【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Birthday Story 花火消えたるあとの

Into the Flame Fin.

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 私は、仕事はできると自負している。
 年齢のわりに責任のあるポジションにいるのは、学歴や功績による人事的な評価であって(女性の地位向上なども要因のひとつではあるかも知れないが)、おおむね正当なものだと思っている。
 どのプロジェクトも責任をもって全うし、成果を上げてきた。趣味がない分プライベートを仕事に費やしてきたところもある。……それで恋人を失っているのだから、公私ともに上手いわけではないが——つまり、私は仕事で成果を上げるのが好きで、そのためなら多少の個人プレーもいとわない。
 周りの人たちに恵まれているのもあって、比較的自由にやらせてもらっていた。大抵の個人プレーに対しても、「さすがだね」と褒めてもらえるが……

「君は本当に抜け目がないな。珍しく休みを取ったかと思えば、そのあいだに大口のプロジェクトを進めているとは……さすがだね」

 ——が、今回ばかりは全くもって身に覚えがない。

 失恋休暇(表向きはただの有休だが)を取った私が、3日間というレアな休養期間を経て出社し、まっていたメール処理やらなんやらを片していたところ直属の上司に声をかけられ、……なんのことやら。

「……あの、どの件をおっしゃっているのか……」

 困惑する私が詳細を聞くまでもなく、内線で呼び出しをくらった。直属の上司ではなく、上の室長でもなく、そのさらに上の部長でもなく……まさかの、社長に。正しくいうと、社長付きの秘書に。例の件で、今すぐ来るように——と。

 急ぎ足でフロアを上がり、社長室へと向かいながら……もしかして、これってドッキリだろうか? 暇な会社なのか。いやしかし、なぜ私? ——などと考えていると、社長室の前の前室で、慌てたような社長と秘書に遭遇した。

「きみか! きみだね? こんな重要な案件はきちんと上を通してもらわなければ——いいや、それについては後で話すが……しかし、昨日の今日でいきなり本人がやって来て、きみを出せと——ともかく、頼むよ? 君に社運が掛かっているんだ。分かるね?」

 なにひとつ分かってないです。なんの話をしてるんですかね? ——なんて言うわけにはいかない。相手は社長である。個人的に話すのは初めてだが、私の顔を見て「きみか!」と呼びかけて来たので、私に用があるのは間違いないらしい……?
 促されるままに前室の先の社長室へと。ひとりで行かされるあたり、ドッキリへの疑いはれず……リアクションをどうしようかと考える。
 入室して、手前の応接スペースを見るが、誰もいない。口の付けられていない珈琲のみ。
 ——ドッキリ確定だ。うまい反応をしなくては。

 変なことに頭を悩ませかけたとき、社長の机だと思われる奥に、目がいった。私と反対の、窓側を向くイスが、くるりと回り——

「お姉さん、見ィっけ♪」

 カラフルな色が飛び散った頭髪。ツヤのあるスーツは、ダークネイビーの夜空色。花火みたいな——彼が、場違いな青空を背にしてニヤッと笑った。

「……えっ? は? ……え?」
「お、いいねェ~? そォゆう驚いた顔、見たかったンだよなァ~」
「なに言って……いえ、何やってるんですか? ……ドッキリ? え? どこから? いつから?」
「ドッキリじゃねェよ? これは、けっこうガチな、お仕事」
「…………はい?」
「お姉さんの会社、買収しよっかなァ~って」
「……はいっ?」
「アハハ、じょ~だん♪」

 愉快げに笑う彼が、イスをきしませて立ち上がった。スラリとした体躯たいく。高い位置から見下ろしてくる顔は、非常に身に覚えがある。
 3日前の夜に、短い時間だが、共に過ごしたひと。

「……あの、これは、どういうことでしょう?」

 立ち尽くす私の方へと歩み寄りながら、ふっと薄く曲げた唇で吐息をもらした。

「お姉さんが、オレんとこに忘れ物してくから……持って来てあげたわけ」

 目の前に差し出された手が、私の受け取りを待たずに開いた。
 とっさに受け止めて——ラムネ色の、指輪——その存在に、眉を寄せる。これは、忘れたわけじゃない。置いていったのだ。

