【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

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青春をうたおう

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「ルイくん見てみて! フリードリンク! ジュース飲み放題だって!」
「わ、面白いね。紅茶やスープまである……あっ、これ何? スムージー?」
「すごっ! おれ、これにするっ」
「ね、ヒナくん。これって混ぜることもできるんじゃない?」
「ルイくん! 君は天才!」
「僕は紅茶とココアを混ぜようかなっ」

 はしゃぐヒナとルイの後ろ姿を遠巻きに見つめるのは、ハヤトたち。
 琉夏が受付のスタッフを気にしながら、竜星を小突いた。
 
「なァ、誰かアイツら止めてよ。恥ずかしいンだけど」
「カラオケ初めてって言ってたやろ。好きにさせとき」

 他人のフリで見守っていると、ルイが「あっ」
 紅茶もココアも一定量が出てくる仕様らしく、カップからあふれた液体がテーブルにこぼれていた。
 
「大丈夫ですか?」
 
 隣にいたウタがルイにハンカチを手渡し、満杯のカップを引き取る。
 その横で、ヒナもスムージーを出すためのレバーを引きすぎたのか、「こぼれるこぼれる!」なにやら非常にやかましい。ヒナには壱正が手を貸した。
 
「残りは貰おう」
「お、ありがと!」
 
 壱正は新しいグラスを横から入れ替え、あふれる寸前でヒナを救った。
 
——子供と保護者か。
 
 ハヤトたちは胸中で突っこみを揃える。
 
 2Bの面々は、駅前のカラオケにやって来ていた。
 桜統学園限定のSNS。2Bのチャットルームに、ヒナから連絡が入ったのは昼頃。
 
『カラオケ無料券もらったから行こ』
 
 軽音の部活後、17時に駅前集合とのことだったのだが、意外にも集まりが良い。
 不参加は麦のみ。家の予定があると返しがあった。
 軽音組の参加は流れとして自然だが、ルイ・ウタのペアと壱正の参加は予想外で。ハヤトたちは内心で驚いていた。
 
「……ヒナ、このマラカスはなんだろう?」
「えっ、壱正……知らないのか? これ、シャカシャカするんだ。振ったら音が鳴るんだ」
「それは知っている」
 
 壱正とヒナが、ドリンクコーナー横の棚を眺めて話し合っている。
 受付スタッフの目がずっとこちらに向いている。ハヤトたちはそろそろ耐えられず、無知なクラスメイトをきたてて指定の部屋に入った。
 
「おー! ……思ったより狭いな?」
 
 ヒナの感想どおり、7人で限界。大きなテーブルを挟んで左右に長ソファがあるが、3・4で別れるにしては……4のチームが狭い。
 当然のようにルイが「僕とウタと、あと一人こっちにどうぞ」
 
「うち、そっち行くわ。狭いのイヤや」
 
 小柄な竜星が、ちゃっかり3人目を取った。
 残された4人は入室した順でソファに詰める。琉夏、ヒナ、ハヤト、壱正。ディスプレイに近い琉夏が、選曲のためのタブレット端末やらマイクやらを取って、カラオケ初心者のヒナたちに説明する。
 試しに琉夏が使ってみせ、適当に入れた曲を歌った。向かいのルイは目を丸くしている。
 
「琉夏くん、うまいね? 歌い慣れてる感じ」
「……あのさァ、オレってバンドのボーカルなんだけど?」
「そうなんだ。知らなかったよ」
「(オレら中学から一緒の内部生……)」
 
 物言いたげな琉夏の正面で、ルイは優雅にアイスティーを飲んだ。
 ふたつのタブレットのうち、片方は竜星が触っている。もう片方はヒナからハヤトに渡っていた。
 
「……おい、誰だよ。カラオケで合唱曲なんか入れてるやつは」
「え、おれだけど? みんな歌えるし完璧な選曲だろ?」

 ヒナの選曲にハヤトが溜息ためいきをつく。音楽の授業で歌う曲が、場違いに始まった。
 
「琉夏、おれとハモろ」
「ヤだ」
「なんでっ?」
「ださい」
「なんで!」
 
 琉夏に断られたヒナが、マイクをハヤトへ。
 
「ハヤト、おれと歌お」
「……嫌だ」
「なんで!」

 タブレットから目を上げないハヤトを諦め、ヒナはハヤトの背中から壱正を誘った。
 
「壱正……おれと歌ってほしい……」
「私は、この曲はバスのコーラスだったが……」
「おれが主旋律やるから!」
「それなら……」
 
 ヒナと壱正の合唱曲が、神妙な空気で響いた。
 カラオケ熟練組は(カラオケで合唱曲ハモってる……)思いを言葉にすることなく聞いていた。
 
 違和感の強い合唱曲に続いて、竜星やハヤトが歌ったところで曲は止まった。ルイとウタが選曲に悩んでいたので、残りメンバーはジュースを口に含みつつ雑談していた。
 カラオケを誘う流れで、ミュージック甲子園についても、ヒナはチャットルームで皆に伝えていた。
 
「ハヤトと竜星も上手いんだな。アカペラのメンバー、簡単に集まったな」
 
 笑顔で話すヒナ。横のハヤトが片眉を上げる。
 
「は? 俺は出ないからな?」
「いや、ハヤトも出よう。お前めっちゃ上手い。低音そこまで出るのすごい。軽音でドラムもやってるし……そう、ボイパってのがあるから。ボイスパーカッション。ヒューマンビートボックス。そのへん、ハヤトに向いてる」
 
