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Chap.12 薔薇色に塗り潰すなら
Chap.12 Sec.2
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——やられた。
森からハウスに戻ったセトを待っていたのは、からっぽの私室だった。
一晩ぐるぐると考えた結果、やはり一度しっかり話し合う必要があるな——と。混沌とした思考をまとめあげ、冷静沈着な体で私室のドアを開けたわけだが。……対象がいない。
「またかよ……」
ひとり突っこみつつ、学習しない自分に苛立ちを覚える。
外側だけ警戒しても無駄だ。むしろ内側が問題で、隙あらば逃げ出そうとするのは今に始まったことじゃない。内側からも開けられない設定にしておくべきだった。……しかし、それは倫理的にどうなのか。法律的にも……司法がまともに機能していれば、監禁罪に問われるのでは。
「……おい、ミヅキ」
《——なぁに?》
呼び声に反応して、手首のブレス端末から声が発せられた。
「ウサギ……いや、ゲストのアリス、今どこにいる?」
《お客さまなら、調理室にいるよ》
「メルウィンと?」
《うん、メルウィンもいるね》
答えを聞いて踵を返した。食堂まで速やかに足を進める途中、目的が食堂でないことを思い出し、廊下から調理室へ直接入るためのドアへと手をかざした。
スッと流れたドアの向こう側で、眩しいライトの下、ふたりが同時に振り返る。
「セトくん! すごいタイミング!」
嬉しそうな声で名を呼ばれた。当たり前だがウサギではない。めったにない明るさにあふれた表情で、メルウィンが笑った。隣にいたウサギのほうは「……おはよう」通常運転。笑顔と呼べる要素はなし。
重なった視線に返事をする間もなく、メルウィンが、
「ちょうどパンが焼けるとこで……思いきってセトくんを呼んでみようかなって、アリスさんと話してたんだよ」
「パン?」
「うん。一緒に、食べよう?」
「あー……いや、俺さっき食っちまったから……つぅか、それよりウサギに訊いておきたいことが……」
「えっ……」
朝食の誘いを断ると、メルウィンが意外なほど大きなリアクションを見せた。瞠目したまま、まるでこの世の終わりかのように止まった。心なしかウサギのほうも目をみはったような。
「セトくん……食べない、の?」
「? ……食えって言うなら食うけど……なんか甘い香りしてねぇか?」
「パン・オ・ショコラだから……」
「甘いやつか。普通のは?」
「……ぇ……」
「ん?」
「チョコレートのパンだよ? セトくん、好きだよね……?」
「好物だけど……ずっと甘いもん食ってたから今はそういう気分じゃねぇし……」
「……ずっと?」
「いや、なんでもねぇよ。とにかく甘いのは要らねぇ」
「………………」
「——それより、ウサギ連れてくけどいいか?」
「……それは、僕に訊かないでほしい……でも、よくないと、思う。アリスさん、まだ何も食べてないから……」
「メシ食ってねぇの? っつぅことは、今さっき来たとこか?」
「違う、けど……えっと……セトくん、なんで僕に訊くの……? ロキくんに翻訳機もらったから、アリスさん、お話できるよ?」
「……ああ。そうだったな」
ウサギとは話しづれぇんだよ。とは言わずに、目線を横にずらした。
「……話が、ある。俺の部屋で。朝飯は適当に運ばせるから、ちょっと来い」
「……はい」
素直に応じたウサギを連れて調理室を出ようとすると、背後から、
「あの……パン、もう焼けるから……ここで、食べながら話すのは、だめかな? しばらくしたら、セトくんも食べたくなるかも……」
「いや、わりぃけど、あんま聞かれたくねぇ話なんだよ。誰か来ると面倒だ。私室から出てる時点で俺の権利消えてるしな……朝飯はウサギの分だけ送ってもらっていいか?」
「……わかった。焼けたら送るから……食べられそうだったら、セトくんも食べてね?」
「ん、さんきゅ」
感謝を述べて、メルウィンと別れた。私室へと再び戻りながら、乗り込んだエレベータの中で斜め下に目を向ける。
「……眠れたか?」
「はい」
