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第九節 〜遷(うつり)・彼是(あれこれ)〜
104 心がせく 3
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102 103 104は“ひと綴りの物語”です。
戦いは階上へ。
《その3》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
僕は肩を窄めることで答える。正直、どっちも出来るイメージが湧かない。
“遷”攻略を決めた時、最後には噂の男爵、“女男爵”か? とは遣り合うとは思ってた。でもガチンコバトル系での決着じゃない。ゲームじゃないんだから。
中央から派遣された革新派の官僚系下級貴族って立ち位置だと聞いた。たとえ個人の戦闘力が高くても限度があり、普通はその持てる力の総量は遺族の権力と抱える領内の軍事力だけだと、考えるのが普通じゃん。
ここは中央から遠く離れた辺境の街だし、二年毎に魔物によるスタンピートが起こる危険な街で、まさに今は絶賛開催中。事故ってよく起こるよね、事故が起こらなくてもアブナイよね、って説得して帰ってもらえるかもしれないって、思ってた。
領の軍事力さえ何とかすればイイ感じになるって思ってた。武力の無効化は現在進行形中、思った以上に削れるだろう。
もちろん穴だらけの行き当たりばったりな自覚は大いにあるが、僅か十日で先ずは『街が死なない』『ギルドが壊滅しない』を第一目的とした立案なんてこんなモンだ。俺に丸投げし、あまつさえ採用した奴が悪い。最後の仕上げでこの建物がどうしても必要だったし。
一時凌ぎなのはもちろん承知してるけど。後のことは委員長系ギル長や赤鬼が考えることだ。あとは知らん。
それでも、女男爵を黙らせる事に関しては上手くいく確率は低くはないと楽観していた。ギルドも俺も。
女男爵を派遣した中央の偉い人だって成功率は半々だと見積もっていたはずだ。当然のことに実行者の男爵もそれを理解し、失敗したら『切り捨て』を前提でやって来たはず。得られるであろう富とか権力とかを秤に掛けて。
それだけここ三年で彼女が行って来たことは強引で滅茶苦茶だったし、達成しようとしていること事態に無理があった。
なんて考えていた時もありました。
普通の貴族様ではあませんでした。
委員長系ギル長か赤鬼の元上司とか、サチと因縁ある知り合いだったとか、悪い予感しかしなくて聞こえない振りをしてたけど、あーあって感じ。俺って南無。
そんで、何でこの人ここでコスプレ自慢してるの? どうして俺らの侵攻を許し迎撃しなかったの? 配下の武力なんて当にしてない? ひとりでどうとでもなるから? まさかそこまでは……違うよね?
「女男爵さんは、私と同じ“御たる誰か”らしいわよ。それでハム君は“祝たる従者”だって。
私もハムくんもそんなんじゃないって何度も説明してるのに全然理解してくれないの。やんなっちゃうわ。
私が自分と同じ転生者で、“コウイチさん”を統べてるかららしいわよ」
と、荒い呼吸の合間に、激痛に顔を引き攣らせ、それでも少しも苦しさを感じさせない口調でハナは教えてくれた。
また嫌な名前が出てきたな。それに、コウイチって誰だよ。そして女男爵は転生者ね。そうだとは思ったけど。
「ハナ、大丈夫じゃ、ないよな」
「……見た目よりも、そんなに悪くないよ」
「……そうか。ああ、廊下でサチと子供二人と会ったぞ。ズタボロでバッチくなってたけど大丈夫だ。生きてる」
その時だけ、本当に安心したのかちょっとだけ笑った。それで緊張が緩んだのか彼女から魔力素粒子の揺らぎが、急速に抜け落ちるのがわかった。不味い。教えなきゃよかった。サチのせいだ。
