【完結】致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.1 白銀にゆらめく砂の城

Chap.1 Sec.8

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 今夜こそ攘夷に燃えてみせる!
 大きな野望を胸にディナーの席に着いたハオロンは、いただきます早々にアリスへと声をかけようと思っていた。
 すでにロキは予約済み。「ウサギもいるなら」という条件付きだが、これは難度が低い。ウサギ兼アリスに頼んで今夜はゲームパーリィ。ワクワクとした高揚感の満ちる手を、合掌の役目を終えてテーブルへとおろした。
 その、タイミングだった。
 
「——いちおう話しておく」
 
 向かいラインの右側。廊下サイドの端にいたセトが声を張った。
 
「俺は、ハウスここから出て行く」
 
 ぱちり、まばたき1回分。思考が止まる。
 全員が揃っているというのに、食卓は数秒のあいだ静寂に包まれた。
 
 ——ここから、出て行く?
 頭に残ったセトのセリフを考える。考えながら、ひとまず口を開く。
 
「次のってセトか? 行きたいって話かぁ?」
「外出じゃねぇよ。ここでの生活を抜けるっつぅ話だ」
「…………冗談やろ?」
「冗談じゃねぇ」
「……うそやろ?」
「嘘じゃねぇよ」
 
 しん、と。
 苦手な沈黙から逃げるように、右隣のロキに目を送った。横顔は硬直している。その奥のアリスも血の気の引いた顔をしている。
 ——きっと、食卓に向かう者の多くが困惑していた。
 
「……それで、森の管理を誰かに引き継いでもらいたい。トレーニングはミヅキに全投げする。即ペナルティになるから気をつけろよ、ティア」
 
 名指しで声をかけられ、ロキと彼女の奥にいたらしいティアは遅れながらも言葉を返そうと、
 
「……そんな、急に言われても困るよ。森の管理だって……セト君しか無理でしょ?」
「引き継ぐやつがいないなら、そっちもミヅキに任す。整備は定期的に入るようにしてあるし、最低限はロボで成り立つようにしてある。動物のほうは放置でいい。……ジャッカルだけ連れてくつもりだ。大きい動物にはそれぞれチップが入れてあるから、害になったときは殺処分して食肉に回してくれ」
「本気で言ってるの……?」
「ハオロンにも言ったろ。こんなこと冗談で言わねぇよ」
「……ひとりで、出てくの?」
「そうだ」
「………………」
 
 ハオロンは、自分のほぼ正面に近いサクラを見た。カトラリーに手を伸ばし、食事を始めている。訴えるように見つめていると目が合った。が、意味なく微笑まれただけだった。
 セトの横にいたイシャンが、「……海上都市の件は?」表情を変えることなく尋ねた。
 
「そっちは調べとく。外に出るついでに、他のコミュニティにも顔出して探り入れとく」
「……独りで調べるには、危険すぎる」
「お前らには迷惑かけねぇよ。海上都市とぶつかってもヴァシリエフの名は出さない。……そんなミスはしねぇつもりだけど、なんかあったらハウス出た俺のことは切り捨ててくれ。海上都市の件だけは情報共有いるだろうから、ロキに定期的に連絡いれる——頼むな?」
 
 最後はロキに対して。目を投げたセトに、隣で黙っていたロキは、「……りょーかい」期待はずれに大人しく受け入れてしまった。
 アリアに目を移したが、彼も自分と一緒で困るばかり。
 頼みのつなでアリスを巻き込もうと決めてから、ハオロンはセトへと瞳を戻した。
 
「なんで急に出てくんや!」
「……少し前から考えてはいた」
「理由は? なんで?」
「理由はとくにない」
「理由ないのに出てくんか……?」
「ここにいる理由もねぇよ」
「……あるやろ?」
「ねぇよ」

 強い主張に、視界の端にいるアリスに目がいきかけたが、名を出していいか分からない。セトがアリスに向ける感情は、ハオロンが思っていたものと違ったのだろうか。
 
「う……うちは嫌やわ!」
 
 声をあげると、アリアの心配する青い目がこちらに向いた。
 サクラは変わらずに食事をとっている。まるで他人事みたいに。

「セトがいなくなったら淋しいが……わざわざ離れんとここにいてくれんか? うちら家族やろ?」
「……違うだろ」
「なにが違うんやって」
「俺らは……それぞれ本当の家族がいただろ。そっちが家族で、俺ら同士は家族じゃねぇ。……お前だって、感染始まったとき真っ先にハウス出てったじゃねぇか。本当の家族がいなくなったから戻って来ただけで、誰かひとりでも生きてたら戻って来なかったんじゃねぇか?」

 
 ナイフの切先きっさきで、背筋をなぞられたような寒気がした。
 
 何も言えないハオロンに代わって、ロキが、
 
「家族なんて関係ねェよ、ハオロンはオレが迎えに行ったから帰ってきたンじゃん?」
「あぁ、そういやお前が迎えに行ったんだったな」
「そ。ってかさ、ハウス出てどこ行くわけ? 連絡手段は?」
「海上都市のこともあるし南下する。生活拠点はフィールドワーク中に見つけた場所がいくつかある。連絡だけはセーフハウスからするつもりだ」
「じゃァ問題ねェな。ハウスのブレス端末は外してくよな?」
「ああ」
「偽の個人情報いれたウェアラブル・デバイス用意しとく」
「あぁ、わりぃな」
「ブレス? リング?」
「なんでもいい」

 話は流れ、軽いようすでハウスを出て行く準備が進められる。
 口を挟めなくなったハオロンが、セトとロキの淡々とした会話を黙って聞いていると、
 
「……セトくんっ」

 ふり絞る声に、存在を思い出した。自分と反対側の端にいるせいで意識になかった——メルウィンが、声だけでその存在を主張した。

「……なんだ?」
「ほ、ほんとに出て行っちゃうの?」
「ああ」
「……でも、その……外には、セト君の好きな甘いものが全然ないし……チョコレートも、きっとないよ! ……ハウスにいたら、僕、これからもいっぱい作るからっ……」
 
 誰に何を言われても変わることのなかったセトの顔が、ふっ——と。苦笑をこぼすみたいに、表情を崩した。

「チョコレートはなくても生きていけるだろ」
「そうだけど……でもっ……」
「……心配してくれてありがとな。俺の分、他のやつらに作ってやってくれ」
「……ダメだよ。セトくんの分なんて、みんな合わせても食べきれないよ……」
「それは言いすぎだろ?」
 
 ハッと笑うセトの顔に、メルウィンはもう何も言えない。メルウィンだけでなく——だれひとり、止められない。
 
 今まで、こういうときに自分たちは家族だろうと主張して引き止めるのは、他でもないセトだった。それなのに、
 
——俺ら同士は家族じゃねぇ。
 
 その彼が放棄した絆を繋ぎ直すことは、誰にもできなかった。
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