半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第八節 〜遷(うつり)・夜夜中(よるよるなか)〜

094 深い闇に潜んでいる1

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~遷(うつり)・夜夜中(よるよるなか)~編 突入です。

94 95 96 97 は“ひと綴りの物語”です。
領主館に侵入します。
傭兵団の団長オッサン再登場。なんと今回メインキャストです。
好きなんですよね。
ご笑覧いただければ幸いです。

 《その1》
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

 無論、わかってはいた。
 これが考えなしの蛮行である事は。
 こんなもので、“うつり”の三日間を越えることなんて出来ない。

 武装を強化し、支援装備を整えた。打撃力と安全性が向上した。兵を鍛えた。練度が上がり出来ることが増えて強兵となった。運営を見直した。組織としての連携と速度が向上した。それでも勝てない。敵の個々が強い訳では無い。それでも負ける。
 所詮、スタンピートは数の脅威だ。

 どれ程に兵を強くしようとも、どれ程に効率を上げようとも。何故なぜなら兵隊は消耗品だから。強力な武器や装備も兵隊ひとりの係数でしかない。掛け合わされる兵隊の数がゼロになれば出される答えもゼロだから。
 ただでさえ分が悪いのに、兵が一人倒れる毎に全滅の確立は不条理に、右肩へと爆上げしていく。何処どこかでその比率を等価で分ける分水嶺を見つけなければ。

 初日は思ったよりも良かった。考えられる最良な結果を導き出せたと思う。ここで戦死者がゼロだったことを兵隊の難病『驕り・油断』に繋がるなどと無粋は事は思わず、素直に喜ぼう。

 初日は全力で挑んだ。兵の殆どが新兵のようなものだったし、不慣れな武器に装備、運用に手間取ると考えたからだ。
 思った通りに最初の一時間は全兵員が混乱し、すわ早くも瓦解かと思われたが何とか持ち直し、時間が過ぎる毎に練度を高め、トラブルを次のトラブルに繋げない処理を覚え、日没を迎えることが出来た。

 今は泥のようになって眠っているだろう。
 そして目覚めた時に驚愕するだろう。自分の体の重さに。そして思うのだ、こんな事をあと二日も続けなければならないのかと。自分は生き残れるのかと。改めてカトンボの脅威に恐怖する。経験が無いとはそういうことだ。

 分水嶺を見つけなければ。それもできるだけ低い値で。
 その為に僕はここにいる。深い闇に潜んでいる。


「何をひとりでブツブツ言っている。静かにしろ、見つかるぞ」
 と、結構でかい声で僕に話し掛けてくるのは駅舎の検問所の小太りなオッサンこと、傭兵団の大親分だ。

「うん、ちょっと妄想チックにカッコつけてた。所詮は厨二病だって笑ってくれ」

「そうか、ならいいんだけどよ、それこじらすと後で大変だぞ。それと俺は小太りじゃね、堅太りだ。筋肉だ。それと親分じゃねえ、団長だ」

 と、僕らは地面に這いつくばリ、闇と麦畑のわだちに同化する。地面スレスレの視線から哨戒しょうかいの足首とチビた革のブーツの端が見えた。二人組だ。音だけを頼りに位置を確認する。近づいてくる。

 これから、夜々中よるよなかの襲撃を始める。

 ◇

 高い尖塔を持つ男爵の館が闇夜に浮き上がっている。五芒星形の城塁の端々に球形の魔導照明が配置され、それが城のみか周辺の麦畑までを仄かに明るくさせていた。
 やり過ぎだよ。中央の尖塔までをライトアップして権勢を誇る的な演出をしたいのは分かるけど。最初に見た時は千葉にある東京のアレを思い出してしまい、何処かしらから軽快な音楽が流れてこないか期待してしまった程に。

 でも、やっぱり音楽は聞こえてこない。晩秋の夜の虫の音が神経を逆なでするだけ。だから僕が口ずさんであげたよ。例のあのマーチを。何故なぜ如何どうやってもマイナー変調されたソレだったけど。

 荘厳かどうかは置いといて、警備の面では侵入を試みる我々にとっては大変やりづらい効果を上げていた。
 昔のアニメの脱獄シーンのようにスポットで当てるのは時代遅れらしい。明暗をくっきり分けるほうが隠れやすいし、見つけにくい。

 数多く設置された球状の照明は城だけではなく、照度は低くとも廻りの麦畑を、意外なほど遠くまでその範囲に収め、近寄る者を容易に浮き彫りにする。動くものを発見するのは容易だろう。おまけに明と暗の境まで数時間おきの哨戒巡回までさせている。

