169 / 228
Chap.15 A Mad T-Party
Chap.15 Sec.4
しおりを挟む時は、ゆるやかに——けれども、確実に過ぎていく。
住人の一部を欠いたハウスは何事もなく、むしろ穏やかな日々を重ねていた。エントランスホールの階段上、ステンドグラスは紫の花から赤いポインセチアに替わり、外の空気は肌を刺すほど冷たくなっていた。外に出る際は発熱する防寒着が必須だった。
メルウィンの畑仕事は栽培よりも土の管理がメインになり、人の手でやることもなくなると、手の込んだ料理作りの時間が増えていった。ハウスの食材は季節に影響されないのか、多種多様な物が使えた。
ティアとは、共に入浴をするくらいで、お茶の時間と洋服の着せ替え時間がほとんどを占めていた。最近は、よく編み物をしている。
「人の手で作った物がいいんだ。一緒に、おそろいで作ってみない?」
そう言って、でも彼は初めての挑戦らしく、試行錯誤しながら柔らかなセーターを編もうと試みていた。「クリスマスに間に合うかな~? マフラーにしておくべきだったかも……」度々ぼやくとおり、半分もできていないので実現は難しい。
穏和な性格のアリアとも何もなく、何度か古い音楽や楽器に触れる機会をもらった。かといって、アリアはすべての楽器を演奏できるわけではなく、「バイオリンとピアノを、趣味の範囲で」なので、ロボットの演奏になる。歌が好きなように感じるけれど、くちずさむくらいで、はっきりとは歌わない。あとは、健康診断と呼ばれる検査の時間があった。それだけ。
イシャンは……変わらず。言葉を交わすこと自体あまりない。彼の順番すらも会話はない。警戒が解けたわけではないだろうけれど、空気のように扱われている。——ただ、一度だけ、
「……首は、痛まないのか?」
「はい、だいじょうぶ」
「……そうか」
それを、心配してくれたと取るのは都合がよすぎる。でも、あの行為をなんとも思っていないわけではない……のかも知れないと、思えた。
そうして彼らとの時間を挟みながら、大部分はロキのそばに。彼は、たいていは機嫌よく絡んでくるのに、たまに予想だにしないところで機嫌を損ねるから難しい。
「さくらたちは、いつ、かえってくる?」
「オレがいるのに、なんで他のヤツのこと気にすンの?」
「(そういうわけじゃ……)」
誰からも答えを得られず(訊いても分からない場合と、そもそも訊ける気がしない場合があって)、このままサクラたちは帰ってこないのだろうか——などと、たまに思ってしまうくらい時が流れたころに、彼らは戻った。姿を見なくなってから、およそひと月が過ぎていた。
「——やっぱり異常な地域があるな」
3人の帰還を祝うように(違うかも知れない。セト個人の消費量の関係で……)豪勢な食事が用意されたテーブルの上では、長期不在時の報告がなされていた。肉の塊を、切っては口に、切っては口にと無限ループみたいな動きで食しているセトは、あいまで器用に会話している。廊下側の端にサクラが座り、その隣にいたイシャンが口を開いた。自身の右手側、セトへと目を向けて、
「臨時の報告では分からなかったが……トラップにパターンがあるのだろうか?」
「分かんねぇ。パターンっつぅのとは違うけど、感染者が全くいない場所に必ずトラップがある。油断せず、事前にロボで確認すれば問題ない。ただ、余裕がねぇやつや、ロボやマシンを所持してないやつらだと引っかかるな。……いや、そういう“はぐれ者”を狙ってんのか……?」
「……トラップの数を考えると、仕掛けているのは複数人……どこかのコミュニティが主導しているのか……」
「サクラさんは、単独だと」
「……ひとり、と?」
反対を向いたイシャンに、サクラは「……どうだろうな」あいまいな返しをし、ハオロンがいる右手を目で示した。
「うちも単独犯やと思うわ!」
