【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.12 薔薇色に塗り潰すなら

Chap.12 Sec.1

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 鳥のさえずりが聞こえる。しかし、これは本物ではなく、めざまし用の“鳥のさえずり音”であって、きっとマシン合成。実際ハウスは森のなかにあるので、もしかすると外に出れば似た音が聞けるのかもしれない。ただ、現在ハウスの外は真っ暗だけども。

 メルウィンは身ごしらえして、私室から出た。ハウス内は照明によって食堂までのルートが明るく照らされている。
 メルウィンの朝は早い。ハウスにはサマータイムはなく、このシーズンは日が昇るよりも先に起きることになる。もちろん夜も早い。兄弟で最初にベッドに入っていると思われる。

 食堂のドアまでは進まず、エレベータを降りてすぐ左手、調理室のドアから入った。ぴかりと光る調理台は、昨夜のうちにロボによって清掃と消毒が済まされている。匂いがリセットされた調理室は、すこし寂しい。バターと小麦の香りで満たされるのが待ちどおしい。

 手指の洗浄をしようかと思ったところ、食堂へのドア(調理室にいるあいだは、たいてい開放している。閉じると食堂からは壁に見える)の先が明るいことに気づいた。食堂に先客がいる。珍しいわけではなく、セトやイシャンがいることも間々ままある。たまにアリアも。
 ひょこっと、のぞくように顔を出してみると、

「……アリスさん?」

 まったく予想になかった、彼女がいた。
 調理室へのドアの近くで、食堂のインテリアを眺めるように立っていた彼女は「おはよう、めるうぃん」挨拶とともに、こちらを待っていたみたいに近寄った。

「おはようございます。……とても、早いですね?」

 尋ねながら、彼女と昨夜を過ごしたのは誰だったかと考える。(……だれだろう? 終わったひとは抜くとして……セトくんか、イシャンくん?)ふたりのうち、どちらかならトラブルは起きにくい。メルウィンとしては、ロキでなければ。

「せと、いない。さがす……けど、わからない」
「セトくんですか? ぇえっと——ね、ミヅキくん、セトくんの居場所はどこかな?」

 問いかけに、ふんわりと空間に浮かびあがったミヅキの映像が、にっこり。

《セトなら、森にいるよ》
「——だ、そうです」
「……モリ」
「セトくんは、よく森にいるんです。森の管理はセトくんなので……手造りのログハウスもあって、わりと森の住人です」

 納得したように、彼女は小さくうなずいた。そんな彼女に向けて、ミヅキが小首をかしげ、

《セトを呼びましょうか?》
「……いいえ、だいじょうぶ」
《何かご用がありましたら、いつでもお声がけください》
「ありがとう」
《ぼくに感謝は不要です。——でも、とってもうれしい。どういたしまして》

 そっくりの、喜びに満ちた笑顔が演出される。胸が、ぎゅっと押されたみたいに辛くなった。
 これは、じゃない。マネをしているだけ。僕が、勝手に思い出を重ねているだけ。胸のなかで自分に言い聞かせ、彼女へと意識を合わせた。

「モーニングは、どうですか? なにか食べたいものがあったら言ってください。食材がない場合も、ありますけど……できるだけ、作ってみます」
「……わたし、たべたいもの、わからない」
「ぁ……そっか、言葉が……分からない……?」
「めるうぃんのごはん、どれも、おいしい」
「それは、嬉しいですけど……えっと、じゃあ……パンでも、焼きます?」
「はい。ありがとう」

 昨日も感じたけれど、会話がスムーズだ。翻訳機の件だけは、ロキに感謝したいと思う。

「わたし、よかったら……てつだう、いい?」
「もちろんですっ」

 ロキによって邪魔され続けたパン作りも、ついに叶いそうだった。なんのパンを作るか、リストを映像で出し、希望を尋ねる。彼女は困ったように視線をさまよわせてから、

「せとは……どれが、すき?」
「……セトくんが、好きなものですか?」
「よかったら、……せとが、すきなもの、つくりたい」
「セトくんは、なんでも食べるから……あまり気にしなくても、いいですよ……?」

 意地悪ではなく、普段からセトはどのパンであってもたくさん食べるので、気にすることはないと思っている。けれども、それを聞いた彼女が残念そうに見えたので、リストを滑らせて、ひとつ、指さした。しいて言うなら、

「パン・オ・ショコラでも、作りますか? 甘いから、好みが分かれるんですけど……セトくんは、チョコレートが好きなので……喜んでくれる、かも?」

 これを早朝に出したことは、過去にない。でも、食べないということはないはず。多量摂取のセトなので。
 リストから顔を上げた彼女は、何か思い出したように「せとは、ちょこれーと、すき。わたしも、しってる」ほんのすこし表情を明るくして、目に期待の光を灯した。

「生地はあるので、簡単にできます。チョコを巻いて、あとはマシンに入れるだけです」
「わたしも、できる?」
「はい、できると思います」
「てつだい、ありがとう。わたし、なんでもする」
「それは……僕のほうです」

 ひかえめに感謝を否定した。これは、もらってはいけない感謝のように、思う。

 ——ひとつ、分かった。誰かと作るのが楽しいわけではなく(……それもあるけれど)、作る楽しさや美味おいしさを共有できることが——とても、温かい。これは、彼女が来なければ知らなかった感覚で、知ってしまったことが……なんとなく、こわい。
 彼女が、ずっとこのままだと思えないのは、どうしてだろう? ロキと関わることで、彼の思考に染まってしまう気がするからだろうか。

「……セトくん、喜んでくれるといいですね」
「はい」

 調理室の窓からは、しらみ始めた空が見えている——が、雲は厚く、灰色。空が青く塗りあげられる季節は、まだ当分、やって来ない。
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