【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

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スクール・フェスティバル

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 体育祭はよく晴れた空の下で行われた。
 午前中で終わるため、昼食時には解散になる。夕暮れから始まる後夜祭イベントまでの時間はおのおの自由で、大抵は皆、3日間に渡った学校祭の片付けに追われている。
 2Bも例外ではなく、片付けの手伝いに駆り出されていた。
 校庭で、用具を運んでいた琉夏と竜星が騒いでいる。
 
「なァ~竜星。そっち、ちゃんと持ってる? オレのほう重いんだけど……楽してねェ?」
「はぁ? うちも全力でやってるし。馬鹿にしてるんか」

 二人は大きな得点板を運んでいた。運ぶのは二人だけでなく、もうひとり。
 ハヤトに目を向けた竜星が声を張った。
 
「ハヤトぉ! ちゃんと持ってるか? あんたが楽してるんじゃあ……」
 
 尋ねる声の勢いは、ハヤトの顔を見てくじけた。
 心ここに在らず。瞳を斜め下に留めたまま反応のないハヤトに、竜星が半開きの唇を結んだ。様子を見守るように時間をもってから、
 
「……ハヤト。ヒナんとこ、お見舞い行ってきたらどうやぁ?」

 挙がった名前に、ハヤトが「……ん?」目を上げて反応を見せる。またたく目はすぐに理解したようだが、ハヤトが答える前に琉夏が声をあげた。
 
「オレ行く!」
「あほ。あんたが行ったら、うるさくてヒナの体調が悪化するやろ」
「えェ~?」

 片付けから逃げようとした琉夏の喜びの声は、即座に不満へと変わった。
 竜星は半眼で冷たく見返しつつ、
 
「あんたはサボりたいだけやろ」
「ヒナのことも心配してるし」
「『も』って。サボりたいが先立ってるわ」
「だって暑いしさァ……ヒナと一緒にクーラーの部屋で昼寝してくる。静かに。それならい~い?」
「あかん」
「なんで?」
「琉夏は存在がうるさい」
「はァ~?」
 
 わめく琉夏を放って、竜星はハヤトに目を戻した。
 
「ハヤト、ヒナの様子ちょっと見てきてや。体調よかったら、花火くらい見れるやろ?」
「いや、けど、片付けがまだ……」
「用具はうちらで片しとくし。朝に連絡したんやけど、『大丈夫』って返信だけで……ヒナひとりで心配やから、飲み物とか? 差し入れも頼むわ」
「そうだな……。なら、軽く見てくる」
「ん。つらそうやったら、訪問医の先生、呼んであげてな?」
「おう。……手、離すぞ?」
「いいよぉ……ぉうっ?」 
 
 三人で運んでいた得点板が、急にズシリと重みを増して竜星の腕にのし掛かった。
 想定外の重さに「待って、これだけ一緒に運んでって……」
 訴える竜星の声は聞こえていないのか、ハヤトは持ち前のスピードで疾風のごとく去っていた。
 
「う……琉夏ぁ、そっち頑張って! うち死ぬ! 腕死ぬ!」
「いや、こっちも限界……」
「ちょっ……誰かぁ! こっち手伝って~!」
 
 
 背後の騒がしさに全く気づかないまま、ハヤトは寮の方へと走っていた。
 
(一旦、連絡いれとくか)
 
 ふと思い立ち、『今から見舞いに行く。欲しい物あったら言ってくれ』音声操作でメッセージを送信した。
 購買に寄ってから行くべきかと。方向転換しかけた足は、ブレス端末の振動を感じて速度を落とした。メッセージを確認する。
 
『いらない』

 飾り気のないワード。
 欲しい物がない——と判断して、けれども引っ掛かりを覚えた。
 
 、いらない?
 
「………………」
 
 思わず足が止まる。通話にしてみるが繋がらない。
 
『見舞いに来るなってことか?』
 
 遠回しに訊けず、単刀直入に問うてみるが、新たなメッセージには返答がない。困惑に眉を寄せる。
 
『昨日のことなんて怒ってないからな』
 
 思いつきで送ったメッセージには、反応があった。
 
『ライブ失敗してごめん』
『まさかそれで休んでるんじゃないよな?』
『違う』
『体調は?』
『大丈夫』
『元気なら、花火を見に屋上は来られるか?』
『うん』

 肯定の2文字のあと、追加で『というか、もう来てる』
 
(……は?)
 
 届いたメッセージに、反射的に顔を上げた。
 中等部別棟。2Bの教室や軽音部の仮部室がある校舎の方を見遣ると……確かに。屋上のふちから、人の頭みたいなものが見えた。顔までは分からない。
 
(もう解放されてんのか……?)
 
 2Bクラスメイトのブレス端末には、開錠の権限が与えられることになっている。
 てっきり後夜祭の時間にならなければドアは開錠できないと思っていたが、すでにヒナがいるということは、ハヤトも開錠できるということに。
 
『俺もそっちに行く』
 
 迷わず走り出した足で、少し頭は混乱していた。
 
(あ? あいつが元気なら、俺は戻って片付けしてから、竜星らと一緒に合流するべきなんじゃ……?)
 
 思ったが、足は止まらない。
 
 どうしてか、一秒でも早く会いにいかないと——
 奇妙な焦燥感に駆られて、全力で走っていた。
 
 見上げる空は薄い雲が連なり、日が落ち始めたほの青いキャンバスを屋上まで結んでいる。
 夏空を裂くような白の行列が不吉に見え、ハヤトの足はいっそう速度を増していた。
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