半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第九節 〜遷(うつり)・彼是(あれこれ)〜

116  最後が締まらなくってゴメンね 〈 前 〉

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116 117 は“ひと綴りの物語”です。
クソエロガッパとバロネス、決着しました。……が。
 《 前 》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

 泣きじゃくったハナの逆さまの顔いっぱいが目に映る。ボタボタと涙と鼻水が僕の頬を濡らす。
 僕は短い時間だけど気絶していたようだ。

「もうぼろぼろ過ぎて触るのも怖いよ。ねえ、死なないよね」

「大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけさ、それより鼻水が汚いよ。ネチネチしてるし」

 「うるさい。美少女が膝枕してあげてるんだ、それぐらい我慢しろ。ねえ、それより本当に大丈夫なの? 全然治んないよ。死なないよね」

 おお。これが至高と噂の夢の膝枕状態か。ならしょうが無いかな。でも思ったより気持ちよくないな。もうちょっとお肉が、なんて死んでも言えないけど。本当に死んじゃうから。
「死なないよ。ちょっと体力が落ちてる所為さ。それよりハナは怪我してない? ってしてるよね。大丈夫かい?」

「私は大丈夫だよ。それより本当に死なないよね。死んじゃったらやだよ」

 決して僕に触れようとしないハナの手を探す。サッと背中の後ろに隠すハナ。
「見せて。見せてくれないと本当に僕、死んじゃうかもよ」

「うそ」

「うそなもんか、傷は観て手で触れたほうが早く治るし力も節約できる。でも見せてくれないと傷の程度がわからないから僕は全力で直そうとするよ。そうすると余計な体力を使いすぎて死んじゃうかも」

「それは、困る」

「困るだろ? なら出して」

 おずおずと両手を僕に見える位置まで持ってくる。それは酷く壊れていた。やはり杭を引き抜く時に無理をしたのだろう、両手共に半分に裂け、何本かの指は失われ、残りはありえない方向に螺子曲がっていた。

 よく見るとハナの顔も体も至る所に生じた傷で散々で、血は止まっているようだが凝固し余計に酷い顔をしてる。言わないけど。殺されちゃうから。
 その代わりぐちゃぐちゃのその愛おしい掌を包もうと手を伸ばすが、右腕はまだ生えてなかった。仕方なく左手だけでハナの両方の掌を包み、癒す。癒される。

 掌だけからではなく、全身から音もなくハナの汗の匂いが少しだけ混じったイイ香りのする、逃げ水のようなオーラが立ち上り始めると、それと共に徐々に傷が再生していく。

「もういい、治った。私より自分の傷を癒せ、私はもういいから」

「僕が、嫌なんだよ。ばっちいハナなんて見たくないし、見せたくない。
 ……そしたらそうだな、治ったら僕にスタミナ増量のポーションを飲ませてくれ。あの日のように。あのどん詰まりのゴミ溜のような場所で。君は僕にポーションを飲ませてくれただろ」

「……わかった。ポーションなんて何時でも飲ませてやる。だから早く済ませろ。……それと、全部終わった後でいいから、ホント最後でいいから、“私の愛しのアレスティエア・マークⅣ”を直してくれないか」

「?……ああ、火縄銃モドキ改か」

「“私の愛しのアレスティエア・マークⅣ”だ!」

 ハナの心の拠り所。心の支え。そう言えば真っ二つに折られていたな。見ると傍らに置いてある。

「ああ、わかった。新しく造ってもいいが、ハナは直したいんだな」

「この子がいいんだ、この子じゃないと、私はまだ駄目みたい」

「わかった。超最速チョッパヤで治すよ」

「うん、お願い」

 まだまだ遠いが、それでも、少しずつ近づけていると思う。
「まってる」

 治癒は基本、相手を観て手で触れていないと発動しない。パスを通じ合っていればその限りではないが、効果は飛躍的に向上する。観るのはもちろんなのだが、掌が一番効率がいい。何でだろう。掌には触覚センサーの細胞が多いと聞いたことがあるが、その所為かな。

 その論で言うと舌はいいかも知れない。所謂の“でぃーぷきっす”だな。いいかも。したこと無いけど。その上位は肌と肌の直接の接触抱擁、ご禁制の“添い寝”だな。
 えッえー! 行っちゃうの? そこまで行ったら当然その先まで行っちゃう感じ? そりゃ男の子だもん当然行かせてもらうでしょ!
『ガハッ‼』
 ハナの幻の左ボディーブローを幻視して昇天しそうになっちまったぜ。両方の意味で。やべーやべー、こんな所で終わってたまるか、何時かきっと二人は分かち合える。

 でもなあ、ちょっとは約得とかご褒美とかあってもいいんじゃないかと思うんですよ僕は。せめてディープなキっスとは言わないまでも軽い接吻までなら行けるんじゃないだろうか? ちょっといい感じだったし。今のハナは優しいし。ちょっと頼んでみようかな。

「おい、何で口がタコになっている。そして」
 いきなり膝枕を外され、後頭部を床に打ち付ける「痛!」仁王立ちのハナ。あ、パンツ見えた。
「何処を膨らませている」

 見やるとあら、ご立派に一張りの僕の“自我存在理由レゾンデートル”君が健気に自己主張してらっしゃる。ほんと、こんなズタボロ状況で、よくぞ貴重な血液をそんな所に廻せるものだと自分ながらに改めて・・・誇らしい。でもな、でもよ、やっぱり場はわきまえようよマイ・サンよ。ほらハナの殺気が、だから振り下ろしのチョッピングライトは止めて! お願いします。


