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7.お兄様には負けませんわ
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いよいよこの時期がやってきたわ。狩猟大会……私がどれほどこの大会を心待ちにしていたことか。去年から参加し始めて、今年で二回目。初参加ながら去年はなかなか大きな獲物を狩ることができたんだけど、フランツお兄様には一歩及ばず。とても悔しい思いを噛み締めて一年過ごしてきたのよ。今年こそは大物を狩って、ミランダお姉様にいい所をお見せするんだから!
ミランダお姉様も出場すればいいのに、いつも運営側に回って雑用をこなしている。お姉様の実力なら優勝だってできるはずなのに……王族主催なんだから、お兄様が雑用をやればいいのよ! ヘンストリッジ家は代々王族を補佐してきた家柄だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、それなら弟のラリーがやればいいのに。あいつだって私と同い年なんだから、そろそろ仕切りも可能でしょう? まあいいわ。とにかく今年はお兄様に勝つのよ! そのために一年間、弓の鍛錬を積んできたんですもの。今年は東の森ではなく西の山側。大きな獲物も多いって話だし、練習の成果を見せる絶好のチャンスだわ。ああ、早く大会当日にならないかしら。
ワクワクしながら大会までの日を過ごし、いよいよ当日。川の近くの開けた場所に設営された本部には、多くの貴族が気合の入った格好で集まっていた。今年も大盛況の様ね。実際に参加するのは二十人ほどだけど、関係者や見学の貴族も多い。毎年恒例で社交の場にもなっているから仕方ないけど、私にとって重要なのは『大物を狩ること』ただ、それのみよ。
「パトリシア」
「お姉様!」
開始の合図を今か、今か、と待っていると、お姉様が声をかけてくださった。隣にお兄様もいるけど……お兄様はミランダお姉様にくっつきすぎ!
「今年は随分気合が入っているようだね」
「はい! 今年こそお兄様には負けませんわ!」
「僕だってまだまだお前には負けないぞ、パトリシア。今年は僕も優勝が狙えそうだからな」
「フン! 私だって今日のために鍛錬を積んできたんですからね! 私が勝ったらお兄様はお姉様に接近禁止です」
「なんでそうなるんだ! じゃあ僕が勝ったらお前が接近禁止だぞ」
「望むところよ!」
「ハハハ、ほらほら二人とも。仲がいいのは分かったから、そろそろ準備した方がいい。パトリシア、くれぐれも無理しない様にね。こちらの森は東側とは違うから、十分注意して」
「はい、お姉様! 必ず勝って、お姉様に勝利を捧げます」
「楽しみにしているよ」
ああ、お姉様の笑顔が素敵。どうしてお姉様は男性ではないのかしら。あの見た目のまま男性だったら、迷わずにヘンストリッジ家に嫁ぐのに。いや、ここはラリーと偽装結婚して、お姉様とべったりと言うのもアリかも……そんな妄想を膨らませていると、狩りの開始を知らせる鐘が鳴らされる。
「それでは皆様、存分に狩りをお楽しみください! 期限は明日の正午まで。その間、狩り場とここを何度往復しても構いません。一番大きな獲物を仕留めた方が優勝でございます」
さあ、いよいよだわ! 日が暮れる前にここに戻るとして、できるだけ離れた場所で大物を狙うのが私の作戦。人が集まればそれだけ獲物を狙いにくくなるから、誰も行かない方向に行かなくちゃ。大体の参加者は川の下流や川を渡った対岸の森に入った様だけど、私は川の上流を目指すわ。ここからはスピード勝負よ。
川を右手に見ながら森の中を移動する。川から離れさえしなければ迷うことはないはず。どれぐらい移動したのか、木々が生い茂り薄暗くなってきた。川幅も随分細くなって、その周囲は川原ではなく谷の様になっている。周りに人気もないし、ここなら野生動物が多くいそうだわ。もう少し上流を目指してみようかしら。
足元も悪いのでそこからは慎重に移動し更に上流へ。途中、ウサギやキツネを見かけたけど、獲物としては小さすぎる。去年はキツネを狩ったけど、お兄様が狩った雄鹿の方が大きくて負けてしまったのよ。だから今年はそれ以上の獲物を狙わなければ。一匹でいいの、確実に大物を仕留めなくては。
どれぐらい移動したのか懐中時計を見てみると、開始から二時間ほど経っていた。暗くなる前に拠点に戻るとするとギリギリの時間。そろそろ獲物を見付けなければ、一日目は諦めないとダメね。焦る気持ちを抑えて獲物を探していると谷の下の方、川の畔に立派な角の鹿を見付けた……大きい! 去年、お兄様が狩った雄鹿と同じかそれ以上の大きさだわ。これはチャンス! でも、ここからでは矢が届かないから、何とかして近付かなければ。物音を立てない様に慎重に移動して間を詰める。やがて雄鹿は水を飲み終わったのか川辺から離れ、谷の斜面をゆっくりこちらに登ってきた。いける!
