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スクール・フェスティバル
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ハヤトが屋上のドアを開け放つと、地上を眺めていたヒナが振り返った。
「ハヤト、足速すぎ。全力疾走って……青春だな?」
上から見ていたのか。
セリフはいつもどおりの揶揄なのに、吐き出された笑みがまるで他人事のように薄っぺらい。ハヤトが見る限り、体調不良には感じられないが……普段の快活さもない。
ちぐはぐな印象に戸惑うが、ハヤトはいつもの調子を取り戻すように声を掛けた。
「体育祭、サボってんじゃねぇよ。元気なら来いよ」
「……おれ、運動そんな得意じゃないし」
「今更だろ。……女子もいたぞ。お前の好きな青春まっ盛りのイベントだったのに……どうしたんだよ?」
「………………」
ハヤトが話しながら隣に並ぶと、ヒナは口の端で笑うような顔をしてから、目を校庭の方へと投げた。
「——もう、いいんだ」
フッとした吐息は、諦念の音で落ちる。
ハヤトの目を受けるヒナの横顔は、弱まっていく陽を背負って薄い陰を帯びている。
どこを見ているのか分からない瞳は、ハヤトに向くことなく。ヒナはぽつりと、
「おれ……夢があったんだ」
「……夢?」
復唱してから、ハヤトの脳裏でひらめくものがあった。
——櫻屋敷に入るのが、おれの夢。
いつだったか、将来の夢について語った日の横顔が重なる。
「……前に言ってた話か?」
「あー……うん。それだな」
「なんで過去形で言うんだよ?」
「なんかもう、無理そうだから」
「は? いや、全然無理じゃねぇだろ。……むしろ、最短距離で叶うルート走ってんじゃねぇか」
ヒナは目の端にハヤトを入れた。
わずかに逡巡する間があったが、諦めたように、
「サクラ先生って、なんでもできるよな?」
唐突に、明るく笑った。
いきなりなんの話かと、面喰らうハヤトを気にせず、ヒナは話を続ける。
「近くで見てて、ほんと痛感した。どの教科も分かりやすく教えてくれるし、何を訊いても答えを知ってるし……小さい頃から賢いんだよな。研究も沢山して、メディアにも神童って取り上げられて……頭の作りが、おれとは違うよなー」
「……急になんだよ?」
「いや、なんかさー……サクラ先生も所詮人間だから? おれも頑張れば、あのくらいになれるかなって……思ってたんだけど……」
言葉じりが、かすかに震えた。
笑う顔は小さく歪んで、眉頭に力が籠もる。
「サクラ先生を超えるのは……きっと、おれには無理だ」
じわりと、声に涙が滲んだ。
「サクラ先生を超えられないなら……ここにいる意味がない。ここを卒業したら、櫻屋敷に尽くすつもりでいたから……今だけ、高校のあいだだけは、思いっきり楽しんで、おれの人生で一番の時間にしようって……思ってたけどっ……」
言葉に詰まるヒナの肩が戦慄き、ハヤトは無意識に手を伸ばした。
ヒナがなんの話をしているのか、分かりきっていない。
何をそんなに思い詰めているのかも分からない。
けれども、泣きそうな姿に動揺して、その肩に手を掛けていた。
掛ける言葉も分からないまま口を開きかけたハヤトへ、ヒナは訴えるように声をあげる。
「お父さんもお母さんも普通に喋ってた! 父親と不仲だって聞いてたのにっ……だから、おれがいい子でいたら……おれのほうを愛してくれるかもしれないって思って……ずっと頑張ってきたのにっ……」
「——まて、ヒナ。なんの話か、俺には……」
「っ……おれの夢は、『サクラ先生の代わりに櫻屋敷に入ること』だ!」
突如、弾け飛ぶ声が屋上に響いた。
涙の浮いた瞳に見上げられ、一瞬なんと言われたのか分からずに、「は……?」
思考が止まったハヤトはヒナの言葉を反芻するが、理解できない。
「……なに言って……?」
怒りの差していたヒナの顔が、くしゃりと崩れた。
「おれとサクラ先生……血が繋がってるんだ……」
瞳に溜まった涙が、耐えきれないように流れ落ちる。
うめくように囁かれた言葉が、ハヤトの頭を貫いた。
言葉を失ってヒナを見る。頬を滑る涙が、傾く日の残滓を含んで鈍く光り、
「おれのお父さんが、サクラ先生のお父さんで……だから、おれは……」
その先は、ほとんど音にならなかった。
——サクラ先生の、兄弟だ。
