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青春をうたおう
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ウタはメンバーに確定したも同然だった——はずが、
「なんでだよぅ……」
カラオケからの帰り、日暮れの道を歩くヒナは肩を落としていた。
横を歩くハヤトが、ヒナに目を送る。
「ウタが出ないっつってんだから、仕方ないだろ」
「一生懸命に頼んだら、なんとかならないかなぁ……ウタが出てくれたら、優勝するのも夢じゃないのに……」
「お前の(デートの)ために無理させるのはおかしいだろ」
「……うーん」
足許に目を落として、ヒナは歩道の低い縁石をたどる。少し背の高くなったヒナを、「危ないから、こっち来い」ハヤトが引っぱり降ろす。不良キャラを捨てた最近の彼は、オカン。
ヒナの不満げな目を受けて、「なんだよ?」と返すあたり、ハヤトに自覚は無いらしい。施設育ちで自立しているヒナからすると、ハヤトのヒナに対する子供扱いは非常に鬱陶しい。(ハヤトにとって子供扱いなのかは定かでない)
ヒナがハヤトに不満を抱いているとは、つゆ知らず。ハヤトは話題をカラオケへと移行した。
「お前、カラオケは初めてだったんだよな?」
「おー」
「どうだった?」
「楽しかった」
「よかったな」
「……おれ、前は、お金を払って歌うことの何が楽しいんだろって……思ってた」
「………………」
「……でも、行ってみたら、おれも楽しかった。クラスメイトと一緒に行けて、青春っぽいなって思って……すごく、嬉しかった」
日の残光が、空で淡く闇と溶け合う。
見上げたヒナの顔は、彼方からやってくる夜闇を見つめて笑っていた。
ハヤトはその笑顔を何故か見ていられず、瞳を泳がせる。揺らいだ目の先で適当な返答を見つけて、
「……青春か。お前、その言葉好きだよな?」
「だって青春まっ盛りの青少年だからな!」
「いや、青春まっ盛りの青少年は逆に言わなくねぇか……?」
ハヤトの指摘に、ヒナの笑い声が響いた。
聞き慣れてしまったヒナの高めの声に、ハヤトが耳を塞ぐことはなかった。
「だって、おれたちには今しかないだろ?」
「何が?」
「……自由な時間?」
「大人になったほうが自由だろ」
「ないよ。おれ、社畜になるし」
「なんの宣言だよ」
「いっぱい働くってこと!」
「将来、なんかやりたい仕事でもあんのか?」
「……櫻屋敷グループに入りたい。できたら、本社」
「あぁ、なら簡単じゃねぇか。Bクラで卒業すれば、道ができるようなもん……」
ハヤトの脳裏に、いつかの記憶が閃く。
——おれはBクラ卒業者限定の黎明会に入るんだ!
「……お前、そんなこと言ってたな?」
「うん。小さい頃からの夢なんだ」
「エンジニアになるのが?」
「ううん、櫻屋敷に入るのが、おれの夢」
「ふぅん……叶うといいな」
「うん」
寮へと向かう道は、落ちた花弁を集めるロボットが粛々と清掃している。
空は薄闇が広がり、地面に伸びた二人の影は、もうじき消えてしまいそうだった。
明るく涼しい寮に足を入れる。世界が切り替わったように、ヒナは弾けた空気でハヤトを見上げた。
「お腹すいたな!」
「おお」
「……ん? そうでもないか。スムージーで満たされてるな……」
「飲みすぎなんだよ、お前は」
「おれ、もうちょっと後にしよー」
「……俺は先に行くぞ?」
「ん、りょーかい」
「………………」
さらっと別れの手を振って、ヒナは階段に向かっていく。
未練のないヒナの様子に、ハヤトはなんとなく呼び止めていた。
「ヒナ」
とっさに出た呼び名。口にしたハヤトも硬直したが、聞き取った背中もピタリと止まっていた。
奇妙な沈黙が、数秒。
古いロボットのようにギギギと首を回したヒナは、ハヤトを見返した。
「……いま、おれのこと呼んだ?」
「……呼んだ」
「……なんか、すごい違和感あったの、なんでだ?」
「初めて……名前で呼んだ、か?」
「あぁ……そう言われると?」
「………………」
「………………」