「なら、いいけど……お前、勝手に部屋から出てくなよ。起きたなら連絡しろ」
「……れんらく、わからない」
「通話のやり方、教えただろ?」
「……できない。わたしの、これ……せとが、いない」
「は?」
目の前に出した腕のブレス端末を指さして、ウサギはこちらを見上げた。ちょうどエレベータから降りたので、ウサギの手を取って確認する。
「ん? ショートカットの設定、変えたのか?」
「……?」
「俺に繋がんねぇ……つか、なんだこれ……読めねぇ……」
設定を見ようと出した映像が、知らない言語に切り替わっていた。同じように眺めていたウサギが、
「これは、わたしが、よめる」
「あぁ……なら、お前自分で分かるんじゃねぇの? 俺の名前で通話かメッセージ選べるだろ?」
「……せとのなまえ、どこ?」
「この言語じゃ分かんねぇよ」
「……せとは、ない……おもう」
「そんなわけねぇだろ。ちゃんと見ろよ」
「………………」
「いや、今はいい。時間あるときにしてくれ」
ウサギは神妙な顔で文字を見つめ始めたが、それを待っている暇はなく腕を引いた。
いやな予感がする。ショートカットで接続できなかったが、コール状態にはなった。つまり誰かに呼び出しをかけたことになる。誰か——考えたくもないが、おのずと浮かぶ有力候補は最悪だ。
南西のエレベータを過ぎて、私室の前に差し掛かった、ところで。鮮明なスカイブルーが。
「ろき」
ひとつ奥の部屋から姿を現した、その名を、ウサギが呼んだ。
眠たげな空気をまとった顔が、ゆるりと振り向く。
「……おはよォ……ウサちゃん」
目が半分ほど閉じている。ロキへと近寄ろうとしたウサギは、掴まれていた腕を思い出したのか、いったん繋がった腕を見てからこちらを見上げた。離して。そう言われた気がした。手をほどくと、あっさりとロキへ駆け寄った。
「……だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃねェよ……ねみィ……」
「……ねむい? ……どうして、おきたの?」
「えェ~? ウサちゃんが起こしたんじゃん……?」
「……わたし?」
「ン~? ……とりあえず部屋入んねェ? ……ベッドで喋ってよ……起きてンの怠ィ……」
「……わたし、できない。せとと、はなす」
「はァ? そんなのどォでもいいし……ほら、行こ」
ウサギの肩に手を回したロキが、そのまま連れ去ろうとするので「おい、待てよ」とっさに呼び止めていた。寝起きで機嫌の悪い目が、こちらを捉える。
「……なに?」
「何じゃねぇよ、連れてくな。こっちはウサギに話があんだよ」
「話ならメッセージでいいじゃん。直接の必要なくね?」
「ウサギは読めねぇだろが」
「翻訳機能って知らねェ~? てめェが文章で送っても音声で送っても、勝手に訳されるから……ってワケで、いいよな? ウサちゃん、行こ」
無理やり攫って行かれそうで、ウサギに回されていたロキの手を強く押さえた。
「お前の都合で話すな。俺は直接話してぇんだよ」
細められた目で、煩わしそうに見返される。「痛ェよ」こちらの手を払って、ロキはウサギに顔を向けた。
「なァ、犬が怒ってるみたいなんだけど? ウサちゃん昨日、何かやらかした?」
「………………」
あいだで困惑していたウサギの顔が、スッと青ざめた。「ウサギは関係ねぇだろ」代わってロキの問いを否定したが、血の気の薄い顔は凍りつき、どう見ても良くない考えに囚われている。
「おい、違うだろ! 怒ってねぇっつったろ」
おずおずと目線を上げたウサギの瞳は不安に染まっていて、まるでこっちが悪いことをしたかと——言い方が強かったか?——自責の念を煽るように揺れていた。
引き止めようとした意思が、掻き崩されていく。
「——なァ、ウサギを怖がらすのやめてくんねェ?」
視界を遮るように、ロキの腕がウサギの頭を囲う。抱き寄せられたウサギは、抵抗しない。
「怖がらせてなんか——」
「怖がらせてるって。見て分かんねェの?」
「………………」
否定ができない。目線が合わなくなったウサギは、戸惑いながらもロキの腕のなかで大人しくしている。
「な、ウサちゃん。オレの部屋いこ」
「……せとが、はなし、ある……いってた……」
