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第六節 〜似非魔王と魔物、女王と兵隊〜

069 負けるにしろ勝つにしろ

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ハナさま悪役令嬢として降臨? その3です。
『悪役令嬢は無双するそうです』って感じです。
でも赤鬼はキライ。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。

 ◆ (引き続き『ハナさま』の視点です)
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 ◇

「という訳で、お前らのツレの小僧の要望で、お嬢ちゃん達二人をカトンボ役として、空からの攻撃を兵達に仕掛ける模擬戦を施せって、事だけど……。対戦人数は五十人でいいんだよな。随分多いけど大丈夫か? まあなんだ、よろしく頼む。全力でいいからな、若い隊員をビビらせてくれよ」と赤鬼さん。

 なんだかな、笑わせてくれるわ。

 私は愛しの“アレスティエア・マークⅣ”、ハム君の言うところの“火縄銃モドキ” (何でそんな無粋な名前で呼ぶのかな? 甚だ不満、だからアレスティエア、意味はない。ただ語感がいいから、異議は認めない)を背中からすっと廻し取り、構えると反対の擁壁に向けて撃った。赤鬼の顔面すぐ横を掠めるように。

 ものすごい轟音が響き渡る。地上に出ていた全ての者が轟音を響かせた場所に顔を振り眼で追った。その視線の先、擁壁に直径五メートル程の円形の窪みと無数の蜘蛛の巣状の|(文字通り擁壁の内部は蜘蛛さん達の巣なんですけど)罅が入り、中央が抉れていた。貫通は出来なかったみたい。ちょっと残念。さすが古の“尊遺物レリクト”ではあるわね。

 擁壁内部に住む蜘蛛達が蜘蛛の子を散らす様に(蜘蛛だから尚更?)逃げ惑う。でも蜘蛛さん達が絶対に居ない場所に撃ったんだから、被害はないはずよ。そこは気配で確認出来ていたから。蜘蛛さん達ったら慌てすぎ、チョット! 騒がしくてよ。と、その瞬間に彼等、彼女等?  の動きがピタリと止まる。よく出来てよ。

「凄い、ギルドの擁壁に傷が入ったのを始めてみた」と誰か。

「全力でやると、あなたの部下の皆さんは洩れなくミンチになりそうね。今のでも、セーブしてたつもりですけれど」
 嘘だけど、だいたい八割ってとこ? ちょっと盛ったの、だって私はこの“赤鬼”という男が大嫌いだから。
 引きつってる引きつってる、いい気味。

 周りの兵隊が一斉にその表面がボコボコの重い鉄板製の大盾を私に向け、その陰に隠れる。あら失礼しちゃうわ。もう初めていいのかしら?

「ひぃ~」

 顔を隠しているので誰かわからない悲鳴を上げた誰かの方向に銃口を向ける。ダメよ、目を逸らしちゃ。ほら、足元がお留守よ。撃っちゃっていい? 脛って意外と脆いのよね。
 すっと私の横から近づき耳元で「主様、それはちょっと……」とサチ。

「そうだな、もうちょっと手加減してくれるとありがたいかな」と目尻を引きつらせながら赤鬼さん。

 あらそう? 私としては随分と、配慮して上げたつもりだったんだけども、赤鬼さんたら、わかってないのね。
 私は溜息ひとつ。でもそうね、嘆いてばかりもいられない。

「サッちゃん、お願い」
 サッちゃんはひとつ小さく頷くとそのまま手前の、未だ大盾を掲げて震えている兵隊をその大盾ごと蹴り倒した。倒したっていうか、ふっ飛ばした。後ろの数人ともども。

「七列横隊だ! サッサと動けクソどもが‼ 幾ら未熟なガキ等でも最初に教わった教練だ。やもや忘れたとは言わせんぞ!」

 サッちゃんの叱咤激励チックな激励を取っ払った実に鬼なサンダース軍曹っぽい号令が響き渡る。
 慌てて動くヤツ。それでもノロノロと動くやつ。転ばされてそのままグズグズと文句を垂れているヤツの盾、露出している兜や具足等の当たっても痛いぐらいで済む場所に鉄板は凹むけど骨折しない程度の威力で遠慮なく止まらない連射マシンガンモードで撃ち込み追い立てる。

