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Chap.2 ちいさなアリス
Chap.2 Sec.5
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セトにもらった服をシャワールームのなかで順に見てみたところ、重大な問題に気づいた。
ひとまず一番地味なワンピースを選んで腕を通し、整える。てろんとしたスリップドレスも下についている。ブラジャーなどはないので、なんとなく胸元が不安だ。ワンピース自体が立体的に作られてはいるけれど。でも、やっぱり不安だ。誰も私の胸なんて見ていないとしても。
気になるのは、レースのハンカチみたいな、たぶんショーツだと思われる布。リボンでサイドを結ぶらしい。身につけてみたが、いっそ無いほうが健全な気がする。
いろいろ思うところはあるが、とりあえずそのままシャワールームのドアを開けて顔を出した。すぐそばにいたティアと顔を合わせる。
「あれ? アリスちゃん、黒い服だね。そんなのもあったんだ」
『あの……どの服も、ひとりで着られない気がするんですが……』
「ん? 出てこないのは、なにか問題でもあったの?」
伝わらないとは分かっているものの、慣れた言語で説明してしまった。ティアがのぞき込むようにシャワールームに顔を入れる。奥の一部が全身鏡になっているため、私の背中が見えたはずだ。ティアなら、それで伝わる気がする。
「そっか、背面が……なんて言うんだっけ、これ。レースアップ?」
ティアは考えるようにセトを振り返った。セトも眉間を狭めた顔でこちらに寄ってくる。
「なんの話だよ」
「ほらこれ、ひとりで着られないみたい」
「……そうか? 頑張ればいけそうじゃねぇか? 先に編んでおいてよ、こう……最後に、ぐっと」
「……うん、この繊細なレースが破けるね」
ティアが私に指先でターンを促す。背を見せると、編み上げになっている部分を腰から順に締めていってくれた。
鏡越しにすみれ色の眼を見ていると、目が合って微笑される。ほんとうに美人だと思う。
「はい、どうぞ」
体にぴったりと吸いつく、黒の長袖のワンピース。こまかなレースだが温かな風合いで、素材も肌触りがいい。鏡で見ると可愛すぎるというか、なにかの発表会のようで気が引けるが、文句は言えない。
「ほかの服も難しいね……これなんかレースアップに加えて首の後ろはクルミボタン。不親切な服だね?」
「フリーサイズでいいじゃねぇか。体型が変わっても着られるだろ」
「毎回だれかに着せてもらうの? セト君、面倒だからって言って、しないよね? きっと」
「……してやるよこれくらい。簡単だろ」
「よかったね、アリスちゃん。言質取れたね?」
よく分からないが、ティアが破顔して私の頭をなでた。セトと比べると、細くて長い、しなやかな指。
「下着も着たのかな?」
「知らねぇ」
「セト君、見たくないの?」
「俺はそういう装飾に興味ねぇよ」
「ん? 中身に興味がある?」
「なんでそう変な取り方すんだよ……」
ティアが何やらこそこそと話しかけ、セトに呆れられている。セトは「もういいよな。片付けておけよ」私と目を合わせて、棚の方を指さした。リビングに行くつもりか、そのまま出ていこうとする。
「せと」
声に出してから、その名前を呼ぶのは初めてだと思った。うまく発音できているだろうか。彼が半身だけ振り返ったので、伝わったのだとは、思う。
「……アリガトウ」
ティアの登場で遮られた感謝の言葉を、再度きちんと伝えると、セトの眉がきゅっと寄った。怒っているような、考えているような。あまりいい表情ではない。
「セト君、顔こわいよ」
ティアが横から何か訴えたところ、セトはその顔のまま、
「どういたしまして」
たぶん、感謝に対応する言葉。なげやりな態度で言いきると、彼は背を向けてドアの向こうに行ってしまった。
……怒らせたのだろうか。不安になってティアの顔を振り返る。なにも気にしていないのか、笑顔で返された。
「服、片付けよっか」
棚を示されたので、「……はい」シャワールームの床に置いたままの服も手に取った。レースがふんだんに使われた物もあれば、緻密な刺繍が施された物もある。
どこか外の世界から持ってきてくれたのだろうか。もしそうなら、それはとても危険なことだったのでは……。
ティアが教えてくれた、金属質な棚に洋服をしまう。乱暴に扱えばすぐにでも傷んでしまいそうな衣類。大切にしなければと、思った。