「メッセージくれるって。それよりさ、仕事あげるから、オレのとこ来てよ」
「……わたしに、しごと?」
「そ。ウサギちゃんにしか出来ないお仕事。犬はアンタを必要としなかったんじゃねェの? 無理にあっち行く意味ある?」
派手な色の腕越しに見えた顔は、ロキの意見に同調しているようだった。
「ほら、行こ~ぜ」
「………………」
ためらいがちに振り返った顔が、ロキに押されて前方に戻される。引き止めるつもりは、すでにない。怖がらせるだけなら、共にいる意味なんて、ロキの言うとおり皆無だ。
「そ~だ。オレ、ウサちゃんの為にハオロンに約束させたんだァ~♪」
「……やくそく?」
「褒めてよ。それか笑ってみせて」
「なんの、はなし……?」
「ウサちゃんが喜ぶ話」
嬉々として戯れるロキを見送ることなく、自室に入ることにした。苛立ちからか睡眠不足からか、頭が痛い。疲弊している脳は思考を放棄したがっている。シャワーを浴びて眠ってしまいたい。……のに、重大な問題に気づいてしまった。
(今夜の順番、イシャンじゃねぇか……)
どうしてやればいいのか。
シャワーさえ浴びる気力がなくなって、ベッドに横たわった。まどろみの漂う思考を巡らせていると、場違いにも朝食を載せたワゴンが届き、ため息がこぼれる。
(どうすんだ、これ……)
横の部屋に転送するにしても、なんだか気に喰わない。ふたりへの差し入れのようで面白くない。……食っちまうか。体を起こしてワゴンの上部を開けたが、甘ったるい香りに食欲が失せた。気が進まないながらも転送する。メルウィンからということなら、まだマシか。
——仕事あげるから、オレのとこ来てよ。
再度ベッドに倒れ込んだ頭に、ロキのセリフが浮かんだ。
(仕事ってなんだよ。お前は独占しすぎだろ……)胸にはハオロンと同意見の不満が生まれている。
拾ったのは俺だ——そんな主張が疲れきった脳裏に閃き、嫌気がさして目を閉じた。
——そもそも物じゃないし、誰のでもないよ。
ティアの声が、記憶から至極まっとうな意見を寄越す。そんなこと分かっている。しかし、ロキは分かっていない。もしかすると、心のどこかでは、自分も。
……イシャンとも、もう一度、話さねぇと——などと考えながら。思考は眠りの黒に塗り潰されていった。
森からハウスに戻ったセトを待っていたのは、からっぽの私室だった。
一晩ぐるぐると考えた結果、やはり一度しっかり話し合う必要があるな——と。混沌とした思考をまとめあげ、冷静沈着な体で私室のドアを開けたわけだが。……対象がいない。
「またかよ……」
ひとり突っこみつつ、学習しない自分に苛立ちを覚える。
外側だけ警戒しても無駄だ。むしろ内側が問題で、隙あらば逃げ出そうとするのは今に始まったことじゃない。内側からも開けられない設定にしておくべきだった。……しかし、それは倫理的にどうなのか。法律的にも……司法がまともに機能していれば、監禁罪に問われるのでは。
「……おい、ミヅキ」
《——なぁに?》
呼び声に反応して、手首のブレス端末から声が発せられた。
「ウサギ……いや、ゲストのアリス、今どこにいる?」
《お客さまなら、調理室にいるよ》
「メルウィンと?」
《うん、メルウィンもいるね》
答えを聞いて踵を返した。食堂まで速やかに足を進める途中、目的が食堂でないことを思い出し、廊下から調理室へ直接入るためのドアへと手をかざした。
スッと流れたドアの向こう側で、眩しいライトの下、ふたりが同時に振り返る。
「セトくん! すごいタイミング!」
嬉しそうな声で名を呼ばれた。当たり前だがウサギではない。めったにない明るさにあふれた表情で、メルウィンが笑った。隣にいたウサギのほうは「……おはよう」通常運転。笑顔と呼べる要素はなし。
重なった視線に返事をする間もなく、メルウィンが、
「ちょうどパンが焼けるとこで……思いきってセトくんを呼んでみようかなって、アリスさんと話してたんだよ」
「パン?」
「うん。一緒に、食べよう?」
「あー……いや、俺さっき食っちまったから……つぅか、それよりウサギに訊いておきたいことが……」
「えっ……」
