半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第七節 〜遷(うつり)・初茜(はつあかね)〜

093 僕の誤謬(ごびゅう)〈 後 〉

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92 93 は『“櫓”下の救急集中治療室EICU』での続きの“ひと綴りの物語”です。前編・後編となります。
 《 後 》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
 嫌なんだよ。……辛いの。もう。


「あんたは、死を特別に考えすぎる。そして生を軽く見すぎている。
 私らは最短二年で命の危険にさらされている。ここはいつでも戦場だった。“生きてる”のと“死んでいる”の境が酷く曖昧なんだよ。曖昧だからこそ、死が身近だからこそ、生に執着するのさ。大事なことだろ」

「カスミさん、さっき」と僕。
「さっきは僕のやろうとしてた事で『残酷な愚挙』とか避難してましたよね」
 なんで急に掌返ししたのか、その真意を。やっぱりちょっと、傷ついたので。

「うーん」と暫し可愛く悩んだふりをしたカスミさんは、
「でもやっぱりその通りだろ。それに、あんたがあのままどんどん一人で進めて行って本当に生き返らしちまうようで、怖かったんだよ。そんなのもう、人じゃないだろ」
 人じゃないか。

「生き返らせるなんて、人殺しと同じで、悩まなきゃいけないよ。どっちにしたってやっぱり禁忌さ。それに戦争と同じで、一人きりで背負い込むもんじゃない。ひとりきりで戦争できる奴なんて、それこそ人じゃない」
 やっぱり、人じゃないのか。


「マスター、いや、ハムさん。色々なことがあやふやのうちに始まりどんどん進んでいった。だから誰もアンタに何も言ってなかったと思う、だから改めてアラクネを代表して、いや、私個人として願うよ。
 どうか、このギルドを、私達を助けて下さい。お願いします。そして改めて、シヅキを救って下さい。
 背負うのは、みんなでやろうよ」

 ヤンキー改ジンクが自分の姉の横で腰を直角に折り、
「改めてお願いします」

 その後ろからカスミさんとジンク二人の母親であるアイナさんが、
「シヅキの家族は全て死んでる。だからもう私の娘も同然なんだよ。私の娘を救っておくれ」

 その後も皆が腰を折り、一言ずつつづっていく。だいたい同じだ「私達を助けてほしい」「私達の娘を救ってほしい」

〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
 お嬢さんがた、これはひどい。
 追い込みがキツイですね。
 と結論 ∮〉
 シヅキは良い家族を持ってるなと、すると僕の手の中の彼女の心臓が少しだけ、暖かくなったような気がした。逆に僕の手は冷たくなる。

「もう、後戻りは出来ない。これは覚えておいて。 
 これから行われることは見ててもいいけど、一切口出ししないで。そして終わった後も、一切口外しないで。
 そしてこれが一番大事、僕は彼女以外を……いいや、何でも無い。始める」
 
〈∮ 検索及び検証考察結果を報告。
 “パスを通す”とは。
 ……異分子である公彦の魔力素粒子アルカナはこの世界では受け入れられません。ですから魔女魔人の亜次元の繭に包まれた核魔融合炉に直接パスを通し、“ブースト”として使用します。
 今から行うことは、それとは全く異なります。 
 と結論 ∮〉

「ジンク、シヅキの手を握れ。そして生前の彼女の記憶を思い出し、掌を通じてそれを伝えろ。少しでも彼女を変えたくなかったら。全部、ありったけを。魔法はイメージだ。そして歯が浮きそうなセリフだが結局、人と人の繋がりは、“思い”だ。
 では始める」

 それは物理的にも長い時間がかかった。それでも、人ひとりを変えるには短い時間だったかもしれない。

 その間、何人もの負傷兵が運び込まれ、アラクネが全て処理していった。何人かは重症と分類される者もいたし、槍使いスピア組兵站班のバトルジャンキーなエルフ君が心停止まで行って、AEDのお世話になっていた。隊への復帰時に「へー、まだ諦めてなかったんだ。驕傲きょうごうだね」
 さすが年寄り、難しい言葉を知っている。

 その後も時間だけが過ぎていく。部屋の真ん中で、ジンクはシヅキの左手を握り、僕は心臓を握り、そこだけ時間が止まったように。特別な演出はなかった。皮膚がボコボコとか。激しい痙攣とか、光るとか。何もなかった。何もない。

 手を、胸から引き抜く。
 今まで心臓と呼ばれていたものは止まり、今まで血液と呼ばれていたものの循環は滞り、呼吸は、ちょっと前に既に意味をなくしていた。瞳孔はどうだろう。在ればいいなと思う。

『悪いな、ルル、子供を一匹貰えるか』

『我主よ、私達は全て貴方の物であり付き従う者であります。御随意に』

 AED稼働の魔力を分けてもらった、普段はワイヤーアクション移動を手伝ってもらっている『右腰一番』をそっと抱える。
 掌の中で一度鳴いた。キュキュと可愛く。この子は生まれた時から常に僕に付き従っていた。
 ゴメンな。僕は指で腹を裂き、魔晶石を取り出す。掌の中で泡となって消えていく。ゴメン。一番馴染んでる、君じゃないとダメらしいんだ。

 その魔晶石をシヅキの裂けた胸の傷にそっと近づける。近づけただけで裂け目から視神経のような繊毛が伸び、絡みつき、自らが引き寄せた。そのまま傷跡に収まり、高速で肉が盛り上がり、半分埋まった処で、全てが終わった。

