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Chap.1 X in Unknownland
Chap.1 Sec.7
しおりを挟む救済と引き換えに、彼らとの性交渉を受け入れる。
それが、サクラの出した条件だった。
それについて、他の仲間にどう話したのか知らない。誰かが止めてくれればと、わずかな期待もあったが、口論になったようすはない。あっさりと受け入れられたことが、思いのほかショックだった。文化の違いなのか、環境のせいなのか。
そして、なにより、身の危険よりも体を許してしまうことを選んだ自分に、なんとも言えない嫌悪感をいだいている。外の危険から身を守るために選んだこの選択は、正しかったのだろうか。
「食べないの?」
渡された食事らしいものを無言のまま見ていたところ、目の前に座ったティアが何か声をかけてきた。
初めて触る質感のマグカップに入った、おそらくシチューのような物から、ティアへと視線を移す。ニコリと笑いかけてくれていた。サングラスは外されていた。髪だけでなく、眉毛やまつ毛までも白い。やわらかな青紫色の眼。そして、首にはよく似た色の石がついたチョーカー。もしかすると全員つけているのだろうか。
「それ、おいしいよ。加工食じゃないし、合成食品も使ってないんだよね。本物の野菜なんだよ」
何かを説明してくれている。
「加工食もあるけど。慣れてるならそっちがいい?」
反応できない。私が理解していないのを察して、ティアは指先でマグカップを指さし、
「おいしいよ。食べてごらん」
スプーンですくう動作。食べるのを促していると受け取れた。
スプーンを手に取り、液体をすくって口に運んでみる。味わったことがないようなスパイスの風味が強かったが、冷えていた身体に心地よく染みた。
『……おいしい、です』
「よかった」
なにか感想を述べなければと発した言葉は、彼らの分からない言語だった。しかし、伝わったのか、彼は優しく微笑んでくれた。
「なぁティア、こいつに使えそうな服ねぇよな?」
シチューをすすっていたところ、とっくに食事を終えて部屋を行ったり来たりしていたセトが、横に来て私を示した。ティアがパチリとまばたきをし、セトを見る。
「え? ……んーそうだね、ないかも。ハウスに帰ればいくらでもあるだろうけど……」
「こいつ血とかで汚れてるだろ。シャワー貸してやりてぇんだけど、着替えねぇなと思って。……どうすっかな。まあ、上は適当に俺の貸してやるけどよ。ほら……靴とか、下着とか」
「靴は別に、いいんじゃない? ここにいる分には要らないでしょ」
「下着はどうすんだよ」
「そっちが本命だね? ……う~ん、どうしよっか」
「言っとくけど、俺のは貸さねぇからな」
「うん、セト君の下着を貸すのは可哀想」
「そうかよ、悪かったな。じゃあお前の貸してやれよ」
問題でもあったのか、ふたりが話し合っている。私のことを示していたのだから、私のことだろうか。
「そんな物、必要ないだろう?」
ソファで仮眠をとるように寝転んでいたサクラが、まぶたの上に乗せていた腕をどかして、起き上がった。なにか呟いたと思う。
セトとティアが彼の方を向いた。サクラも、ふたりを見返して口を開く。
「なんなら裸でおいておけ」
短く告げて、サクラは奥の部屋——たぶん、キッチンだと思う——へ向かった。セトとティアが沈黙したせいで、私が持つスプーンがカップの底を突いた音が妙に響いた。食べるまで気づかなかったが、食欲はあったらしい。すべて食べきった。
「えーっと……あ、サクラさん、珈琲飲むの? 僕も紅茶淹れようかな」
ティアが席を立つ。立ち上がってから、セトの顔を見て、
「セト君も飲む?」
「要らねぇ」
セトが首を振った。
ティアは私とも目を合わせて、
「紅茶、飲む?」
指先でつまんだ物を、傾ける動作。数秒考えてから、飲み物の要不要を訊かれているのだろうかと推測して、頷いておいた。ティアは、にこっと笑って頷き返してくれた。
「すこし待っていてね?」
ティアも奥の部屋に消える。ここがリビングのような空間だとすると、奥の部屋はキッチンのような調理空間。外観からして、もう1つ部屋のような空間がありそうだから、そこが寝室になるのだろうか。そういえば窓がない。外の様子は分からない。奥の部屋に目を向けていたところ、いきなり振動を感じた。
