【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.16 処刑は判決の前に

Chap.16 Sec.11

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「……どう……するの……?」

 彼女とアリアが出て行った食堂は、しばらくのあいだ沈黙が続いたが、ティアのぽつりとした問いによって破られた。
 立ち上がったままだったメルウィンは、すとんっと腰を落とした。茫然としたなかに失望が混ざり始めている。斜め右のサクラに対してもあるだろうが、おそらく自分へも。
 ティアは言葉を続けた。

「記憶もなくて、不安だった子を……そんな、むちゃくちゃな条件で縛りつけてたなんて……今さら、本人に、なんて謝るの……?」

 ティアの声が、テーブルの上を頼りなく通っていく。反応したのはハオロンだった。

「……よく、分からんのやけどぉ……何が悪いんやろか?」
「え……?」

 ティアの方を、ほんとうに不思議そうな瞳で見返し、

「サクラさんがしたことって、そんな悪いことかぁ? うちらに嘘ついてたのは悲しいけどぉ……ありすは、本人の意思でここに残ったわけやろ? サクラさんに責任ある?」
「……本人の意思って、なに?」

 向かい合うティアが、唇に浅い笑みをえがいた。

「自分が何者かも分からず、ここがどこかも分からない——そんな状態で、ひとりで生きていけるわけないよね? ……記憶のある僕ですら、ここから放り出されたら生きていけないよ? ……不安のなかで決めた選択は、本人の意思なの? それしか道がなかったのに、本人の意思だからって非難されるの?」

 寒々しい微笑みを浮かべるティアに、ハオロンがたじろぐ。

「うち、非難はしてないって……サクラさんが悪いんか? っていう話やが。サクラさんがしたことは、ほとんどうちらの為みたいなもんやろ? 自白剤かって、ありすが一番疑わしかったんやから……それくらいで解決するなら、別にいいと思うし……ほやろ? ロキ」

 助力を求めるように、左隣の肩に手を伸ばした。ロキはサクラの方を眺めていたが、ハオロンに話を振られたことで目を外し、重く息を吐いた。

「——オレは、知ってた」

 短い告白に、セトが反応する。金の眼を見返すことなく、ロキはティアに目線を合わせ、

「本人に訊いたわけじゃねェけど、サクラが言うような——娼婦としての仕事を、当たり前にやってきた人間じゃねェな、ってのは分かってた。ここに居るために嘘ついてんだろなァ……くらいの認識だったから、あんま気にしてなかったけどね。……ってかさ、オレだけじゃねェだろ? アンタだって、ある程度は分かってたンじゃねェの?」
「………………」
「否定できねェよな」
「……そうだね。僕も、アリスちゃんが望んでいるとは、思わなかった。……でも、ここまでとは……思ってないよ」
「はっ、サイキックも形無しだねェ?」

 鼻で笑ったロキに、ティアは反発する気も起きなかった。彼の指摘は正しい。おかしいと思うことは多々あったのに、言及しなかった。自分の立場が悪くなることと、彼女に頼られるのが——怖くて。

「——まァ、だから。オレが論点にしたいのは、ウサギを試すのに、あそこまでやる必要があったのかどうか。最終的に自白剤を使うくらいなら、不要だったよな? 自白剤の効果がどれほどのもんか知らねェけどね。それと——兄弟に銃口を向けて、しかも撃ち抜いたことについて、いくら君主サクラでも、何もペナルティがないなんてのは納得いかない」

 鮮やかな眼が、サクラを捉える。サクラは見返すことなくイスの背に寄りかかり、目を伏せるようにして、テーブルの上に置かれた自身の左手を眺めていた。退屈しているかのような、興味のなさそうな顔だった。

「——待ってほしい」

 不意のタイミングで声をあげたのは、イシャンだった。普段どおりの無表情ではあったが、心の内までなのかは分からない。向かう全員の目を——サクラも目を上げていた——受け止めて、

「これが、裁きの場だと言うなら……私こそ、処罰が要る。私は……あの人間を、殺そうと手に掛けた」

 メルウィンが、息を呑む。
 ティアは瞳に後悔の念を見せ、ハオロンは困ったように眉尻を下げた。ロキは信じられない者を見るように警戒の意思を見せ、セトは拳を握りしめていた。
 ハオロンが、そっと、

「……ありす、イシャンになんかしたんか?」
「……いや、あの人間がいることで……揉め事が起きるくらいならば、と……」
「……なんもしてないのに、殺そうと思ったってことやろか……?」
「……そうだ。殺そうと決めて、首を絞め落とした」
「ありす……生きてるけど……?」
「それは——」

 イシャンの言葉に被せて、サクラが、

「——大げさだな。すぐに意識を取り戻したのだから、大した力でもなかったのだろう? そんなことを逐一ちくいち取り上げる必要は無い」

 冷淡な響きのそれに、セトの目がひらめき——サクラへと、

「は? サクラさん、知ってたのか……?」

 見開かれた金の眼が、嘘だろう、と。絶望めいた色を帯びていく。

「ウサギが、殺されかけたのに……何もなかったみてぇに、を回してたのか……?」
「本人は至って健康だった。その程度の些末事さまつじを、私が気にかけないといけないのか?」
「………………」

 セトは、言葉をなくす。
 居合わせた者の多くが、この話し合い——あるいは、裁きの場——の意味を、見出せなくなっていた。
 彼女に対してのつぐないを話そうにも、彼らの君主は罪を認めていない。これは——裁けるのだろうか? もう、こんな“暴君”は、彼らの君主として認められないのではないか? ——そんな、不信感に近いものが、差はあれど静かに広がっていた。

 その疑念のなか、サクラは立ち上がった。

「話が何も進まないようだな。私の行動に不満があるなら、お前たちが話し合ったうえで処罰を与えてくれて構わない。追放を望むなら従おう。に、私が存在する必然性は全く無い。私も、を必要としていない」

 静謐せいひつを携えた声が、鋭い刃物のように空間をり離した。誰も口を開かない。
 美しい刺繍ししゅうがあしらわれた着物を揺らして、サクラは食堂から出て行った。

 ——そのあとの彼らの話し合いは、粛々と進められた。
 明確な処罰などは定まらなかったが、全員の意思と方向性だけは一貫している。

 サクラよりも、まずは——彼女に。
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