「立て! 立て! 立て! 立て! 動け! 動け! 動け! 動け! 並べ! 並べ! 並べ! 並べ! グズには直接肌を狙らってくるぞ!」

「ひぃぃ~」

「七列横隊だ! 周りを見ろ! 数を合わせろ! 連携しろ! 間隔は前三十横十だ! 盾は左手『脇閉め掲げ』肩位置! 右手は腿、指先まで一直線! 足は踵着け六十支開き! 顎を引け、頭を揺らすな! 気を抜くな! 整列したら動くな、微動だにするな! 撃たれたら、その箇所が微動したと思え!」

 撃たれるの前提? 微動も許さないの? さっきは『それはちょっと』って止めてたのに。サッちゃん過激。撃つけど。サッちゃんのリクエストだから。
 あ、動いた、動いたわよね。でもなあー今動いた子の目がウルウルして止めてって訴えてるしなーでも最初が肝心だから。恨むならこんなに甘ちゃんに育てた赤鬼さんを恨みなさい。


 静寂の中、綺麗に正四角形に並んだ兵隊の前で眼光を周りに振りまいていたサッちゃんが私に向かい一度目礼。頷くことで返事とし、私は隊列の前に進み出る。

「私の名前はフレゥール・プランタニエーナ・ジュイシイゲ・フィン・ヴレゥ。七日後に迫った“うつり”において、無様に簡単に死んで行くお前たちを、ある程度は足掻いて死んで行く様にしてやる事を約束する、唯の訓練教官だ。喜べ。私の施す訓練に参加できることを」

「おい、お嬢ちゃんさっきから黙って見ていたが……」
 私と赤鬼さんとの間にすっと身体を差し入れ、私を見るサッちゃん。何? 守っちゃったの? いくら私だって再起不能にはしないわよ。これでも大切な戦力なんだから。私は赤鬼・・眉間に合わせていた・・・・・・・・・銃口を下ろす。
 そして微笑んであげた。

「教官様、と呼びなさい。私はあなたよりあらゆる意味で“上位”の者なのだから。あら、不満? それともこの子たちが」
 微動だにしない隊列をチラリと見やり。

「可愛そうだから? 死ぬ死ぬ絶対死ぬって、真実を教えちゃって可愛そうだから? 違うわよね、どうせ死んじゃう部下から今さら怨み言なんて聞きたくない。それもちょっと違う?
 うーんとね。

『死にいく哀れな手下だから今までおもねって上げていた訳だし、俺を最後まで“いい兄貴”って呼ばせてやるぜ』って事で合ってる?違う? でしょ?」

「オイ!」

 赤鬼の左右両方の角を銃撃で粉砕する。後から重なって一つになった銃声が響く。
 あらやだやっちゃった。でもサッちゃんほら、致命傷じゃないわよ。アレ、後でちゃんと生えてくるんでしょ。だからセーフ。だって。

「私はあなたが嫌いよ。どうしてこの子達はこんなに弱いの? どうしてみんな諦めているのよ。アンタが諦めるのは勝手。でも、この子達を巻き込まないでよ。この街はギルド会社や余所者のアンタのものじゃない」私は改めてこの街を守る若い兵隊達に向き合う。

「先程私はお前たちは必ず死ぬと言った。事実だ。決定事項だ。既に諦めている者、自殺志願者を救う事は私には出来ない。その気もない。
 でも、諦めないなら、捨てない、全てを掬い取ってみせると傲慢になれるなら、私はお前たちを導いてやる。

 隣を見ろ。そこに誰がいる。名前を言えるか? そいつを知っているか? そいつはお前を知っているか? 名前を呼んで貰ったことはあるか? お前はそいつを、死なせたいか?
 そいつを守ってやりたくはないか。
 そいつを守る為の力が欲しくないか。

 私達は、その力をお前らに与えてやる。それを望むなら」


 身動きひとつせず、粛然たるままの隊列。サチは右手を振り
「これより特別訓練の詳細を説明する。隊列を崩さずそのまま聞け」
兵隊達の眼だけがサチに注視する。まあ、さっきまでよりはちょっとは増しになったかしら。ちょっとだけだけど、これからが大変ね。サッちゃんが。