「……いりません」
「なんで? お姉さんのために取ったのに?」
「こんな物、欲しいなんて言ってません」
「こんな物って……ダイヤの指輪ならもらってくれンの?」
「そういう問題じゃ……」
「じゃ、どォゆう問題?」
「…………そもそも、どうやってここを? 私、名前も言ってないですよね?」
「まァね……けど、汗流したいって言ってシャワー浴びたろ。そんときに身分証明になるもんあさられたのかもよ?」
「はぁ? 勝手に中を調べたんですかっ?」
「隙だらけなのが悪いンじゃん」
「犯罪ですよ!」
「……調べてねェって。シャワー待ってるあいだ暇だったから、お姉さんの巾着にキーホルダーつけようとしたの。……そんときに中身がこぼれたから、拾って……偶然、名前が知れたわけ」
「名前だけで会社は分からないですよね?」
「いや? オレ、個人特定とか得意だし、探偵やってる知り合いもいるし、簡単に分かったけど?」
「それ! 絶対に犯罪行為を含んでますよねっ?」
「黙秘で」

 ひらっと振った彼の手に、そろいの指輪はない。手首に巻かれた腕時計は明るいトーンの金属で、ホワイトゴールドかプラチナ。特徴的なデザインですぐに分かる、スイス製の高級腕時計。傷のないそれは使用感がなく、経年劣化も感じさせない。銀メッキの指輪とは、かけ離れている。

「これが、ドッキリじゃないって言うなら……あなたは、なんですか」
「何って、なに?」
「ひとの会社に来て……いきなり社長に会えるなんて……ありえないでしょう?」
「オレは、オレだけど。お姉さんにやり逃げされた、かわいそォなやつ。……ってか、やり逃げはひどくね?」
「やり逃げって……人聞きの悪い。いえ、事実そうかも知れないですけど……あなたも楽しんでたんだから、そこは文句ないですよね?」
「う~わァ……それ、クズが言うセリフ。お姉さん、そォゆう感じなの? けっこう傷付くンだけど」
「………………」

 なんだ、これは。どうして私が責められているのか。
 困惑に怒りのような気持ちが湧いていたが、彼の——さびしげな苦笑に、心が揺さぶられる。私が悪いのか。

「……会社まで来て、私にどうしろと?」
「どうしてほしい、とか……そこまでは考えてない。ただ、もう一回……会いてェなって、思って」
「……会いたい、だけで……普通、こんな大事おおごとにします?」
「普通なんて知らねェし。お姉さんのこと調べるため、周りに探りいれさせたら……仕事に貪欲な感じって報告もらったから? じゃ、オレをえさにしたら逃げられねェかもってゆう……安全策」

 貪欲。誰だ、そんなこと言ったのは。

「最初は、元彼の後輩を飛ばそっかなァって思ったンだけど……そんなことしても、お姉さんの頭の中から消えるか分かんねェし。オレは、元彼クン気に入ってるし。お姉さんを引き抜くにしても、この仕事がスキなら、オレのワガママで奪えねェじゃん?」

 いろいろ突っこみたい。なに言ってんの? とすら思う。……思うが、とりあえず、

「……あなたが、どうして私の後輩を気に入っているんでしょう?」
「お似合いですねって言ってくれたじゃん? オレとお姉さん、似合ってるって。オレは嬉しかった」
「………………」

 無邪気な笑顔に、何も言えなくなる。

「……お姉さん、なんで黙って帰ったの? 指輪も置いてさ……オレ、なんかした?」
「………………」
「怒らせた? 下手だった? ……それとも、最初から遊びだった?」
「それは……そっちだって……」
「オレ、遊びなんて言った? ……言ってねェよな?」
「そう、ですけど……私が、ひとりで都合よかったから……声をかけてきた、だけですよね?」
「そんなの、照れ隠しの言い訳に決まってンじゃん。お姉さんが綺麗だったから、玉砕覚悟で声かけたんだよ。……そんなことも分かってなかった?」
「……きれい? 誰が?」
「お姉さん以外、誰がいるの?」
「……私、普通ですよね? メイクはそれなりに上手くやれてると思いますけど、かといって……この程度なら、どこにでもいますよね? あの場に、もっと可愛いひとだっていましたよね?」
「そう? ……お姉さん、浴衣が似合ってたし。そのへんの安いのと違って、柄の色も映えてた。ひとりで、誰に見せるわけでもないのに綺麗で——かっこよかった。……祭りにいた誰よりも、お姉さんが綺麗だったと思うけど?」
「……お世辞が、うまいですね」
「嘘じゃねェって。オレは、空に上がった花火よりも……お姉さんに惹かれてた」
「………………」