朝食の誘いを断ると、メルウィンが意外なほど大きなリアクションを見せた。瞠目したまま、まるでこの世の終わりかのように止まった。心なしかウサギのほうも目をみはったような。
「セトくん……食べない、の?」
「? ……食えって言うなら食うけど……なんか甘い香りしてねぇか?」
「パン・オ・ショコラだから……」
「甘いやつか。普通のは?」
「……ぇ……」
「ん?」
「チョコレートのパンだよ? セトくん、好きだよね……?」
「好物だけど……ずっと甘いもん食ってたから今はそういう気分じゃねぇし……」
「……ずっと?」
「いや、なんでもねぇよ。とにかく甘いのは要らねぇ」
「………………」
「——それより、ウサギ連れてくけどいいか?」
「……それは、僕に訊かないでほしい……でも、よくないと、思う。アリスさん、まだ何も食べてないから……」
「メシ食ってねぇの? っつぅことは、今さっき来たとこか?」
「違う、けど……えっと……セトくん、なんで僕に訊くの……? ロキくんに翻訳機もらったから、アリスさん、お話できるよ?」
「……ああ。そうだったな」
ウサギとは話しづれぇんだよ。とは言わずに、目線を横にずらした。
「……話が、ある。俺の部屋で。朝飯は適当に運ばせるから、ちょっと来い」
「……はい」
素直に応じたウサギを連れて調理室を出ようとすると、背後から、
「あの……パン、もう焼けるから……ここで、食べながら話すのは、だめかな? しばらくしたら、セトくんも食べたくなるかも……」
「いや、わりぃけど、あんま聞かれたくねぇ話なんだよ。誰か来ると面倒だ。私室から出てる時点で俺の権利消えてるしな……朝飯はウサギの分だけ送ってもらっていいか?」
「……わかった。焼けたら送るから……食べられそうだったら、セトくんも食べてね?」
「ん、さんきゅ」
感謝を述べて、メルウィンと別れた。私室へと再び戻りながら、乗り込んだエレベータの中で斜め下に目を向ける。
「……眠れたか?」
「はい」
「なら、いいけど……お前、勝手に部屋から出てくなよ。起きたなら連絡しろ」
「……れんらく、わからない」
「通話のやり方、教えただろ?」
「……できない。わたしの、これ……せとが、いない」
「は?」
目の前に出した腕のブレス端末を指さして、ウサギはこちらを見上げた。ちょうどエレベータから降りたので、ウサギの手を取って確認する。
「ん? ショートカットの設定、変えたのか?」
「……?」
「俺に繋がんねぇ……つか、なんだこれ……読めねぇ……」
設定を見ようと出した映像が、知らない言語に切り替わっていた。同じように眺めていたウサギが、
「これは、わたしが、よめる」
「あぁ……なら、お前自分で分かるんじゃねぇの? 俺の名前で通話かメッセージ選べるだろ?」
「……せとのなまえ、どこ?」
「この言語じゃ分かんねぇよ」
「……せとは、ない……おもう」
「そんなわけねぇだろ。ちゃんと見ろよ」
「………………」
「いや、今はいい。時間あるときにしてくれ」
ウサギは神妙な顔で文字を見つめ始めたが、それを待っている暇はなく腕を引いた。
いやな予感がする。ショートカットで接続できなかったが、コール状態にはなった。つまり誰かに呼び出しをかけたことになる。誰か——考えたくもないが、おのずと浮かぶ有力候補は最悪だ。
南西のエレベータを過ぎて、私室の前に差し掛かった、ところで。鮮明なスカイブルーが。
「ろき」
ひとつ奥の部屋から姿を現した、その名を、ウサギが呼んだ。
眠たげな空気をまとった顔が、ゆるりと振り向く。
「……おはよォ……ウサちゃん」
目が半分ほど閉じている。ロキへと近寄ろうとしたウサギは、掴まれていた腕を思い出したのか、いったん繋がった腕を見てからこちらを見上げた。離して。そう言われた気がした。手をほどくと、あっさりとロキへ駆け寄った。
「……だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃねェよ……ねみィ……」
「……ねむい? ……どうして、おきたの?」
「えェ~? ウサちゃんが起こしたんじゃん……?」
「……わたし?」
「ン~? ……とりあえず部屋入んねェ? ……ベッドで喋ってよ……起きてンの怠ィ……」
「……わたし、できない。せとと、はなす」
「はァ? そんなのどォでもいいし……ほら、行こ」
ウサギの肩に手を回したロキが、そのまま連れ去ろうとするので「おい、待てよ」とっさに呼び止めていた。寝起きで機嫌の悪い目が、こちらを捉える。
「……なに?」
「何じゃねぇよ、連れてくな。こっちはウサギに話があんだよ」
「話ならメッセージでいいじゃん。直接の必要なくね?」
「ウサギは読めねぇだろが」
「翻訳機能って知らねェ~? てめェが文章で送っても音声で送っても、勝手に訳されるから……ってワケで、いいよな? ウサちゃん、行こ」
無理やり攫って行かれそうで、ウサギに回されていたロキの手を強く押さえた。
「お前の都合で話すな。俺は直接話してぇんだよ」
細められた目で、煩わしそうに見返される。「痛ェよ」こちらの手を払って、ロキはウサギに顔を向けた。
「なァ、犬が怒ってるみたいなんだけど? ウサちゃん昨日、何かやらかした?」
「………………」
あいだで困惑していたウサギの顔が、スッと青ざめた。「ウサギは関係ねぇだろ」代わってロキの問いを否定したが、血の気の薄い顔は凍りつき、どう見ても良くない考えに囚われている。
「おい、違うだろ! 怒ってねぇっつったろ」
おずおずと目線を上げたウサギの瞳は不安に染まっていて、まるでこっちが悪いことをしたかと——言い方が強かったか?——自責の念を煽るように揺れていた。
引き止めようとした意思が、掻き崩されていく。
「——なァ、ウサギを怖がらすのやめてくんねェ?」
視界を遮るように、ロキの腕がウサギの頭を囲う。抱き寄せられたウサギは、抵抗しない。
「怖がらせてなんか——」
「怖がらせてるって。見て分かんねェの?」
「………………」
否定ができない。目線が合わなくなったウサギは、戸惑いながらもロキの腕のなかで大人しくしている。
「な、ウサちゃん。オレの部屋いこ」
「……せとが、はなし、ある……いってた……」
「メッセージくれるって。それよりさ、仕事あげるから、オレのとこ来てよ」
「……わたしに、しごと?」
「そ。ウサギちゃんにしか出来ないお仕事。犬はアンタを必要としなかったんじゃねェの? 無理にあっち行く意味ある?」
派手な色の腕越しに見えた顔は、ロキの意見に同調しているようだった。
「ほら、行こ~ぜ」
「………………」
ためらいがちに振り返った顔が、ロキに押されて前方に戻される。引き止めるつもりは、すでにない。怖がらせるだけなら、共にいる意味なんて、ロキの言うとおり皆無だ。
「そ~だ。オレ、ウサちゃんの為にハオロンに約束させたんだァ~♪」
「……やくそく?」
「褒めてよ。それか笑ってみせて」
「なんの、はなし……?」
「ウサちゃんが喜ぶ話」
嬉々として戯れるロキを見送ることなく、自室に入ることにした。苛立ちからか睡眠不足からか、頭が痛い。疲弊している脳は思考を放棄したがっている。シャワーを浴びて眠ってしまいたい。……のに、重大な問題に気づいてしまった。
(今夜の順番、イシャンじゃねぇか……)
どうしてやればいいのか。
シャワーさえ浴びる気力がなくなって、ベッドに横たわった。まどろみの漂う思考を巡らせていると、場違いにも朝食を載せたワゴンが届き、ため息がこぼれる。
(どうすんだ、これ……)
横の部屋に転送するにしても、なんだか気に喰わない。ふたりへの差し入れのようで面白くない。……食っちまうか。体を起こしてワゴンの上部を開けたが、甘ったるい香りに食欲が失せた。気が進まないながらも転送する。メルウィンからということなら、まだマシか。
——仕事あげるから、オレのとこ来てよ。
再度ベッドに倒れ込んだ頭に、ロキのセリフが浮かんだ。
(仕事ってなんだよ。お前は独占しすぎだろ……)胸にはハオロンと同意見の不満が生まれている。
拾ったのは俺だ——そんな主張が疲れきった脳裏に閃き、嫌気がさして目を閉じた。
——そもそも物じゃないし、誰のでもないよ。
ティアの声が、記憶から至極まっとうな意見を寄越す。そんなこと分かっている。しかし、ロキは分かっていない。もしかすると、心のどこかでは、自分も。
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