女男爵の執務室は部屋とはいい難い大きな空間だった。横幅は五メートルと領主の部屋では当たり前の長さだが、天井は十メートル近くあり、横幅は驚く事に二十五メートルは有りそうだ。羽田の第二ターミナル展望室を彷彿させる。片方の壁が硝子張りであるのも同じ。
連なる窓の外は夜、漆黒の鏡と化して僕と女男爵、ハナとを両端に分け離し、映し出していた。
ハナは部屋の右端、随分と遠い場所で、大きな革張りのクラシカルな椅子に両手両足に杭を撃ち込まれ、身動きできないように座らされていた。
手の平と足の甲から生えた杭からは血がドク、ドク、と心拍と同期して止め処なく溢れ、床に滴り落ち波紋をつくり広がっていく。半分に折られ転がっている“火縄銃モドキ改”を赤く染めながら。
既に血の気はなく真っ青で、その額に汗で濡れた前髪が張り付いていた。その唇が「失敗しちゃった」と動いた。
やはりパスが通っていない。姿が見えるのにハナとの魔力のつながりを感じ取れない。なにも聞こえない。何時もなら俺から流れてくる魔力素粒子で少なくとも血を止める位は出来るはずなのに。
「おーい、二人の世界に浸らないで。私だって彼氏がいるんだからね。すっごくカッコいいんだからね。
で、あなたはコウ何君? コウヘイ君? もしかしたらコウゾウ君だったりして。因みに私の彼はコウイチ君。で、あなたは?」
「だから何が?」
「元の世界、地球での名前よ」
「……キミヒコだ。コウヘイさんでもコウゾウさんでもない」
名前を素直に教えるのには躊躇したが、何故唐突に名前など問うたのか、その疑問のほうが勝り素直に教えることとした。既にその名前は意味をなさず、捨てたものだから。ハナに会い、もう戻れない、戻らないと決めた時から。
「えっ? またまた冗談を。キミなんちゃらなんて私を舐めてるの? そんな名前なはず無いでしょ。あッ、コウの次にキラキラネームでも付けられちゃって恥ずかしくなちゃた? いいよ、笑わないから。でも少しぐらい笑ても許してね。えっ、キラキラじゃない? なら……違うの? 違うんだ。本名なんだ。
……コウ・シリーズじゃない? なんで。もしかしたら人違い? 訳わかんないんですけど」
キミヒコはキラキラでは無い筈だが。人の感性の違いか? 女男爵は一人で思案に耽っている。
「……だって十日程前に突然現れて、あれよあれよとギルドまとめて、傭兵共を誑かして、昨日だってあの少数の兵隊でひとりも死なせずにどうやってか解らないけどキメラのスタンピートを防いだ、のよね?」
「俺一人で防いだ訳じゃないぞ」
「いいのよそんな御託は。ちょっと待って、あなた“万有間構成力制御魔技法”はコンプリートしてるわよね。そう言えば、お姫様抱っこもワンパンもしてくれないわね。はにかみ屋さんだって思ってたけど……。
あなたの“御たる誰か”はチョー弱かったし……。そうね、悩んでないで手っ取り早く試して見ればいいのよね」
そう言うと傍らの一メートル弱のいい加減なデザインだが、たぶんロケット砲をおもむろに手に取り肩に担いで引き金を絞った。ハナに向かって。躊躇無く。酷くゆっくりと見えた動作だったが、実際には一瞬だった。
僕の足が地を蹴る。床が圧力で一瞬で陥没する程の力で。身体を投げ出すように手を伸ばす。その掌が爆散する。止めることは出来なかったが、軌道を変えることには成功する。弾丸はハナの顔の上十センチほどに逸れ、椅子の背もたれの上部を粉々にし、背後の壁に1m程の大きなクレーターを作って止まった。
わかったことが三つ。
撃ち出されたのは顕現化魔技能で造られた非物理な魔力素粒子の弾丸であり、僕の1m定限を無視して突破した。
圧潰した右足と、消し飛んだ右手の手首から先が、何時もなら一瞬のは言わないまでも早々に生成し始めるのに遅々として進まない。ハナとのパスが途切れた事と関係があるのかもしれない。
もうひとつはハナは血を流し過ぎている。なんだか何時も時間に追われている。
