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Chap.1 X in Unknownland
Chap.1 Sec.8
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くすり、と。呼気をこぼすような音が、ティアの耳に届いた。
「……ご機嫌だね、サクラさん」
ソファに座るサクラに、視線を投げる。珈琲はもう飲み干したのか、マグカップはサイドテーブルに置かれていた。
サクラはいつもどおり、眼鏡を掛けて分厚い本の文字をたどっている。読んではいない。彼のあれは、ただの作業だ。
「そう見えるか?」
視線は本に落としたまま、表情は見えない。声で彼の思考を読み解くしかない。
「……あの子、ほんとに娼婦? そういう雰囲気は感じないけど」
「さあな」
「今どき、そんな前時代的なのいるかな?」
「時代が退行しているから、そういう過去の遺物が必要になるんじゃないか?」
「……共通語をまったく知らないのは、どうしてかな。それこそ、今どき、知らないひとなんていないよね?」
「何が言いたい?」
サクラの声質は、本来穏やかだ。語りかけるような優しさと、誘うような艶もある。
けれども、その声は今、威圧するように低く音色を変えた。
「とくに、なにも。……ただ、あの子が話している言語は、かなり古いものじゃないかって、思っただけだよ」
「………………」
「それから…………あのひとの、故郷の言語に近いんじゃないかな? はっきりは、分からないけど」
反応を見つめているが、動作は取りたてて変わらない。やはりサクラの場合、表情を見ないと心の中までは読めない。
「さあ……どうだろうな」
曖昧な答えしか、返ってこない。知らないはずがない。——これ以上は、無意味か。
「……ま、どうでもいいんだけどね」
「それなら詮索しないでもらおうか」
「そうだね……そういえば、セト君遅いね? 出るまで待ってるのかな。……ちなみに、今夜どうするの?」
意識的に屈託のない雰囲気へと切り替える。モーターホームを動かしているあいだ、念の為でしかないが、運転席に座ってくれているイシャンの方へと顔を向けた。
「イシャン君もさ、警戒はしてるけど、あの子を抱けなくはないよね?」
イシャンがちらっとこちらを振り返った。
「……そうだな。最中に手を縛っておけば……攻撃されても、大して危険ではないと思う……」
「わ。過激な発言だね」
「過激……?どちらかと言えば、慎重ではないか……?」
「うん、イシャン君らしくていいね」
「……そうか」
「じゃ、僕は優しくしてあげようかな~?……で、誰からするの? みんなでするのはやめようね? 狭いし、ひとのは見たくないな」
「……スペースの問題よりも、いざという時のために……待機しておく者も、いるべきだと思う」
「そう? じゃ、やっぱり最初はサクラさんが独り占めする?」
独り占めという言葉を、故意に入れた。
黙ったままのサクラを見る。しかし、顔を上げた彼は意外にも不敵な笑みを浮かべて、こちらを見返した。
「さあ、どうしようか」
悦楽が浮かぶその見せかけの微笑は、言葉とは裏腹にすでに答えを得ている。
胸中だけで吐息する。出会ったばかりのあの子に、形ばかりの哀れみをいだいた。
「……ご機嫌だね、サクラさん」
ソファに座るサクラに、視線を投げる。珈琲はもう飲み干したのか、マグカップはサイドテーブルに置かれていた。
サクラはいつもどおり、眼鏡を掛けて分厚い本の文字をたどっている。読んではいない。彼のあれは、ただの作業だ。
「そう見えるか?」
視線は本に落としたまま、表情は見えない。声で彼の思考を読み解くしかない。
「……あの子、ほんとに娼婦? そういう雰囲気は感じないけど」
「さあな」
「今どき、そんな前時代的なのいるかな?」
「時代が退行しているから、そういう過去の遺物が必要になるんじゃないか?」
「……共通語をまったく知らないのは、どうしてかな。それこそ、今どき、知らないひとなんていないよね?」
「何が言いたい?」
サクラの声質は、本来穏やかだ。語りかけるような優しさと、誘うような艶もある。
けれども、その声は今、威圧するように低く音色を変えた。
「とくに、なにも。……ただ、あの子が話している言語は、かなり古いものじゃないかって、思っただけだよ」
「………………」
「それから…………あのひとの、故郷の言語に近いんじゃないかな? はっきりは、分からないけど」
反応を見つめているが、動作は取りたてて変わらない。やはりサクラの場合、表情を見ないと心の中までは読めない。
「さあ……どうだろうな」
曖昧な答えしか、返ってこない。知らないはずがない。——これ以上は、無意味か。
「……ま、どうでもいいんだけどね」
「それなら詮索しないでもらおうか」
「そうだね……そういえば、セト君遅いね? 出るまで待ってるのかな。……ちなみに、今夜どうするの?」
意識的に屈託のない雰囲気へと切り替える。モーターホームを動かしているあいだ、念の為でしかないが、運転席に座ってくれているイシャンの方へと顔を向けた。
「イシャン君もさ、警戒はしてるけど、あの子を抱けなくはないよね?」
イシャンがちらっとこちらを振り返った。
「……そうだな。最中に手を縛っておけば……攻撃されても、大して危険ではないと思う……」
「わ。過激な発言だね」
「過激……?どちらかと言えば、慎重ではないか……?」
「うん、イシャン君らしくていいね」
「……そうか」
「じゃ、僕は優しくしてあげようかな~?……で、誰からするの? みんなでするのはやめようね? 狭いし、ひとのは見たくないな」
「……スペースの問題よりも、いざという時のために……待機しておく者も、いるべきだと思う」
「そう? じゃ、やっぱり最初はサクラさんが独り占めする?」
独り占めという言葉を、故意に入れた。
黙ったままのサクラを見る。しかし、顔を上げた彼は意外にも不敵な笑みを浮かべて、こちらを見返した。
「さあ、どうしようか」
悦楽が浮かぶその見せかけの微笑は、言葉とは裏腹にすでに答えを得ている。
胸中だけで吐息する。出会ったばかりのあの子に、形ばかりの哀れみをいだいた。
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