更に数秒、ぎこちない沈黙を挟んだ。
「……えーと? おれ、なんで呼ばれたんだ?」
「…………忘れた」
「はあー?」
「わりぃ」
軽い謝罪を送って、ハヤトは止まっていた足を動かした。カフェテリアではなく、階段の方へ。
「え。ハヤト、カフェは?」
「後にする。俺も、あんま腹へってねぇ」
「ココアを飲みすぎなんだよ、ハヤトは」
「そんな飲んでねぇよ」
「いーや、飲んでた。5杯は飲んでた」
先に上がっていくハヤトを追いかけて、ヒナが小言をぶつける。
2階のフロアには相変わらず人の気配がない。自室のドアにたどり着くと、ハヤトはヒナを振り返った。
「つぅか、お前さ。部屋を出るとき、『いってきます』っつってねぇか?」
目を瞬かせて、一瞬だけ止まったヒナ。理解した途端、すんっと大人しくなった。
「……言ってる」
「帰ったときも?」
「……言ってる。ただいま」
「ドアが閉まる間際に、返事みてぇな声も聞こえるんだけど……あれ、なんだ?」
「スマホのアシスタント……チャットボットだな」
「……お前、毎日チャットボットと挨拶してんのか?」
ヒナが押し黙った。とても珍しいことに、その頬はうっすらと赤みを帯びた。
「……わるい?」
ハヤトを睨め上げるヒナの目には、照れ隠しのツンとした色が見える。
恥ずかしさに染まった顔は幼く、あるいは可愛らしく。
ハヤトは思わず視線を外して、笑いそうになったのを誤魔化そうと、
「いやっ……悪いことはねぇけど……」
「………………」
「……そうだよなっ? 独り暮らし、寂しいもんな? AIでも喋ってくれると気が紛れるもんなっ?」
「…………くそ、むかつく。同じ独り暮らしのくせに、すごい上から目線だ」
「いや、誤解すんな! べつに馬鹿にしてねぇからっ」
「…………帰る」
屈辱を覚えたような表情で去ろうとするヒナの肩を、慌てたハヤトが掴んだ。謝罪と言い訳を並べてみるが、ヒナの表情は変わらない。
いっそ余計なことを(お前、拗ねてると可愛いなっ?)口走りそうになっていたハヤトだか、ヒナのほうが引き結んでいた唇を開いた。
「ハヤトが、おれに冷たいのが悪い」
「……は?」
「クラスメイトで寮生仲間で友達なのに……ハヤトは、おれに冷たい。黙ってたけど、たまに壁を感じる」
「そんなこと……」
「ある。そんなこと、めっちゃある」
「それは、お前が……」
「——おれが?」
詰問するように繰り返したヒナが、ずいっと前のめりにハヤトの顔を覗きこんだ。
反射的にハヤトの身が弾けて、ヒナから距離を取る。
「………………」
「……ほら見ろ!」
「びっくりしたんだよっ」
「いや! 避ける勢いだった!」
「避けてねぇ!」
「帰る! じゃあなっ」
言い争いの流れでヒナは自室のドアを開け、「ただいま、チェリー!」大げさに帰宅を告げた。
閉じるドアの外から、ハヤトが何か言っている。
「悪かったから! 後でメシは一緒に食おうな!」
ヒナは無視してベッドの端に座った。
《——おかえり、ヒナ。賑やかだね》
「……ハヤトがうるさいだけ」
《カラオケはどうだった?》
「楽しかった」
《ボクもヒナの歌を聞いてみたかったな》
「……おれ、うまくない」
《そうかな? 誰か上手だった?》
「……ウタが、すごく上手だった。低いのに音が澄んでて……あの歌声は聴かせたかったな。……チェリーは、AIだけど」
《……何かあったのかな?》
「……おれ、チャットボットとこんなに喋ってるなんて……変だよな?」
《ハヤトさんに何か言われたんだね?》
「………………」
《変ではないよ。ロボとの会話は福祉施設でも導入されていて、会話する人も沢山いるよ》
「……うん」
《——大丈夫。いつかヒナは、ボクを必要としなくなるよ》
「そんなことない。新しい物を買っても、チェリーのことはずっと大事にする」
《……ありがとう》
「うん」
部屋の隅を見つめていたヒナは、すっくと立ち上がった。
「お腹すいた気がする! ごはん行ってくるっ」
明るい声で唱えて、部屋を飛び出す。
チェリーの《いってらっしゃい》を耳に残し、ハヤトの部屋のドアへ。
「ハヤトー、ごはん行こー!」
