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Chap.10 DRINK ME, EAT ME
Chap.10 Sec.5
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なぜ……。
メルウィンの心の声は、またしても顔に出ている。食堂に残った顔ぶれに、戸惑いを隠せず(隠す気は今回もないけれど……)微妙な表情をしていた。
「はァ? なんで?」
頭の上から爪先まで、目が痛くなる色で埋め尽くされた全身。そこから発せられる鼓膜を引っかくような声に、メルウィンは人知れず眉をひそめた。
「わたし……ぱん……やく、から……」
「パンなんてマシンで出来るじゃん?」
「……わたし、めるうぃんと……やくそく、した。めるうぃんは、いいよ……いった」
「それ、いつの話? さっきオレの部屋行くって言ったよな?」
「? ……わたし、いってない……」
「えェ~? 言ったって。……言ったっけ? ……いや、でも行く前提で話してたよなァ?」
調理室の手前で話す彼女とロキ。それを見守っていたメルウィンに、ロキの疑問が流れた。(僕に訊かないで……)訴えることもできず、よく聞こえない体で首をすくめた。
ロキが彼女に不満をぶつけている理由は、メルウィンにも関係している。彼女を朝食に誘ったおり、日中に時間があるなら、前回できなかったパン作りをしないか——と。提案したのだが、またしてもロキの妨害を受けそう。素直に言うと、ロキと揉めたくないし、なかば諦めているので早めに話し合いを終えてほしい。しかし、彼女はなかなか粘っていて……だんだんと、応援したくもなってきている。
「ねる、しない、のに……へやで、なにするの……?」
「はァ~? そォゆうこと言うかなァ? ……オレも考えてねェけどさァ~」
「ろきも……ぱん、つくる?」
「ヤだ。ぜってェやだ」
「…………おいしい、よ?」
「マシンと大して変わんねェって。労力の無駄」
「……ましん? ……より、おいしい、よ?」
「あァ~まァ~加工食よりはうまいかも知んねェけど。じゃ、ロボに作らせればい~じゃん?」
「めるうぃんの、……おいしい、よ?」
「思い込み。成分も作り方も同じで味変わるわけねェし」
「……おいしい……のに」
「あっ! 今ちょい面倒くせェって目ェしただろ!」
「ロキくん、落ち着いて……アリスさんは、そんなこと思ってないから……」
顔を下げて彼女に詰め寄ろうとしたロキを、横からひかえめに押さえた。否定してみたけれど、彼女は、面倒くさいとまではいかないものの……(分からないの? ほんとに?)くらいの面持ちではある。心の底から信じられないと思っている表情は、じみにダメージを与える。じわじわとダメージを受けるロキが、思いついたように、
「おっけ、じゃァ実験してみよ~じゃねェか」
「……ジッケン?」
『かこうしょくのパンと、ロボのパン、それからメルウィンがつくったパン。ぜんぶたべくらべて、あててよ』
『……加工食のパンは、機械から出てくるパン?』
『そう』
『それは、わかると思う』
『それなら、ロボのパンだけでいいや』
『ロボのパンは、ロボットが作ってくれるの?』
『そう。にんげんよりも、せいかくにつくる。それでもメルウィンのほうがうまいか、ためしてよ』
『……分かった』
『はずれたら、おれのいうこと、なんでもひとつ、きいてもらおうかな』
『……当たったら、私のお願いも聞いてくれるの?』
『あたったらね』
『……分かった。いいよ』
『いったね?』
実験というワードから、切り替わった言語で互いに話し合ったかと思うと、ロキがニヤリと笑った。ぜったいに良くないことを考えている。そして、彼女は巻き込まれている。止めてあげたいけれど……。
迷うメルウィンの苦悩をよそに、彼女は果敢な顔をしている。
「わたしのしゅみ、めるうぃんのごはん、たべること」
自分自身に言い聞かせるよう唱えた言葉は、聞き覚えがあった。にやにやと厭な笑みを浮かべるロキは「へェ~?」どう見ても馬鹿にしている。
話についていけていないメルウィンは、そろりとロキに尋ねた。
「あの……どうなったの?」
「パン作り、しよォってことで、まとまった」
「……そうなの?」
それは、意外だ。
「ロボのパンと、ヴェスタのパンで、比較実験」
「ぇ……?」
「ウサギに、どっちがうまいか選んでもらうから。ヴェスタのを選べたら当たり。ってワケで、早く作って。ロボにも作らせるから」
「……えっと……生地は、もう用意してあるんだけど……」
「あ~それはナシな。ズルしてるかも知んねェじゃん? イチから、同じやつ、オレの前で。ロボとヴェスタ同時に作って」
なんだか、ものすごく、ややこしいことになったような。
「……あの、ロキくん……」
「なに? 試合放棄する?」
「そうじゃなくて……」
誤解して嬉しそうな顔をしたロキには言いづらいが、言わないわけにはいかないので、真実を告げる決意をした。
「いつものバゲットって……いちから作ると、10時間かかるよ……?」
じゅうじかん。
そのワードが、ロキの頭の上でくるくると回っているのが、メルウィンには分かった。理解に及ぶのと、それを受け入れる時間。そして、
「——はァっ!?」
目前から放たれた轟音。