「ん? ……あぁ、車が動いてんだよ」
びっくりした私に気づいて、セトが私の背後を目で示した。ふり返ると、イシャンがゆったりとしたイスに座って操作をしている。
彼の前の大きな画面に、外のようすが様々な角度で映っている。それらから判断すると、この乗り物はゆるやかに道を進んでいるようだった。
「もう暗くなるからな。光学迷彩——って分かんねぇか? つまりな、車見えねぇようにしてから、移動してんだよ。念の為な。感染者よりも人間のほうが危険だしな。……まあ、この周辺は人も感染者もほとんど見ねぇけど」
つらつらと私に説明してくれている。伝わらないと、分かっているはずだけれど。
基本的に彼は、出会ったときから普通に会話をしてくる。ある程度伝わっていると思っているのだろうか。私も自分の言語で訴えた前科がある以上、ひとのことは言えない。
セトの低い声音を聞いていると、ティアがポットとカップの載ったトレイを持って戻ってきた。その後ろには、マグカップを持ったサクラもいる。ティアは私の前のイスに、サクラは先ほどの右手のソファに戻った。
「はい、どうぞ」
白い陶磁器のカップが、小さな花と金の縁によって美しく彩られている。レンガ色の飲み物が注がれたこれは——紅茶かも知れない。爽やかな果実に似た香りがする。
感謝を伝えたくて口を開いたが、言葉が分からない。すると、そんな私を見たティアが、
「そういうときは、〈ありがとう〉って言うんだよ。ありが、とう」
言葉をゆっくりと、丁寧に発音してくれた。もしかして、感謝の言葉を教えてくれているのだろうか。
「……アリガ、トウ?」
「うん、上手上手」
まねをして言葉を返すと、ティアは顔をほころばせて、小さい子を褒めるみたいに私の手にトントンっと触れた。思うのだが、ここの人たちはスキンシップが多い。簡単に触れてくる。——いや、イシャンには触れられていないか。
「ほら、冷める前に飲もう?」
カップと私の唇を交互に指さしてから、ティアは自分の分として淹れたお茶を飲み始めた。私が言葉をまったく理解していないと気づいたのか、話すたびに彼のジェスチャーが分かりやすくなっていく。私の気持ちを推察するのも早い。
口にしたお茶は、おそらく紅茶だと思うが、あまりピンとこない風味だった。果実香が強いというか、華やかすぎるというか。飲んだことのない茶葉を使っているだけなのだろうか。本来の私が紅茶好きかどうかも分からないので、吟味しようがない。
考えながら、こくりとお茶を飲んでいたところ、呆れたようにこちらを見下ろしていたセトと目が合った。
「のんびりお茶するのも別に悪かねぇけどよ。それ飲んだら、シャワー浴びろよ」
「ね、セト君。たぶんこの子、共通語を全然分かってないと思うよ?」
「は? そんなの分かってる。今さら何言ってんだ」
「それなら、もっと分かるように話してあげないと」
「だからいろいろ説明してやってるだろ」
「うん……そうだね。わかった、もう何も言わない」
「なんだよ。言えよ」
流暢に話している二人の会話を聞きながら、ちらりとサクラへ目を向けた。イシャンが見ているディスプレイの方に顔を向け、無言のままマグカップでお茶か何かを飲んでいる。黒の羽織はすでに脱いでおり、中に着ていた白の着物が少し着崩れしていた。
白の着物には、控えめではあるが、こまやかな桜の刺繍がされている。つまり、サクラという名前は、私の知っている桜なのだろうか。しかし……私と同じ人種には、まったくもって見えない。
横目に見ていたところ、こちらを向いたサクラと視線がぶつかった。ひやりとして目をそらす。視界の端で、まだこちらを見ている気がする。
「ね、サクラさん。この子にシャワーどうぞって伝えてくれない?」
ティアが、サクラの名を呼んだのが分かった。様子をうかがうと、サクラは気怠げに、
「……シャワー室に放り込めば分かるんじゃないか?」
「いやいや、雑すぎるでしょ。使い方もさ、分からないかも知れないよ? この子、共通語も知らないくらいだし」
わずかに考えるような間があってから、サクラが私の方を向いた。
『セトが、お前を洗ってくれるそうだ』
(……洗ってくれる?)
