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Chap.1 X in Unknownland
Chap.1 Sec.13
しおりを挟む繭のような、ゆりかごのような、それは。
予想どおりカプセル型のベッドだった。
シャワールームのひとつ前。寝室と思われる部屋にあった、奇異な物体。セトが何か唱えると、ひとり分ほどのサイズ感から形を変え、ふたりが寝られそうなサイズに変化した。変わったのは、キッチン側から見て左下。これは、上段で眠りたい者はどう登るのだろう。そんなどうでもいい疑問が浮かんでいた。
「ほら、来いよ」
手を引かれて、横から上半分にかけて開いたカプセルの中に入る。素足に触れたマットの感触がするするとしている。シーツなどは敷かれていない。
音もなく上部が閉じた。ガラスのように透明感があるが、触れた感じはプラスチックのようにチープだ。きっと私の知らない素材なのだろう。
遊具のトンネルの中にいるみたいだと思っていたところ、セトがまた何か唱えた。ぼんやりと内部が明るくなり、上半分が透明だったカプセルが完全に不透明に変わる。外の様子が見えない。ということは、外からも中が見えなくなったのだろうか。
カプセルのマットの上で、セトはあぐらをかいて座っている。私の背後に枕と布団のようなものがあった。右手の届く範囲に、タオルケットのような薄く上質な布も。それ以外に特筆すべき物はない。ほんとうに眠るだけの空間のようだ。
「……言っとくけどよ」
彼の目が、こちらを向いた。
「こういうのは、久しぶりだから……優しくしてやれるか、分かんねぇぞ……つっても、伝わんねぇか」
諦めたような表情。セトが、距離を縮めるようにこちらに身を乗り出した。私の頬に、掌を重ねる。
「俺を、選んだんだから……さっきみてぇに、拒むなよ」
間近で見る彼の眼が、とろりとした蜂蜜のようで、綺麗だった。これは逃避だろうか、それともアルコールのせいだろうか。恐怖心は生まれてこない。
ゆっくりと、試すように。彼の顔が近づき、唇が重なる。薄くて、でも柔らかい。目を閉じると、唇の隙間から舌がすべり込んできた。反射的に逃げそうになったが、いつのまにか後頭部を押さえられていて、身動きがとれない。熱い彼の舌先が、戸惑う私のものを搦めとって吸いつく。ぞわりと身体がわななき、熱を帯びた。覚悟していたよりもずっと優しいキスだった。
離れた唇からもれる私の吐息に、彼が笑う。
「こんなの、慣れてんじゃねぇの?」
セトは着ていた上衣を脱ぎ捨て、私の服にも手をかけた。1枚のみだった私は、たやすく裸にされてしまった。
そのまま押し倒されたが、乱暴ではなかった。丁寧に扱ってくれているのが分かる。私を見下ろす彼の裸の上半身が視界に入り、急に恥ずかしくなった。さっきも同じような格好でシャワールームにいたはずなのに。
薄い褐色の肌は、引き締まっていて強靭な印象を受ける。筋張った首から、チョーカーの石が垂れていた。やわらかな光を反射する、琥珀色。
石を見つめる私の首筋を、彼の指先が撫でた。なにかを確かめるように。指が離れたかと思うと首筋に吸い付かれ、喉の奥からこぼれそうになった声を抑えた。濡れた舌先が、首筋をなぞる感覚。その感覚に意識を引っ張られているあいだに、彼の左手が胸に触れた。大きな掌に、包み込まれる。指先が先端に触れると、私の身体が、また反応した。きっと、与えられる快感を期待して、震えている。
——熱い。これは、そう、アルコールのせいだ。彼が私の身体をなぞるたび、こんなにも簡単に、身体を開いてしまっている。くり返し唇を重ねれば、それだけで胸の奥がきゅうと締めつけられるような、切ない気持ちになってしまう。
——こんなの、おかしい。今日会ったばかりなのに、こんなあっさり、溶けてしまいそうな心地になるなんて……認めたくない。
「……なんて顔してんだよ」
低い声音が、脳に響く。
反響して、ゆるやかに快感へと変わっていく。
「涙浮かべても、そういう顔なら——悪くねぇな」
満足そうな、顔。狼のような眼が、優しく細まる。
そんな表情もできるのかと、思考の片隅に浮かんだ。
余裕があるように見える彼の顔を見ていると、太ももに彼の下半身が当たった。いつ、脱いだのだろう。硬くなったそれが、とても熱い。開いた脚の間から、するりと中に滑り込んできそうで、ふいに怖くなった。
『あっ……まって』
突如襲いかかった恐怖から、彼の厚い胸板を押さえていた。
彼が怪訝な顔をする。不快そうにも、見えた。
「なんだよ」
『ま……まって、』
自分でもよく分からないまま静止を求めていると、この得体の知れない恐怖の正体に気づいた。
私の記憶には、何もない。今までどういう恋愛をしたのか、あるいはしていないのか、分からない。
けれど、この身体は。私の身に覚えのないこの身体は——初めて、なのではないか、と。
『……ごめんなさい……こわくて……わ、わたし……』
訴えたところで、伝わらないのに。それでも、怖気だった私の口からは、かすれたような言葉がぽろぽろとあふれる。
やっぱり、無理だ。
こんな——こんな、大事なこと。
知らない世界で、何もかも失っていたせいで、判断を誤った。簡単に身体を引き換えになんて、できるはずない。それで得られるものがなんであれ、失うもののことを、ちゃんと考えていなかった。
こんなにも、怖いことだと。
どうして分からなかったのだろう。
『お願いです……私、ほんとうは、こんなことしたくないんです……でも……助けてほしくて……身勝手なことを言っているのは分かります……かわりに、他のことなら、なんでもするからっ……』
涙が、こめかみを伝う。私を見下ろしたままの彼に、私の言語で必死に訴えた。これ以上は無理だと、手で押すことで拒絶を伝えた。
私の言葉はどこまで伝わるのか。初めて会ったときも、彼は私の訴えを聞いて助けてくれた。
彼なら、もしかしたら、分かってくれるかも知れない。
ひとすじの望みを胸に、縋りつく。
すると、彼が——ふっと、笑った。場違いなほど、綺麗に。
怒っているような、切ないような、——あるいは泣きそうな——そんな顔で。
「はっ……なんだよ、結局また拒むのかよ……お前が選んだくせに」
諦念を含んだ、低い声。彼は上半身を起こした。すぐそばにあった飴色の眼が、離れる。
(……伝わった?)
戸惑いながらも体を起こそうとすると、どんっと肩に走った衝撃で、マットに押し戻された。
状況が分からずに混乱する。彼のほうを見ようとすると、両膝を強く掴まれた。力任せに、開かれる。
その、意味を。否応なしに理解させられた。
「今さら遅ぇよ」
硬いものが、下半身に当たる。抵抗することもできずに、それが、ねじ込まれた。
中が圧迫されるような、強い違和感。知らずしらず濡れていたそこは、私の意思とは反対に彼を受け入れていく。
痛みからなのか、それともまさか快感からなのか分からない声が、喉からこぼれる。彼もまた、吐息とともに小さくうめいた。
見上げた先、彼は鋭い目で私を見下し、
「俺を選んだこと——後悔しとけ」
涙で濡れた世界の真ん中、深い金の眼が滲んでいる。
何も分からない。
彼が囁いたのが、愛の言葉でないことだけは確かだった。
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