50 / 129
第五節 〜ギルド、さまざまないろ〜
050 ジョーカーを押し付け合い、
しおりを挟む
VS 赤鬼ゲート決着です。 そして“誰か”が顕現します。
平伏せ、下民共! です。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
此処までならまだ、なんとかなった。
最悪で決定的なのが。
小さなズレはそのまま回収される事はなく、形を変え何時迄もズレ続け、双方を行き来する。ジョーカーを押し付け合い、最後に手に残った方が敗者だ。
経験と練度とは即ち負を逆に正に転嫁する業。
互いがすれ違い振り返ってゲートは上段からの振り落とし、対、僕は下段からの擦り上げ。
ゲートの振り落としは僕が“斥力”で弾いた分の力を筋肉の最大値で反発に転換し、反転の理論で勢いを増幅させる。
今まで培った経験と練度が無意識に殺傷という最適解を導き、結果、棍棒の速度は寸止め出来る範囲を超えてしまう。少なくとも、想定より数センチは振り下げてしまう。
反対に僕の擦り上げの剣は勢いを弾いた分だけ減速。素人だし、“斥力”の連続使用でエネルギーの収支が合わなくなりマイナス側に振る。
一拍の遅延。僕の剣は防御に間に合わない。結果は無防備な頭を晒す。かち割りコース一直線。
ジョーカーを弾き抜かせてしまったのは僕。
ジョーカーを手元に残してしまったのはゲート。
どっちだろうか。
「あ、不味い。タイミング最悪じゃね」
流石に脳髄ぶち撒きからの回復魔法での生き返りはやってみないとわからないけど、ちょっと自信ない。詰んだかも。
赤鬼も自分の振り落としが危険な速度であり、間に合わない事を悟り、驚愕に顔を歪める。だからアレほど言ってたじゃん。ちゃんと寸止めしてくれるんだろうねって。それを今更。
僕の頭が弾け飛ぶ直前、頭と5ミリを残して棍棒が空中で止まっていた。その棍棒には四方八方から何十と伸ばされ絡まった純白の糸に絡みつかれ、それが結果、棍棒の勢いを止め、その場に縫い止めていた。
何だ? でも空中に縫い止めた糸が蜘蛛、それも“花魁蜘蛛”の白糸だと。見間違えるはずがない。これはアノ糸だと俺は理解する。
理解した瞬間、背中に雷撃の如く悪寒が走り、周りを見回す。先ほどまではギルド兵が囲っていた筈が、今は無数の蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛、見回す限り隙間なく蜘蛛が僕らを取り囲んでいた。
“忌溜まりの深森”で受けた恐怖と苦痛と屈辱が俺を錯乱させる。錯乱の中でただ思うこと。ハナは? サチは? 二人の姿を探す。いない。
いない?!
体の芯が急激に冷却し、逆に感情が制御出来ない程に急上昇する。リミッターが外れるカチリと鳴る音が響く。
〈 ∮ 検索及び検証考察結果を報告
“魔王”顕現します。
と結論 ∮ 〉
剣鉈ナイフより伸びた魔力素粒子の刃を“具現化”にシフト、アルミニウム粉末と酸化鉄を常に放出し続ける事でテルミット燃焼爆発状態を常に維持する摂氏六千度の刀身を出現させる。
赤鬼の棍棒に絡みついた蜘蛛糸を棍棒共に両断する。
バチバチと五月蝿い、白濁する光り輝く剣を振り上げ、
「蜘蛛ごときが我を愚弄するか」
今、振り落とす。
俺の体に抱きつく何か。
「ハム君、私は此処にいるよ。落ち着いて、大丈夫だから。大丈夫だよ」
「……ああ、ハナ、そこに居たのか。心配したぞ、大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ。サッちゃんも」
「そうか、安心したよ」
そのまま僕は気を失った。
約束の十秒が切れたんだ。
僕とハナを囲むこの地に住まう無数の蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛、見回す限り隙間なく蜘蛛が僕らを取り囲んで、頭を垂れていた。
『我らは悠久の契りにより、我が主、魔王様に忠誠を誓う者なり』
意識のない僕の頭に響いていた。いつまでも。
だから、聞こえません聞いてません。
◆ (『委員長系ギル長』の視点です)
小僧が喋っていた内容は、まぁその通りだし、とった行動だってこちら側の者が仕出かした事の結果であり、逆に謝罪すべき事ではあるのだけど……。いくら何でも小僧、ムカつくんだよ。
あの尊大であまりにも上からの物言い。もっとこう、角が立たない言い方ってモノがあるだろうが。逆に煽ってるとしか思えない。
ほら、皆の憎々しげな眼差し。これから共闘していかなくては成らないというのに……。まずい。不味いと思いながらもやっぱりムカツク。