昨夜のことに目をつぶれば、セトに対しては感謝しかないと思う。いや、昨夜のことで彼を恨むのはおかしい。そういう約束で私はここにおいてもらっているのだから。
私が恩を返す手段は——それしかない。
ひとまず一番地味なワンピースを選んで腕を通し、整える。てろんとしたスリップドレスも下についている。ブラジャーなどはないので、なんとなく胸元が不安だ。ワンピース自体が立体的に作られてはいるけれど。でも、やっぱり不安だ。誰も私の胸なんて見ていないとしても。
気になるのは、レースのハンカチみたいな、たぶんショーツだと思われる布。リボンでサイドを結ぶらしい。身につけてみたが、いっそ無いほうが健全な気がする。
いろいろ思うところはあるが、とりあえずそのままシャワールームのドアを開けて顔を出した。すぐそばにいたティアと顔を合わせる。
「あれ? アリスちゃん、黒い服だね。そんなのもあったんだ」
『あの……どの服も、ひとりで着られない気がするんですが……』
「ん? 出てこないのは、なにか問題でもあったの?」
伝わらないとは分かっているものの、慣れた言語で説明してしまった。ティアがのぞき込むようにシャワールームに顔を入れる。奥の一部が全身鏡になっているため、私の背中が見えたはずだ。ティアなら、それで伝わる気がする。
「そっか、背面が……なんて言うんだっけ、これ。レースアップ?」
ティアは考えるようにセトを振り返った。セトも眉間を狭めた顔でこちらに寄ってくる。
「なんの話だよ」
「ほらこれ、ひとりで着られないみたい」
「……そうか? 頑張ればいけそうじゃねぇか? 先に編んでおいてよ、こう……最後に、ぐっと」
「……うん、この繊細なレースが破けるね」
ティアが私に指先でターンを促す。背を見せると、編み上げになっている部分を腰から順に締めていってくれた。
鏡越しにすみれ色の眼を見ていると、目が合って微笑される。ほんとうに美人だと思う。
「はい、どうぞ」
体にぴったりと吸いつく、黒の長袖のワンピース。こまかなレースだが温かな風合いで、素材も肌触りがいい。鏡で見ると可愛すぎるというか、なにかの発表会のようで気が引けるが、文句は言えない。
「ほかの服も難しいね……これなんかレースアップに加えて首の後ろはクルミボタン。不親切な服だね?」
「フリーサイズでいいじゃねぇか。体型が変わっても着られるだろ」
「毎回だれかに着せてもらうの? セト君、面倒だからって言って、しないよね? きっと」
「……してやるよこれくらい。簡単だろ」
「よかったね、アリスちゃん。言質取れたね?」
よく分からないが、ティアが破顔して私の頭をなでた。セトと比べると、細くて長い、しなやかな指。
「下着も着たのかな?」
「知らねぇ」
「セト君、見たくないの?」
「俺はそういう装飾に興味ねぇよ」
「ん? 中身に興味がある?」
「なんでそう変な取り方すんだよ……」
ティアが何やらこそこそと話しかけ、セトに呆れられている。セトは「もういいよな。片付けておけよ」私と目を合わせて、棚の方を指さした。リビングに行くつもりか、そのまま出ていこうとする。
「せと」
声に出してから、その名前を呼ぶのは初めてだと思った。うまく発音できているだろうか。彼が半身だけ振り返ったので、伝わったのだとは、思う。
「……アリガトウ」
ティアの登場で遮られた感謝の言葉を、再度きちんと伝えると、セトの眉がきゅっと寄った。怒っているような、考えているような。あまりいい表情ではない。
「セト君、顔こわいよ」
ティアが横から何か訴えたところ、セトはその顔のまま、
「どういたしまして」
たぶん、感謝に対応する言葉。なげやりな態度で言いきると、彼は背を向けてドアの向こうに行ってしまった。
……怒らせたのだろうか。不安になってティアの顔を振り返る。なにも気にしていないのか、笑顔で返された。
「服、片付けよっか」
棚を示されたので、「……はい」シャワールームの床に置いたままの服も手に取った。レースがふんだんに使われた物もあれば、緻密な刺繍が施された物もある。
どこか外の世界から持ってきてくれたのだろうか。もしそうなら、それはとても危険なことだったのでは……。
ティアが教えてくれた、金属質な棚に洋服をしまう。乱暴に扱えばすぐにでも傷んでしまいそうな衣類。大切にしなければと、思った。
昨夜のことに目をつぶれば、セトに対しては感謝しかないと思う。いや、昨夜のことで彼を恨むのはおかしい。そういう約束で私はここにおいてもらっているのだから。
私が恩を返す手段は——それしかない。
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