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Chap.5 The Bubble-Like Honeymoon
Chap.5 Sec.19
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月を見上げる。
蜜がこぼれ落ちたような、細い月。
サクラが見上げるのは、偽りの夜空。
しかし、今宵の天空の間に映し出されるのは、現在の空と全く同じものだった。
《——サクラさん、聞いてるかぁ?》
空間には、ハオロンの声が響いていた。
はるか南のセーフハウスから連絡しているハオロンは、いつもの抑揚の乏しい話し方で深刻な状況を伝え、サクラは反応なく聞いていた。
「……聞いているよ。セトが海上都市に囚われている——と言いたいのだろう?」
《……うん。たぶん、ありすを人質にされてるんやと思うわ》
「………………」
《ジゼル——って、さっき言ったラグーンのリーダーの見解やけどぉ……セトやありすの意思をねじまげて、取り込んでる。そういうボスらしいわ》
「——ロキは、どうしている?」
《え? ……ロキ? なんでロキ?》
「ジゼルは、ロキに敵対的ではなかったか?」
《あぁ……最初、ハンドガン向けられたけど……落ち着いてからは、そんなに? 話はうちとしてたし……ん? サクラさんも、ジゼルのこと知ってるんかぁ?》
「ああ、面識もある」
《……ジゼルが、ロキのことめっちゃ怒ってる理由ってなんやろ? 聞いていい?》
「聞かないほうがいいだろうね」
《えぇ~……》
「個人情報だろう?」
《えぇ~……うちも巻き込まれて死にかけやったんやよ? 知る権利ないかぁ?》
「死にかけたのか?」
《……ちょこっと》
「お前は殺される前に殺せるだろう?」
《ロキが邪魔してきたんやって。身内に妨害されると思わんかったわ……あ! 話そらさんといて!》
「知りたければロキに訊きなさい。お前に隠しはしないよ」
《直接は訊けんからサクラさんに訊いてるんやがぁ~!》
空間に、平坦な声が大きく響いた。
月から目を外したサクラは、短く息を吐いて答える。
「……詳細は省くが、ジゼルはある件でロキを訴えていてね」
《え! やっぱロキがなんかしたんか! 犯罪者かっ! うち知らんかった!》
「いいや、ジゼルの訴えは棄却されている。証拠の映像も提出されているが、認められていない」
《……冤罪ってことかぁ?》
「さあ、どうだろうね? ……ただ、この話はロキも知らないんだよ」
《……ん? ロキも、知らんの……?》
「訴えられたことは知らないはずだ。未成年だったこともあるが、ロキの後見人であるアーダムが内密に対処していたからね……」
《アーダム……聞いたことある……あ! セトの!》
「ジゼルは両親に知られるのを避けたかったのだろう。示談金で和解し、表向きは綺麗に片付いたが……それもあって、ジゼルには遺恨が残っているのかも知れないね」
《……あぁ、そのごたごたでヴァシリエフって知られたんか。ほぉや、“ライブハウス出禁喰らった”って言ってたがの? 怒ってたジゼルが、周りにロキの情報を流したんか》
「そうだろうね」
《………………》
ハオロンが黙ると、夜空を映した室内はひどく静かに感じられる。
夜闇がどこまでも、果てしなく続くような。
《…………ねぇ、サクラさん》
再び響いた声は、静かだが、どこか甘えるように名を呼んだ。
《ロキ、たぶん隣の部屋で落ち込んでるんやって。ありすを見つけて、ついでにセトとも会えると思ってたのに……あんなふうに、女のコに泣かれて……まぁ、庇ってくれたコもいたけどぉ……憎しみいっぱいの目で睨まれて、ぜったい、ダメージ受けてるんやって》
「そうか? ロキは気にしないんじゃないか?」
《サクラさん、知らんの? ロキは、女のコの泣いたり怒ったりしてる顔、苦手なんやよ?》
「………………」
《ゲームでも、怒ったり注意してくる女のコには反発してるわ。ニコニコってしたコが好きなんやって。なんでかは知らんけどぉ……なんかあるんやろ。うちと一緒で、なんか理由があるんやと思う》
「………………」
《……うち、ロキに、ありすとセトを会わせてあげたいんやって。うちも、二人に会いたいし……ハウスのみんなも、会いたいやろ?》
「………………」
《ハウスを出たセトに、ここまで干渉したらあかんのは知ってるけどぉ……うちは、ハウスルールをこっそり破るタイプの人間やし。甘えられるときは、思いっきり甘えるタイプの人間やからぁ、》
語尾が揺れる、ハオロン特有の話し方。
《——サクラさん、協力してくれんかぁ?》
ねだるような響きのそれは、たびたびサクラに向けられてきたもの。
サクラが断らないことを、ハオロンはよく理解していた。
