【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.1 X in Unknownland

Chap.1 Sec.3

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 現状を受け入れよう。
 その強い決意を、早速くじかれそうな気がする。

「じゃあ、俺は行くからな。こんなとこに独りでずに、さっさと仲間のとこにでも帰れよ」

 人っ子ひとり見あたらない印象の街で、ゆいいつ出会ったまともな人間が、あっさりすっぱりと去っていきそう。いかにも「さよなら」と言っていそうな感じで片手をあげている。

 座りこんでいた私を置いて立ち上がったので、あわてて彼のボトムスを掴んだ。

「は? なんだよ……?」

 なんと言えば意思伝達できるのか。分からないけれど、この手を離すわけにはいかない。——というか、化け物がいるかも知れないこんな所に、無防備な姿の人間を残して行かないでほしい。

『いっしょに、……いてほしい……の、ですが』
「だからよ、なに言ってんのか分かんねぇって」
『私、目が覚めたらここにいて』
「おい、まて」
『さっきの……ミイラみたいな、ゾンビみたいな生き物も、よく知らなくて』
「話進めるんじゃねぇ」
『記憶もなくて、何がなんだかほんとに分からなくて。今あなたに見捨てられたら、私、絶望的な状況だと思うんです』
「くそっ、なに言ってるか全っ然わかんねぇ……」

 滔々とうとうと語り始めた私を、彼は困惑したように見下ろした。

「つぅか……お前、裸足はだしじゃねぇか」
『できれば、一緒にどこか安全な場所まで、連れていってもらえませんか?』
「しかもそんな格好で……ほんとなんなんだ、お前。どっかから逃げて来たのか?」

 はたしてこれは、噛み合っているのだろうか。懸命に訴えれば何かが伝わるかも知れないと期待して、自分の口から出る言語のままに話していたが、なんとなくいい感じに彼も応えてくれているような。
 あとひと押し、かも。

『お願いします!』
「…………」

 彼の眉根が、ギュッと寄った。
 数秒、無言のまま目を閉じたかと思うと、盛大に息を吐き、

「——分かった。いや、分かんねぇけどよ。もういい、とにかく俺について来い。多分お前と話せる人に会わせてやるから、そこで話せ」

 開かれた金の眼が、諦念ていねんを帯びて細まる。受け入れてもらえたのだろうか。

「とりあえず、ここを離れようぜ。日もだいぶ傾いてる。そろそろ戻らねぇと」

 彼は、地面に置いていた棒のような——杖? 槍? 化け物を倒したときに使用した、おそらく武器と思われる物——を拾い上げ、切先を先ほどとは別のシートで軽く拭き、側面にあったボタンのような物を押して縮小させた。小振りなバトンサイズにおさまったそれを、太ももに装着している。

 変わった道具に気をとられつつ、彼の姿を今さらのように眺めた。薄い褐色の肌と金髪から、異国の人間だと感じてはいたが……よく見ると第一印象よりも幼く感じる。背丈もそこそこあるのでまさか10代ではないと思うが、自分の判断に信用がおけない。
 年齢判断はあきらめて、格好をあらためる。
 持ち物というか、身につけている物も記憶にない。ただ、服装はなじみがある感じで、暗い灰色のレザージャケットに紫紺のインナー、ボトムスは黒のジーンズ。眼の色と似た、飴色あめいろの石がついた細いチョーカーをしている。白い金属チェーンから垂れる石が、小さく揺れた。
 全体として、近未来的な背景とはちぐはぐな印象を受ける。もっとこう、金属質なスーツとかがこの空間には合っていそうな。例えで出しておきながらなんだが、金属質なスーツとはどんな物だろう。
 私が考えているのをよそに、彼はレザージャケットを脱いで、

「ほらよ。貸してやる」

 ずいっと突き出してきた。着ろと言っている気がする。

『……ありがとう』

 歳上なのかどうか(そもそも私は何歳?)分からないが、自然と敬語がとれた。

「それ気に入ってるんだからな。大事にしろよ」

 なにか強めに念を押された。私が言葉を理解していないことを、彼は本当に分かっているのだろうか。

 彼のレザージャケットは見た目よりも柔らかく、サイズは大きいが着てみるとしっくりくる。わがままを言わせてもらえるなら、下半身ももう少ししっかりと隠したいのだけれど。

「そういえばお前、裸足じゃねぇか」

 私のことを引き起こそうとした彼が、顔をしかめた。なんだろう。私から不愉快な臭いでもするのだろうか。たしかに……この場所にどれだけ倒れていたか知らない。いやしかし、あんな化け物がいるのに数日放置されていたとも思えない。

「……仕方ねぇな」

 また、ため息。私に背を向けた彼が、その場にかがんだ。

「ほら、乗れよ」
『………………』

 数秒、奇妙な沈黙がおりる。固まったまま、目前の背中を見つめて、(がっしりしてるなぁ……)どうでもいいことを考えてしまった。すると、

「なんだよっ、何してんだよ! 早く乗れ!」

 首だけ後ろを向いた彼に怒鳴られた。ビクッと体が震える。何を怒っているのか分からないが、いらついていることだけは分かるので、脳を高速回転させて状況判断。
 ……もしかして、おんぶしてくれる、のだろうか。いやでも、握手のときみたいにまた勘違いかも知れない。

「言っとくけどな、俺に攻撃しようとしても無駄だからな。少しでも妙な動きしたら落とすぞ」

 低いすごみのある声で何か言っている。早く乗らないと殺すぞ、みたいな。急いでその背中におぶさった。

 ふわり、と。爽やかな香りが彼の首筋から香った。汗とまざりあった、清潔な匂い。文明的な暮らしの香り。彼がきちんとした場所で生活しているのがうかがえた。

「チッ」

 私を背負ったまま立ち上がった彼が、舌打ちするのが聞こえた。やっぱりおんぶは間違っていたのだ、と思っておりようとしたが、私の脚をきっちり挟んで彼が支えてくれているので、本当におんぶで正解だったらしい。

「くそっ……なんだこの状況」

 ブツブツと何か言っている気がするのだが、私を振り落とすつもりはないようなので、黙ってその背に掴まっておこう。

 (私、怪我は腕だけだから、歩けるんだけど……なんでだろう)

 そんな心の呟きは届かず、彼は歩き始めた。硬い背中に身をまかせながら、思う。

 ——優しいのか怖いのか、わからない人だ。
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