半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

文字の大きさ
68 / 129
第六節 〜似非魔王と魔物、女王と兵隊〜

068 あなたの誇り高く崇高であるべき主人として

しおりを挟む
ハナさま悪役令嬢として降臨? その2です。
『悪役令嬢はサッちゃんが好き』って感じです。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
 
 ◆ (引き続き『ハナちゃん』の視点です)
―――――――――
 ◇

 今私はサッちゃんと共にギルドの地上の敷地、鍛錬場? に出て、ギルドの兵隊たちが軍事訓練をしているのを脇から眺めている。
 擁壁の上からこの街とギルドを視察したのは昨日。今日はこの街にたどり着いてから三日目の朝。
 ハム君に頼まれたから。この兵隊共を鍛えてくれと。

 私達の生存率を高める為にもそれはやぶさかではないのだけど。どうしろっていうの? このクサレ共に。肉になっちゃうの? 魔物クサレ肉に。そんな上等なモノにもならなそうなんだけど。
 富国強兵の強兵を私達に押し付け、自分は富国っぽい何かを成す為に昨日、擁壁から地上に戻るとハム君はひとり、最下層の“宝物殿”に降りていった。
「遅くなりそうだから、先に休んでいてくれていいから」

 何その若夫婦的な甘酸っぺーやり取りはわ。私漏らすわよ。漏らさないけど、侯爵令嬢として。でも男爵ぐらいだったなら危ないところだったわ。
 漏らさなくてよかった。だって本当にハム君は戻ってこなかったから。

 前世の記憶が戻ってきてから、“溜まりの深森”に入ってから、初めてハム君が側に居ない夜を過ごした。泣いてないわよ。全然平気。
 私が泣いてるかもって、ハム君は心配しているかもね。お生憎様。全然大丈夫。
 自分が今できる事を、成さねばならない事を今もコツコツと熟しているであろうハム君。私が泣く理由ワケにはいかないじゃない。

 でもね、そんなことより問題なのはね。サッちゃん情報によると、ハム君が指導している工房の職工さんは全て、女性って云うじゃない。なにそれ、信じられない、泣くぞわたし。もう今度は本気で泣く。

 全て女性って、なにかの間違いが起こったら……。そんな眠れない私に一晩中付き添ってくれたサッちゃん、感謝してるんだけど。

「大丈夫ですよ、あの小僧、もとい、ハム殿にそんな度量も度胸も、根本的にそんな大層な魅力など、これっポッチも有りませんから」
 そうだけど、そうなんだけども、その言い方、断定しちゃうの、ちょっとムカつんだけど。そんな事、これっぽっちも思ってないくせに。私以上に。


 隣で一緒に兵隊達の鍛錬を眺めているサッちゃんが焦燥感からか奥歯を噛み締め、眉間に皺を寄せているのが解る。ダメよサッちゃん、そんなに強張らせて、変なところにずっと力を込めていると皺になっちゃうんだから。取れなくなっちゃう。でもそんな小言も聞いてはくれないだろう。
 だって、それほどまでにココの兵達の数は少なく、練度が低いから。

 自身が同じギルドの冒険者であることからの忸怩じくじたる思いは勿論だけど、この為体ていたらくを生んだ根本的な原因がこの地の領主で、自分の親しい古い馴染みである事に強烈な、慚愧ざんきえない思いがあるのでしょう。詳細はわからないのだけれど。

 サッちゃんには感謝しているの。領都から飛ばされた時、最初に出会った人がサッちゃんで本当に良かった。“溜まりの深森”で先頭に立ち道を示してくれて本当にありがとう。右も左も分からない私達だけでは絶対に此処ここにはたどり着けなかった。

 “溜まりの深森”を抜けた先が自分の目指していた先とは全く、方向まで違い、抜けるまで数ヶ月も要した事を酷く気にしていたけど、それは私が悪かったのだから。
 高貴な血と類まれな魔力しか持ち得ない至高な侯爵令嬢である私がただ嫌になるぐらいクソ足手まといだったから。よくぞ途中で見捨てなかったと、逆に呆れるぐらい。サッサと見捨てても良かったのに、サッちゃんもハム君も。

