【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
3 / 228
Chap.1 X in Unknownland

Chap.1 Sec.2

しおりを挟む
「いいか、なるべく痛くしねぇから、じっとしてろよ」

 ひとしきり泣いて落ち着いた私に、彼はずっと同じようなセリフを言い聞かせるようにくり返した。
 どうも悪意がある感じはしないので、言っている意味は分からないけれど、彼を突き飛ばして逃亡することは、とりあえず見送ろうと思う。私の選択はさておき、彼に悪意があった場合、逃げきれるかどうか怪しいところ。

「治療してやるんだからな。問題ねぇな? 伝わってるよな?」

 なにかを何度も確認されている、ような。いっこうに彼の意図は伝わってこないが、従う意向をみせた私に安堵あんどしたらしい彼は、自身の腰についたケースのような物に手を伸ばした。
 カチリ。硬質な音とともに、ケースの一部が外れ、ふたのように開いた。濡れティシュのような、でもそれよりは厚みのあるガーゼのような、そんな謎の物を取り出して、私の負傷した腕を取る。

「少しは痛ぇだろうけど……我慢しろよ」

 彼が小さな声でつぶやいた気がする。どうやら血を拭いてくれるらしい。そのれた薄い布が傷に触れたら絶対に痛い気がするのだけれど、文句を言える空気でもないので大人しくしておく。

 傷に遠い肘から、くすぐるような感覚で血液が拭きとられていく。傷周辺にさしかかり、もう一度、

「じっとしてろよ」

 金色の眼に念を押された。動くなと言われているのだと思う。言葉の代わりにうなずいてみせる。
 初めて肯定を返した私に、安心したのか気をよくしたのか、彼は口の端を上げた。わずかな、笑顔に、

(最初から、そういう顔をしてくれていたら、怖くなかったのにな……)

 とても身勝手な感想が浮かんだ。
 そんな私の内心を吹き飛ばすように、傷口にピリピリとした痛みが走った。ぎゅっと眉を寄せて耐える。気を紛らわすためにも彼の顔を観察しようとしたが、ものすごく真剣な顔でこちらを見返されたので、どきりとして息をんだ。

「……いてぇか?」

 なにか、尋ねられた。けれども思考が停止していて、質問を推測することができない。
 私を見つめる、明るい蜂蜜色の綺麗な眼。トクトクと心臓が早鐘を打つ。いちど意識してしまうと、途端に恥ずかしくなって見ていられなくなった。唐突に目をそらして視線を落とした私に、

「あ? なんだよ、その反応は」

 彼が不満げな声をあげた気がした。

「俺がわりぃみてぇじゃねぇか。ったく、治療してやってんのによ。大体な、これくらいの傷で泣くんじゃねぇよ。ガキじゃねぇんだからな」

 ため息とともにこぼれる、文句のような早口。明らかに機嫌をそこねた気がする。こっそりと目だけで彼の顔を見たが、もうこちらを見ていない。目つきが鋭くなっていて怖い。

 先ほどのケースの一部をパキリとはずして、そのパーツからテープのような半透明のセロファンを引き出し、私の傷にあてがっている。——まさか、それで傷口を塞ぐつもりなのだろうか。テープを絆創膏ばんそうこうの代わりにするなんて、そんなざっくりした治療を施されるのだろうか。

「……おい、なんでそんな不安そうな顔すんだよ」

 おそらく私の衝撃が伝わったのだと思う。彼が何か反論しはじめた。

「別にこれくらいの傷、治癒フィルムで治るだろ。心配すんなよ。ちゃんと管理してる物だから、衛生的にも問題ねぇよ」

 話している内容を頑張って理解しようとしているうちに、ぺたりと貼られた。思っていたよりもなめらかに肌に吸着する。ただのセロファンテープ、というわけではないようだ。

「ほら、終わったぞ。感謝しろよな」

 てきぱきとケースを元に戻す彼。
 治療は終わったようだ。

『あ……ありがとう、ございます』

 感謝の言葉が、伝わったかどうか分からない。でも、ずっと不機嫌そうだった彼が、ふっと鼻を鳴らして笑ったから。

「言ってることは分かんねぇけどよ。そうやって、ちゃんと目を見て話せよな」

 陽射ひざしを受けて明るく輝く、黄金色の獣の眼。それがとても綺麗きれいで、体をずっと支配していた緊張感が、少しずつ緩んでいった。

 ここはどこなのか。
 私は誰なのか。
 この身体は本当に私自身なのか。

 ——なによりも、この世界は、本当に私のいたものなのか。

 頭のなかは疑問だらけで、なにひとつ分かってはいない。でも、助けてくれた彼(もしかして、最初から怪我を治そうとしてくれていたのかも?)は、たしかに存在していて、生きている。
 いまだに夢を見ているような、曖昧模糊あいまいもことした感覚ではあるけれど。

 ——ようやく、現状を受け入れようと思えた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...