 あの日、美しく着飾ったのは——些末さまつなプライドからだ。
 距離を置きたいと言われて、その不安をごまかすために着付けを習った。浴衣も素材の良い物を買って、爪は、「ネイルしないの? 仕事用じゃなくて……キラキラした感じの」そう言われたのを思い出したから、練習した。
 夏祭りは、毎年のことだから。きっと、そのときなら——会えると思って。……楽観的で、いや、逃避していて……ものすごく馬鹿だ。もっとやるべきことがあった。これが仕事だったら、そんな無駄な時間を置いたりしない。多少の駆け引きはあっても、半年も放置しない。間に合ったかは分からないが、直接的なアプローチをするべきだった。大事なものなら、目をそらしては……いけないのに。

「……オレの気持ちは、伝わった?」
「そこそこ好いてくれていた……ということだけ、分かりました」
「オレと付き合ってみる?」
「……はい?」
「オレと、付き合ってみる?」
「いえ、聞こえてますから……」
「聞こえてるならイエスノーで答えてよ」
「……それなら、ノーです。付き合いません」
「なんで?」
「……あの。私、つい先日失恋したばかりなんですよ。……ご存知ですよね? 普通は、こんなに早く別のひとと付き合う気になんてなれません」
「寝るのはよくて、付き合うのはダメなわけ? お姉さんが言う普通っておかしくね?」

 シンプルに突き刺さってくる事実に、ぐうの音も出ない。

「——とにかく、付き合う気はありません」
「えェ~? いいじゃん、付き合ってよ。お試しでさ、この夏だけでも。とりあえず」

 軽い。ひと夏のキャンペーンみたいなノリで言われても、乗るわけがない。
 近寄ってきた彼から距離を取るべく、一歩下がった。すると彼は、意外にも食い下がることなく、不敵に微笑み、

「——お姉さんに、拒否権ってある?」
「? ……ありますよ?」
「ほんと? オレ、お姉さんが休んでるうちに外堀を埋めてみたンだけど……効果なかった?」
「外堀……?」

 意味深長な言いぶりに、ふと——上司たちの言葉が、

——珍しく休みを取ったかと思えば、そのあいだに大口のプロジェクトを進めているとは……さすがだね。
——こんな重要な案件はきちんと上を通してもらわなければ……
——頼むよ? 君に社運が掛かっているんだ。

 ……いや、まさか。まさかそんな……。
 否定してみるが、嫌な予感がぬぐえない。

「……もしかして、私、脅されてます?」
「ん?」

 にこっと口角を上げる顔は肯定せず、否定もせず……黙ったまま。

「………………」
「………………」
「…………え、ほんとに付き合わないといけないんですか……?」
「別に? お姉さんのスキにすればい~んじゃねェ?」
「………………」
「——ちなみに言っとくと、成果を上げたい貪欲な会社員は断らねェと思うなァ~? 損得勘定でさぁ、オレを利用したほうがいいって弾き出せると思うンだよなァ~? そんなことも計算できねェやつなんていないだろォけど……いるなら? そいつがクビにならねェか心配だなァ~?」
「! ……さっきと態度違いませんかっ?」
「オレが下手したてに出ても、乗ってくんねェじゃん。そっちがそォゆう態度なんだから、こっちもビジネス対応。——ってワケで、付き合って?」
「あんなに謙虚な発言してたのに、言ってること矛盾してませんっ? 会いたかっただけで、私に何も望んでない——みたいなこと言ってましたよね?」
「ン~? 言ったっけ?」
「そういうところが! 軽そうで付き合いたくないところですよ!」
「軽いのはオレじゃなくてお姉さんじゃん?」
「そこはお互いさまですからね!」

 明るい声をあげて笑ってみせる彼を睨むと、楽しそうな顔のまま、一歩。離れた分の距離を取り戻された。背後はドア。物理的にも比喩ひゆ的にも逃げ道がない。

「そろそろ諦めついた?」

 見下ろしてくる意地の悪い笑みに、「……最悪」ぼそりと本音がこぼれる。恋愛は当分——むしろ生涯しょうがい——要らないと思った矢先に、こんな不条理な恋愛に囚われるなんて。

「最悪? 最高の間違いじゃねェ? オレを利用して出世できるかも知んねェし? ……お姉さん、最高に運いいじゃん。祭りで千本引きでもすりゃよかったなァ~?」
「どこが最高ですかっ? ほとんど身売りですよ?」
「それは自業自得。火遊びなんかするから、悪いヤツに捕まるンだって。……まァ、オレは優しいから? よかったじゃん?」
「……どの口が言って……」
「この口」