(耳、ふさいでおけばよかった……)
小さな後悔を胸に、メルウィンは、ぎゅっと顔をしかめた。
メルウィンの心の声は、またしても顔に出ている。食堂に残った顔ぶれに、戸惑いを隠せず(隠す気は今回もないけれど……)微妙な表情をしていた。
「はァ? なんで?」
頭の上から爪先まで、目が痛くなる色で埋め尽くされた全身。そこから発せられる鼓膜を引っかくような声に、メルウィンは人知れず眉をひそめた。
「わたし……ぱん……やく、から……」
「パンなんてマシンで出来るじゃん?」
「……わたし、めるうぃんと……やくそく、した。めるうぃんは、いいよ……いった」
「それ、いつの話? さっきオレの部屋行くって言ったよな?」
「? ……わたし、いってない……」
「えェ~? 言ったって。……言ったっけ? ……いや、でも行く前提で話してたよなァ?」
調理室の手前で話す彼女とロキ。それを見守っていたメルウィンに、ロキの疑問が流れた。(僕に訊かないで……)訴えることもできず、よく聞こえない体で首をすくめた。
ロキが彼女に不満をぶつけている理由は、メルウィンにも関係している。彼女を朝食に誘ったおり、日中に時間があるなら、前回できなかったパン作りをしないか——と。提案したのだが、またしてもロキの妨害を受けそう。素直に言うと、ロキと揉めたくないし、なかば諦めているので早めに話し合いを終えてほしい。しかし、彼女はなかなか粘っていて……だんだんと、応援したくもなってきている。
「ねる、しない、のに……へやで、なにするの……?」
「はァ~? そォゆうこと言うかなァ? ……オレも考えてねェけどさァ~」
「ろきも……ぱん、つくる?」
「ヤだ。ぜってェやだ」
「…………おいしい、よ?」
「マシンと大して変わんねェって。労力の無駄」
「……ましん? ……より、おいしい、よ?」
「あァ~まァ~加工食よりはうまいかも知んねェけど。じゃ、ロボに作らせればい~じゃん?」
「めるうぃんの、……おいしい、よ?」
「思い込み。成分も作り方も同じで味変わるわけねェし」
「……おいしい……のに」
「あっ! 今ちょい面倒くせェって目ェしただろ!」
「ロキくん、落ち着いて……アリスさんは、そんなこと思ってないから……」
顔を下げて彼女に詰め寄ろうとしたロキを、横からひかえめに押さえた。否定してみたけれど、彼女は、面倒くさいとまではいかないものの……(分からないの? ほんとに?)くらいの面持ちではある。心の底から信じられないと思っている表情は、じみにダメージを与える。じわじわとダメージを受けるロキが、思いついたように、
「おっけ、じゃァ実験してみよ~じゃねェか」
「……ジッケン?」
『かこうしょくのパンと、ロボのパン、それからメルウィンがつくったパン。ぜんぶたべくらべて、あててよ』
『……加工食のパンは、機械から出てくるパン?』
『そう』
『それは、わかると思う』
『それなら、ロボのパンだけでいいや』
『ロボのパンは、ロボットが作ってくれるの?』
『そう。にんげんよりも、せいかくにつくる。それでもメルウィンのほうがうまいか、ためしてよ』
『……分かった』
『はずれたら、おれのいうこと、なんでもひとつ、きいてもらおうかな』
『……当たったら、私のお願いも聞いてくれるの?』
『あたったらね』
『……分かった。いいよ』
『いったね?』
実験というワードから、切り替わった言語で互いに話し合ったかと思うと、ロキがニヤリと笑った。ぜったいに良くないことを考えている。そして、彼女は巻き込まれている。止めてあげたいけれど……。
迷うメルウィンの苦悩をよそに、彼女は果敢な顔をしている。
「わたしのしゅみ、めるうぃんのごはん、たべること」
自分自身に言い聞かせるよう唱えた言葉は、聞き覚えがあった。にやにやと厭な笑みを浮かべるロキは「へェ~?」どう見ても馬鹿にしている。
話についていけていないメルウィンは、そろりとロキに尋ねた。
「あの……どうなったの?」
「パン作り、しよォってことで、まとまった」
「……そうなの?」
それは、意外だ。
「ロボのパンと、ヴェスタのパンで、比較実験」
「ぇ……?」
「ウサギに、どっちがうまいか選んでもらうから。ヴェスタのを選べたら当たり。ってワケで、早く作って。ロボにも作らせるから」
「……えっと……生地は、もう用意してあるんだけど……」
「あ~それはナシな。ズルしてるかも知んねェじゃん? イチから、同じやつ、オレの前で。ロボとヴェスタ同時に作って」
なんだか、ものすごく、ややこしいことになったような。
「……あの、ロキくん……」
「なに? 試合放棄する?」
「そうじゃなくて……」
誤解して嬉しそうな顔をしたロキには言いづらいが、言わないわけにはいかないので、真実を告げる決意をした。
「いつものバゲットって……いちから作ると、10時間かかるよ……?」
じゅうじかん。
そのワードが、ロキの頭の上でくるくると回っているのが、メルウィンには分かった。理解に及ぶのと、それを受け入れる時間。そして、
「——はァっ!?」
目前から放たれた轟音。
(耳、ふさいでおけばよかった……)
小さな後悔を胸に、メルウィンは、ぎゅっと顔をしかめた。
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