【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.2 ちいさなアリス

Chap.2 Sec.4

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 フィールドワーク中、相互連絡はしない。定時連絡などもない。調査のためにしろ趣味のためにしろ、規則の時間までは自由に探索している。
 それなのに、わざわざイシャンから連絡が入った。サクラからそろそろ帰還するように、と。かなり遠方に移動していたのがバレたのかと思いヒヤリとしたが、まさかこちらの位置を常に把握しているはずもない。

 ハイスピードでモーターホームまで帰ると、門限ギリギリだった。連絡がなければ間違いなく規則を破る羽目になっていた。

「おかえり、セト」

 中に入ると、ソファにいたサクラが本から顔をあげた。

「ただいま」

 短く返す。何か注意されるかと思ったが、サクラは何も言わなかった。帰還を促す連絡は偶然なのだろうか。

「……セト、おかえり」
「おう。連絡ありがとな」

 運転席にいたイシャンに手を上げる。それから、ダイニングチェアに座ってこちらをずっと見ていたウサギ(名付けたはいいが、この呼び名はどうなのか。だが今さら他の名前も浮かばない)を振り返った。目が合うと、ウサギは何か言わなければと思ったのか、遠慮がちに口を開き、

「……おかえり?」
「お、おう、ただいま」 

 何故か疑問形だった。その言葉をかけられるとは思っていなかったので、ぎこちない返事になった。またティアに教わったのだろうか。それより、

「ちょっと来い」

 指で奥の部屋へとついてくるよう指示する。首をかしげたが、素直に立ち上がってついてきた。警戒はしていない。別に悪さをするつもりはないので、警戒されても構わないが。

 ただ、寝室まで来ると、急にウサギの足取りが重くなった。警戒するのがかなり遅い。よほど平和な生活をしていたのだろう。

「襲わねぇよ。そっちに行くんだよ」

 背後を振り返って、さらに先へ行くことを示すと、きょとりとした顔で離れていた距離を詰めてきた。警戒を解くのも早い。あまりの無防備さに襲ってやろうかとも思ったが、警戒心をあおっても仕方ないのでそのまま進んだ。

 各個人の衣類が置かれている、脱衣所として使われている空間。
 背負っていたバックパックをおろして、中で仕分けしていた袋を複数手渡してやる。ウサギは、間違いなく何を渡されているのか分かっていない顔で受け取った。

「……服だよ。着る物、要るだろ」

 あきれつつ、ひとつ中身を開けて出してやる。真っ白なワンピース。ウサギがそれを見て、ぱっとこちらを見上げた。

『私の……?』

 自分を指さして首をかしげている。

「お前のに決まってるだろ」

 とんっとウサギの鎖骨あたりを指で押す。理解したのか考えるように洋服を見つめてから、上目遣いにこちらを見返して、

「アリガトウ」

 その声にかぶるように、寝室につながるドアが開いた。いかにも寝起きといった、ぼんやりした顔のティア。

「……あれ? セト君とアリスちゃん?」

 こちらの姿をとらえて、パチパチとまばたきをする。

「え? なになに? どういう状況? 僕がじゃましたってわけでもないよね? そうだったらごめんだけど。あっでもセト君昨日したんだからずるい」
「……寝起きでよくそこまでペラペラ話せるな」
「うん、ありがとう」
「褒めてねぇよ」
「知ってる」

 ひらひらと指をひらめかせながら、ティアはウサギに寄り、抱えている物を手に取った。

「これはまた……なんていうか、すごく愛らしいね。セト君の趣味かな?」
「ちげぇよ」
「だろうね……これ、相当な高級品だね。アンティークレース? よく分からないけど、ハンドメイドだよね。こんな精密な物が手作りなんて、信じられないな……ごく一部だろうけど、天然素材のハンドメイドじゃなきゃ嫌だっていうひとたち、あれはもう宗教なんじゃないかな」
「何にこだわるは自由だろ。おかげで服が残ってたんだからいいじゃねぇか。既製品の服なんて普通は売ってねぇしよ」
「そっか。たしかに普通はオーダーメイドだもんね。そのほうが自分の身体にぴったりの物を買えるし。そう考えると、これ、よく見つけてきたね?」
「……まぁな。偶然な」
「うんうん、出かける前に地図で周辺の施設を綿密に調べていたよね。すごい偶然だよね」
「……ほんとはよ、動きやすくて安全なやつがよかったんだけど、全然ねぇしよ」
「わ。聞こえないふりされた。……ね、アリスちゃん、ほかのも見ていい?」

 ティアが、ウサギの袋に手を伸ばした。反射的にその腕を制する。

「——え、なに?」
「いや……べつに見なくてもいいだろ」
「消毒済みでしょ? ついでに片付けてあげようかと思って。僕のクローゼット、まだ空いてるから」
「自分でさせればいいだろ」
「……なるほど。下着も入ってる?」

 勘だけは本当に鋭いやつだと思う。黙ったのを肯定と取ったらしい。服の片付け場所をジェスチャーでウサギに教えてやっている。

「アリスちゃん、ここ使ってね。着替えは、ひとの目が気になるならシャワー室でできるよ。とりあえず全部を持ってさ、シャワー室のなかで、どれか着られそうなの、着てみたら?」

 ティアは手をしきりに動かして丁寧に説明していた。正しく理解したのか、ウサギは従順にシャワー室へと入っていく。
 ティアが腕を組み、シャワー室を眺めたまま、

「下着こそ、よく見つけたね」
「さっきの服と同じとこに、下だけな。ただ……あれは、意味あるのか分かんねぇけど……」
「どういうこと?」
「その……なんつぅか……透けてる」
「……セト君の趣味だと思われるね。確実に」
「知るかよ。他になかったんだよ」

 無いよりはマシだろ。と判断して入れてきたのだが、やめておけばよかったかも知れない。

「……ところで、靴もあげた?」
「いや、靴は無かったな」
「うん、それは正解だね。ちょっと危険だしね」
裸足はだしのほうが危険じゃねぇか?」
「そう。だから、靴があったら逃げちゃうかもしれないでしょ?」

 振り返ったティアの顔を見る。試すような、探るような目をしている。

「逃げたら逃げたで構わねぇだろ。もともと他人なんだしよ」
「そう? セト君、逃げる獲物は追いたくなるんじゃない?」
「あれは人間だろ」
「でも、うさぎでしょ?」

 こいつは何を言っているのか。何が言いたいのか。
 反応できずにいると、ティアが大きく吐息した。

「……ダメだな。僕、寝起きでちょっと混乱してる。いやな夢見たんだよね」
「……そうかよ」
「眠気覚ましにシャワー浴びよっかな」
「おい待て。そこ今あいつが入ってるだろ」
「そうだったね、危ない危ない」
「……なんか白々しいな。ほんとに大丈夫かよ」

 眠気を吹き飛ばしたいのか、首を左右に振っているティア。たしかに彼らしくない挙動ではある。ティアはすきを見せないタイプの人間だ。仲間内で隙がある人間はあまりいないが。

「不眠症かな? サクラさんじゃあるまいし」
「インソムニア? それ、誰が診断したんだよ」
「僕の所見」
「サクラさん、調子わりぃのか?」
「まぁね……たぶん、あの事件からずっとじゃない?」

 ティアの指摘に、言葉が出ない。あの出来事を、今や誰も話題にすることはない。空気の読めない(いや、あえて読まない)ロキですら、絶対に触れない。
 それを何故、口にしたのか。

 ウサギが出てくるまで、どちらも無言のままだった。
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