オマケは、本当に詰んでるかも。掌には靭性金剛石の盾を実現させていたんだ。
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
戦いは階上へ。
《その3》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
僕は肩を窄めることで答える。正直、どっちも出来るイメージが湧かない。
“遷”攻略を決めた時、最後には噂の男爵、“女男爵”か? とは遣り合うとは思ってた。でもガチンコバトル系での決着じゃない。ゲームじゃないんだから。
中央から派遣された革新派の官僚系下級貴族って立ち位置だと聞いた。たとえ個人の戦闘力が高くても限度があり、普通はその持てる力の総量は遺族の権力と抱える領内の軍事力だけだと、考えるのが普通じゃん。
ここは中央から遠く離れた辺境の街だし、二年毎に魔物によるスタンピートが起こる危険な街で、まさに今は絶賛開催中。事故ってよく起こるよね、事故が起こらなくてもアブナイよね、って説得して帰ってもらえるかもしれないって、思ってた。
領の軍事力さえ何とかすればイイ感じになるって思ってた。武力の無効化は現在進行形中、思った以上に削れるだろう。
もちろん穴だらけの行き当たりばったりな自覚は大いにあるが、僅か十日で先ずは『街が死なない』『ギルドが壊滅しない』を第一目的とした立案なんてこんなモンだ。俺に丸投げし、あまつさえ採用した奴が悪い。最後の仕上げでこの建物がどうしても必要だったし。
一時凌ぎなのはもちろん承知してるけど。後のことは委員長系ギル長や赤鬼が考えることだ。あとは知らん。
それでも、女男爵を黙らせる事に関しては上手くいく確率は低くはないと楽観していた。ギルドも俺も。
女男爵を派遣した中央の偉い人だって成功率は半々だと見積もっていたはずだ。当然のことに実行者の男爵もそれを理解し、失敗したら『切り捨て』を前提でやって来たはず。得られるであろう富とか権力とかを秤に掛けて。
それだけここ三年で彼女が行って来たことは強引で滅茶苦茶だったし、達成しようとしていること事態に無理があった。
なんて考えていた時もありました。
普通の貴族様ではあませんでした。
委員長系ギル長か赤鬼の元上司とか、サチと因縁ある知り合いだったとか、悪い予感しかしなくて聞こえない振りをしてたけど、あーあって感じ。俺って南無。
そんで、何でこの人ここでコスプレ自慢してるの? どうして俺らの侵攻を許し迎撃しなかったの? 配下の武力なんて当にしてない? ひとりでどうとでもなるから? まさかそこまでは……違うよね?
「女男爵さんは、私と同じ“御たる誰か”らしいわよ。それでハム君は“祝たる従者”だって。
私もハムくんもそんなんじゃないって何度も説明してるのに全然理解してくれないの。やんなっちゃうわ。
私が自分と同じ転生者で、“コウイチさん”を統べてるかららしいわよ」
と、荒い呼吸の合間に、激痛に顔を引き攣らせ、それでも少しも苦しさを感じさせない口調でハナは教えてくれた。
また嫌な名前が出てきたな。それに、コウイチって誰だよ。そして女男爵は転生者ね。そうだとは思ったけど。
「ハナ、大丈夫じゃ、ないよな」
「……見た目よりも、そんなに悪くないよ」
「……そうか。ああ、廊下でサチと子供二人と会ったぞ。ズタボロでバッチくなってたけど大丈夫だ。生きてる」
その時だけ、本当に安心したのかちょっとだけ笑った。それで緊張が緩んだのか彼女から魔力素粒子の揺らぎが、急速に抜け落ちるのがわかった。不味い。教えなきゃよかった。サチのせいだ。
女男爵の執務室は部屋とはいい難い大きな空間だった。横幅は五メートルと領主の部屋では当たり前の長さだが、天井は十メートル近くあり、横幅は驚く事に二十五メートルは有りそうだ。羽田の第二ターミナル展望室を彷彿させる。片方の壁が硝子張りであるのも同じ。