サクラは、天空の間をあとにする。
映像の繊月が、ふつりと、薄い泡のように消え去った。
蜜がこぼれ落ちたような、細い月。
サクラが見上げるのは、偽りの夜空。
しかし、今宵の天空の間に映し出されるのは、現在の空と全く同じものだった。
《——サクラさん、聞いてるかぁ?》
空間には、ハオロンの声が響いていた。
はるか南のセーフハウスから連絡しているハオロンは、いつもの抑揚の乏しい話し方で深刻な状況を伝え、サクラは反応なく聞いていた。
「……聞いているよ。セトが海上都市に囚われている——と言いたいのだろう?」
《……うん。たぶん、ありすを人質にされてるんやと思うわ》
「………………」
《ジゼル——って、さっき言ったラグーンのリーダーの見解やけどぉ……セトやありすの意思をねじまげて、取り込んでる。そういうボスらしいわ》
「——ロキは、どうしている?」
《え? ……ロキ? なんでロキ?》
「ジゼルは、ロキに敵対的ではなかったか?」
《あぁ……最初、ハンドガン向けられたけど……落ち着いてからは、そんなに? 話はうちとしてたし……ん? サクラさんも、ジゼルのこと知ってるんかぁ?》
「ああ、面識もある」
《……ジゼルが、ロキのことめっちゃ怒ってる理由ってなんやろ? 聞いていい?》
「聞かないほうがいいだろうね」
《えぇ~……》
「個人情報だろう?」
《えぇ~……うちも巻き込まれて死にかけやったんやよ? 知る権利ないかぁ?》
「死にかけたのか?」
《……ちょこっと》
「お前は殺される前に殺せるだろう?」
《ロキが邪魔してきたんやって。身内に妨害されると思わんかったわ……あ! 話そらさんといて!》
「知りたければロキに訊きなさい。お前に隠しはしないよ」
《直接は訊けんからサクラさんに訊いてるんやがぁ~!》
空間に、平坦な声が大きく響いた。
月から目を外したサクラは、短く息を吐いて答える。
「……詳細は省くが、ジゼルはある件でロキを訴えていてね」
《え! やっぱロキがなんかしたんか! 犯罪者かっ! うち知らんかった!》
「いいや、ジゼルの訴えは棄却されている。証拠の映像も提出されているが、認められていない」
《……冤罪ってことかぁ?》
「さあ、どうだろうね? ……ただ、この話はロキも知らないんだよ」
《……ん? ロキも、知らんの……?》
「訴えられたことは知らないはずだ。未成年だったこともあるが、ロキの後見人であるアーダムが内密に対処していたからね……」
《アーダム……聞いたことある……あ! セトの!》
「ジゼルは両親に知られるのを避けたかったのだろう。示談金で和解し、表向きは綺麗に片付いたが……それもあって、ジゼルには遺恨が残っているのかも知れないね」
《……あぁ、そのごたごたでヴァシリエフって知られたんか。ほぉや、“ライブハウス出禁喰らった”って言ってたがの? 怒ってたジゼルが、周りにロキの情報を流したんか》
「そうだろうね」
《………………》
ハオロンが黙ると、夜空を映した室内はひどく静かに感じられる。
夜闇がどこまでも、果てしなく続くような。
《…………ねぇ、サクラさん》
再び響いた声は、静かだが、どこか甘えるように名を呼んだ。
《ロキ、たぶん隣の部屋で落ち込んでるんやって。ありすを見つけて、ついでにセトとも会えると思ってたのに……あんなふうに、女のコに泣かれて……まぁ、庇ってくれたコもいたけどぉ……憎しみいっぱいの目で睨まれて、ぜったい、ダメージ受けてるんやって》
「そうか? ロキは気にしないんじゃないか?」
《サクラさん、知らんの? ロキは、女のコの泣いたり怒ったりしてる顔、苦手なんやよ?》
「………………」
《ゲームでも、怒ったり注意してくる女のコには反発してるわ。ニコニコってしたコが好きなんやって。なんでかは知らんけどぉ……なんかあるんやろ。うちと一緒で、なんか理由があるんやと思う》
「………………」
《……うち、ロキに、ありすとセトを会わせてあげたいんやって。うちも、二人に会いたいし……ハウスのみんなも、会いたいやろ?》
「………………」
《ハウスを出たセトに、ここまで干渉したらあかんのは知ってるけどぉ……うちは、ハウスルールをこっそり破るタイプの人間やし。甘えられるときは、思いっきり甘えるタイプの人間やからぁ、》
語尾が揺れる、ハオロン特有の話し方。
《——サクラさん、協力してくれんかぁ?》
ねだるような響きのそれは、たびたびサクラに向けられてきたもの。
サクラが断らないことを、ハオロンはよく理解していた。
サクラは、天空の間をあとにする。
映像の繊月が、ふつりと、薄い泡のように消え去った。
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