 結局チョッピングライトは放たれることはなかった。ハナの殺気とは別の、新たな偽りのない本物の殺気が発生したからだ。息があるのは知っていたが、復活が早すぎる。だいたい、生き残るかそのまま死ぬか半々と踏んでいたのに。

 壁との衝突時に背後に衝撃吸収の緩衝材が自動で発現していたのは知っていたが、それが粉々に砕け、彼女の背骨も同じくバラバラになる音も聞いた。それでも本来なら爆散しての即死を免れた。剣を合わせて防ぎ、服の機能で都合二回も即死の危機を逃れた事となる。

女男爵バロネスはズルズルと背中を擦りながら堕ちた時とは逆再生で立ち上がる。背骨が折れているのだ、早々無理だと思うが、ネタは“万有間構成力グラヴィテイション制御魔技法・フィネス”だろう。
 本当に凄いなその“純血”、違ったコスプレ服。

 顔を伏せ、表情はうかがえないがとても意識を取り戻しているようには見えない。それでも膨大なヒリヒリする殺気は本物だ。その無機質な純粋過ぎる鋭角さが気になるが、彼女から発せられているのに間違いはなかった。

 それはいきなりの、一瞬での変化だった。
 素破すわスリングショットバージョンか? と期待し、次に18禁に設定し直さないと等バカな現実逃避で遊んでいたが実際、ヤバイ! 全身が、全ての同軸疑似脳が最高ランクの警告音を鳴らし、一つのメッセージを点滅させ送り付けてくる『逃げろ』と。

 女男爵バロネスの全身を黒い焔雲が覆う。背のコウモリの羽が広がり微細にうち震え、細く長い尾が狂乱の蛇のように大きくのた打つ。牙が生え、爪が伸び、二本の角が鋭利に突き出す。焔雲が稲妻を纏う。
 バチバチと細く赤黒い稲妻が何本も何本も全身の経絡に沿って体表を這いずりはしる。
 サチが教えてくれた。サキュバスの魔女の切り札。全てをくつがえすそれをみを込めて呼ぶ、“人食い雷災獣”、或るいはただ単に悪魔と。

  それはコウイチの能力ではない。女男爵バロネスとも違う、落国の民アッシュサキュバスの元ギルド特別機動急襲部隊第一小隊隊長『残酷のオルツィ』が長い時間を掛け、研鑽し鍛え上げた究極の攻撃魔法。

 オルツィの丹田に魔力素粒子アルカナが集まっていく。螺旋の渦に飲み込まれるように内から、外から。
 顔を上げ咆哮する。悲しき手負いの獣の最後の叫びのように。その空虚の目は何を見ているのか。

 獣化に伴い使われる広範囲魔法“紅い稲妻レッドスプライト”が発動された。
 ただ魔法と付いているがその発生に関わるだけで、その稲妻は本物だ。自然界で起こるそれと変わらない。即ち僕の“1m定限ルール”の適応外だ。

 『残酷』と呼ばれたサキュバスの魔女が使うそれは、他の追従を許さない、広範囲を網羅する殲滅兵器だ。そしてその範囲はその名に恥じること無く無慈悲に僕らに届く。一度発せられば逃れる事は叶わず、雷の嵐に晒され巻き込まれ、終る。

 ここで使ってくるかよ。馬鹿じゃね。
 急いで金剛石ダイヤモンド製の防護壁をドーム状に張り、それを二重に。ピタリと合わさったそれを無理やり剥がし、中間層に真空状態を作る。む、ムズイ。内側のドーム層を同じ尺度で縮小させていく演算が難し過ぎる。どんだけ疑似脳使うんだ。もっと簡単な方程式があるはずだが、即興はつらい。

 特に真空にして剥がす過程が圧が高くて難航する。早くく早く。途中で純水百パーセントでもいいんじゃないかと気がつく。魔法的にはそちらのほうが何百倍も楽だ。
 ハナが僕のドームの内側に純水百パーセントの不形の層を形成する。おおー。そして床にも。おおー、そうだった。ハナ優秀。

 そんな四苦八苦の僕らの傍らに一本の槍が刺さり、石突から幾重もの蜘蛛の糸が四方に飛び出し部屋の天井壁床を起点に一瞬で蜘蛛の巣が形成された。

 先ず最初に視界いっぱいを赤い光が満たす。
 空中放電が始まる。激しくとも美しい閃光と大質量の重金属を互いに激突させ響かせる地を揺るがす轟音が何時までも、何時までも続く。連続した放電は無慈悲に無差別に全ての人間を喰い尽くす。

 気づいたのだが、真空状態の層でも非常に高い電圧が加わると絶縁が破壊され完全に機能を失う。今のように。中学で習った筈。避雷針で導き漏らした数割だったがあっさり突破してきて大いにビビった。
 助かったのはハナの純水百パーセントのお陰。純水だって絶縁破壊を起こしていたが、足元に貯めた数センチが完全密封とアースの役割を果たして表面を滑り、床に放電してくれた。流石ハナ、優秀。

 それでも、まともに受けたなら絶縁破壊は確実だった。それほどに『残酷』の“紅い稲妻レッドスプライト”は強烈だった。避雷針が無ければ全滅を防げなかっただろう。誰も助からなかった。
 誰が投げてくれたかはこの際関係なく、実際に僕が作成した避雷針があったお陰で助かったと言っても過言ではない。大事なことだから二回言う。僕が造った避雷針のお陰だ。

「サチ! 無事だったのね、安心したわ。そして危機を救ってくれてありがとう」
 チッ。
「ご無事で何よりです、エリエル様」
 サチは僕を見遣り、フンって顔をしやがった。
 最後が締まらなくってゴメンね。助けてくれてありがとね、でもやっぱムカつく。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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