 へりくつを吐く唇が、頬に落ちてきた。軽いリップ音が、ふざけたように頬をくすぐる。

「まだ付き合うとは言ってませんよ!」
「じゃ、早く宣言して」
「こんな脅迫めいた付き合いで本当にいいと思ってるですかっ?」
「思ってる。始まりなんてなんでもい~よ」
「軽薄すぎませんっ?」

 ——トンっと。行き止まりの背後を、彼の長い手が突いた。逃げ場などないと、知らせるように。

「……あのさ、遊びだとか軽いだとか言うけど……オレ、けっこう重いと思うよ? お姉さんのこと、離す気ねェし」

 ゆっくりと下りてくる唇から、目が——離せない。
 あの日、あのとき、重ねた熱が……頭に弾ける。

「オレと、付き合ってよ。お姉さんの時間を……オレにちょうだい」
「………………」
「オレの時間も、お姉さんにあげるし。……ほら、等価交換じゃん?」
「……等価、じゃない……」
「そォね? 時間は平等じゃねェし。……じゃァ、オレの全部をあげたら、釣り合う?」

 甘く、まとわりつくような香り。体温と混じると、より深く惹きつけるように変化する。感覚が麻痺まひしそうになる——あの夜と同じ香水。
 ——よけなければ、受け入れることになるのか。

 動けずに、目をつぶった。
 しかし、触れたのは……唇ではなく、

「…………?」

 開いた目に、間近で彼の顔が映る。
 繋がった手の中から、指輪を取ったかと思うと——私の指先に、するりと。左手の小指ではなく、薬指に。
 
「サイズフリーって便利だよな。リングは全部これにすればい~のに」
 
 そんな情緒のないことを言って、固まったまま見つめていた私に、気づいた。
 いたずらっ子のような目が、私を捉え、

「とりあえず、予約で。オレ、けっこう本気だから……覚悟して?」

 ラムネ色のアクリルストーンが、私の薬指でキラキラと輝いている。真ん中で割れたハートの半分。空にぶちまけられた花火の、ひとしずくのような。
 目が離せなくなるほど派手で、でも——透き通った無垢むくな色。

「まずは、お姉さんの名前教えてくんない? その口で」
「……知ってるくせに……」
「お姉さんの口から聞きてェの」
「……あなたから先に名乗ってください」
「オレ? オレは——」


 ——火に誘い込まれたのは、どちらか?

 夏はまだ当分、終わりそうにない。
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感想 18

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みんなの感想(18件)

ちゃう
2024.08.18 ちゃう
ネタバレ含む
2024.08.19 藤香いつき

こちらにも感想ありがとうございます✨
ロキくんの周りは本人の好みもあって優しい女性が多いのですが、今回だけひねくれ不器用(?)ヒロインで挑戦してみました。
ロキくんの一目惚れストーリーですね。

ifストーリーは辻褄合わせず気軽に書けるので本当にいいです笑
こちらのハオロンは探偵事務所で働いていて、セトは警察かな……と軽い設定で書きました。
現在執筆中の青春ストーリーが青く眩しいので、致死量のダークで重い世界が少し恋しいです笑

今回のストーリーは自由すぎるので投稿する予定ではなかったのですが、読んでくださる方がいらっしゃったようなので載せてよかったです。
セトとヒロインのhoneymoon🌙も載せなくては笑(こちらはどこに載せましょうね……)

解除
2024.02.29 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2024.03.02 藤香いつき

サクラとアリアは本編でも番外でもゲームに関わってないので、ちょっと参加させてみました。
本当はゲームだけのがっつりした話も書きたいです!
本編中の〈失名の森〉とかリアルな森でのサバイバルゲームとか……他にもみんなで人狼ゲームとか笑
もう本編のストーリー関係なさすぎますけど、いくらでも書けるな……とよく思います🥺
本編好きな方からしたら需要ないかな?
でもいつか書けたらいいですね🥰

解除
m
2024.02.27 m
ネタバレ含む
2024.03.02 藤香いつき

ロキの評価だけが上がっていく……笑
確かにセのほうは「ん」で終わりそうですね。ほんとに頑張ってほしい笑
イシャンの方はそんな素敵なこと言ってくれるんですね!さすが!
こう考えると星空デートはキャラの個性出そうですね?それだけでお話がいっぱい書けそうな……
ちなみにセトは続編で頑張ります!たぶん!

解除

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