弓を構えて矢をつがえ、木の陰から雄鹿を狙う。矢に多少の余裕はあるけれど、仕留めるなら一撃よ。手に馴染んだ弓で狙う獲物。何回も何回も練習したんだもの。この距離なら外さないわ!
──もらったわ!
完璧な間合いで矢を放つ。それは真っ直ぐ飛んで雄鹿を仕留める……はずだった。しかし矢を放つまさにそのタイミングでガサガサガサ! と低い木々が揺れて、ビクッとなった雄鹿は駆け出してしまう。雄鹿の首筋を狙った矢は目標を失い、逃げていく鹿の背中に掠っただけだった。矢はそのまま飛んでいき先ほど物音がした方向へ……と、薮から現れたのは大きな黒い影で矢はそれに命中はしたが、弾かれてクルクルと回転しながら地面に落ちる。
「ブモッ!?」
鼻息荒く振り返ったそれは……大きな、いえ、巨大すぎて何と形容して良いのか分からない程のイノシシ。本当にイノシシなの!? かなり離れてはいるが、体高が私の身長以上ある。あんなのに襲われたら確実に殺される! 相手は矢が当たったことに怒ったのか、しきりに辺りを見渡し臭いを確認する様に鼻を動かしていた。息を殺して様子を窺っていると、一瞬目が合ったかの様に思えた。ヤバい! どうしよう……谷の方へ降りる? いえ、それだとすぐに居場所がバレてしまう。逃げるなら森の奥だ。
下流には向かいつつも川からは少し離れてしまう方向へ、木々に身を隠しながら静かに移動する。これだけ木々が茂っていれば、あの巨体は突っ込んではこられないはず。ただあの大きさなので、細い木々ならなぎ倒してしまうかも知れないから要注意よ。大きな木の陰から別の木の陰へ……見付からない様に距離を取らないと。
そうやってイノシシから逃れて、もう相手はすっかり見えなくなっていた。ここまで逃げ切れば大丈夫かしら? 気が付くと辺りは暗くなり始めていて、森の中はそれ以上に暗い。ここはどこなんだろう……川の流れる音も聞こえないし、時折木々や草の間からガサガサと音が聞こえてビクッとなる。
「もう! こんなはずじゃなかったのに!」
誰にと言うわけでもなく文句を言って、大きな木の根元で座り込んだ。歩きっぱなしだったから足が棒の様。お腹も減ったし喉も乾いている。拠点に戻るつもりだったから食料や水も持ってきていない。川があれば水は大丈夫と思っていたけれど、その川もどこを流れているのやら。こんな所で野宿……弓矢はあるとは言え、夜では何の役にも立たないわ。どこか安全な場所……木の上か、洞穴に身を隠さないと。
色々考えていると段々孤独感が増長されて不安になってくる。私は王女なのよ!? こんなところで死ぬはずがない、とは思いたいけれど、一人きりのこの状態ではそれを保証してくれる者などいない。膝を抱えて固まっていると、少し離れた場所の薮がまたガサガサと音を立てた。今度は何!? 慌てて立ち上がって弓を構えると……真正面に立ちはだかったのは先ほどの怪物イノシシだった。
「ウソ……」
「ブフンッ! ブフンッ!」
鼻息荒く、前足で地面を掻く。距離はまだかなりあるけれど、きっと一瞬で間合いを詰められてしまうわ。マズいことに自分の背後には大きな木。左右も見通しが良くて、走って逃げようにも追いつかれる可能性が高い。更に悪いことにこの薄暗さで、疲れた私の足では逃げ切れそうにもない。弓を構えてはみたものの、疲れからか恐怖からか足も手も震えている。それでも渾身の力を振り絞って大声をあげた。