 ふと、視線を感じる。あら、忘れてたわ、赤鬼さんね。赤鬼さんが何も言わずにじっと見ている。ウザいわ。キモいわ。

「残りの兵隊さん達を頼めるかしら、取り敢えず通常の“運動”でもしてて。幾らなんでも一度に見てられるのは五十人が限界なのよね(サッちゃんが)。後で“どうすればいいか”、指示しに行くわ(サッちゃんが)。それまで、お願い出来るかしら」

 後は意識から外し、サッちゃんが説明しているのをぼーと聴くことにする。実は私も細かい内容は分かってないのよね。ハム君とサッちゃんがアーダコーダと『重箱の隅』的に詰めててたから。
 ほら、私のような高貴な貴族な御令嬢に無粋な荒事はちょっとね……そこ、呆れた顔をしない。だから疲れるのよね。もう、私は気苦労も嫌い。悪役令嬢をやっていたから。

 知らない間に赤鬼さんは去っていたみたい。ちゃんと残りを見てくれるかしら。ちょっとは役に立ってほしいものね。
 赤鬼さんは強い、ビックリするほどに。ハム君よりは弱いけど。そして自分自身の物理的な強さだけしか信用していない。
 信用って言うより唯一“頼り得る”モノ。すがっているのね。だから本質的には委員長系ギル長さんも信用していないのだろう。
 委員長さんって可哀想。まあ、男を見る目がないとも言えるのだけれども。でもまあ、男の女、人と人の間なんて頭で理解できるものじゃないけれどね。なあんて、元世界あっちで読んだ薄っぺらい系の本に書いてあったわ。私にとってはバイブルだったけど。また行きたいな、ビックサイト。

 とにかく、頼るものが自分自身の強さだけだと思いこんでる。ソコに他人は入ってないし入って来れない。だから自分の力を誇示してマウントを取ることもなく、力の弱い他人を侮ることも無い。だから他者からは豪放磊落、頼れる兄貴、人格者と思われている。そう思われる自分も好きだし自分もその様な素晴らしい“上の者”だと思い込もうとしている。

 本当に小賢しいわ。だから自分の力を純粋に発揮できる戦闘は大好き、もう涎を垂らして尾っぽをブンブン振るぐらい。だからセーブ出来ずに、たかが“模擬戦”如きで自分を律することも出来ずにハム君の頭をカチ割る『自分自身を自分で』止められなかった。死ねばいいのに。
 尚悪いことに、彼は薄々気づいている。自分が無力で無様なことに? 違う。自分が全てを見ていないことに。イイようにしか見ようとしていない事に。

 彼はその身に付けた強さに溺れ、力のみに翻弄された故に本当の戦争を知らない。本当リアルな戦争とは隣りにいる人間がふと気を抜いた次の瞬間に手足が、時に頭が千切れ吹き飛び、その血飛沫きを浴び、臓物が足元にぶち撒かれるって事だ。
 そして一番大切な事は、隣に居る人間と共にしか、其処そこから抜け出す術はないってこと。
 負けるにしろ勝つにしろ。理不尽シュールでしょ。でもそれが戦争よ。気分悪いことに。

 彼は、理解しているのだろうか? 彼は異常なほどに強過ぎる。その強さは一人でも“うつり”を生き延びる事が出来る程に。その後に、彼ひとり生き残り、その他全て、部下も、委員長系ギル長も死に絶えて、自分ひとり生き残っているリアルを。

 ある意味、彼はハム君と対局だ。彼は人を守る事をしないから。頼むという思考が働かないから。自分が一番だから。カッコイイ兄貴と最後まで他人に思われていたいから。

 ハム君の最も忌むべき最大の弱点は頼むべき相手の事情を一番に考えてしまう事。成すことが出来ない自分に悩み、自らの弱さを忌避し、もがく事を止めないから。だから好きなのだけれども。

 どうよ、もだえる男って超絶カワユクない?
 赤鬼ゲートのように、足掻けない男なんて、クソよ。
 だから大っ嫌い。


 私は今、ギルドの擁壁の上に立ち、ギルドの鍛錬場側を覗き見る。超絶怖いんですけど。でもまあ、お仕事お仕事、ガンバロ。



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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

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