半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第九節 〜遷(うつり)・彼是(あれこれ)〜

117 最後が締まらなくってゴメンね 〈 後 〉

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116 117 は“ひと綴りの物語”です。
クソエロガッパとバロネス、決着しました。……が。
 《 後 》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
 最後が締まらなくってゴメンね。助けてくれてありがとね、でもやっぱムカつく。


 最初に入った廊下からの大穴の陰から現れたサチは女の子を抱き抱え、脇を歩いている男の子もサチの足にしがみ付き、顔を埋めている。
 足取りはおぼつかない。三人ともまだ怪我は治り切っていない。特に女の子は顔と身体の半分近くをケロイドが覆い、左の眼窩の暗い穴はそのままだ。

 サチは真っ直ぐ女男爵バロネスであるサキュバスのオルツィを見詰めていた。何を思うのか、表情は固く、感情は読み取ることは出来ない。
 肝心の『残酷のオルツィ』は再び壁に背を預け座り込んでいた。“紅い稲妻レッドスプライト”の雷撃が収まると同時に電池が切れた人形のように力なく落ちるのを見た。
 あれ程迄に鮮烈だった殺気は今は微塵も感じない。何だったんだろうか。訳がわからない。まだ息はあるが、衰弱が激しくもう何時逝っても可笑しくはない状態だった。

 サチは抱えていた女の子をそっと下ろし、壁に凭れかけさせ、丁寧に座らせると男の子に何かを語り、女の子の傍らで待たせると、一人『残酷のオルツィ』の元に歩いていった。
 内蔵を痛めているのか脇腹を押さえ、時より苦痛に顔を顰めながら。たぶん治癒の力の殆どを子供たちに使っていたのだろう。

 曾て“大姉様”と親しみを込めて呼び、利用され、サチの人生を歪めたサキュバスのオルツィを食い入るように見詰めている。そして苦無クナイを取り出すとその首に宛てがい。

「ダメよ。貴様の主である私、エリエルの名を以て命ずる。殺すことは許さない」

 サチの身体がビクリと一度震え、泣きそうな顔で振り返った。実際、泣いているのかもしれない。

「先程貴女はそこの女との対峙と、子供二人を救う選択で迷いなく子供の元に向かいました。そして貴方は見事救ってみせた。その選択も導いた結果も私は喜ばしく思います。これで貴女の罪は祓われました。
 貴女はもう、赦されたのです。これ以上の業を背負う必要はありません。

 それに私達が請け負ったのは『この街とギルドの壊滅を防ぎ“うつり”を乗り切る』ことだけです。この館を襲撃したのは二日目以降のカトンボとの攻防に必要だからです。その中にこの館の主、女男爵バロネスの排除は含まれていません。

 雇われ仕事で必要ない殺傷を行うのは止めましょう。拘束してギルドに引き渡します。その後のことはギルド長達が考えることで、私達には関りの無い事です」

「そうとも言えないんですよ女王様、残念なことに」


 そう言いながら入ってきたのは長い耳を特徴にもつ、綺麗なエルフの少年だった。本当に少年かどうかは分からない。光の加減か、その細められた眼の端に時より表れるほんの僅かな老獪の色のみが、積み重ねてきた年月を伺わせるに留めていた。だが、見知った顔だった。ギルド兵、槍使いスピア組の兵站の一員だ。

 彼は大穴の脇で待たされていた男の子に一本の治癒ポーションを渡し、サチには軽い挨拶とともに数本の治癒ポーションを「上官殿、女の子に使って下さい」と渡し、微笑んでいた。普段のクールな佇まいからは幾分道化た仕草の彼に、少しばかりの違和感を覚える。

 “黒の副官”殿としてのサチは期間限定だがエルフの上官だった。受け取ったサチはハナにお伺いを立てる。
 ハナも頷き承認する「貴女もちゃんと呑みなさい。これで終わりではなさそう・・・・だから」

「改めてこんばんは、女王様。ところで先程のオルツィの命を取らないとのお言葉は誠ですか」

「ああ、その通りだが」

「では治癒ポーションを飲ませても構いませんか」

「ああ、勿論だ。頼む」

 うん、全く僕を無視して会話が進んでるね。まあ、いいけど。女男爵バロネスに今更トドメを、って言われてももうちょっと引くしね。ハナがイイて言ってんだからいいや。

 それにしてもあの野郎、サチが上官であるならば僕だって立派な上官だろうが、アレほどみっちり訓練してカワイがってあげたのに。ちょっとキュッとシメたからって心が狭い。だって実力隠してヘラヘラしてたからアレぐらい平気だと思って追い込んだら、想像以上に体力が無かった。流石草食系男子代表。イケメンだからイジった訳ではなくもない。

 それにしてもここで登場とは。女男爵バロネスのことを真名のオルツィって呼んでた。知り合いだろうか。“魔性の女教師と教え子の少年とのイケナイ関係”って感じでちょっと妄想しちゃう。ほんとエルフって、エロフって感じ。