「来るんじゃないわよ! それ以上近付いたら射ち殺すわ!」
「ブフウゥゥゥ……」
相手は今にも駆け出しそうだが、それを我慢するかの様に一歩、また一歩と間合いを詰めてくる。
「動くなって言ったでしょう!」
一本目の矢を放つ。予想以上に真っ直ぐ飛んだけど、相手はフイッと頭を動かしただけでその大きな牙に矢は弾かれてしまった。そしてまたゆっくりと歩を進めるイノシシ。こいつ、私を追い込むのを楽しんでる!? 二本目、三本目の矢を放つも結果は同じ。四本目に至っては大きく逸れて掠りもしなかった。
「うわああぁぁぁ!」
もう弓を引く力もなくて、足の力も抜けて尻もちを付きながらも近くにあった石を掴んで投げる。当然相手に届くはずもなく、虚しく地面を転がる石。そんな私を嘲笑うかの様に大きく息を吐くと、一際大きなイノシシのいななきが森中にこだまする。
「グウオオォォォォ!」
地響きの様なその声に私は絶望し、もう何の抵抗もできない。イノシシはそんな私に対して頭を低く下げると、そのままの体勢で突進してきたのだった。
──これは……死ぬ!
色々な心残りが頭の中を駆け巡り、家族やお姉様の顔が浮かぶ。これが……走馬灯ってやつなのね。あれだけの勢いで突進してきたはずの相手の動きがスローモーションの様だけど何ができると言うわけでもなく、ただただその時を待つばかりだった。
そんな私を正気に引き戻したのは、どこからともなく響いてくるタンッ、タンッと言う音。その音は私の頭上、多分木の上を段々こちらに近付いてきてる。次の瞬間、私の前に何かが落ちてきて……ほぼ同時にバシュッ! と凄い風切り音。何が起こったのか良く分からずに呆然としていると次に目に入ってきたのは、倒れた怪物の首筋に剣を突き立てて止めを刺している人物の姿だった。怪物の眉間には深々と矢が刺さっていて、止めの一撃と相まってイノシシは完全に事切れていた。私……助かったの?
ミランダお姉様も出場すればいいのに、いつも運営側に回って雑用をこなしている。お姉様の実力なら優勝だってできるはずなのに……王族主催なんだから、お兄様が雑用をやればいいのよ! ヘンストリッジ家は代々王族を補佐してきた家柄だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど、それなら弟のラリーがやればいいのに。あいつだって私と同い年なんだから、そろそろ仕切りも可能でしょう? まあいいわ。とにかく今年はお兄様に勝つのよ! そのために一年間、弓の鍛錬を積んできたんですもの。今年は東の森ではなく西の山側。大きな獲物も多いって話だし、練習の成果を見せる絶好のチャンスだわ。ああ、早く大会当日にならないかしら。
ワクワクしながら大会までの日を過ごし、いよいよ当日。川の近くの開けた場所に設営された本部には、多くの貴族が気合の入った格好で集まっていた。今年も大盛況の様ね。実際に参加するのは二十人ほどだけど、関係者や見学の貴族も多い。毎年恒例で社交の場にもなっているから仕方ないけど、私にとって重要なのは『大物を狩ること』ただ、それのみよ。
「パトリシア」
「お姉様!」
開始の合図を今か、今か、と待っていると、お姉様が声をかけてくださった。隣にお兄様もいるけど……お兄様はミランダお姉様にくっつきすぎ!
