気が立ってる状況から抜け出せていなかった。
 悪いな。
 でも僕はただ固まっていただけだから関係ないよ。だから悪くないよね。

 そのままの状態でサチは首から下げた冒険者プレートを冷蔵庫の眼前に押し付け「乙職二種の“特務指揮権限オフィサー有資格者”だ。旅の途中。この街には立ち寄っただけ。今はギルドを探してる。だから私たちに構わないで、私たちも関わらない。それと私たちは臭くない。そうでしょ? イイ匂いだよね、絶対だよね。ねえ、おにいさん、凄く良い香りの美人さん達って、言え!」

 一時的な硬直から抜け出し、一斉に立ち上がろうとする冷蔵庫仲間のヤローどもに向け、ハナの銃口が素早く振られ、間を置かずに三筋の閃光が疾る。
 三つの乾いた音と三つの重い音。
 乾いた音は地面に置かれた安焼物の酒瓶一つとヤローが手に持ち下げていた酒瓶一つと別のヤローの木製ジョッキ。重い音は石畳を深く穿つ弾痕が三つ(跳弾しない。食い込む)。

 冷蔵庫の仲間ヤローどもは立ち上がり切れずの中腰で、動くに動けず固まっていた。
 そのひとりが、たぶん意識して動いた訳では無く、耐えきれずに蹌踉よろけただけなんだとは思うんだけど、無慈悲に閃光が疾った。
 それは冷蔵庫仲間ヤローBの股間を掠め地面を穿った。

「シェエ~」
 空気が漏れるが如き弱弱なかぼそい悲鳴を上げるも、気力で身体が傾くのを必死で止めたヤローB。彼は懸命だった。何故なぜなら撃った後に「チッ」ハナの舌打ちが聞こえたから。
 威嚇ではなく失敗ただ外しただけだった事を。撃ち抜く気まんまんだった事を。それがわかったから、彼は必死の表情で訴える。どうか息子の命だけはと。
 恐るべしハナ。股間がキュッとしちゃっただろうが。

 たぶんだけど、女の子に“クサイ”呼ばわりは、それだけ彼女達を激怒ゲキオコさせるには十分すぎた(今日二回目だし)。この距離で外すぐらいには。撃ち抜く気にさせるぐらいには。彼らにとって幸運だったのか不運だったのか。

「何だあの動きは。眼で追えなかったぞ」
「それよりあの魔法だ、無詠唱で連射したぞ?」
 の驚愕の声が周りから聞こえる。ニンマリと笑うハナとサチ。
 ノリノリだなウチの女子二人。でも賞賛の中に
「玉を狙うなんて鬼畜な所業」
「残酷すぎるだろ」
「鬼女、玉粉砕女王」
 
 妥当だけどね。
 まあね、悪目立ちだけは確実にしてるね。そして、クサイって誰も追い打ちかけなくて、ホントによかったです。

 どうしようかなって思う。
 周りを確認すると、大半は唖然とした顔で遠巻きに眺めているだけのよう、ココは何事もなかったようなテイで
『だから何? 関係ないし』
 的な顔をして黙って立ち去るのがベターかな。無理かなぁ。

 でも僕は、僕だけは、この騒動の関係者だとは思われたくないと切に思い、実際関係なかったし、顔を覚えられないように頭に巻いた布を頬被りにして、えい、ままよ。
 素早くハナとサチの手を取り、この場をサッサと離れることにします。
「はい、すいませんね、ちょっとソコ通らせてもらいますね。はいゴメンくださいな」
(これぞ正しく、隠遁の術)

 そして聞こえた。
落国の民アッシュサキュバス売女のクセに」

 ギュッと心臓が冷えた。
 嫌な“何か”が高速で僕の頭を強く連打する。

 声がした方へ腕を伸ばす。大丈夫、威嚇だけだから。1メートルの範囲だけだから。

 僕の腰にハナ、伸ばした腕にサチが何時の間にか、しがみ付いていた。

「落ち着け、小僧。此処ここはだめだ」
 とサチ。
「私は大丈夫だから、ハム君、ね、暴力反対だよ」
 とハナ。

 え、そうなの? いいの? まあ、サチとハナがいいって言うならいいけど、でもただの威嚇だよ、有効範囲1メートルだけだし。

 ふと気づくと僕の伸ばした腕の先、扇状に結構多くの人達が腰を落とし、僕を見上げ震えていた。瞳孔が開いていた。幾人かの腰の辺りに水溜りが出来ていた。

 でもさ、落ち着けとか、暴力反対とかよく言うよね。うちの女子。
 
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告、
 現況確認を推奨。
 と結論 ∮〉

……わかってるよ。大丈夫だよ。


「何をしている!」
 の大音量の怒鳴り声。駅前広場にいる雑多な傭兵? 達全員の背筋が伸びる。暴力が絶対支配する軍隊で培った上官を長年務めた者だけが発する事の出来る類の叱責。
「交代の時間だ。野郎ども、気持ちを入れ替えろ! これからは魔物を狩る時間だ。気を抜くと死ぬぞ、その前に腑抜けは俺が殺してやる。喜べ‼ 返事はどうした‼‼」

 途端に
「サー、イエッサー‼‼!」
 隊列を組んで早駆けで城門を潜っていく。

 声を発したのは先ほど僕らの相手をしていた小太りおじさん門番衛兵その人だった。
 カッコイイんですけど。
「騒動を起こすなよ、
と、僕らに右目端をクイっとあげて。

 ◇

 右手の高い灰色の壁沿いに歩き、抜けた先に広く真っ直ぐな道が続いていた。そこは城門駅舎前広場の淀んだ空気とは一変した、人々で溢れ、大勢が行き交う大通り『メインストリート』だった。
 道の端には所々に露天も出て一見活気に満ちているようなよくある風景だった。

 妙に静かだった。誰も無駄口を立てず、ただ大勢の者達の大半が大きな荷物を抱え足早に行き交う。虚ろで、そのくせ瞳孔が開きっぱなしなギラギラした目で。そして子供の姿も声も皆無。そしてそれ以外は至って普通の街並みだった。

 いや、その他で決定的に違うのは、街並みの屋根の多くが大なり小なり破損しているのを除けば、屋台から漂う肉を焼く匂いが酷く馴染み深い魔物クサレ肉独特のそれだって事だ。

「ここに来てどうしてまたあの匂いを嗅がなけりゃならないのよ。おかしいでしょ? 私達、抜けてきたはずだったでしょ」
「でも最近は生ばっかりだったから逆に久しぶり?」
「主様、ボケはいらないです。そして面白くないです」
「やっぱり“抜けきった”ってことじゃないんだろうな。此処ここは素通りして早いところ次の街に向かったほうが良さそうだ。
 ハナもサチも肉と風呂は諦めてくれ(パンツは購入するけどな)」

「それはコクというものだ。優しく無いんじゃないのかな、少年」
 と、ハナとサチが口を尖せて文句を言う前に突然後から声を掛けられた。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

毎日更新しています。
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