【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
129 / 228
Chap.12 薔薇色に塗り潰すなら

Chap.12 Sec.2

しおりを挟む
 ——やられた。
 森からハウスに戻ったセトを待っていたのは、からっぽの私室だった。

 一晩ぐるぐると考えた結果、やはり一度しっかり話し合う必要があるな——と。混沌とした思考をまとめあげ、冷静沈着なていで私室のドアを開けたわけだが。……対象がいない。

「またかよ……」

 ひとり突っこみつつ、学習しない自分に苛立いらだちを覚える。
 外側だけ警戒しても無駄だ。むしろ内側が問題で、隙あらば逃げ出そうとするのは今に始まったことじゃない。内側からも開けられない設定にしておくべきだった。……しかし、それは倫理的にどうなのか。法律的にも……司法がまともに機能していれば、監禁罪に問われるのでは。

「……おい、ミヅキ」
《——なぁに?》

 呼び声に反応して、手首のブレス端末から声が発せられた。

「ウサギ……いや、ゲストのアリス、今どこにいる?」
《お客さまなら、調理室にいるよ》
「メルウィンと?」
《うん、メルウィンもいるね》

 答えを聞いてきびすを返した。食堂まで速やかに足を進める途中、目的が食堂でないことを思い出し、廊下から調理室へ直接入るためのドアへと手をかざした。
 スッと流れたドアの向こう側で、まぶしいライトの下、ふたりが同時に振り返る。

「セトくん! すごいタイミング!」

 嬉しそうな声で名を呼ばれた。当たり前だがウサギではない。めったにない明るさにあふれた表情で、メルウィンが笑った。隣にいたウサギのほうは「……おはよう」通常運転。笑顔と呼べる要素はなし。
 重なった視線に返事をする間もなく、メルウィンが、

「ちょうどパンが焼けるとこで……思いきってセトくんを呼んでみようかなって、アリスさんと話してたんだよ」
「パン?」
「うん。一緒に、食べよう?」
「あー……いや、俺さっき食っちまったから……つぅか、それよりウサギに訊いておきたいことが……」
「えっ……」

 朝食の誘いを断ると、メルウィンが意外なほど大きなリアクションを見せた。瞠目どうもくしたまま、まるでこの世の終わりかのように止まった。心なしかウサギのほうも目をみはったような。

「セトくん……食べない、の?」
「? ……食えって言うなら食うけど……なんか甘い香りしてねぇか?」
「パン・オ・ショコラだから……」
「甘いやつか。普通のは?」
「……ぇ……」
「ん?」
「チョコレートのパンだよ? セトくん、好きだよね……?」
「好物だけど……ずっと甘いもん食ってたから今はそういう気分じゃねぇし……」
「……ずっと?」
「いや、なんでもねぇよ。とにかく甘いのは要らねぇ」
「………………」
「——それより、ウサギ連れてくけどいいか?」
「……それは、僕に訊かないでほしい……でも、よくないと、思う。アリスさん、まだ何も食べてないから……」
「メシ食ってねぇの? っつぅことは、今さっき来たとこか?」
「違う、けど……えっと……セトくん、なんで僕に訊くの……? ロキくんに翻訳機もらったから、アリスさん、お話できるよ?」
「……ああ。そうだったな」

 ウサギとは話しづれぇんだよ。とは言わずに、目線を横にずらした。

「……話が、ある。俺の部屋で。朝飯あさメシは適当に運ばせるから、ちょっと来い」
「……はい」

 素直に応じたウサギを連れて調理室を出ようとすると、背後から、

「あの……パン、もう焼けるから……ここで、食べながら話すのは、だめかな? しばらくしたら、セトくんも食べたくなるかも……」
「いや、わりぃけど、あんま聞かれたくねぇ話なんだよ。誰か来ると面倒だ。私室から出てる時点で俺の権利消えてるしな……朝飯はウサギの分だけ送ってもらっていいか?」
「……わかった。焼けたら送るから……食べられそうだったら、セトくんも食べてね?」
「ん、さんきゅ」

 感謝を述べて、メルウィンと別れた。私室へと再び戻りながら、乗り込んだエレベータの中で斜め下に目を向ける。

「……眠れたか?」
「はい」
「なら、いいけど……お前、勝手に部屋から出てくなよ。起きたなら連絡しろ」
「……れんらく、わからない」
「通話のやり方、教えただろ?」
「……できない。わたしの、これ……せとが、いない」
「は?」

 目の前に出した腕のブレス端末を指さして、ウサギはこちらを見上げた。ちょうどエレベータから降りたので、ウサギの手を取って確認する。

「ん? ショートカットの設定、変えたのか?」
「……?」
「俺につながんねぇ……つか、なんだこれ……読めねぇ……」

 設定を見ようと出した映像が、知らない言語に切り替わっていた。同じように眺めていたウサギが、

「これは、わたしが、よめる」
「あぁ……なら、お前自分で分かるんじゃねぇの? 俺の名前で通話かメッセージ選べるだろ?」
「……せとのなまえ、どこ?」
「この言語じゃ分かんねぇよ」
「……せとは、ない……おもう」
「そんなわけねぇだろ。ちゃんと見ろよ」
「………………」
「いや、今はいい。時間あるときにしてくれ」

 ウサギは神妙な顔で文字を見つめ始めたが、それを待っている暇はなく腕を引いた。
 いやな予感がする。ショートカットで接続できなかったが、コール状態にはなった。つまり誰かに呼び出しをかけたことになる。誰か——考えたくもないが、おのずと浮かぶ有力候補は最悪だ。

 南西のエレベータを過ぎて、私室の前に差し掛かった、ところで。鮮明なスカイブルーが。

「ろき」

 ひとつ奥の部屋から姿を現した、その名を、ウサギが呼んだ。
 眠たげな空気をまとった顔が、ゆるりと振り向く。

「……おはよォ……ウサちゃん」

 目が半分ほど閉じている。ロキへと近寄ろうとしたウサギは、つかまれていた腕を思い出したのか、いったん繋がった腕を見てからこちらを見上げた。離して。そう言われた気がした。手をほどくと、あっさりとロキへ駆け寄った。

「……だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃねェよ……ねみィ……」
「……ねむい? ……どうして、おきたの?」
「えェ~? ウサちゃんが起こしたんじゃん……?」
「……わたし?」
「ン~? ……とりあえず部屋入んねェ? ……ベッドでしゃべってよ……起きてンのだりィ……」
「……わたし、できない。せとと、はなす」
「はァ? そんなのどォでもいいし……ほら、行こ」

 ウサギの肩に手を回したロキが、そのまま連れ去ろうとするので「おい、待てよ」とっさに呼び止めていた。寝起きで機嫌の悪い目が、こちらを捉える。

「……なに?」
「何じゃねぇよ、連れてくな。こっちはウサギに話があんだよ」
「話ならメッセージでいいじゃん。直接の必要なくね?」
「ウサギは読めねぇだろが」
「翻訳機能って知らねェ~? てめェが文章で送っても音声で送っても、勝手に訳されるから……ってワケで、いいよな? ウサちゃん、行こ」

 無理やりさらって行かれそうで、ウサギに回されていたロキの手を強く押さえた。

「お前の都合で話すな。俺は直接話してぇんだよ」

 細められた目で、わずらわしそうに見返される。「痛ェよ」こちらの手を払って、ロキはウサギに顔を向けた。

「なァ、犬が怒ってるみたいなんだけど? ウサちゃん昨日、何かやらかした?」
「………………」

 あいだで困惑していたウサギの顔が、スッと青ざめた。「ウサギは関係ねぇだろ」代わってロキの問いを否定したが、血の気の薄い顔は凍りつき、どう見ても良くない考えにとらわわれている。

「おい、違うだろ! 怒ってねぇっつったろ」

 おずおずと目線を上げたウサギの瞳は不安に染まっていて、まるでこっちが悪いことをしたかと——言い方が強かったか?——自責の念をあおるように揺れていた。
 引き止めようとした意思が、き崩されていく。

「——なァ、ウサギを怖がらすのやめてくんねェ?」

 視界を遮るように、ロキの腕がウサギの頭を囲う。抱き寄せられたウサギは、抵抗しない。

「怖がらせてなんか——」
「怖がらせてるって。見て分かんねェの?」
「………………」

 否定ができない。目線が合わなくなったウサギは、戸惑いながらもロキの腕のなかで大人しくしている。

「な、ウサちゃん。オレの部屋いこ」
「……せとが、はなし、ある……いってた……」
「メッセージくれるって。それよりさ、仕事あげるから、オレのとこ来てよ」
「……わたしに、しごと?」
「そ。ウサギちゃんにしか出来ないお仕事。犬はアンタを必要としなかったんじゃねェの? 無理にあっち行く意味ある?」

 派手な色の腕越しに見えた顔は、ロキの意見に同調しているようだった。

「ほら、行こ~ぜ」
「………………」

 ためらいがちに振り返った顔が、ロキに押されて前方に戻される。引き止めるつもりは、すでにない。怖がらせるだけなら、共にいる意味なんて、ロキの言うとおり皆無だ。

「そ~だ。オレ、ウサちゃんの為にハオロンに約束させたんだァ~♪」
「……やくそく?」
「褒めてよ。それか笑ってみせて」
「なんの、はなし……?」
「ウサちゃんが喜ぶ話」

 嬉々として戯れるロキを見送ることなく、自室に入ることにした。苛立ちからか睡眠不足からか、頭が痛い。疲弊している脳は思考を放棄したがっている。シャワーを浴びて眠ってしまいたい。……のに、重大な問題に気づいてしまった。

(今夜の、イシャンじゃねぇか……)

 どうしてやればいいのか。
 シャワーさえ浴びる気力がなくなって、ベッドに横たわった。まどろみの漂う思考を巡らせていると、場違いにも朝食を載せたワゴンが届き、ため息がこぼれる。

(どうすんだ、これ……)
 横の部屋に転送するにしても、なんだか気にわない。ふたりへの差し入れのようで面白くない。……食っちまうか。体を起こしてワゴンの上部を開けたが、甘ったるい香りに食欲がせた。気が進まないながらも転送する。メルウィンからということなら、まだマシか。

——仕事あげるから、オレのとこ来てよ。

 再度ベッドに倒れ込んだ頭に、ロキのセリフが浮かんだ。
(仕事ってなんだよ。お前は独占しすぎだろ……)胸にはハオロンと同意見の不満が生まれている。

 拾ったのは俺だ——そんな主張が疲れきった脳裏にひらめき、嫌気がさして目を閉じた。

——そもそも物じゃないし、誰のでもないよ。

 ティアの声が、記憶から至極まっとうな意見を寄越す。そんなこと分かっている。しかし、ロキは分かっていない。もしかすると、心のどこかでは、自分も。

 ……イシャンとも、もう一度、話さねぇと——などと考えながら。思考は眠りの黒に塗り潰されていった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

処理中です...