 横を向いたヒナが、ハヤトの肩に手を乗せて語りかける。近さと褒め言葉に戸惑うハヤトは、うっかり流されかけ……
 
「——いや、別もんだろ。ドラムたたくのと声でやるの、全く違うだろ」
 
 冷静に否定した。
 それでも負けないヒナが、
 
「いけるって。ハヤトなら、絶対やれる。俺はお前を信じてる」
「そうか……?」
  
 真面目な顔の主張に気圧けおされたハヤトが、洗脳され始めた。
 向かいの端、竜星が薄い目で見ている。
 
(ハヤト、あんた……なんも根拠ないうえに、めっちゃ雑に推されて……)
 
「おれって、2B以外に知り合いがいないだろ? 同じ寮生のハヤトが頼りなんだよ」

 昼間ハヤトがヒナに言ったセリフを活用して、ヒナは攻め込む。しばらく黙っていたが、ハヤトは最終的に陥落した。
 
「……そんなに言うなら、一緒にやってやる」
「うん、やろ!」

(それでいいんか……?)
 
 竜星が心の声で問いかけていると、ヒナの目が竜星へ。矛先を向けた。
 
「竜星もやるだろ?」
「ん~……うち、カラオケくらいでしか歌わんし……」
「大丈夫だ! おれも音楽の授業でしか歌ったことない!」
「……ヒナ、なんのフォローにもなってないよ? よけい不安になっただけやよ?」
「よし、これでメンバー5人だな」
「……ん? 5人?」

 ニコニコとしたヒナが、自分を指さす。
 
「おれと、壱正と、ハヤトと、竜星と、琉夏!」

 壱正の名が入っている。ハヤトと竜星が壱正を見るが、彼はとくに否定することなく、
 
「ああ、私も参加することにした。経験はないが努力する。よろしく」
 
 壱正の参加表明に、唖然あぜんとするハヤトと竜星。カラオケに来るだけでなく、まさかアカペラもやるとは。
 
 壱正の加入には、裏取引があった。
 
——なぁ、壱正はピアノが上手いんだろ? 音感あるなら絶対いけると思うんだ。一緒にやろう?
——そんな時間があるなら勉強がしたい。
——あのな、壱正。お前だけに言うんだけど……これ、生徒会の案件なんだ。次の選挙で推してもらえるし、内申もアツい。
——なるほど……それはメリットが大きい。やろう。
——よっしゃ!
 
 存外、最もすんなりと落ちたのは壱正かも知れない。
 カラオケを誘う裏で行われた密談を知らないハヤトが、壱正に疑問の顔を向けていた。
 
「正直、お前が参加するなんて思ってなかった。なんか特別な理由でもあんのか?」
「理由は……」
 
 壱正がハヤトに目を返す。ハヤトの奥で、ヒナが首を振って口パクで何か訴えている。

「(副会長からこっそり言われた! みんなに話すのは!)」
 
 何を言っているのか正しく読み取れない壱正が、ヒナの唇のかたちを見ながら首をかしげ、
 
「……ダチだから?」
「お、おぉ……そうか、そうだよな」
 
 壱正の曖昧あいまいな復唱を、更にハヤトが勘違いして、勝手に納得した。友達だから。
 
(ハヤトの後ろで、ヒナがわちゃわちゃやってたんやけどぉ……)
 
 竜星だけが懐疑的。
 
「5人も集まれば余裕だなっ」
 
 ヒナの明るい声に、隣の琉夏がジュースのストローをくわえて首をひねっている。
 
「……オレだけ誘われてなくね?」
 
 先ほどヒナは、当たり前のように琉夏の名前を挙げていた。
 琉夏の呟きを拾って、ヒナはキラッとした笑顔で振り返る。
 
「お前はボーカルなんだから当然だろ? その美声を聴かせてくれよっ」
「えェ~? しょうがねェな~」
 
(琉夏も、それでいいんか……?)
 
 竜星の心の問いは、まんざらでもない琉夏に届かなかった。
 
 ヒナのトラップによって引き込まれたクラスメイトたち。
 人数も無事確保して安心したヒナは、流れ始めた音楽を耳にして、ディスプレイへと目を向けた。
 
「あっ、ルイの曲、決まった?」
「んーん、僕じゃないよ。これはウタ」
「ウタくんか。これって原曲はクラシックだよな? 有名曲に日本語の歌詞をのっけたやつ」
「ええ、歌えそうな曲をやっと見つけられたので……」
 
 控えめな前置きを残して、ウタの声が響いた。
 ルイ以外の目が、ぱちくりと開く。
 
 低く透きとおった柔らかな音色。
 マイクで拡張された音は、深く広がるようにして聴く者の体を包んだ。
 
「え……ウタくん、天才……?」
「まさかの才能やわ……」

 驚愕の一同を見回して、ルイだけが笑っている。
 
「ウタは昔から、歌が上手なんだよ。みんな、知らなかったの?」
「なんでアンタが自慢げなワケ?」
 
 向かいの琉夏に突っこまれつつも、ルイはニコニコとして聞いていた。
 
(チャンピオンのための救世主……!)
 
 ヒナもまた、きらめきの瞳で見つめていた。
 アカペラメンバーに確定したも同然だった。
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