【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.1 X in Unknownland

Chap.1 Sec.9

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 動物だと思おう。
 今まで拾ってきたやつらを思いだせ。
 威嚇してきた傷だらけのジャッカルや、罠に嵌まって怯えていた野ウサギ。あれらと同じだ。適切に処置すればいい。

(……よし)

 セトは覚悟を決めて、固まったままの目前の人間に手を伸ばした。
 びくりと肩を震わせたが、抵抗する気はないらしい。こちらとしてもありがたい。いくら貧弱とはいえ、暴れられるとさすがに厄介だ。

 貸していた革のジャケットは、すんなりと脱いだ。ただ、もともと着ていたほうの服に手をかけると、ひどく動揺してみせた。布切れみたいな服だが、大事な物なのかも知れない。

「捨てたりしねぇって。ここ洗濯できねぇから……ハウスに戻ったら洗って返してやるよ」

 諭すように言い聞かせる。顔をのぞくと、心細い表情に羞恥心のようなものが混ざっていることに気づいた。

「——なんだよ。べつに裸くらい平気だろ。お前、そういうことやって生きてきたんだろが」

 声に出してから、責めるような響きがあったことを後悔する。違う、生き様をどうこう言いたかったわけではない。こっちまで動揺しそうになったから、つい。

 どう受け取ったのか分からないが、観念したように自分で服を脱ぎ始めた。
 過酷さを知らない、きめ細かな肌。骨格も頼りなく、力を入れれば簡単に折れそうだ。こんな人間を、リスクがあると警戒するイシャンの気が知れない。
 まじまじと観察していると、脱ぎ終わったのかバチリと目が合った。気まずくて目をそらす。

「……ほら、入れよ」

 シャワー室に押し込み、自分自身も入ろうと思ってから、はたと気づく。そうか、俺も脱がないと濡れるじゃねぇか。いやまて、脱ぐってどこまで? 2人とも裸で入るのはどうなんだ?

「あー……」

 喉から、声にならない声がもれた。いや違う、これは動物だ。使い方教えてやるだけ。人間も動物だし間違ってはいない。
 言い訳のように心の中で唱えてはみたが、やはり全裸になるのは躊躇ちゅうちょが生まれたので、脱ぐのは上半身だけにした。この際、下は濡れても構わない。

 一緒にシャワー室に入ってから、ドアの開閉ボタンを押して閉めた。普段わざわざしないのだが、なんとなくロックもかける。

「シャワー出すのは、ここな」

 音声案内もできるが、どうせ使いこなせないだろうと、ボタンのほうを教えることにした。
 真上から降ってきた湯に驚くことなく目をつぶっている姿から、シャワーのことを知っているのでは? と思える。だよな。シャワーを知らないなんて、オート洗浄機のみの生活をしていた人間くらいだ。社会がほぼ崩壊した今、そんな暮らしをしている人間はいないと思うが……。

(こいつ、普通に自分で洗えるんじゃねぇか?)

 シャワーを停止してやると、ぱちりと目を開けた。濡れた髪が肌に張り付いている。
 黙って見守ってみるが、動くようすはない。シャボンに手を出す感じでもない。こちらを不安げに見上げてくるだけ。やはり洗い方も知らないのか。

「……洗うか」

 腹をくくった。シャボンの栓に掌を出して、排出された泡を大量にすくい上げる。
 動物動物動物。同じワードをくり返し心の中だけで唱えておく。泡を髪にのせて、わしわしと力まかせに手を動かし、

『いっ……』

 強すぎた。痛みを与えてしまったのを察して力を抜いた。動物を洗うつもりで優しく、地肌を指の腹でこすってやる。髪をすくように指をすべらせると、緊張していたようすの肩の強張りが少しだけゆるんだ。気持ちいいのだろうか。そういう反応は動物と同じだ。

 再度、泡を手に取り、首筋に触れる。くすぐったそうに身をすくめられた。その反応よりも、触れた肌のなめらかさに戸惑う。
 吸水した服が、重くまとわりつく下半身。その中心に熱が集まるような感覚。いや動物だ。意識するな。

(何か道具を使って洗えばよかった。タオルとか。今からでも……取ってくるか)

 混乱する思考のまま、首筋から肩をたどる。——細い。生物学的な性差で、ここまで体つきが変わるのだから不思議だ。人種のせいもあるのかも知れない。
 治療してやった腕をなぞると、体をわななかせて一歩、逃げるように後退した。

 ——その、反応が。
 獲物が逃げるときのようで。

 ドン、と。
 おもわず壁に左手をついて、追い詰めるように距離を縮めてしまった。
 小柄な体が、ビクリと反応する。驚いたのか、怯えたのか。こわごわとこちらを見上げてくる目は、まるでかつての野ウサギのようで。

 黒髪から流れ落ちた白い泡が、頬を伝っている。その泡をぬぐうように、指先で触れた。

「こういうの……慣れてるんだよな?」

 確認するていを装ったが、答えは求めていない。小さな顎をすくい上げて、そのまま親指でその唇に触れた。

「なら、俺が手ぇ出しちまっても——問題ねぇな?」

 記憶に重なる、罠に嵌まった野ウサギ。
 ——そういえば、あれはっちまったな、と。

 今となっては遅い事実が、脳裏に浮かんだ。
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