【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

文字の大きさ
61 / 79
(Bonus Track)

アンブレラ

しおりを挟む
 ぽつ、ぽつ。
 部室の外に落ちていく雨粒。気づいたのはヒナだった。
 
「雨ふってる」
 
 つぶやきを拾った琉夏が、長い体を傾けて窓の外をうかがう。
 ベースをケースに仕舞っていた竜星も、ひょこっと顔を出した。
 
「荒れそォだし、早めに出よ」
「そぉやな」

 雨空に対して、反応の薄い3人。
 ドラムの所で独り離れていたハヤトが、「嘘だろっ?」遅れて声をあげた。
 
「傘ねぇのに……」
「え、ハヤト持ってきてないのか?」
「持ってきてねぇよ。朝は快晴だったろ」

 ハヤトの主張に、窓から振り返った3人が互いに目を合わせて、
 
「いや、今日は『傘が必須』って言われたし持ってきたよな?」
「言われた。オレも持ってきた」
「うちも。言われたとおりに」
 
 口々に傘の所持を表明する。
 眉を寄せるハヤトが、「言われたってなんだよ?」
 ドラムにカバーを掛け、帰宅用意を進めつつ尋ねた。
 すると、3人揃って、
 
「愛ちゃんに言われた」
 
 一切のブレがない完璧なユニゾン。アカペラ練習の成果が無駄に発揮される。
 面らって止まったハヤトだったが、すぐさま意識を取り戻して、「天気予報かよ……」小さく溜息ためいきをついた。ヒナや琉夏に続き信者が増えている。竜星まで。
 
「愛ちゃんが『傘』って言ったら絶対もってくよな? ……あ、あと今日の感じ可愛かった。なんかいつもと違った?」
「髪型じゃねェ?」
「それだ! 少なかったかも知んない!」
「ねぇ、ハゲてるみたいに言わんといてや。後ろ結んでただけやろ」
「なるほど、すっきりした。今日ずっと気になってたんだよなー」
 
 愛ちゃん談義を始める3人を後目しりめに、「ずっと考えるほどのことじゃねぇだろ」ハヤトは突っこみもそこそこにして、部室の廊下に面した窓を閉めていく。鍵も掛け、可能なかぎり急いで帰路につこうとしているのに、同級生たちは非常に呑気のんきだった。傘がある者とない者の格差を感じる。
 
 昇降口から外に出るころには、ぽつぽつ雨から本降りになっていた。
 琉夏と竜星の傘が段差を作って去っていくのを、ヒナが手を振って見送る。隣のハヤトは空を睨んでいる。
 
「くそ。走るか」
「え? おれの傘に入っていいよ?」

 覚悟を決めて外に踏み出そうとしたハヤトは、ヒナの提案にビタッと。足を止めて見下ろす。
 当然のように広げた傘を持ち上げて、さあどうぞと言わんばかりのヒナに……
 
(いや、それはどうなんだ?)
 
 ひとつの傘に並んで入る絵面えづらを想像し、内心で激しく戸惑う。
 いくらなんでもそれは……仲良すぎじゃねぇか? 付き合ってるわけじゃねぇのに? 周りにどう見られても俺は別にいいけど。いや、周りからしたら俺らは男子二人なわけで? つまり付き合ってるようには見えないのか? ……ん?
 
 混乱する思考で止まっていたハヤトに、ヒナが傘をかざした。
 
「ほら、ひどくなる前に早く帰ろ」
 
 背の低いヒナのせいで、傘の高さも低い。狭い空間に距離を詰めたヒナの体が、寄り添うようにハヤトに触れて——
 
「——狼谷かみやさん」
「うぉっ」
 
 どきりと高鳴ったハヤトの鼓動は、背後から掛けられた呼び声によって驚愕に塗り潰された。
 勢いよく振り向けば、担任の——サクラが。
 
「あれ? サクラ先生、どうしました?」

 動揺なく尋ねるヒナに、サクラは普段どおりの微笑を浮かべる。
 
「雨が降ってきただろう? 部活終了の通知があったから、少し気になってね……」
 
 ちらりと流した目で、サクラは二人の上にあった傘を捉え、
 
「それでは二人とも濡れてしまうね? 私の予備の傘を貸してあげるから、使って帰りなさい」
 
 差し出されたのは、折りたたみの黒い傘。ぴっちりと綺麗な折り目を見せるそれは、新品同然な代物に見える。
 
「えっ、でも、それだとサクラ先生が……」
「私は普通の傘を持ってきているよ。今日の予報は夕方から雨だったからね」
「あっ、もしかして先生も愛ちゃんに言われました? 『傘がいりますよ』って」
「いや、誰にも言われてはいないね」
 
 無意な会話がなされる横で、ハヤトは断る理由もなく折りたたみ傘を受け取る。
 
「……ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
 
 にこやかなサクラに見送られ、二人は寮へと帰っていったが……
 
(……なんかに落ちねぇな……?)
 
 あえなく逃した機会と、あまりにもタイミングの良すぎるサクラの登場に悩みながら、ハヤトは傘越しに空を仰ぐ。
 
「ハヤトも、明日からは愛ちゃんの言うとおりにしろよー?」
 
 しとしとと濡れゆく世界で、雨音と共に跳ねるヒナの声が響いていた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

after the rain

ノデミチ
青春
雨の日、彼女はウチに来た。 で、友達のライン、あっという間に超えた。 そんな、ボーイ ミーツ ガール の物語。 カクヨムで先行掲載した作品です、

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

処理中です...