「今年は随分気合が入っているようだね」
「はい! 今年こそお兄様には負けませんわ!」
「僕だってまだまだお前には負けないぞ、パトリシア。今年は僕も優勝が狙えそうだからな」
「フン! 私だって今日のために鍛錬を積んできたんですからね! 私が勝ったらお兄様はお姉様に接近禁止です」
「なんでそうなるんだ! じゃあ僕が勝ったらお前が接近禁止だぞ」
「望むところよ!」
「ハハハ、ほらほら二人とも。仲がいいのは分かったから、そろそろ準備した方がいい。パトリシア、くれぐれも無理しない様にね。こちらの森は東側とは違うから、十分注意して」
「はい、お姉様! 必ず勝って、お姉様に勝利を捧げます」
「楽しみにしているよ」
ああ、お姉様の笑顔が素敵。どうしてお姉様は男性ではないのかしら。あの見た目のまま男性だったら、迷わずにヘンストリッジ家に嫁ぐのに。いや、ここはラリーと偽装結婚して、お姉様とべったりと言うのもアリかも……そんな妄想を膨らませていると、狩りの開始を知らせる鐘が鳴らされる。
「それでは皆様、存分に狩りをお楽しみください! 期限は明日の正午まで。その間、狩り場とここを何度往復しても構いません。一番大きな獲物を仕留めた方が優勝でございます」
さあ、いよいよだわ! 日が暮れる前にここに戻るとして、できるだけ離れた場所で大物を狙うのが私の作戦。人が集まればそれだけ獲物を狙いにくくなるから、誰も行かない方向に行かなくちゃ。大体の参加者は川の下流や川を渡った対岸の森に入った様だけど、私は川の上流を目指すわ。ここからはスピード勝負よ。
川を右手に見ながら森の中を移動する。川から離れさえしなければ迷うことはないはず。どれぐらい移動したのか、木々が生い茂り薄暗くなってきた。川幅も随分細くなって、その周囲は川原ではなく谷の様になっている。周りに人気もないし、ここなら野生動物が多くいそうだわ。もう少し上流を目指してみようかしら。
足元も悪いのでそこからは慎重に移動し更に上流へ。途中、ウサギやキツネを見かけたけど、獲物としては小さすぎる。去年はキツネを狩ったけど、お兄様が狩った雄鹿の方が大きくて負けてしまったのよ。だから今年はそれ以上の獲物を狙わなければ。一匹でいいの、確実に大物を仕留めなくては。
どれぐらい移動したのか懐中時計を見てみると、開始から二時間ほど経っていた。暗くなる前に拠点に戻るとするとギリギリの時間。そろそろ獲物を見付けなければ、一日目は諦めないとダメね。焦る気持ちを抑えて獲物を探していると谷の下の方、川の畔に立派な角の鹿を見付けた……大きい! 去年、お兄様が狩った雄鹿と同じかそれ以上の大きさだわ。これはチャンス! でも、ここからでは矢が届かないから、何とかして近付かなければ。物音を立てない様に慎重に移動して間を詰める。やがて雄鹿は水を飲み終わったのか川辺から離れ、谷の斜面をゆっくりこちらに登ってきた。いける!
弓を構えて矢をつがえ、木の陰から雄鹿を狙う。矢に多少の余裕はあるけれど、仕留めるなら一撃よ。手に馴染んだ弓で狙う獲物。何回も何回も練習したんだもの。この距離なら外さないわ!
──もらったわ!
完璧な間合いで矢を放つ。それは真っ直ぐ飛んで雄鹿を仕留める……はずだった。しかし矢を放つまさにそのタイミングでガサガサガサ! と低い木々が揺れて、ビクッとなった雄鹿は駆け出してしまう。雄鹿の首筋を狙った矢は目標を失い、逃げていく鹿の背中に掠っただけだった。矢はそのまま飛んでいき先ほど物音がした方向へ……と、薮から現れたのは大きな黒い影で矢はそれに命中はしたが、弾かれてクルクルと回転しながら地面に落ちる。
「ブモッ!?」
鼻息荒く振り返ったそれは……大きな、いえ、巨大すぎて何と形容して良いのか分からない程のイノシシ。本当にイノシシなの!? かなり離れてはいるが、体高が私の身長以上ある。あんなのに襲われたら確実に殺される! 相手は矢が当たったことに怒ったのか、しきりに辺りを見渡し臭いを確認する様に鼻を動かしていた。息を殺して様子を窺っていると、一瞬目が合ったかの様に思えた。ヤバい! どうしよう……谷の方へ降りる? いえ、それだとすぐに居場所がバレてしまう。逃げるなら森の奥だ。