 と、なんかコッチ見て睨んでる。なんだよ。ちょっと淫靡系夢想に耽ってたからって。それとも手枕で寝っ転がってるのがお気に召さないのか? コッチはもう疲れてお腹いっぱいなんだよ。且つ未だ治療中で体中からシュウシュウと逃げ水のような謎のオーラを吹き出しながら手足を絶賛再生中だ。少しくらい寛いだってバチは当たらないだろうに。
 あーあ、あと一戦するのかな。いやだなあ。早く生えないかな。帰りたい。

 結構優しく女男爵バロネスを愛おしそうに抱きかかえ、何本もポーションを飲ませている。お、口移しだ。やっぱり淫靡妄想系だ。チョメチョメエロフだ。なる程、その手があったか。

 ズダボロの弾けて無くなった左肩口や体中の傷がモゴモゴと蠢いている。でも、逃げ水のようなオーラが立ち昇ることもなく、再生は遅々と進まない。傷口は塞がらない。体の芯から疲弊しているから。

 わかっていたことだが、延命が三時間ほど伸びただけ、ただ苦痛が長引くだけだろうに。何をしたいのか。まあ、今直ぐさらって逃げてくれるのがベストかな。あ、そしたらギルドウチの優秀な兵隊が減るな。それは困る。まだギルドに残る気があるのかは疑問だけど。

「交渉させてくれませんか。此方こちらの望みを叶えて頂けたならば、そちらが知らない裏の情報をお教えします。それと限定的では在りますが、私達は女王様の味方に加わります」

「うむ、唐突で意味不明だな。思わせぶりな口舌こうぜつ、オマエは詐欺師か?
 断っておくが、女男爵バロネスの排除は望むところではないが、無力化は譲れない。この館の主としての仕事をされては困る」

「詐欺に聞こえたら申し訳ない。此方こちらも少々焦っています。出せる交渉材料がこれしか無いのですよ。でも貴方達“コウ”なら知っておかなければならない話です。ご検討を。

 それと彼女の『領主としての敵対行為』の件ですが、それはこの度の交渉の如何いかんに拘らず行いません。行えません。見ての通り、女王様のお慈悲に縋らわなければ後数時間で彼女は確実に息絶えます。それは女王様も望むことではないと、考察いたしますが」

「うむ、殺生はしないと言った手前、後でハム君に治癒してもらおうとは思っていた。完治、迄とはいかせないがな。
 それと、無力化は嫌か? これは交渉なのだろう、“かたり”を混ぜるのもテクニックだと承知しているが、事此処ことここに至っては正直さが最良だと思うがな。まあ、今回はこれ以上の敵対行為はしないとの言質で交渉前の挨拶として許すがな」

「……ありがとうございます。以後気をつけます」

 うむ、味方ながらハナさんったらパネえ。性格変わってね。得意技はブロー系腹パンだけでは無くなったって事か、気をつけよう。生死の問題に関わる。あと実際に治すの僕だから、空気扱いはやめて、泣きそうになるから。別にいいけど。
 それとサチ、なに顔赤らめて恋する乙女状態なんだよ。腹痛てーんじゃねーのかよ。

「そうだな、交渉云々の前に先ずはお前は何者で女男爵バロネスとの関係、何故に助けたいのか、その理由を話せ。私達は謎の人物とも、その意図する処をも知らずに交渉する気は毛頭ない」

「……承知しました。それでは」

「ちょっと待て、その前にサチ、熱でもあるのか? 顔が赤いぞ。大丈夫か? 子供たちを連れてハム君の元へ、治療をしてもらえ。ハム君も頼む」

 おいおい、コッチはまだ手足が生えてませんけど。ハナだって手の治癒は済んでない。中途半端で余計に痛いだろうに。まあ、これ以上の戦闘は無いって判断したのね。熱の心配は無いが、ハナの内蔵も心配っちゃあ心配だし、あの女の子の見た目は相当クルしな。放ってはおけないってことか。

「オーケーわかった。ただ女の子にこれ以上の治癒魔法は止めておいた方がいい。これまで相当量の魔力を注いでいる、過剰な施術は幼い身体に負担が掛かり過ぎる。大丈夫だ。安定はしている。後は長期の治癒で完治する。目玉も戻せる。
 サチの熱は心配ない。それよりも腹の怪我の方が重症だが、まあ、大丈夫だろう」

「そうか、それは良かった。……それからな、疲れているのは判るが、寝っ転がっての手枕は止めてくれないか。少しはTPOを弁えてくれ。……カッコが付かん(人前で彼氏がコレだとちょっと……いや)」

 なんだよ、肩苦しいのね。最後は声が小さくて聞こえなかったけど。しょうがない。僕は起き上がり、半分生えた足で胡座をかく。胡座ぐらいイイよね? 今はこれしか出来ないよ。手足無いんだから。


「それでは改めての自己紹介を。私の名前はサトリ、オバラ サトリ と申します。そのままサトリの意味の『悟』の後ろに役に立つ意味の利を付けて『サトリ』と読ませます。両方とも私には縁遠い漢字ですが、どうぞお気楽に『サトリ』とお呼び下さい。

 お察しの通り転生者です。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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