致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.4 剣戟の宴

Chap.4 Sec.13

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 窓の外が暗くなるまで、ソファに座ったりベッドをのぞきに行ったりと所在なく過ごしていた。
 時刻は分からない。日が沈んだのだから17時はこえたと思う。
 ブレス端末は壊れている。セトのリングを借りることも一瞬考えたが、プライバシーと起こしてしまうことを危惧きぐして諦めた。
 
 そうこうしていて、なんの前触れなくドアが開いた。

「——セトっ! 久しぶり!」
 
 いきなりの大声。
 ソファに座る私は固まっていたが、ベッドのほうでは、
 ……ものすごい反射神経でセトが飛び起きていた。
 
「——あ?」
「お、寝てた? 起こしたか?」
「…………は?」
「わるい、主役が来ないから呼びに来ようと——まだ眠いか?」
「……いや。……は? 今どういう状況だ?」
「アトランティスに加入するんだってな! 歓迎会だ! やるぞー!」
「まて、急に何言って……つぅかお前は……」
「覚えてないのか!?」
「……覚えてる。お前もここなのか? モルガンと知り合いじゃなかったよな?」
「ああ、前のコミュニティが成り立たなくなってな。アトランティスに入れてもらったんだ。あのときのバンドメンバーも揃ってるぞ。お前のほうは……ロキは……?」

 唐突にやってきた歳上らしき青年は、親しみのある空気でセトに話しかけていたが、ロキの名前で心配そうに声を弱めた。
 セトが首を振る。
 
「——いや、生きてる。心配ねぇよ」
「そうか! よかった、セトも無事で安心した。ライブに来なくなってから気になってたんだが……二人ともよそのハコに移ってたんだな」
「ああ、まぁ……」
「ここには今日来たのか? どこのコミュニティにも所属してないのか?」
「……モルガンから、何も聞いてねぇのか?」
「ん? いや? ラグーンシティから来たとは聞いたが……ラグーンだろ? あそこからお前が来るわけないよな? モルガンのジョークかと……」
「……いや、今朝までラグーンシティに捕まってた」
「ほんとか!? よく生きて出れたなっ?」
「……まぁ、そうだな」
「あそこのリーダーは怖いけど美人らしいが……会ったか?」
「……会ったけど……」
「すごいなっ? それみんなが聞いたら羨ましがるぞ!」
「………………」
「あぁ、話はあっちでしよう! 早く連れてこいって連絡きたからな!」
 
 セトが圧倒されているまに腕を引く青年。
 引っ張られるセトと目が合った。
 
「いやまて! ウサギが——」
「あ! そうだったな!」
 
 思い出したように反応したのは、セトではなく見知らぬ青年のほうで、周りをくるっと見回すと、端にいた私に気づいた。
 
「セトの恋人の——ウサギ? だろ? 聞いてるぞ、よろしく!」

 友好的に掲げられた手に、うっかり手を上げて「よろしく……」と返してしまってから、
 
(……こいびと?)
「はあっ?」

 胸中の疑問にセトの声がぶつかって、青年がにこやかにドアを親指で示した。
 
「行こう! 歓迎する!」
 
 明るい声に、嬉しそうな笑顔。
 悪意のない誘いで、セトと共に連れて行かれた先は——
 
 
「——おお! ほんとにセトだ!」
「遅いだろ、何してたんだ?」
「久しぶりー!」
 
 暗い室内に、カラフルなレーザーライトが走っている。
 にぎやかな声と親しげな空気で迎え入れてくれた面々に、セトが困惑したのが分かった。
 
「……なんだこれ」

 ぼそりともれた呟きに、横にいた最初の青年が、
 
「歓迎会——モルガンに聞いてるだろ?」
「聞いてねぇ……いや、聞いたかも知んねぇけど……」

 冗談だと……。囁きは、聞こえていない。ただ、セトのかすれた声は少し戻ってきているように思う。
 別の青年が笑いながら、
 
「セトはそこそこ頭がいいんだって? ちょうどアトランティスのかしこいやつらが抜けて、みんな困ってたんだよ。お前が来てくれてよかった」
「……いや、俺は……」
「セトが頭いいなんて信じらんねぇなー?」