連なる窓の外は夜、漆黒の鏡と化して僕と女男爵、ハナとを両端に分け離し、映し出していた。
ハナは部屋の右端、随分と遠い場所で、大きな革張りのクラシカルな椅子に両手両足に杭を撃ち込まれ、身動きできないように座らされていた。
手の平と足の甲から生えた杭からは血がドク、ドク、と心拍と同期して止め処なく溢れ、床に滴り落ち波紋をつくり広がっていく。半分に折られ転がっている“火縄銃モドキ改”を赤く染めながら。
既に血の気はなく真っ青で、その額に汗で濡れた前髪が張り付いていた。その唇が「失敗しちゃった」と動いた。
やはりパスが通っていない。姿が見えるのにハナとの魔力のつながりを感じ取れない。なにも聞こえない。何時もなら俺から流れてくる魔力素粒子で少なくとも血を止める位は出来るはずなのに。
「おーい、二人の世界に浸らないで。私だって彼氏がいるんだからね。すっごくカッコいいんだからね。
で、あなたはコウ何君? コウヘイ君? もしかしたらコウゾウ君だったりして。因みに私の彼はコウイチ君。で、あなたは?」
「だから何が?」
「元の世界、地球での名前よ」
「……キミヒコだ。コウヘイさんでもコウゾウさんでもない」
名前を素直に教えるのには躊躇したが、何故唐突に名前など問うたのか、その疑問のほうが勝り素直に教えることとした。既にその名前は意味をなさず、捨てたものだから。ハナに会い、もう戻れない、戻らないと決めた時から。
「えっ? またまた冗談を。キミなんちゃらなんて私を舐めてるの? そんな名前なはず無いでしょ。あッ、コウの次にキラキラネームでも付けられちゃって恥ずかしくなちゃた? いいよ、笑わないから。でも少しぐらい笑ても許してね。えっ、キラキラじゃない? なら……違うの? 違うんだ。本名なんだ。
……コウ・シリーズじゃない? なんで。もしかしたら人違い? 訳わかんないんですけど」
キミヒコはキラキラでは無い筈だが。人の感性の違いか? 女男爵は一人で思案に耽っている。
「……だって十日程前に突然現れて、あれよあれよとギルドまとめて、傭兵共を誑かして、昨日だってあの少数の兵隊でひとりも死なせずにどうやってか解らないけどキメラのスタンピートを防いだ、のよね?」
「俺一人で防いだ訳じゃないぞ」
「いいのよそんな御託は。ちょっと待って、あなた“万有間構成力制御魔技法”はコンプリートしてるわよね。そう言えば、お姫様抱っこもワンパンもしてくれないわね。はにかみ屋さんだって思ってたけど……。
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そう言うと傍らの一メートル弱のいい加減なデザインだが、たぶんロケット砲をおもむろに手に取り肩に担いで引き金を絞った。ハナに向かって。躊躇無く。酷くゆっくりと見えた動作だったが、実際には一瞬だった。
僕の足が地を蹴る。床が圧力で一瞬で陥没する程の力で。身体を投げ出すように手を伸ばす。その掌が爆散する。止めることは出来なかったが、軌道を変えることには成功する。弾丸はハナの顔の上十センチほどに逸れ、椅子の背もたれの上部を粉々にし、背後の壁に1m程の大きなクレーターを作って止まった。
わかったことが三つ。
撃ち出されたのは顕現化魔技能で造られた非物理な魔力素粒子の弾丸であり、僕の1m定限を無視して突破した。
圧潰した右足と、消し飛んだ右手の手首から先が、何時もなら一瞬のは言わないまでも早々に生成し始めるのに遅々として進まない。ハナとのパスが途切れた事と関係があるのかもしれない。
もうひとつはハナは血を流し過ぎている。なんだか何時も時間に追われている。
オマケは、本当に詰んでるかも。掌には靭性金剛石の盾を実現させていたんだ。
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