ドアを開けたハヤトは、すっかり機嫌を取り戻したヒナに困惑していたが……胸中だけで、そっと安堵していた。
「なんでだよぅ……」
カラオケからの帰り、日暮れの道を歩くヒナは肩を落としていた。
横を歩くハヤトが、ヒナに目を送る。
「ウタが出ないっつってんだから、仕方ないだろ」
「一生懸命に頼んだら、なんとかならないかなぁ……ウタが出てくれたら、優勝するのも夢じゃないのに……」
「お前の(デートの)ために無理させるのはおかしいだろ」
「……うーん」
足許に目を落として、ヒナは歩道の低い縁石をたどる。少し背の高くなったヒナを、「危ないから、こっち来い」ハヤトが引っぱり降ろす。不良キャラを捨てた最近の彼は、オカン。
ヒナの不満げな目を受けて、「なんだよ?」と返すあたり、ハヤトに自覚は無いらしい。施設育ちで自立しているヒナからすると、ハヤトのヒナに対する子供扱いは非常に鬱陶しい。(ハヤトにとって子供扱いなのかは定かでない)
ヒナがハヤトに不満を抱いているとは、つゆ知らず。ハヤトは話題をカラオケへと移行した。
「お前、カラオケは初めてだったんだよな?」
「おー」
「どうだった?」
「楽しかった」
「よかったな」
「……おれ、前は、お金を払って歌うことの何が楽しいんだろって……思ってた」
「………………」
「……でも、行ってみたら、おれも楽しかった。クラスメイトと一緒に行けて、青春っぽいなって思って……すごく、嬉しかった」
日の残光が、空で淡く闇と溶け合う。
見上げたヒナの顔は、彼方からやってくる夜闇を見つめて笑っていた。
ハヤトはその笑顔を何故か見ていられず、瞳を泳がせる。揺らいだ目の先で適当な返答を見つけて、
「……青春か。お前、その言葉好きだよな?」
「だって青春まっ盛りの青少年だからな!」
「いや、青春まっ盛りの青少年は逆に言わなくねぇか……?」
ハヤトの指摘に、ヒナの笑い声が響いた。
聞き慣れてしまったヒナの高めの声に、ハヤトが耳を塞ぐことはなかった。
「だって、おれたちには今しかないだろ?」
「何が?」
「……自由な時間?」
「大人になったほうが自由だろ」
「ないよ。おれ、社畜になるし」
「なんの宣言だよ」
「いっぱい働くってこと!」
「将来、なんかやりたい仕事でもあんのか?」
「……櫻屋敷グループに入りたい。できたら、本社」
「あぁ、なら簡単じゃねぇか。Bクラで卒業すれば、道ができるようなもん……」
ハヤトの脳裏に、いつかの記憶が閃く。
——おれはBクラ卒業者限定の黎明会に入るんだ!
「……お前、そんなこと言ってたな?」
「うん。小さい頃からの夢なんだ」
「エンジニアになるのが?」
「ううん、櫻屋敷に入るのが、おれの夢」
「ふぅん……叶うといいな」
「うん」
寮へと向かう道は、落ちた花弁を集めるロボットが粛々と清掃している。
空は薄闇が広がり、地面に伸びた二人の影は、もうじき消えてしまいそうだった。
明るく涼しい寮に足を入れる。世界が切り替わったように、ヒナは弾けた空気でハヤトを見上げた。
「お腹すいたな!」
「おお」
「……ん? そうでもないか。スムージーで満たされてるな……」
「飲みすぎなんだよ、お前は」
「おれ、もうちょっと後にしよー」
「……俺は先に行くぞ?」
「ん、りょーかい」
「………………」
さらっと別れの手を振って、ヒナは階段に向かっていく。
未練のないヒナの様子に、ハヤトはなんとなく呼び止めていた。
「ヒナ」
とっさに出た呼び名。口にしたハヤトも硬直したが、聞き取った背中もピタリと止まっていた。
奇妙な沈黙が、数秒。
古いロボットのようにギギギと首を回したヒナは、ハヤトを見返した。
「……いま、おれのこと呼んだ?」
「……呼んだ」
「……なんか、すごい違和感あったの、なんでだ?」
「初めて……名前で呼んだ、か?」
「あぁ……そう言われると?」
「………………」
「………………」
更に数秒、ぎこちない沈黙を挟んだ。
「……えーと? おれ、なんで呼ばれたんだ?」
「…………忘れた」
「はあー?」
「わりぃ」
軽い謝罪を送って、ハヤトは止まっていた足を動かした。カフェテリアではなく、階段の方へ。