「お前は黙ってろ」
活気あふれる勢いで応じたハオロンに、セトが横から鋭い目を。
「なんでやって! うちも報告させて!」
「黙って反省しとけ。勝手にトラップ飛び込みやがって……」
「でもぉ、あれはクリアできそぉやったし……」
「クリアとか言ってんじゃねぇ。ゲームじゃねぇんだぞ、ばか」
「あ~っ! セトがうちのことバカって言った! サクラさん、怒って!」
深刻そうなことを、それにしては明るく話すハオロン。私の右でメルウィンが「ぇ……飛び込んだ……?」びっくりしている。窓側は端にメルウィン。そこからティア、私、ロキ、アリアが並んでいた。ティアも「うそ……」絶句している。
イシャンが無表情のままに、
「……自らトラップに入ったのだろうか?」
「うん! 落とし穴のトラップだけやけどぉ、余裕やったわ!」
「………………」
「……えっ? もしかしてイシャンも怒ってるんか……?」
もう何も言うまい。そんな空気で、イシャンが会話から離脱した。セトが「ほら見ろ。怒って当然なんだよ」最後の肉を口に放ったかと思うと、ロボに追加を頼んだ。よく食べる。しばらく忘れていたが、改めて思う。
ロキは、くわえていたミートパイを口から離して「オレ報告みてねェんだけど、落とし穴のトラップって何?」ハオロンに尋ねる。
「落とし穴は落とし穴やって。床が開いて、20メートルくらい落とされて……感染者が詰め込まれたフロアに、ドーン!」
「感染者は何人いたわけ?」
「49。うじゃっとしてたわ」
「弾足りなくね?」
「サブマシンガン持って降りたからの、問題なし」
「へェ~生きててよかったねェ~?」
「あれくらい余裕やって。ロキとやったゲームに比べたら——」
ペラペラと話すハオロンを、サクラの静かな声が「ハオロン」呼び止めた。ぎくっとした小柄な肩が、サクラのいる方向をうかがう。サクラはハオロンの方を向くことなく、
「反省する約束だったな? それは反省しているのか?」
「……反省するわ……」
しゅんっと音が聞こえそうなほど大人しくなったハオロンに、ロキが「向こう見ず」小さく毒づいた。たぶん食卓のほぼ全員が似たようなことを思っている気がした。
「——話を戻すけど」
セトがイシャンに目を戻し、
「単独犯っていうのは、ハオロンの感覚的見解な。ロボは複数の蓋然性が高いっつってる。ミヅキに精確な分析させてみるけど……あれ個人でやるのは厳しいだろ。サクラさんは、複数より単独。あと大量のロボじゃねぇかって。……そんなロボの無駄遣いできるやついるか? ハウスくらいの規模じゃねぇと無理だよな?」
「サクラさんが、単独と判断する理由は……なんだろう?」
イシャンの問いに、サクラは手を止めた。目はプレートの上に合わさったまま。
「どのトラップも、細部に強いこだわりがある。大部分は粗雑で、感染者も無作為に集めたように思うが——“演出”に執着しているな。照明の色や建物のデザイン、入手難度の高いアンティークの小道具。私にはオリジナルが分からないが、何かを模倣しているように見える。ミヅキの分析は、それらの“演出”に注目させると興味深い結果が出そうだな」
弦楽器のような声を、久しぶりに耳にした。なめらかで艶のある、静謐をたずさえた声音。宵闇になじむ響き。
「——いずれにせよ、感染者が全くいないという共通点は明白だろう。油断を招くためか、それもまた“演出”のためか……その共通点を踏まえて警戒を怠らなければ、トラップに掛かることはない。今後、案じる必要は無いといいがな……」
テーブルの上は静かになった。カチャカチャとかすかに鳴る食器以外、何も聞こえない。ひっそりとした空間に、照明の灯火がゆらりとなびく。
落とされる影は、どことなく不吉だった。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
