68 / 79
スクール・フェスティバル
06_Track6.wav
しおりを挟む
体育祭はよく晴れた空の下で行われた。
午前中で終わるため、昼食時には解散になる。夕暮れから始まる後夜祭イベントまでの時間はおのおの自由で、大抵は皆、3日間に渡った学校祭の片付けに追われている。
2Bも例外ではなく、片付けの手伝いに駆り出されていた。
校庭で、用具を運んでいた琉夏と竜星が騒いでいる。
「なァ~竜星。そっち、ちゃんと持ってる? オレのほう重いんだけど……楽してねェ?」
「はぁ? うちも全力でやってるし。馬鹿にしてるんか」
二人は大きな得点板を運んでいた。運ぶのは二人だけでなく、もうひとり。
ハヤトに目を向けた竜星が声を張った。
「ハヤトぉ! ちゃんと持ってるか? あんたが楽してるんじゃあ……」
尋ねる声の勢いは、ハヤトの顔を見てくじけた。
心ここに在らず。瞳を斜め下に留めたまま反応のないハヤトに、竜星が半開きの唇を結んだ。様子を見守るように時間をもってから、
「……ハヤト。ヒナんとこ、お見舞い行ってきたらどうやぁ?」
挙がった名前に、ハヤトが「……ん?」目を上げて反応を見せる。またたく目はすぐに理解したようだが、ハヤトが答える前に琉夏が声をあげた。
「オレ行く!」
「あほ。あんたが行ったら、うるさくてヒナの体調が悪化するやろ」
「えェ~?」
片付けから逃げようとした琉夏の喜びの声は、即座に不満へと変わった。
竜星は半眼で冷たく見返しつつ、
「あんたはサボりたいだけやろ」
「ヒナのことも心配してるし」
「『も』って。サボりたいが先立ってるわ」
「だって暑いしさァ……ヒナと一緒にクーラーの部屋で昼寝してくる。静かに。それならい~い?」
「あかん」
「なんで?」
「琉夏は存在がうるさい」
「はァ~?」
わめく琉夏を放って、竜星はハヤトに目を戻した。
「ハヤト、ヒナの様子ちょっと見てきてや。体調よかったら、花火くらい見れるやろ?」
「いや、けど、片付けがまだ……」
「用具はうちらで片しとくし。朝に連絡したんやけど、『大丈夫』って返信だけで……ヒナひとりで心配やから、飲み物とか? 差し入れも頼むわ」
「そうだな……。なら、軽く見てくる」
「ん。つらそうやったら、訪問医の先生、呼んであげてな?」
「おう。……手、離すぞ?」
「いいよぉ……ぉうっ?」
三人で運んでいた得点板が、急にズシリと重みを増して竜星の腕にのし掛かった。
想定外の重さに「待って、これだけ一緒に運んでって……」
訴える竜星の声は聞こえていないのか、ハヤトは持ち前のスピードで疾風のごとく去っていた。
「う……琉夏ぁ、そっち頑張って! うち死ぬ! 腕死ぬ!」
「いや、こっちも限界……」
「ちょっ……誰かぁ! こっち手伝って~!」
背後の騒がしさに全く気づかないまま、ハヤトは寮の方へと走っていた。
(一旦、連絡いれとくか)
ふと思い立ち、『今から見舞いに行く。欲しい物あったら言ってくれ』音声操作でメッセージを送信した。
購買に寄ってから行くべきかと。方向転換しかけた足は、ブレス端末の振動を感じて速度を落とした。メッセージを確認する。
『いらない』
飾り気のないワード。
欲しい物がない——と判断して、けれども引っ掛かりを覚えた。
見舞いが、いらない?
「………………」
思わず足が止まる。通話にしてみるが繋がらない。
『見舞いに来るなってことか?』
遠回しに訊けず、単刀直入に問うてみるが、新たなメッセージには返答がない。困惑に眉を寄せる。
『昨日のことなんて怒ってないからな』
思いつきで送ったメッセージには、反応があった。
『ライブ失敗してごめん』
『まさかそれで休んでるんじゃないよな?』
『違う』
『体調は?』
『大丈夫』
『元気なら、花火を見に屋上は来られるか?』
『うん』
肯定の2文字のあと、追加で『というか、もう来てる』
(……は?)
届いたメッセージに、反射的に顔を上げた。
中等部別棟。2Bの教室や軽音部の仮部室がある校舎の方を見遣ると……確かに。屋上の縁から、人の頭みたいなものが見えた。顔までは分からない。
(もう解放されてんのか……?)
2Bクラスメイトのブレス端末には、開錠の権限が与えられることになっている。
てっきり後夜祭の時間にならなければドアは開錠できないと思っていたが、すでにヒナがいるということは、ハヤトも開錠できるということに。
『俺もそっちに行く』
迷わず走り出した足で、少し頭は混乱していた。
(あ? あいつが元気なら、俺は戻って片付けしてから、竜星らと一緒に合流するべきなんじゃ……?)