「知ってるか? あの照明の魔導具、一基一晩で十五万圓は掛かるんだぜ」
 そんなにか、そして何十個在る? 何をそんなに警戒しているのだろうか。

「ありゃあ只の威嚇だ。住民に対しての。我を忘れるぐらいに追い詰めている自覚は在るのだろうさ。やっぱり数の脅威は怖え。でもまあ、その脅威には俺等は入ってねえけどな」

 状況的に考えればそうなんだろうけど、ふと、逆に誘ってんじゃねーの、と思ってしまった。何の為に? 根拠はなく、なんとなくだけど。罠? そんな事無いか。俺らギルドは見たまんま壊滅寸前組織なんだから。
 そんな事を考えながら美しい白色でデコラティブリーされた尖塔を見つめる。


 そんな警戒態勢バッチリな城に侵入を試みる“悪い”僕らにも僅かながらに付け入る隙はある。僅か? 強引の間違いじゃねーのと、作戦立案した隣で寝転がっている小太りオジサンに物申したい。

 外に出ての哨戒は暗闇と照明の届く範囲の境目。でもその境目も人によりバラツキがある。目標物のない平野だからこそだろう、歩く行程や位置が無意識に固定され、大概の者がパーターン化していた。

 そんな訳で街の裏門から匍匐前進でちょっとづつ進んできてやっと後もうちょっとの今ここ。そんな匍匐前進を毎夜繰り返してきた。哨戒のパターンを探る為だ。オッサンが。その勤勉さにだけは頭が下がる。
 訳がない。今日は虫に食われたとか服が破れたとか、毎日割り増し分を請求されたのには閉口した。
 
 ドンピシャ。連夜の割増請求分が報われた。僕らの伏せる直ぐ側を哨戒の足首が過ぎる。
 完全に通り過ぎ、背中を見せた瞬間にオッサンは三センチばかりの針二本を同時に指で弾き飛ばす。と、同時に体重過多な中年とは思えない機敏さで飛び起き、兜のシコロの隙間から潜り込み、頚椎に半分ほどまで埋まっていたそれを駄目押しとばかりに、根本まで手の平で押し込み完全に息の根を止める。二人同時に。

 その間、僕は幻術のカモフラージュっぽい魔法を展開して姿を隠していた。まあ、あれだ、昭和の忍者が塀際で布を広げて“隠遁の術ドロロ~ン”とか言ってたのと、そう違いはない。
 “隠遁の術ドロロ~ン”の陰で手早く鎧や兜を剥ぎ取って行くのを眺めながら、そう言えば現世でも異世界こっちでも人殺しの現場は初めて見るなと思った。
「なあオマエ、人殺しは出来んのか?」

「たぶんな」

「そうか。ならイケてる俺からの忠告だ。中途半端は止せ。『ココまで痛めつけとけば』とかコノ業界じゃナイから。必ず仕返しされる。痛いのが続くのも可愛そうだしな。オマエも着替えろ、時間が無い」

 まんま“隠遁の術ドリフのコント”じゃないから。布を手で押さえておく必要はないし、コレ魔法だから。元世界あっちの米な特殊部隊に採用されている迷彩を活用した立派な隠蔽潜入技術だから。
 ただやっぱり一メートル縛りは健在で範囲が狭く、城からバレないように僕はオッサンの動きに合わせてエッサラコッサラ細かく動いてた。

 その動作がおかしかったのか、オッサンは笑いながらだったからその“言葉”にあまり真剣味は無かった。ただ、その目だけは冷たく重いことに、僕も気がついてはいたけれど。

 敵の鎧姿に着替え終わっても、オッサンは終わっていなかった。胴鎧の最後のフックにエラく苦労して、結局諦めた模様。小ぶとッてんじゃねーか。
 鎧はギルドに残っていた“擬神兵装神の如”よりも、よりゴテゴテしい儀典向きの“何とか”っていう鎧のレプリカだ。薄いしペコペコだが妙に重い。

 補正魔法かなにかバフってるのかと思ったがそんなことも無く……“魔真眼”発動……あった。『より神々しく光り輝く』だと? 要はイルミネーションだな。腰のスイッチで点灯。何の意味がる。

 オッサンが「スイッチ・オン」と唱えて“ポチッとな”ってた。
 壊れててよかった。あれだ『スイッチがあったら取り敢えず押しとく』病だ。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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