 その日、僕は少女の骸から魔物を生み出し、眷属とした。

 異世界に飛ばされてから此方このかた、一番キツイ、僕の誤謬ごびゅうだった。


 ◇

 その日、西の平原の麦畑の一角で、太陽の最初の縁が欠けると、一斉にカトンボは去っていった。一日目が終わった。何とか持ちこたえた。
 その日、死亡者は確認されなかった。脱走者一名。治療中の受傷者一名。本当に、奇跡のようだった。

 頭に受傷し、昏睡状態であった槍使いスピアはシヅキの治療が終わったタイミングで目を覚ました。一連の出来事は知らない。
 無事に記憶の損失もなく喜んでいたが後日、彼は自分の好物の名前だを思い出せなかった。味覚が変わった訳ではないらしい。ただ、自分の好物だけを失った。なぜなら、存在自体を忘れていたから。のことは誰も知らない。自分でさえ。
「見当もつかない」と。

 初日の、最初の一時間が過ぎたタイミングは、僕がシヅキの胸を裂き、掌で心臓を掴んだタイミングであったらしい。どうでもいいことだが。
 



うつり”二日目、夜明け前のまだ淡暗いギルド擁壁の上に彼女は戻ってきていた。

 「良く戻って来てくれた。ありがとう」
 と盾使いタンク組兵站班班長は言った。

「でへへ、戻って来ちゃいました」
 照れ笑いの顔を、水平線の向こうの初茜が仄かに照らす。
 班長は息を呑みむことで、おろかなその問を声にすることを免れた。

 アラクネ族の髪に隠れるほどの小さな額の二本の角のうち、右だけが異様に長く禍々しく突起していた。白い右の縦長の瞳が班長を探るように見詰めていた。角膜が真っ白で、僅かに虹彩の縁の濃淡でそれと判る程度の、まるで死人のそれのような眼で。

 班長は気づいていなかった。首の右半分が光を吸収するような、生物ではありえないような白色に染められていることに。
 上着とマフラーとで隠されているが、胸の中心から右肩に向かい、右腕の先まで艶のない白い塗料をぶち撒いたような染みが広がっていた。何より、マフラーで隠れない右頬の顎のラインの一部を少しだけはみ出し染めているそれを、指摘されるのが怖かった。角も眼も、右手の爪が異常に長く鋭いことよりも。


 “うつり”二日目、三日目の彼女の戦果は素晴らしいものであった。彼女は擁壁の上の“盾使い”であったが、単独でカトンボを瞬殺して廻った。驚いたことに何時習得したのか、“黒の副官”や“女王様”が見せた蜘蛛の糸を使う高速空中移動を巧みに使ってみせた。蜘蛛を連れていないのに。

 二日目からは“女王様”の高所狙撃のサポートが無くなるとのアナウンスから、皆が不安を覚え混乱する中、彼女の活躍は僥倖だった。

 二日目以降、初日よりカトンボの数が随分と減った事と、兵たち全員の練度が著しく上がった事もあったが、何より、実際の彼女の活躍がなければ、三日間を超えることは叶わなかった事を誰もが理解していた。

 その戦果の異常さとその見た目の変化、そして瀕死状態からの復活とを関連付け、一部の者は彼女は魔物になったと噂した。そしてそれとは関係なくギルド兵全員から畏怖を込めて、彼女は“片角白鬼”と呼ばれた。

 “うつり”を超えた四日目の朝、彼女は姿を消した。槍使いスピア組最年少の幼馴染みと共に。


 
 シヅキの右腕を含めた獣化については本当に済まないと思っている。
 右腕は圧潰し、特に身体の末端である指先は壊死が進んでいた。その再生にはより魔晶石の影響力が及んだのだろうか。たぶんそうなのだろう。僕にも良くわからない。

 彼女が眠っている間に魔獣化した指の先を切り落とし、改めて再生の治癒魔法を施したが、再生されたのは魔獣化した指だった。その結果に僕は居た堪れなくなる。何時かはわからないが、少しずつでも元に戻るように治療を続けようと思う。

 僕は腰を深く折り、現象の説明と謝罪を、いまだシヅキの左手を握って祈っているジンクに行った。親を亡くしている彼女にとって、彼が一番相応しいから。

「止めてくれよ。あんたに謝られたら、逆にシヅキは恐縮してどうしていいか解らなくなる。逆に自分の体の変化を受け入れなくなる。あんたに出来なかった事に対してあんたじゃなく、自分を責めるようになる。それだけは止めてくれ。
 俺の所為にしてくれ。俺の祈りが足りなかったと。そして俺が責任を取ると。俺がまず最初に獣化したシヅキを受け入れると言わせてくれ。
 俺の所為なら、許してくれる。『しょうがいな』って言ってくれる。俺がずっとそばにいると誓えば」

 左手を握っていた自分の思いが反対の右手まで届かなかったのが遠因だったと説明してくれと、彼は言った。
 そんな言い訳で彼女が騙される訳が無いのに。でも、それで彼女は納得してくれるのだろう。シヅキとジンクだから。

「シヅキの獣化は全て僕の責任だ。君の祈りが足りなかった等という事は金輪際無い。ただ、彼女を蘇せたのが全て自分だけの能力であると言うつもりはこれっぽっちもない。
 俺だけでは彼女には届かなかった。届かせ、繋いだのは君の力だと思っている。俺はその土台と道筋を造っただけに過ぎない。君が連れ戻したんだ。誇ってくれ、そして、彼女を頼む」

 彼は僕に向かって深くお辞儀をし「ありがとうございました」



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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