【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

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ハロー・マイ・クラスメイツ

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 桜色の空が光を失い、夜のとばりが降りるころ。
 これは、昨夜の話。
 
 状況確認のため自宅待機するよう言われていたハヤトは、サクラからの連絡を待っていた。ハヤトにしては珍しいことに、寝落ちする気配もなかった。
 ブレス端末に連絡がくるのだろうと待っていたが、直接の訪問のしらせが届き驚いていた。
 
 教師が、わざわざ家に来る。
 そんなことは、今時ありえない。
 
「——今晩は、狼谷さん。カフェテリアで話そうか」
 
 サクラは部屋に入ることなく、ハヤトを伴ってカフェテリアへと移動した。
 
(鬼ごっこ……で、成り立ってんだよな?)
 
 ハヤトの中では、ヒナが『鬼ごっこ』と言い訳した状態で止まっている。情報の更新もないまま、カフェテリアの隅でサクラと向かい合った。カフェテリアに他の人間はいない。
 先に口を開いたのは、ハヤトだった。
 
「転入生の……怪我は」
「頬に擦過傷さっかしょう——と診断されている」

 擦過傷。り傷のみ。
 ぶつけた頬を骨折したのでは、と。案じていたハヤトは、細く息を吐き出した。
 サクラは、それを眺め、
 
「鬼ごっこをするほど仲良くしているというのに、『転入生』と呼ぶのか?」
 
 仮面のような微笑で、首をかしげる。
 
「……どう呼ぼうと、俺らの自由だろ」
「そうだね。鴨居さんも、『カミヤハヤト』と他人行儀に呼んでいるね?」
「………………」
「君たちの若い感性は、私には理解しがたい。ただ……今回の事故は、私の感性からすれば、鬼ごっこの果ての事故——ではないように思うのだが、どうかな?」
 
 サクラは、薄く微笑んでいる。
 カフェテリアの白い光の下、人形のように浮かび上がるせいか、無機的な印象を受ける。
 
 ハヤトはにらんだ。
 
「あの怪我は偶然だ。わざとやったんじゃねぇよ」
は? 他の怪我を示唆しさするような言い方だね?」
「っ……そうやって疑ってくるのは、初めから俺が悪いって決めつけてるからだろ。あんたら教師はそんなヤツばっかだな」
 
 ハッと嘲笑を返したハヤトに、サクラは微笑を収めた。
 
「疑われるような自分自身を、かえりみることはしないのか?」
「ああ?」
「教師は聖人ではない。盲目に生徒を信じることはしない。——それでも信じてほしいと言うなら、まずは君自身の態度を改めなさい」

 ハヤトは反射的に口を開いたが、反論をみ込んだ。話しても平行線だと思った。
 笑みを消していたサクラが、無表情に言葉を継ぐ。
 
「誤解しているようだが、私は、君が一方的に悪いとは思っていない。鬼ごっこで怪我をした——という鴨居さんの主張も信じていないがね……?」
「………………」
「君に問い詰めたところで、真実を話す気はないのだろう? ……だから、私は今後のため、君に忠告をしよう」

 ハヤトの片眉が上がる。
 疑問の顔に向けて、サクラは密やかに声量を落とし、
 
「私が遠目に見たとき、君は鴨居さんにまたがっていたように見えたが?」
「……なんの話か分かんねぇ。仮に乗ってたとしても、軽く遊んでただけだろ」
「君は、筋力も体重もあるほうだろう? 自分よりも小柄な相手に掛かる負担を考えられないか?」
「……あれくらい、べつに。同じくらいの竜星にだって乗っかることあるし……」
「——鴨居さんは、女子生徒だ。男子生徒とは平均の筋肉量も異なる。例として挙げるのは不適切ではないか?」
「…………え」
 
 それまで反抗的な態度だったハヤトの口から、間の抜けた声がもれた。
 しん、と。カフェテリアの静寂がテーブルに落ちる。
 ぽかんとした顔のハヤトに、サクラは淡々とした声で話した。
 
「鴨居さんは、女子生徒だよ」
「えっ……いや、でもあいつ……え?」
「鴨居さんは、君たちに何も話していないようだね? ……なら、これ以上は私からも話さないでおこう。君も口外しないように」
「………………」
「——ただし、鴨居さんの身体しんたいは女性だということを理解しておきなさい。君は力加減が分からないようだからね」
 
 静かに言い切ると、サクラは立ち上がった。困惑するハヤトを残して、カフェテリアを後にする。
 
「……女子?」
 
 残されたハヤトの呟きは、人気ひとけのないカフェテリアに、そっと溶けていく。
 さまよう思考で、彼は独り混乱していた。
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