 ハム君はラノベお馴染みの異世界移転時のチュートリアルで神様とか女神様とかが出てきて色々と助けてくれたりチートを与えたくれたりと、特典があるはずなのに自分には何にも無いって、ボヤいていたけれど、まあ、確かに何も持たせず、裸のままだったっていうのは流石に良くやったわ、眼福よグッジョブ! ではないわね、間違えた。
 
 私の時のような“白いモノ”が顕れなくてよかったと、アレは只々不快なだけだから……だから、わたしが言いたいのは、チュートリアル時の神様や女神様が私達のサッちゃんだったと思っているって事。
 ハム君に言ったら嫌な顔をすると思うけど、否定もしないと思うわ。
 フフ。素直じゃないから。

 そんなサッちゃんが少しずつ暗い、思い悩んだ様な顔をするようになったのは何時頃だろうか。野良の“花魁蜘蛛クイーン”との死闘を経た後からか? 私の“銃撃”で魔物を避け得るようになった頃からか、ハム君がその“速さ”で魔物を翻弄するようになった頃からか。
 サッちゃんは自らは決して戦おうとしない。戦わない。戦えない訳ではないらしいけど。

 それだけじゃないって、ハム君は言ってたけど。
 そんな事、気にしなくていいのに。私もハム君もそれ以上のモノをあなたから貰っているのだから。出来る事を出来る者が行えばいい。そして私達三人はそれが出来ている。上手くやっているのだからそれでいい。

 それでも、“溜まりの深森”を抜けた時のサッちゃんの見せた晴れやかな可愛い笑顔で、私もやっと“最悪”を抜けたんだと思えたんだけどな。
 たどり着いたのがサガンという名の街で、あと数日のうちに“うつり”を迎えると知った時に戻ってしまった。人の顔から一瞬で一切の表情が抜け落ちる様を見たことはなかった。

 そして今のように酷く思いつめた顔を隠そうと、隠せなくなったのは昨日の擁壁の上で聞いた、この街の領主である男爵がサッちゃんの昔の知り合いだと知った時から。石の手摺を握りしめ、無意識に伸ばした爪が穿つ音が忘れられない。そして視た、伸ばした鋭い爪先にほとばしる細く幾にも分枝したイナズマの瞬光を。それは、小さくとも確かに数百万ボルトを有する本物の雷光だった。

 それらはたぶん、根はすべて同じだよな。とハム君は言っていた。私もそう思う。
 見かねたハム君がこの街にたどり着いた最初の夜に、凄く乱暴な言葉でこの街から出る事を勧めていた「ひとりで逃げろ」と。
 優しく言っても聞かないと思ったのか、照れ隠しか、不器用なのか、フフ、どっちもだと思うけど。ダメね。

 私は一度、ハム君が側に居ない時にサッちゃんに聞いたことがある。
 どうして私に付き従い、助けてくれるのだと。

「名前を、頂き、ましたから。……新たな名は、もう一度改めて始めてよいと、言って頂いたように思いました。私も、もう一度始めてみようと、そう思えるようになりました」

 ごめんなさいサッちゃん! あの時はちょっと、ほら、疲れていたし、何ていうの、ぶっちゃけハム君があなたに欲情していたじゃない。だからちょっと、イラッとして、チョットした意地悪のつもりだったのよ、ほんの冗談のつもりで。でもなくて、ただ単に頭にポッと浮かんで、これでいいかな面倒だし呼びやすいかなーて……。

 もう遅いと思うけど、ゴメンなさい。でも、今となっては、いい名前だと思うわよ。覚えやすいし、最初からかもしれないけど……改名する? そう、無理よね。ごめんなさい。

 それにしても、重いわサッちゃん。すっごーく。重い女は今時、流行ら無いのよ。
 私はもう一度始めたあなたも、過去のあなたも、無条件で肯定するわ。今のあなたも、過去のあなたも何があったか知らないけど、変わらず愛することが出来るから。私を舐めないでほしいわ。

 それでも。
 サッちゃんは私の事を主と呼ぶ。私はそれを良しとしてきた。なら私には“主”としての責任が生じる。私自身的には、前世の記憶を取り戻した今の私としては良いお友達だと思っていたいのだけど、思っているのだけれども、世間も、サチも許してくれない。なら、私はその期待に応えましょう。あなたの誇り高く崇高であるべき主人として。

 だから、そんな顔をしないで、サッちゃん。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

毎日更新しています。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...