【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
208 / 228
Interlude 鏡に映る、さかしまの国

For you

しおりを挟む
【Epilogue Hush-a-by lady】
 After that.

 手がけた料理を口に入れる瞬間、こっそりと見守る。
 彼女のための、彼女だけの特別。気づかなくてもいい。気づかれたら、むしろ困ってしまう……でも、気づいてほしいような。


「——おいしい!」

 きらめく彼女の瞳が、メルウィンを振り返った。ディナーの時間、ロキに邪魔されることなく隣に座れたのは、奇跡的。食事の前に彼女がロキの気にさわる発言をしたらしく、ロキは端っこでねている。最近の彼女はロキの扱いにも慣れてきたのか、(あとで相手してあげれば大丈夫)くらいの余裕があった。素敵な成長だと思う。

 今夜はパスタにしましょうか。昼食のときの彼女との会話のとおり、ディナーの一部にはパスタを用意していた。
 兄弟たちも全員パスタをオーダーしている。用意したのはアサリのスパゲッティ、カルボナーラ、ラザニア。お好みでどれでも。とうぜんセトは全種類。ついでにピザもまるっと食べている。そろそろ胃が破裂するかも。

 アサリのスパゲッティを口にした彼女の笑顔に、「よかったです」メルウィンも笑顔を返した。彼女の横にいたティアも同じものをオーダーしていて、

「うん、美味しいね。味を無視してがつがつ食べるひとが目の前にいなければ、もっと味わえる気がするな」
「あ?」

 にこやかに余計な発言。ティアの真向かいに座るセトが(なんか言ったかこの野郎)みたいな目をしているが、ティアは気にしない。むしろ爽やかな笑顔を浮かべている。

「うん? セト君はどうして僕をにらんでるのかな?」
「自分の胸にけよ」

 穏やかなのか殺伐さつばつなのか分からない空気で会話するふたりを気にせず、彼女はメルウィンを見たまま、

「きょうは、〈てつだい〉ができなくて、ごめんね」
「そんな……いいんです。毎日じゃなくても、僕はぜんぜん気にしませんから……したいときで」
「わたしは、したい。……でも、きのうは、はおろんが……ことわれなかった」

 知っている。昨日のディナーで、ハオロンが彼女をしつこくゲームに誘っていた。「ゲーム実況してみたいんやって! 付き合って!」おそらく夜通し付き合わされたに違いない。そして、睡眠がまともに取れていないときは、料理は手伝わないで——というのは、メルウィンが出したお願いだった。ミヅキによる健康管理で、すこしでも引っかかるようなら、休息を優先してほしい。

「ハオロンくんのゲームは、何時までやってたんですか?」
「……いちど〈きゅうけい〉をはさんで……あさまで」
「………………」

 ため息が出そう。早めに食堂に現れた彼女の顔が青白かったのは、やはり見間違いではなく。食欲があまりなさそうに見えたのも、勘違いではなかった。
 メルウィンの心が伝わったようで、彼女は(大丈夫だよ)というように、なんでもなさそうな空気で、

「さっきまで、ちょっと、つらかった。でも……〈あさりのすぱげてぃ〉が、おいしいから……げんきになった。とても、やさしいあじ。おいしい」

 ふんわりと微笑ほほえむ顔に、どきりとした。笑顔に照れたわけではなく(もちろん笑顔もとっても可愛いけれど……)彼女の言葉に、焦りが。とても味。
 話を流してしまおうと、いそいで次の話題を試みる。しかし、メルウィンの前にいたサクラが、ひと足早く、

「優しい味——が、どんなものか。具体的に説明してもらえないか?」

 唐突な口開きに、彼女がきょとんっとした目でサクラを見やった。

「……わたし、ですか?」
「今しがた、そう口にしただろう? 優しい味が、私には分からなくてね。よければ具体的に述べてもらえないか?」

 困った顔の彼女に、サクラが『難しければ、こちらの言語でも構わない』メルウィンには分からない一言が添えられた。

『……こちらでも、難しい気がしますけど……見た目と違って、疲れた胃にも重たくなく……味も、薄めで……貝の出汁だしのみの、優しい味……のような……』
『スパイスが効いていて、そうは思えないが……私のとは全く違う物の感想を述べているようだな』
『え……』

 ぱちっと大きく開いた彼女の目に、ふっとサクラが唇の端を上げて、メルウィンに目を流した。ひやっとしたメルウィンは何も言えなかったが、サクラも何も言わない。サクラの隣で、サクラと同じくアサリのスパゲッティを食べていたイシャンだけが、(優しい味とは……?)ひどく考え込んでいる。すごく申し訳ない。

 彼女がサクラと何を話したのか分からない。
 でも、そろっと目をこちらに向けた彼女が、なにか気づいたように、

「……わたしが、きたときに……“まだ、できあがってないから”……と、〈ちょうりしつ〉に、もどったのは……もしかして、」

 知らずしらず、メルウィンの頬が赤くなる。
 彼女のためのスパゲッティを、新たに個別で作ったことが……ばれたらしい。
 ゆで時間を長くして、スパゲッティは柔らかめに。味も薄めで、スパイスは最小限。彼女の身体をいたわった——彼女のための料理。

 本人に知られるのが、こんなに恥ずかしいなんて。——でも、

「めるうぃん……ありがとう」
「いえ……どういたしまして」

 心からの感謝と、はにかむ笑顔。
 今この瞬間の彼女の喜びは、自分だけのもの。

(ありがとうは……僕のほう、です)

 宝物のような時間に、頬を染めながらも、メルウィンは柔らかく微笑み返した。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...