下流には向かいつつも川からは少し離れてしまう方向へ、木々に身を隠しながら静かに移動する。これだけ木々が茂っていれば、あの巨体は突っ込んではこられないはず。ただあの大きさなので、細い木々ならなぎ倒してしまうかも知れないから要注意よ。大きな木の陰から別の木の陰へ……見付からない様に距離を取らないと。
そうやってイノシシから逃れて、もう相手はすっかり見えなくなっていた。ここまで逃げ切れば大丈夫かしら? 気が付くと辺りは暗くなり始めていて、森の中はそれ以上に暗い。ここはどこなんだろう……川の流れる音も聞こえないし、時折木々や草の間からガサガサと音が聞こえてビクッとなる。
「もう! こんなはずじゃなかったのに!」
誰にと言うわけでもなく文句を言って、大きな木の根元で座り込んだ。歩きっぱなしだったから足が棒の様。お腹も減ったし喉も乾いている。拠点に戻るつもりだったから食料や水も持ってきていない。川があれば水は大丈夫と思っていたけれど、その川もどこを流れているのやら。こんな所で野宿……弓矢はあるとは言え、夜では何の役にも立たないわ。どこか安全な場所……木の上か、洞穴に身を隠さないと。
色々考えていると段々孤独感が増長されて不安になってくる。私は王女なのよ!? こんなところで死ぬはずがない、とは思いたいけれど、一人きりのこの状態ではそれを保証してくれる者などいない。膝を抱えて固まっていると、少し離れた場所の薮がまたガサガサと音を立てた。今度は何!? 慌てて立ち上がって弓を構えると……真正面に立ちはだかったのは先ほどの怪物イノシシだった。
「ウソ……」
「ブフンッ! ブフンッ!」
鼻息荒く、前足で地面を掻く。距離はまだかなりあるけれど、きっと一瞬で間合いを詰められてしまうわ。マズいことに自分の背後には大きな木。左右も見通しが良くて、走って逃げようにも追いつかれる可能性が高い。更に悪いことにこの薄暗さで、疲れた私の足では逃げ切れそうにもない。弓を構えてはみたものの、疲れからか恐怖からか足も手も震えている。それでも渾身の力を振り絞って大声をあげた。
「来るんじゃないわよ! それ以上近付いたら射ち殺すわ!」
「ブフウゥゥゥ……」
相手は今にも駆け出しそうだが、それを我慢するかの様に一歩、また一歩と間合いを詰めてくる。
「動くなって言ったでしょう!」
一本目の矢を放つ。予想以上に真っ直ぐ飛んだけど、相手はフイッと頭を動かしただけでその大きな牙に矢は弾かれてしまった。そしてまたゆっくりと歩を進めるイノシシ。こいつ、私を追い込むのを楽しんでる!? 二本目、三本目の矢を放つも結果は同じ。四本目に至っては大きく逸れて掠りもしなかった。
「うわああぁぁぁ!」
もう弓を引く力もなくて、足の力も抜けて尻もちを付きながらも近くにあった石を掴んで投げる。当然相手に届くはずもなく、虚しく地面を転がる石。そんな私を嘲笑うかの様に大きく息を吐くと、一際大きなイノシシのいななきが森中にこだまする。
「グウオオォォォォ!」
地響きの様なその声に私は絶望し、もう何の抵抗もできない。イノシシはそんな私に対して頭を低く下げると、そのままの体勢で突進してきたのだった。
──これは……死ぬ!
色々な心残りが頭の中を駆け巡り、家族やお姉様の顔が浮かぶ。これが……走馬灯ってやつなのね。あれだけの勢いで突進してきたはずの相手の動きがスローモーションの様だけど何ができると言うわけでもなく、ただただその時を待つばかりだった。
そんな私を正気に引き戻したのは、どこからともなく響いてくるタンッ、タンッと言う音。その音は私の頭上、多分木の上を段々こちらに近付いてきてる。次の瞬間、私の前に何かが落ちてきて……ほぼ同時にバシュッ! と凄い風切り音。何が起こったのか良く分からずに呆然としていると次に目に入ってきたのは、倒れた怪物の首筋に剣を突き立てて止めを刺している人物の姿だった。怪物の眉間には深々と矢が刺さっていて、止めの一撃と相まってイノシシは完全に事切れていた。私……助かったの?
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