かすれた、なり損ないの声が。
すべての気持ちを吐きつけるように、小さく世界を震わしていた。
「ハヤト、足速すぎ。全力疾走って……青春だな?」
上から見ていたのか。
セリフはいつもどおりの揶揄なのに、吐き出された笑みがまるで他人事のように薄っぺらい。ハヤトが見る限り、体調不良には感じられないが……普段の快活さもない。
ちぐはぐな印象に戸惑うが、ハヤトはいつもの調子を取り戻すように声を掛けた。
「体育祭、サボってんじゃねぇよ。元気なら来いよ」
「……おれ、運動そんな得意じゃないし」
「今更だろ。……女子もいたぞ。お前の好きな青春まっ盛りのイベントだったのに……どうしたんだよ?」
「………………」
ハヤトが話しながら隣に並ぶと、ヒナは口の端で笑うような顔をしてから、目を校庭の方へと投げた。
「——もう、いいんだ」
フッとした吐息は、諦念の音で落ちる。
ハヤトの目を受けるヒナの横顔は、弱まっていく陽を背負って薄い陰を帯びている。
どこを見ているのか分からない瞳は、ハヤトに向くことなく。ヒナはぽつりと、
「おれ……夢があったんだ」
「……夢?」
復唱してから、ハヤトの脳裏でひらめくものがあった。
——櫻屋敷に入るのが、おれの夢。
いつだったか、将来の夢について語った日の横顔が重なる。
「……前に言ってた話か?」
「あー……うん。それだな」
「なんで過去形で言うんだよ?」
「なんかもう、無理そうだから」
「は? いや、全然無理じゃねぇだろ。……むしろ、最短距離で叶うルート走ってんじゃねぇか」
ヒナは目の端にハヤトを入れた。
わずかに逡巡する間があったが、諦めたように、
「サクラ先生って、なんでもできるよな?」
唐突に、明るく笑った。
いきなりなんの話かと、面喰らうハヤトを気にせず、ヒナは話を続ける。
「近くで見てて、ほんと痛感した。どの教科も分かりやすく教えてくれるし、何を訊いても答えを知ってるし……小さい頃から賢いんだよな。研究も沢山して、メディアにも神童って取り上げられて……頭の作りが、おれとは違うよなー」
「……急になんだよ?」
「いや、なんかさー……サクラ先生も所詮人間だから? おれも頑張れば、あのくらいになれるかなって……思ってたんだけど……」
言葉じりが、かすかに震えた。
笑う顔は小さく歪んで、眉頭に力が籠もる。
「サクラ先生を超えるのは……きっと、おれには無理だ」
じわりと、声に涙が滲んだ。
「サクラ先生を超えられないなら……ここにいる意味がない。ここを卒業したら、櫻屋敷に尽くすつもりでいたから……今だけ、高校のあいだだけは、思いっきり楽しんで、おれの人生で一番の時間にしようって……思ってたけどっ……」
言葉に詰まるヒナの肩が戦慄き、ハヤトは無意識に手を伸ばした。
ヒナがなんの話をしているのか、分かりきっていない。
何をそんなに思い詰めているのかも分からない。
けれども、泣きそうな姿に動揺して、その肩に手を掛けていた。
掛ける言葉も分からないまま口を開きかけたハヤトへ、ヒナは訴えるように声をあげる。
「お父さんもお母さんも普通に喋ってた! 父親と不仲だって聞いてたのにっ……だから、おれがいい子でいたら……おれのほうを愛してくれるかもしれないって思って……ずっと頑張ってきたのにっ……」
「——まて、ヒナ。なんの話か、俺には……」
「っ……おれの夢は、『サクラ先生の代わりに櫻屋敷に入ること』だ!」
突如、弾け飛ぶ声が屋上に響いた。
涙の浮いた瞳に見上げられ、一瞬なんと言われたのか分からずに、「は……?」
思考が止まったハヤトはヒナの言葉を反芻するが、理解できない。
「……なに言って……?」
怒りの差していたヒナの顔が、くしゃりと崩れた。
「おれとサクラ先生……血が繋がってるんだ……」
瞳に溜まった涙が、耐えきれないように流れ落ちる。
うめくように囁かれた言葉が、ハヤトの頭を貫いた。
言葉を失ってヒナを見る。頬を滑る涙が、傾く日の残滓を含んで鈍く光り、
「おれのお父さんが、サクラ先生のお父さんで……だから、おれは……」
その先は、ほとんど音にならなかった。
——サクラ先生の、兄弟だ。
かすれた、なり損ないの声が。
すべての気持ちを吐きつけるように、小さく世界を震わしていた。
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