そんな時に例の令嬢が小僧とゲートの試合を宣言した。
まずい、不味いよ。これからは協力して“遷”に対応していかなければならないのに。それなのに皆達は拳を振り揚げて叫び、ゲートと小僧の周りを囲み始める。何故か私も叫びながら拳を振り揚げていた。
「ぶっ倒せゲート!」
叫んでいた。すごく気分が高揚していた。
ふと、例の令嬢の顔が視界の端に映る。
それは慈愛と、悪戯っ子とが混ざり合った、不思議な笑みを浮かべていた。直ぐに人影に隠れて見えなくなったが、目で追って離せなくなるほど蠱惑的ではあった。
掌を握り込む。
一見するとゲートが有利。となるが本当にそうだろうか。何より、あれ程に真剣に戦いに集中した顔を久しく見せていなかったゲートが。
何よりあのスピード、ゲートのマックスだ。驚くほど速いが、長くは続かないのに。加えてトップスピードから棍棒を地面に叩きつけ瓦礫を飛ばす技はゲートの最上級の決め手だ。
決して綺麗な技ではなく卑怯な搦手だと、あまり使いたがらないのに、連発している。出し惜しみはしない気なゲート。そしてその全てを去なし、戦闘を続けていられる小僧。
最初はただのエキシビションだったはずなのに。
アッ、まただ、小僧のあり得ない動き。一瞬だが目が追うのと反対の方向に瞬間移動する。ほんの僅かだけど、でも。
間違いなく押しているのはゲート。追い込まれているのは小僧。それは間違いないのに、何かを必死で手繰り寄せようと、相手には決して渡しはしないと足掻く様があまりにも苦しそうで、見ているこっち迄が息が詰まる。ゲート、頑張って……。
瞬間、ゲートと小僧の体がブレる。目で追えない。
火花だけが散る。
ゲートと小僧がもう一段速度を上げたんだ。決めにきた。
意識が一瞬だが混濁する。
えッ、何が起こった? 視界に茶色の壁が半分だけ聳えている。違う、これは地面だ。砂が頬を噛む感覚。私は倒れている? 起きあがろうとするが背中と頭を強く押し付けられ動かす事さえ出来ない。
何とか視線だけを上げ周りを確認する。蜘蛛だ。蜘蛛? 無数の蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛、見回す限り隙間なく純白銀色な蜘蛛が私達を取り囲んで、制圧していた。蜘蛛達に押しつぶされ、埋没している。なんで?
前方で爆発的な光が発生する。直視はしてないのに視界一杯が眩しさで白濁する。そして、熱い! 肌に刺さる重く鋭い大量の熱量を感じる。
私の白銀だけで満ちた視界の前を細く綺麗な足が駆け抜ける。
「ハム君、私は此処にいるよ。落ち着いて、大丈夫だから。大丈夫だよ」
「……ああ、ハナ、そこに居たのか。心配したぞ、大丈夫か?」
そして頭の中に響く、数多くの声が重なった厳かな綴り。
我らは悠久の契りにより、魔王様に忠誠を誓う者なり。
しばらくして“花魁蜘蛛”の群れは私達の背から降り、静々と自らの居住場所であるギルドを囲む壁の中に消えていく。それを私達は黙って見送るしかなかった。だって、こんな事、何が起こったの? 分からない。
元々、この地は“花魁蜘蛛”と人間が共存する“地”だった。
ギルドを囲む壁は厚み3メトル、どのような仕組みで此れ程迄の堅牢性が維持されているのか不思議ではあるが、内部は空洞になっており、蜘蛛の住処となっている。
元々壁があり、蜘蛛が住んでいた。
高架鉄軌道とギルドの壁、どちらが先に建造されたかは不明だが、ほぼ同年代と考えられている。
遥か昔、此の地が国として成り立つ以前の、今は忘れられた御伽噺。
一匹の“花魁蜘蛛”と一人の落国の民が至り、糸を採取する術を伝え、人々の日々の糧とした。やがて蜘蛛も増え、人も増え、共存体が街となった。
元々壁があってちょうど良いと蜘蛛が住まったのか、はてさて蜘蛛の為に壁を造ったのか。それは分からないし問題じゃない。
壁が囲んだ敷地をキルドとして独立した地であると、歴代の土地の領主に或る時は戦で、或る時は経済で屈服させ、蜘蛛を守り、人々は発展していった。そして今に至る。
それが此の街と我ギルドの成り立ちだ。
大陸のギルドは此の街から始まった。街の名前はサガン、元々は『サーガ』と呼ばれていた。“ありのままを述べる”という意味らしい。
◇
気を失っていたのは僅かな時間、似非大賢者様が算出した三分よりは短いと思う。身体崩壊から、治癒魔法での完治までの時間だ。でも気を失うとは聞いてなかったけどな。
そんな事より大事なのは目を閉じていた三分弱で随分と変わってるって事だ。
まず第一は僕がハナの膝枕で空を眺めているってこと。
それはまぁいいや。
?! よくない!
慌てて頭を上げようとする僕をハナがそっと押しとどめる。
「だってその顔!」
「大丈夫だよ。大丈夫。何時ものことでしょ? それに直ぐにハム君が治してくれるでしょ」
僕は震える腕を伸ばし、そっと、ハナの顔半分、目の横から頬にかけての焼け爛れ、崩れたそれを掌で覆うように触れる。
「ごめんな、痛いよな」
そう、僕がパニックってテルミット状態を維持する魔剣を出現させたせいだ。そりゃ六千度が側にあれば触れてなくても火傷ぐらいする。よくぞ溶けて無くならなかったとも思う。
「何時ものことだよ。気にしないで」
ハナの手が、僕の伸ばした手を包む。
“溜まりの深森”を抜けた。抜けたのだけれども、僕もハナもサチも全て無傷でって訳じゃ勿論ない。腕が半分千切れるなんて事もあった。それが時たまではなく日常だった。そうだ、何時もの事だ。わかってはいるが、到底慣れない。
「ごめんよ」
あの時、ハナとサチの姿が見えない事にひどく焦ってしまった。赤鬼と戦闘中であったが、あんなに多くの蜘蛛の接近を許してしまった事に少なからず驚きを隠せない。今思えば、殺気とか、こちらを排除するべき“敵”認定された時のヒリヒリ感が希薄だったように感じる。それとは別の……蜘蛛?
そうだ蜘蛛だ! あの蜘蛛は何処に行った? って、そもそもあの蜘蛛はなんだったんだ?
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
毎日更新しています。
平伏せ、下民共! です。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
此処までならまだ、なんとかなった。
最悪で決定的なのが。
小さなズレはそのまま回収される事はなく、形を変え何時迄もズレ続け、双方を行き来する。ジョーカーを押し付け合い、最後に手に残った方が敗者だ。
経験と練度とは即ち負を逆に正に転嫁する業。
互いがすれ違い振り返ってゲートは上段からの振り落とし、対、僕は下段からの擦り上げ。
ゲートの振り落としは僕が“斥力”で弾いた分の力を筋肉の最大値で反発に転換し、反転の理論で勢いを増幅させる。
今まで培った経験と練度が無意識に殺傷という最適解を導き、結果、棍棒の速度は寸止め出来る範囲を超えてしまう。少なくとも、想定より数センチは振り下げてしまう。
反対に僕の擦り上げの剣は勢いを弾いた分だけ減速。素人だし、“斥力”の連続使用でエネルギーの収支が合わなくなりマイナス側に振る。
一拍の遅延。僕の剣は防御に間に合わない。結果は無防備な頭を晒す。かち割りコース一直線。
ジョーカーを弾き抜かせてしまったのは僕。
ジョーカーを手元に残してしまったのはゲート。
どっちだろうか。
「あ、不味い。タイミング最悪じゃね」
流石に脳髄ぶち撒きからの回復魔法での生き返りはやってみないとわからないけど、ちょっと自信ない。詰んだかも。
赤鬼も自分の振り落としが危険な速度であり、間に合わない事を悟り、驚愕に顔を歪める。だからアレほど言ってたじゃん。ちゃんと寸止めしてくれるんだろうねって。それを今更。
僕の頭が弾け飛ぶ直前、頭と5ミリを残して棍棒が空中で止まっていた。その棍棒には四方八方から何十と伸ばされ絡まった純白の糸に絡みつかれ、それが結果、棍棒の勢いを止め、その場に縫い止めていた。
何だ? でも空中に縫い止めた糸が蜘蛛、それも“花魁蜘蛛”の白糸だと。見間違えるはずがない。これはアノ糸だと俺は理解する。
理解した瞬間、背中に雷撃の如く悪寒が走り、周りを見回す。先ほどまではギルド兵が囲っていた筈が、今は無数の蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛、見回す限り隙間なく蜘蛛が僕らを取り囲んでいた。
“忌溜まりの深森”で受けた恐怖と苦痛と屈辱が俺を錯乱させる。錯乱の中でただ思うこと。ハナは? サチは? 二人の姿を探す。いない。
いない?!
体の芯が急激に冷却し、逆に感情が制御出来ない程に急上昇する。リミッターが外れるカチリと鳴る音が響く。
〈 ∮ 検索及び検証考察結果を報告
“魔王”顕現します。
と結論 ∮ 〉
剣鉈ナイフより伸びた魔力素粒子の刃を“具現化”にシフト、アルミニウム粉末と酸化鉄を常に放出し続ける事でテルミット燃焼爆発状態を常に維持する摂氏六千度の刀身を出現させる。
赤鬼の棍棒に絡みついた蜘蛛糸を棍棒共に両断する。
バチバチと五月蝿い、白濁する光り輝く剣を振り上げ、
「蜘蛛ごときが我を愚弄するか」
今、振り落とす。
俺の体に抱きつく何か。
「ハム君、私は此処にいるよ。落ち着いて、大丈夫だから。大丈夫だよ」
「……ああ、ハナ、そこに居たのか。心配したぞ、大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ。サッちゃんも」
「そうか、安心したよ」
そのまま僕は気を失った。
約束の十秒が切れたんだ。
僕とハナを囲むこの地に住まう無数の蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛、見回す限り隙間なく蜘蛛が僕らを取り囲んで、頭を垂れていた。
『我らは悠久の契りにより、我が主、魔王様に忠誠を誓う者なり』
意識のない僕の頭に響いていた。いつまでも。
だから、聞こえません聞いてません。
◆ (『委員長系ギル長』の視点です)
小僧が喋っていた内容は、まぁその通りだし、とった行動だってこちら側の者が仕出かした事の結果であり、逆に謝罪すべき事ではあるのだけど……。いくら何でも小僧、ムカつくんだよ。
あの尊大であまりにも上からの物言い。もっとこう、角が立たない言い方ってモノがあるだろうが。逆に煽ってるとしか思えない。
ほら、皆の憎々しげな眼差し。これから共闘していかなくては成らないというのに……。まずい。不味いと思いながらもやっぱりムカツク。
そんな時に例の令嬢が小僧とゲートの試合を宣言した。
まずい、不味いよ。これからは協力して“遷”に対応していかなければならないのに。それなのに皆達は拳を振り揚げて叫び、ゲートと小僧の周りを囲み始める。何故か私も叫びながら拳を振り揚げていた。
「ぶっ倒せゲート!」
叫んでいた。すごく気分が高揚していた。
ふと、例の令嬢の顔が視界の端に映る。
それは慈愛と、悪戯っ子とが混ざり合った、不思議な笑みを浮かべていた。直ぐに人影に隠れて見えなくなったが、目で追って離せなくなるほど蠱惑的ではあった。
掌を握り込む。
一見するとゲートが有利。となるが本当にそうだろうか。何より、あれ程に真剣に戦いに集中した顔を久しく見せていなかったゲートが。
何よりあのスピード、ゲートのマックスだ。驚くほど速いが、長くは続かないのに。加えてトップスピードから棍棒を地面に叩きつけ瓦礫を飛ばす技はゲートの最上級の決め手だ。
決して綺麗な技ではなく卑怯な搦手だと、あまり使いたがらないのに、連発している。出し惜しみはしない気なゲート。そしてその全てを去なし、戦闘を続けていられる小僧。
最初はただのエキシビションだったはずなのに。
アッ、まただ、小僧のあり得ない動き。一瞬だが目が追うのと反対の方向に瞬間移動する。ほんの僅かだけど、でも。
間違いなく押しているのはゲート。追い込まれているのは小僧。それは間違いないのに、何かを必死で手繰り寄せようと、相手には決して渡しはしないと足掻く様があまりにも苦しそうで、見ているこっち迄が息が詰まる。ゲート、頑張って……。
瞬間、ゲートと小僧の体がブレる。目で追えない。
火花だけが散る。
ゲートと小僧がもう一段速度を上げたんだ。決めにきた。
意識が一瞬だが混濁する。
えッ、何が起こった? 視界に茶色の壁が半分だけ聳えている。違う、これは地面だ。砂が頬を噛む感覚。私は倒れている? 起きあがろうとするが背中と頭を強く押し付けられ動かす事さえ出来ない。
何とか視線だけを上げ周りを確認する。蜘蛛だ。蜘蛛? 無数の蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛、見回す限り隙間なく純白銀色な蜘蛛が私達を取り囲んで、制圧していた。蜘蛛達に押しつぶされ、埋没している。なんで?
前方で爆発的な光が発生する。直視はしてないのに視界一杯が眩しさで白濁する。そして、熱い! 肌に刺さる重く鋭い大量の熱量を感じる。
私の白銀だけで満ちた視界の前を細く綺麗な足が駆け抜ける。
「ハム君、私は此処にいるよ。落ち着いて、大丈夫だから。大丈夫だよ」
「……ああ、ハナ、そこに居たのか。心配したぞ、大丈夫か?」
そして頭の中に響く、数多くの声が重なった厳かな綴り。
我らは悠久の契りにより、魔王様に忠誠を誓う者なり。
しばらくして“花魁蜘蛛”の群れは私達の背から降り、静々と自らの居住場所であるギルドを囲む壁の中に消えていく。それを私達は黙って見送るしかなかった。だって、こんな事、何が起こったの? 分からない。
元々、この地は“花魁蜘蛛”と人間が共存する“地”だった。
ギルドを囲む壁は厚み3メトル、どのような仕組みで此れ程迄の堅牢性が維持されているのか不思議ではあるが、内部は空洞になっており、蜘蛛の住処となっている。
元々壁があり、蜘蛛が住んでいた。
高架鉄軌道とギルドの壁、どちらが先に建造されたかは不明だが、ほぼ同年代と考えられている。
遥か昔、此の地が国として成り立つ以前の、今は忘れられた御伽噺。
一匹の“花魁蜘蛛”と一人の落国の民が至り、糸を採取する術を伝え、人々の日々の糧とした。やがて蜘蛛も増え、人も増え、共存体が街となった。
元々壁があってちょうど良いと蜘蛛が住まったのか、はてさて蜘蛛の為に壁を造ったのか。それは分からないし問題じゃない。
壁が囲んだ敷地をキルドとして独立した地であると、歴代の土地の領主に或る時は戦で、或る時は経済で屈服させ、蜘蛛を守り、人々は発展していった。そして今に至る。
それが此の街と我ギルドの成り立ちだ。
大陸のギルドは此の街から始まった。街の名前はサガン、元々は『サーガ』と呼ばれていた。“ありのままを述べる”という意味らしい。
◇
気を失っていたのは僅かな時間、似非大賢者様が算出した三分よりは短いと思う。身体崩壊から、治癒魔法での完治までの時間だ。でも気を失うとは聞いてなかったけどな。
そんな事より大事なのは目を閉じていた三分弱で随分と変わってるって事だ。
まず第一は僕がハナの膝枕で空を眺めているってこと。
それはまぁいいや。
?! よくない!
慌てて頭を上げようとする僕をハナがそっと押しとどめる。
「だってその顔!」
「大丈夫だよ。大丈夫。何時ものことでしょ? それに直ぐにハム君が治してくれるでしょ」
僕は震える腕を伸ばし、そっと、ハナの顔半分、目の横から頬にかけての焼け爛れ、崩れたそれを掌で覆うように触れる。
「ごめんな、痛いよな」
そう、僕がパニックってテルミット状態を維持する魔剣を出現させたせいだ。そりゃ六千度が側にあれば触れてなくても火傷ぐらいする。よくぞ溶けて無くならなかったとも思う。
「何時ものことだよ。気にしないで」
ハナの手が、僕の伸ばした手を包む。
“溜まりの深森”を抜けた。抜けたのだけれども、僕もハナもサチも全て無傷でって訳じゃ勿論ない。腕が半分千切れるなんて事もあった。それが時たまではなく日常だった。そうだ、何時もの事だ。わかってはいるが、到底慣れない。
「ごめんよ」
あの時、ハナとサチの姿が見えない事にひどく焦ってしまった。赤鬼と戦闘中であったが、あんなに多くの蜘蛛の接近を許してしまった事に少なからず驚きを隠せない。今思えば、殺気とか、こちらを排除するべき“敵”認定された時のヒリヒリ感が希薄だったように感じる。それとは別の……蜘蛛?
そうだ蜘蛛だ! あの蜘蛛は何処に行った? って、そもそもあの蜘蛛はなんだったんだ?
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
毎日更新しています。
0
あなたにおすすめの小説
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる