【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.13 失名の森へ

Chap.13 Sec.6

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 時刻は夕食前、ディナーの連絡が出てすぐ。食堂のリフェクトリーテーブルの上では、騒々そうぞうしい声が響いていた。

「うちのゲーム、面白かったやろぉ?」
「ふつ~。設定はよくある感じじゃん?」
「そんなこと言って、あんたらめっちゃ苦労してたがぁ! ロキなんて、ありすの名前ミスってたしの!」
「それはそっちのミスだろォ? ウサちゃんはRABBITウサギだと思うじゃん。名前の音も消えてたしさァ。ALICEアリスでいいって知ってたら、もっと早く片づいたし。オレと2文字かぶってンだから。……あれは無駄な時間だったなァ~」
「Lの文字は、ありすが見つけたんやろ? あれ一番わかりにくくしたんやけどぉ、よぉ見つけたわ。ありす、すごいの!」
「……ありがとう」
「ウサちゃんのは偶然だって。ビギナーズラック。基本ポンコツだから。ほとんどオレが引っぱってやったようなもんだし。オレ居なかったら即行でハオロンに喰われてたろ? 勝ったのはオレのおかげじゃん」
「………………」
「なに? 文句あンの?」
「(小さいと、あんなに可愛かったのに……)いいえ、ろきのおかげ、わたしもおもう」
「だよなァ~、魔物に化けたハオロン見て、ウサちゃん泣いてたしなァ~?」
「(涙は出てなかったと思う……)あれは、とても、こわかった」
「ありす、そんなに怖かったんかぁ? うち的には可愛く作ったつもりなんやけどぉ……」
「あれはグロすぎ。口裂けてンのと目玉が飛び出てンのまでは許容するけど、内臓とか千切れた血管とか、細かいとこリアル求めすぎ」
「けどぉ……デフォルメすると迫力なくなってまうし……」
「通常なら規制かかるレベル。あれで心臓止まるヤツもいるんじゃねェ?」
「えぇ~? そんなにかぁ?」
「ハオロンの神経は麻痺まひしてっからねェ~」
「ん~?」

 3人(彼女はまれにぽそっと応えるだけだけど)の会話は、窓側のラインで成り立っている。調理室からその様子をうかがっていたメルウィンは、新たに食堂へと入ってきたティアの姿を目に入れて、ようやくテーブルへと着く気になった。
 ティアは廊下側を歩いて来たので、メルウィンも同じ廊下側の、はしっこの席へ。正面がロキになってしまうけれど、致しかたない。ティアに遅れて入って来たセトもまた廊下側を進んだ。
 入室者を気にすることなく、ロキとハオロンの話は盛りあがっていて、「うち、次は人間でやるわ! ロキが追いかけてや!」「無理だって。ウサちゃんはオレが居ないとダメじゃん——なァ?」ふたりに挟まれて座る彼女の肩に、ロキがれなれしく腕を回した。楽しげに笑いながら。ティアは、それを後目しりめにメルウィンの隣に座りつつ、小声で、

「ちょっと目を離したすきに、また仲良しになってる……やだ……」

 メルウィンにだけ届けるつもりの、グチをこぼした。
 (ティアくん……)あまりにも正直すぎる感想に、メルウィンもうっかり「その気持ちは、僕も……すこし、わかる」ロボによる配膳の音にまぎらわせて、

「どうして……(ロキくん)なのかな……?」
「ああいう子に限って、悪いひとに引っかかるんだよ。前時代からのことわりだね」
「そうなの? ……世のなかって理不尽だ……」
「そう、往々おうおうにして理不尽なものだよ」

 吐息をこめて唱えるティアと共に、世の理について不満をいだいていると、ガタンっと大きな音を立てて座ったセトに気が移った。

 (……あれ? セトくん、機嫌わるい……?)
 そっと身を出して、どことなく不愉快そうな空気をまとう横顔に、視線をそそぐ。どうしたのだろう? 食事前なのに。
 メルウィンの目に気づき、セトの横目がギロリと。

「——なんだよ」
「ぁ……えっと……ううん、なんでもないよ」

 ならこっち見てんじゃねぇ、とでも言いそうな細い目で見返されたが、発言はなかった。代わりに、あいだのティアが、ため息をひとつ。セトになにか言うのかと思ったけれど、いつもみたいな軽口は出てこない。白い頬を動かすことなく、ティアは無言で食卓を眺めている。

「おや? ロキさん、なんだか久しぶりですね?」

 食堂に登場して早々やわらかな声で、誰も突っこめずにいた事実を口にしたのは、もちろんアリア。彼はいつもふんわりと爆弾を差しだす。破裂するときもあるし、不発に終わることもある。今夜は……

「あ~……まァね。ハウス管理のソフト、メンテナンスしてたワケ。掃除ができてねェとかクレーム出てたし? ……ってか、別に私室でメシ食ってもい~じゃん。アリアちゃんもさァ、研究で来ないときあったろ」

 窓側を歩いてくるアリアに向けたロキの声は、わりと穏やか。つむじを曲げることなく、無難な返答。アリアは瞳を上に向けて、「あぁ、ありましたね」思い出したように微笑み、ハオロンの横に着いた。
 爆発することなく、平和そうな雰囲気が保たれる。サクラとイシャンが入って来ても、壊れなかった。ハオロンがいつになくニコニコしていて、メルウィンがその笑顔を見つめていたのもあり、ぱちっと目が合った。

「——ん? ……あっ、メルウィンもゲームしたかったんかぁ?」
「えっ……ううん、そういうわけじゃ……ぁ、でも、すごく楽しそう……? ハオロンくんは、ゲームやるだけじゃなくて、作ったりもするんだね?」
「ん~ん、いつもはプレイだけやよ。初めて作ったわ」
「ぁ……そうなの?」
「メルウィンもするかぁ?」
「……僕でもできる?」
「できるって! 魔物オニから逃げ回って、ついでに名前の文字を集めるだけやし! 5時間くらいあればクリアできるわ!」
「ごっ……」

 (ごじかん!?)
 時間の長さに面喰めんくらって、言葉を失う。「魔物の強さでも変わるけどぉ……あぁ、魔物サイドやったらぁ、人間チーム捕まえれば終われるし……」ハオロンがゲームの説明を続けてくれているけれど、かかる時間を知った今、1グラムくらい生まれていた意欲は吹き飛んでいて、情報が耳をすり抜けていく。ハオロンのゲームプレイは、たいてい夜。そんな長時間なんて、身体がもたない。メルウィンは朝から食事の用意がある。

 (……あれ? でも、それってつまり……)

 はたりと気づいた事実を捉えきる前に、全員の配膳が終わり、すべてのロボがテーブルから離れた。いただきますをしようと手を合わせたところ、セトの横に座るサクラが「先に話しておくが、」静かな声で場を割り、意識がそこへと集まった。

「私は、今夜のは必要ない。希望があれば譲ろう。——誰か、要るか?」

 
 ひんやりとした冷たい言葉に、おのずと彼女へ目が向いてしまう。ぬくもりのない黒い目は、感情をのせない。彼女の表情は、ひとが多ければ多いほど消えている気がする。今は人形みたい。ふたりきりだと、もうすこし表情が変わるのに。

 メルウィンを含め、空気が固形化するような沈黙があった。サクラ以外の全員が、それを感知していたようにも思えた。
 空気を割ったのはロキで、「じゃァ、オレにちょ~だい」軽い口調でサクラへと応えた。

——要るか?
——ちょ~だい。

 まるで物みたいだ。それが何に関するやり取りか、一瞬わからなくなるくらい……軽い。

——ちゃんと人として扱うよう指示してくれ。

 彼女が初めてやってきた日に、セトが訴えたセリフが、胸にみた。あのときは、そこまで気にならなかったのに——いま、胸に刺さる。先ほど気づきかけた事実を、舞い起こした。

——5時間くらいあればクリアできるわ!

 ゲームを、3人でしたらしい。
 それは、昨夜の話。
 でも、彼女は今日、朝早くから、メルウィンの手伝いをするために食堂に来てくれていた。——それは、つまり……

 頭のなかで、繋がった瞬間。
 メルウィンは、立ち上がっていた。
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