理解が及ばず、セリフを脳内で反芻する。
「……ん? あれ、サクラさん、説明してくれた?」
「ああ」
「ほんとに? 説明短くない? なんかこの子、分かってないみたいだけど……」
「セト、連れて行けばいい」
サクラが、セトの名を呼んだ。それに応えて、セトが私の肩をたたき、
「ほら行くぞ。もう飲んだろ?」
立ち上がるように促してきた。よく分からないまま、セトに腕を掴まれ、奥の部屋へと引っ張られる。
隣は、やはりキッチンだった。知っているキッチンよりもかなりハイテクなのか、知らない機械が整然とならんでいる。
先ほどのサクラの言葉と合わせて考えるに、ここで何か(手とか?)洗うのだろうか。
考えているあいだに、キッチンを過ぎた。スライド式のドアが開く。もうひとつ奥の空間。寝室と思われる部屋には、左右の壁に縦に2つずつ、計4つの大きなカプセルがついていた。これはどういう理屈で壁にくっついているのだろう。壁との接触面積が小さすぎて、浮いているようにも見える。この中で眠るのだろうか。
左右のカプセルに気を取られていると、そのまま真ん中を通って奥までたどり着いた。またスライドドアが開く。戸棚のようなものが奥にならんだ空間。左右にそれぞれ円柱形の小部屋のようなものが、ひとつずつ。
セトが両方のドアを開いた。
「こっちはトイレな。そんで、こっちがシャワー」
右には、卵型の奇抜なイス。トイレかも知れない。反対の左は、円柱形の真っ白な空間。なんとなくシャワールームではないかと悟った。サクラの洗うという言葉が頭に残っていたからだろう。
「ティアはああ言ってたけどよ、さすがにシャワーは使ったことあるよな?」
こちらの顔をのぞき込んでくるセト。サクラのセリフが頭に浮かんだ。
——セトが、お前を洗ってくれるそうだ。
洗う、とは。
意味を拾いそこねたまま、ここまで来てしまったが……。
「おい、なんでそんな顔すんだよ。嘘だろ? シャワーも分かんねぇのか?」
セトが困り果てたような顔をしている。でも、きっと私も同じような顔をしているに違いない。
なぜ、初対面の知らない男の人に体を洗われなければならないのか。たしかにこのシャワールームの使い方はよく分からないけれど。でも、なんとなくで使えないこともないはずだから、ひとりで洗わせてほしい。
この世界では体を洗ってあげるのが普通で、恥ずかしいと思う私がおかしいのか。
「シャワーも知らねぇとか……お前、ほんとどこから来たんだよ……」
信じられない、といったようにため息をつかれる。私が服を脱がないことに呆れているのだろうか。そうはいっても、洗ってくださいと言わんばかりに自ら服を脱ぐ気にはなれない。ただでさえ、いつ体を要求されるか分からなくて不安だというのに——
「……おい、なんで涙浮かべてるんだよ!泣くなよ? 責めてねぇからな?」
彼がなにか早口にまくしたてる。怒っているのだろうか。
「あー……分かったから、な? 別にそんな怯える必要ねぇよ。ここは、体洗う場所で……ちゃんと使い方教えてやるから、こんなことで泣くんじゃねぇよ。……な?」
声色が優しくなった。でも、なにを言っているのか本当に分からない。どうしたらいいのだろう。
「……とりあえず、脱がすぞ?」
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