「え。ハヤト、カフェは?」
「後にする。俺も、あんま腹へってねぇ」
「ココアを飲みすぎなんだよ、ハヤトは」
「そんな飲んでねぇよ」
「いーや、飲んでた。5杯は飲んでた」
先に上がっていくハヤトを追いかけて、ヒナが小言をぶつける。
2階のフロアには相変わらず人の気配がない。自室のドアにたどり着くと、ハヤトはヒナを振り返った。
「つぅか、お前さ。部屋を出るとき、『いってきます』っつってねぇか?」
目を瞬かせて、一瞬だけ止まったヒナ。理解した途端、すんっと大人しくなった。
「……言ってる」
「帰ったときも?」
「……言ってる。ただいま」
「ドアが閉まる間際に、返事みてぇな声も聞こえるんだけど……あれ、なんだ?」
「スマホのアシスタント……チャットボットだな」
「……お前、毎日チャットボットと挨拶してんのか?」
ヒナが押し黙った。とても珍しいことに、その頬はうっすらと赤みを帯びた。
「……わるい?」
ハヤトを睨め上げるヒナの目には、照れ隠しのツンとした色が見える。
恥ずかしさに染まった顔は幼く、あるいは可愛らしく。
ハヤトは思わず視線を外して、笑いそうになったのを誤魔化そうと、
「いやっ……悪いことはねぇけど……」
「………………」
「……そうだよなっ? 独り暮らし、寂しいもんな? AIでも喋ってくれると気が紛れるもんなっ?」
「…………くそ、むかつく。同じ独り暮らしのくせに、すごい上から目線だ」
「いや、誤解すんな! べつに馬鹿にしてねぇからっ」
「…………帰る」
屈辱を覚えたような表情で去ろうとするヒナの肩を、慌てたハヤトが掴んだ。謝罪と言い訳を並べてみるが、ヒナの表情は変わらない。
いっそ余計なことを(お前、拗ねてると可愛いなっ?)口走りそうになっていたハヤトだか、ヒナのほうが引き結んでいた唇を開いた。
「ハヤトが、おれに冷たいのが悪い」
「……は?」
「クラスメイトで寮生仲間で友達なのに……ハヤトは、おれに冷たい。黙ってたけど、たまに壁を感じる」
「そんなこと……」
「ある。そんなこと、めっちゃある」
「それは、お前が……」
「——おれが?」
詰問するように繰り返したヒナが、ずいっと前のめりにハヤトの顔を覗きこんだ。
反射的にハヤトの身が弾けて、ヒナから距離を取る。
「………………」
「……ほら見ろ!」
「びっくりしたんだよっ」
「いや! 避ける勢いだった!」
「避けてねぇ!」
「帰る! じゃあなっ」
言い争いの流れでヒナは自室のドアを開け、「ただいま、チェリー!」大げさに帰宅を告げた。
閉じるドアの外から、ハヤトが何か言っている。
「悪かったから! 後でメシは一緒に食おうな!」
ヒナは無視してベッドの端に座った。
《——おかえり、ヒナ。賑やかだね》
「……ハヤトがうるさいだけ」
《カラオケはどうだった?》
「楽しかった」
《ボクもヒナの歌を聞いてみたかったな》
「……おれ、うまくない」
《そうかな? 誰か上手だった?》
「……ウタが、すごく上手だった。低いのに音が澄んでて……あの歌声は聴かせたかったな。……チェリーは、AIだけど」
《……何かあったのかな?》
「……おれ、チャットボットとこんなに喋ってるなんて……変だよな?」
《ハヤトさんに何か言われたんだね?》
「………………」
《変ではないよ。ロボとの会話は福祉施設でも導入されていて、会話する人も沢山いるよ》
「……うん」
《——大丈夫。いつかヒナは、ボクを必要としなくなるよ》
「そんなことない。新しい物を買っても、チェリーのことはずっと大事にする」
《……ありがとう》
「うん」
部屋の隅を見つめていたヒナは、すっくと立ち上がった。
「お腹すいた気がする! ごはん行ってくるっ」
明るい声で唱えて、部屋を飛び出す。
チェリーの《いってらっしゃい》を耳に残し、ハヤトの部屋のドアへ。
「ハヤトー、ごはん行こー!」
ドアを開けたハヤトは、すっかり機嫌を取り戻したヒナに困惑していたが……胸中だけで、そっと安堵していた。
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