 アハハと軽く笑って会話に加わった相手には、「なんでだよ」セトが流れで突っこんだ。聞き取れる単語と雰囲気から察するに……歓迎されている。意外なほど。

「——で、こっちのコは? セトのパートナーも紹介して」
 
 ふいに、目が集まった。
 セトの身体のかげに収まって存在感の薄れていた私に、注目が。自己紹介だと察したが、こういうとき、この世界のひとたちは紹介というより紹介が多いらしい。応えはセトに求められている気がする。なので、ちらりとセトを見上げた。
 ……困った顔。なぜ。名前が変だから——という理由なら、名付けのセトに非がある。
 アリスと紹介するのだろうか、と思っていると、
 
「ウサギ、だ」

 微妙な表情で返したセトに、方々から「よろしく」と声があがった。声を返すと、私を見たセトが、
 
「こいつらは、昔の知り合いだ。バンドしてたときの」
「モルガンさんとは……べつの?」
「同じとこだったり、その前のライブハウスだったり……」
「——不良組!」
 
 セトの説明に重ねて、別の声が「オレらは落ちこぼれの集まり!」叫ぶと、けらけらと弾けた笑い声に包まれた。

 いやオレ数学はできたよ?——俺も理科は平均あったし——運動はやれた!——勉強の話すんなって。
 口々に話す言葉に、やっと気づいた。
 
(このひとたち……セトがヴァシリエフハウスって知らないんじゃ……)
 
 眉を寄せて同じことを思っていそうなセトの横顔を気にしていると、
 
「——てか、セトって崩壊後どこのコミュニティにいたの?」
 
 当然のごとく出た疑問に、セトは吐息を落として諦めたように口を開いたが、遠くから別の声が遮った。
 
「——そんなこと、どうでもいいじゃねぇか」
 
 海底から響くような、低い声。ゆるく気だるげで、なのに威圧的な——重たい響き。
 
 目を向けた先には、モルガンがいた。
 
「前のコミュニティは追い出されたんだよな? 放浪してたとこを、ウサギと出会って……なんだっけか? 他のコミュニティの嫌がらせで、ウサギだけ攫われてラグーンのに落とされた——だったか。それでウサギを助けるためにラグーンに飛び込んで、捕まってた——ってぇわけだ?」
 
 話すモルガンの目は、牽制するようにセトを刺した。
 セトが返さなかったため、周囲から先に反応があり、
 
「マーメイドラグーンっ? マジ? セト、お前マジか?」
「全員女だろ? 一部はたまに来るけど、一度も顔見せにこないリーダーが美人だって……もしかして会った?」
「いやいや、セトはそのリーダーと付き合ってたから」
 
 速い掛け合いに、「はぁっ!?」最後は複数の驚嘆の声がかち合って、場は異常な盛りあがりをみせた。セトが来たときより盛りあがっている。

「その話聞かせろよ!」
「つーか呑め! いつまでシラフでいるんだ!」
 
 かけられる言葉に、セトは「いや、呑まねぇよ」戸惑いながらも断ろうとしていた。
 けれども、グラスを持ったモルガンが、
 
「せっかくだろ? 楽しく呑もうぜ」

 馴れなれしくセトの肩に手を掛け、グラスをセトへと手渡した。
 ——瞬間、なにか囁いた気がする。聞こえなかった。でも——セトの目は、鋭くとがった。
 
「………………」
 
 無言で細く見返すセトに、モルガンは笑って、
 
「答え、出てるだろ? で、俺らの仲間になってくれよ。——なぁ、セト」
 
 そこに、嘲りはない。
 信頼した者に見せる、友情の笑顔。
 期待あふれる第三者の目に囲まれて、
 
「……ああ、よろしくな」
 
 わっとあがった歓声。
 騒々しく始まる宴席で、困惑の表情を浮かべていたのは、私ひとりだけだった。
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