思ったが、足は止まらない。
どうしてか、一秒でも早く会いにいかないと——
奇妙な焦燥感に駆られて、全力で走っていた。
見上げる空は薄い雲が連なり、日が落ち始めた仄青いキャンバスを屋上まで結んでいる。
夏空を裂くような白の行列が不吉に見え、ハヤトの足はいっそう速度を増していた。
午前中で終わるため、昼食時には解散になる。夕暮れから始まる後夜祭イベントまでの時間はおのおの自由で、大抵は皆、3日間に渡った学校祭の片付けに追われている。
2Bも例外ではなく、片付けの手伝いに駆り出されていた。
校庭で、用具を運んでいた琉夏と竜星が騒いでいる。
「なァ~竜星。そっち、ちゃんと持ってる? オレのほう重いんだけど……楽してねェ?」
「はぁ? うちも全力でやってるし。馬鹿にしてるんか」
二人は大きな得点板を運んでいた。運ぶのは二人だけでなく、もうひとり。
ハヤトに目を向けた竜星が声を張った。
「ハヤトぉ! ちゃんと持ってるか? あんたが楽してるんじゃあ……」
尋ねる声の勢いは、ハヤトの顔を見てくじけた。
心ここに在らず。瞳を斜め下に留めたまま反応のないハヤトに、竜星が半開きの唇を結んだ。様子を見守るように時間をもってから、
「……ハヤト。ヒナんとこ、お見舞い行ってきたらどうやぁ?」
挙がった名前に、ハヤトが「……ん?」目を上げて反応を見せる。またたく目はすぐに理解したようだが、ハヤトが答える前に琉夏が声をあげた。
「オレ行く!」
「あほ。あんたが行ったら、うるさくてヒナの体調が悪化するやろ」
「えェ~?」
片付けから逃げようとした琉夏の喜びの声は、即座に不満へと変わった。
竜星は半眼で冷たく見返しつつ、
「あんたはサボりたいだけやろ」
「ヒナのことも心配してるし」
「『も』って。サボりたいが先立ってるわ」
「だって暑いしさァ……ヒナと一緒にクーラーの部屋で昼寝してくる。静かに。それならい~い?」
「あかん」
「なんで?」
「琉夏は存在がうるさい」
「はァ~?」
わめく琉夏を放って、竜星はハヤトに目を戻した。
「ハヤト、ヒナの様子ちょっと見てきてや。体調よかったら、花火くらい見れるやろ?」
「いや、けど、片付けがまだ……」
「用具はうちらで片しとくし。朝に連絡したんやけど、『大丈夫』って返信だけで……ヒナひとりで心配やから、飲み物とか? 差し入れも頼むわ」
「そうだな……。なら、軽く見てくる」
「ん。つらそうやったら、訪問医の先生、呼んであげてな?」
「おう。……手、離すぞ?」
「いいよぉ……ぉうっ?」
三人で運んでいた得点板が、急にズシリと重みを増して竜星の腕にのし掛かった。
想定外の重さに「待って、これだけ一緒に運んでって……」
訴える竜星の声は聞こえていないのか、ハヤトは持ち前のスピードで疾風のごとく去っていた。
「う……琉夏ぁ、そっち頑張って! うち死ぬ! 腕死ぬ!」
「いや、こっちも限界……」
「ちょっ……誰かぁ! こっち手伝って~!」
背後の騒がしさに全く気づかないまま、ハヤトは寮の方へと走っていた。
(一旦、連絡いれとくか)
ふと思い立ち、『今から見舞いに行く。欲しい物あったら言ってくれ』音声操作でメッセージを送信した。
購買に寄ってから行くべきかと。方向転換しかけた足は、ブレス端末の振動を感じて速度を落とした。メッセージを確認する。
『いらない』
飾り気のないワード。
欲しい物がない——と判断して、けれども引っ掛かりを覚えた。
見舞いが、いらない?
「………………」
思わず足が止まる。通話にしてみるが繋がらない。
『見舞いに来るなってことか?』
遠回しに訊けず、単刀直入に問うてみるが、新たなメッセージには返答がない。困惑に眉を寄せる。
『昨日のことなんて怒ってないからな』
思いつきで送ったメッセージには、反応があった。
『ライブ失敗してごめん』
『まさかそれで休んでるんじゃないよな?』
『違う』
『体調は?』
『大丈夫』
『元気なら、花火を見に屋上は来られるか?』
『うん』
肯定の2文字のあと、追加で『というか、もう来てる』
(……は?)
届いたメッセージに、反射的に顔を上げた。
中等部別棟。2Bの教室や軽音部の仮部室がある校舎の方を見遣ると……確かに。屋上の縁から、人の頭みたいなものが見えた。顔までは分からない。
(もう解放されてんのか……?)
2Bクラスメイトのブレス端末には、開錠の権限が与えられることになっている。
てっきり後夜祭の時間にならなければドアは開錠できないと思っていたが、すでにヒナがいるということは、ハヤトも開錠できるということに。
『俺もそっちに行く』
迷わず走り出した足で、少し頭は混乱していた。
(あ? あいつが元気なら、俺は戻って片付けしてから、竜星らと一緒に合流するべきなんじゃ……?)
思ったが、足は止まらない。
どうしてか、一秒でも早く会いにいかないと——
奇妙な焦燥感に駆られて、全力で走っていた。
見上げる空は薄い雲が連なり、日が落ち始めた仄青いキャンバスを屋上まで結んでいる。
夏空を裂くような白の行列が不吉に見え、ハヤトの足はいっそう速度を増していた。
90
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる